45 紅玉の霊石
フージェンの曲刀は高速回転し、魔の気の尾を引きながらソーラに向かってきた。
ソーラは光の壁を展開し、曲刀を霧散させると即座に光の槍を生成。それらをフージェンに向けて投射するが、男は反り返った形の壁を作り出し、衝突させることなくその槍の軌道を変えた。
「まずっ―!」
彼女は光壁を自らの槍に貫かれる形となり、辛うじてそれは防ぎ得たものの壁には大きなヒビが入ってしまった。
「棒立ちかい?」
彼女がその対応にかかりきりになっている間に、フージェンは素早く接近し、腰の長剣を抜いて瘴気を纏わせ、桃色の光壁に一閃し破壊した。
「くっ...。」
ソーラは横に走り抜け、振り返りざまに光槍を4本放つが、フージェンは舞を舞うようにそれらを回避する。
(すばしっこい...!ならば!!)
彼女は再び距離を取り、右手を掲げる。
甲が光りだし、男の周囲に鎖の輪が出現した。
フージェンは即座に上に跳び上がって包囲から逃れようとしたが、それはソーラの狙いの内であった。
男が跳び上がった先には、一つの光球が浮かんでいた。それはフージェンの至近距離で一気に収縮し、内部の力を解放した。
フージェンは爆発をモロに受けて吹き飛んだが、すぐに空中で体勢を立て直し、垂直の壁に着地した。
「なるほどねぇ。面白い。」
褐色肌の男は魔力で壁に吸い付きながら、不気味な笑みを浮かべて右手をソーラに向けた。
すると、男の左右には幾つもの鈍色の光球が浮かび上がった。
その正体は、恐らく彼女の今の技と同じであろう。
「なっ...!」
爆弾は次々に彼女に向かって飛翔してくる。
ソーラは大広間を縦横無尽に駆け回って必死に避け続けるが、床に激突する球の爆風に思わず体勢を崩してしまい、最後の一発が彼女の至近距離で爆発した。
吹き飛ばされ、意識が揺らぐ。
「あの爆発、懐かしいねぇ。昔戦場で見た王国軍の霊気擲弾砲を思い出すよ。」
霞む視界の中を、フージェンはゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。
笑う足と痛む頭に活を入れて立ち上がり、彼女は剣を抜いて構える。
この状況で肉弾戦は厳しいが、先程のように肉薄される訳にはいかない。
剣を握る右手に力を込め、彼女は傍らに一本の長い光鎖を生成した。
しかし、ただの鎖ではない。その片方の先端には小さな光槍が付属していた。
彼女は念じ、槍をフージェンめがけて放つ。それに対し、男は余力をしっかり残した表情で鈍色の防壁を構築するが...。
(包み込め...!)
ちょうど、東エーダの”怪異”が彼女の”光の大槍”を包みこんだように。
目の前の敵を、その中に...!
すると、小槍は何百倍もの大きさに膨れ上がって四方八方に広がり、光の幕は戦場の壁全体を覆い尽くした。
あらゆる窓や扉は締め切られ、本来暗闇に包まれる筈の大広間は、しかし桃色の光に満たされていた。
「なっ...!?」
これにはさしものフージェンも驚愕に目を見開いたが、それ以上に男を驚かせたのは、自らの”魔”の力と従者の力の双方が封じられていること、そして、身体がひとりでに宙に浮いているということだった。
「これほどの術、霊石が無くては負荷も相当のはず。君も無事では済まないんじゃないかい?」
剣を抜いてそう言うフージェンに、ソーラは歯を食いしばって痛みに耐えながら口を開いた。
「関係ない...!」
そして、彼女は空気を蹴って剣を振りかぶり、フージェンめがけて飛んでいった。
確かに、この空間を維持していてはこちらも新たに術を行使することは難しくなる。
しかし、これは彼女の”場”だ。
振り下ろし、払い上げ、横薙ぎの動きのままに一回転してフージェンを蹴り、壁に吹っ飛ばす。
しかし男も何かを察したのか、飛んでいく途中で逆方向に空気を蹴り、再びソーラに向かって飛んでいった。
2人は何度も離合し、空中で剣を打ち合う。
空間に満ちる光が刃に反射してきらめき、遠くからは最早一つの星のようにすら見えた。
ときに上下で、ときに左右から、ソーラは必死にフージェンの隙を探り、フージェンは彼女の猛攻に耐えつつその消耗を待っているようだった。
(持久戦は不利...でも、焦っては駄目...!)
男の剣を払い上げ、その懐に潜り込んで足蹴にし、彼女は一度後ろ向きに飛んで距離を取る。
そして足を屈め、またも瞬時に体勢を立て直したフージェンに向かって超高速で接近しながらの突きを放った。
男は辛うじて剣を立てて直撃を防いだが、彼女は自らの得物を捻って男に組み付き、それを軸に空を蹴って宙返りしながら、男の顔に蹴撃を加えた。
「ブフッ!?」
思わず頭を抑えたフージェンに、ソーラはもう一度力を込めて胸部を殴りつけ、男を光に覆われた壁に向かって吹っ飛ばした。
そして、男の軌道上の壁の一部分を変形させ、そこに幾つもの鋭い棘を形成した。
「グアァ!!???」
腹を最も大きい棘に貫かれ、フージェンは血反吐を吐いた。
手は脱力して剣は落ち、最早男の体は棘に引っ掛かっているだけの状態であった。
ソーラは死に体のそれに取り付き、その首を切り落とした。
そして、広間を覆っていた光は消えた。
ふわりと着地した彼女だったが、その瞬間に猛烈な頭痛と吐き気に襲われ、彼女は思わず膝をついてその場に嘔吐した。
それでも、彼女は暗がりの中を一歩一歩よろよろと進み、祭壇の前まで至った。
そこには、変わらず赤い光を発する物体が、硝子の箱の中に収まっていた。
(これは...どうすれば...?)
眉間に皺を寄せ、肩で息をしながら、ソーラがただそれを見つめていると、不意に硝子の覆いが光となって霧散した。
「...!」
そして、中から転がり落ちてきた大粒の紅玉を拾った時、彼女の意識は唐突に断ち切られた。
次にソーラが目を開いたとき、彼女は薄紅色の水中のような空間に浮かんだ、円盤状の石台の上に立っていた。
彼女の前、円盤の中央には、彼女よりも少し背の高い、茶色がかった黒髪の男性が立っていた。
身に纏う真紅の長衣は、仄かに赤いこの空間のなかでも一際映えていた。
その後姿に、彼女は直感的にこう呼びかけた。
「アールンさん...?」
その言葉に、その人物はゆっくりと振り返り、微笑んだ。
その笑みに、彼女は若干アールンとは異なる雰囲気を感じ、少し身構えた。
「初めまして。私は...紅玉の”御霊”。ここまで辿り着き、この霊石を悪の手より解放して頂いたこと、深く感謝します。」
その言葉に、彼女は息を呑んだ。
「貴女が討ち果たしたのは、確かに嘗てこの”紅玉の霊石”の主となった者でした。しかし、その性は既に”対極”に堕ち、この”紅玉”の主に値せぬ存在に成り果てたのです。」
そう言って、”御霊”は右手に持った紅玉の霊石を見せた。
「”対極”...?」
「はい。この紅玉の霊石の象徴する所は、分かりますね?」
「...美。至高の美しさ...でしょうか。」
「その通りです。並ぶものなき美や魅力、”優美さ”。しかし、如何なる物も、使い方次第で毒にも薬にもなり得るのがこの世の常。それは我らとて例外ではありません。」
”御霊”は言葉を切り、息をついた。
「優美は、危ういほど容易に”蠱惑”...その魔性を利用し、人を誑かし世を乱す者に転じ得る。そして、貴女の先任者はそうなってしまった。ですから、私は改めて”優美”に相応しい資質を持つ貴女を見出し、かの者を討たせることにしたのです。」
そして、円盤の中央には、いつの間にか白木の座床が置かれていた。
「貴女は無事に役目を果たしてくれました。今より私は貴女のもの。この座に腰を下ろして目を瞑れば、貴女は現世に帰り、正真正銘の”紅玉の霊石”の主となれるでしょう。」
”御霊”はそう、彼女を誘った。
ソーラは言われるがままに座床に腰を下ろしたが、そこであることが気になり、そのまま”御霊”に話しかけた。
「あの、先任者...フージェンは、貴方のことを”彼女”と呼んでいました。しかし、今私の目に映る貴方は...その、失礼ながら男性のように見えます。これは、一体どういうことなのでしょうか?」
ソーラは、途中でやはり失礼な質問なのではないかと思い直し、しかし途中で止めるのもどうかと思って、遠慮がちにそう尋ねた。
それに対し、”御霊”は包容力のある笑みで答えた。
「ああ...私という存在は、言うなれば人々の”美”を求め感じ入る意識の結晶。そうであるからに、私と対面する者の目に映る私の姿は、その者が最も美しいと思っている人の容姿にその都度変化するのです。もし仮に貴女に想い人などがいらっしゃるのなら、私の姿はその者に近くなるはずですよ。」
その返答に、ソーラは赤面して俯いた。耳が熱くなる感覚がした。
その様子に”御霊”は微笑み、こう付け加えた。
「ご安心なさい。私は今の自分の容姿を見ることは叶いませんから。そうそう、貴女には最後に一つ、聞いておきたいことがあるのです。」
「聞いておきたいこと...?」
「はい。貴女は、貴女以外にあと一人だけ、この霊石に触れられる者を選ぶことができます。もし貴女に万が一の事があれば、霊石は其の者に託され、この神殿に安置されるでしょう。過去の主達は大抵自らの親類縁者を指名しておりましたが、貴女は如何に?」
その問いに、ソーラは暫し考え込んだ。
「結論を急ぐ必要はありません。考えが纏まったなら、その時に再び霊石に触れて念じて下さい。さすれば、私は再び貴女をこの場に誘い、答えを聞きましょう。」
「...ありがとうございます。しかし、もう決めました。」
「ほう、それで、其の者とは...?」
「殿下ァ!!!!従者様ァ!!!!」
「アールン殿下!!!!!」
「ソーラ様!!!!!ご無事ですか!?」
「おい!!あんた血まみれじゃねえか!?救護班!!さっさと来い!!!!」
血相を変えた兵士たちが、瓦礫が至る所に散乱した本殿大広間になだれ込んでくる。
その先頭で、アルアータ、コート、ディエル、ヴェラード、カイローが真っ先に広間に走り入り、二手に別れて瓦礫の中に倒れているアールンと、祭壇の前に膝をついて動かないソーラのもとに駆け寄った。
「う〜ん...。」
アールンはヴェラードやアルアータに囲まれ、彼らの焦燥に満ちた声で目を覚ました。
「起きた...!ご無事ですか!?」
「無事に見えるかよ...それより、ソーラは...?」
「従者殿は向こうだぞ。大丈夫、生きてるらしい。」
「そうか...。くっ。」
アールンは身体を起こそうとしたが、腹部が酷く痛む。骨が折れているのだろうか。
「無理すんなよ...!」
「いや、行かねえと...。」
腹部に留まらず全身が発する痛みを堪え、アールンは一歩一歩、不安げにざわめく兵士たちの間をソーラの方に向かって歩いていった。
「ソーラ...!」
その肩に触れると、彼女の身体は力なく崩れ落ちる。その頭を膝の上で受け止めたアールンは、彼女の右手に光り輝く大粒の紅玉が握られているのに気がついた。
「そうか...やったんだな...!うう...。」
アールンの涙がぽたりと彼女の白い頬に落ちたとき、彼女の目がゆっくりと開いた。
「なに泣いてるんですか...。」
「...!そりゃあ、そうだろ...!」
アールンの膝の上で微笑む彼女に、彼は潤んでぼやけた視界の中で彼女の顔を見た。
「ほら、これ...紅玉の霊石ですよ。」
そう言って、ソーラは右手の中の光り輝く石を差し出してきた。
「貴方と、私で、勝ち取ったんです。」
そして、彼女はアールンの右手を霊石のもとまで引いていった。
「危険です、選ばれしもの以外が霊石に触れては...!?」
コートが慌てて制止しようとしたが、彼の予想に反して、霊石はアールンとソーラの右手でしっかりと包みこまれた。
「拒絶が、無い...?」
アールンも、前に霊石についての基礎的な文献を読んだことがあった。そこには、選ばれし者以外がこの石に触れようとすれば、まるで手に雷が落ちるかのような拒絶があり、とても持つことなど叶わないと書いてあったはずだ。
「霊石は、主たる”従者”以外にもう一人だけ、触れられる者を選ぶことができる。私は、そこで貴方を選んだんです。」
「あんたが...?」
「ええ。これは、貴方がいなければ、手に入れることのできなかったものですから。」
「そう...か...。」
再び彼の目尻は水気を帯びた。
そこで、ソーラは空いた左手を上げて彼の頬を撫で、その涙を拭った。
「もう...私達は勝ったんですよ?」
「...そう、そうだな。」
アールンは頷き、立ち上がって背後の兵士たちに向き直った。
その姿に、その場の皆の視線が集中した。
彼は右手で拳をつくって振り上げ、こう叫んだ。
「今ッ!!!”魔”の手先は打ち倒され、紅玉の霊石は真なる”従者”の手に戻った!!!だが、これはあんたら皆の力なくては得ることの出来なかった勝利だッ!!!!これは俺達皆の...サンダの勝利にして、国家復興の大いなる一歩となろう!!!お前らァ!!この勝利をッ!!!存分に誇れェッ!!!!」
『応ッ!!!!!!!!!!!!!』
その言葉に応え、兵士たちの勝鬨が大広間に”爆ぜた”。
その日は、冬のワンデミード半島では珍しく、抜けるような晴天が広がっていた。
そんな中、雪が残るガーテロー郊外の山中の小道を、アールンとソーラはゆっくり歩いていた。
「ほら、そこ、凍ってるから。」
そう言って差し出されたアールンの手を、ソーラはしっかり握って、日陰で凍結し滑りやすくなった雪の上を恐る恐る踏破した。
「ありがとうございます。」
「おう、もう少しで着くからな。」
そして、2人はまた山道を進みだした。
「しっかし...ペルオシーでは大変だったな。」
「ごめんなさい。父にはあの後きつーーーく言っておいたので...。」
アールンは、エーダ解放戦後、かの街に座所を遷して果てしなき戦後処理に忙殺される事となったが、その作業が一段落するとすぐに、ソーラと共にワンデミード行啓の旅に出発した。
主な目的は、エーダ半島平定後に解体された旧ヘイローダの鎮撫と、ソーラの父ワールディ=ベルハールへの今までの一連の出来事の報告である。
大事な娘が知らない男と旅をしていたとあっては、親の心中も穏やかではなかろうと身構えていたアールンだったが、彼の予想に反し、彼はペルオシーのベルハール邸でワールディ自身による熱烈な歓待を受けた。
旅を始めた当時ならいざ知らず、今は彼もサンダの王子という肩書があるのだから、そこまでは不思議なことは何もないが、問題は...。
『もしも、良き方がいらっしゃらぬのなら、ぜひ我が娘を...。』
『それで...”ヤートアネ《顔合わせ》”の儀はいつでしょうかな?』
老人が口を開けば、ソーラとの婚儀のことばかり。
アールンは最早まるっきり彼女に好意がない訳でもないので、その申し出もやぶさかでは無いのだが、かといって本人の意思を全く尊重せずにいきなり進めるのは如何なものかと、そこでは必死に回答を避けていたのだが、そのせいで無用な気疲れをしてしまっていた。
「でも、ミーカが生きてるのは知れて良かった。」
「ああ、あの赤毛の子ですね。」
ペルオシーでの予定をあらかた消化しきった時、彼はふと思い立って、チロン峠に連れてきていたミーカの消息を、旧ヘイローダの戸籍担当者に尋ねた。
すると、どうやら彼女はあの戦では無事生き残り、今はペルオシーの酒店で働いているのだという。彼は居ても立ってもいられず、昼間で営業時間外のその店に乗り込んだ。
突然の貴人の来訪に上から下まで大騒ぎになった酒店の中で、彼は久方ぶりに赤毛の少女と対面した。
『よう...久しぶり。』
『アールン...?本当に、アールンなの?』
『ああ...すまん。コアル達は―。』
俯くアールンに、ミーカは首を横に振った。
『大丈夫、分かってるわ。それに、メルーウィのことだから、きっと今までずっとそのことで悩み苦しんでたはず。だから、今更それを責めたりはしないよ。それよりも、今までの冒険のことを聞かせて?私、それがすっごく気になるの!』
『そうだな...でも、長くなるぞ?』
「結局、その日は開店時間まで話し込んじゃって、最終的に呑兵衛共の前で武勇伝語るみたいになって、ヴェラードの奴も参戦してきたりでなぁ...。」
「楽しそう、私も行けばよかったです。」
「やめとけやめとけ。無礼講だったから俺もとんでもなく飲まされて、二日酔いで行程一日ズレてアルアータに大目玉食らったんだからな。」
そんなことを話しながら歩いているうちに、2人は森の中に唐突に現れたこじんまりとした塚と石造りの墓標の前で立ち止まった。
「ここが...。」
「ああ。母さんの墓だ。まあ...王妃の陵に足りるほど立派じゃないが。...やっぱり作り直したほうがいいかな。」
小さな土盛りを見て呟くアールンに、ソーラは首を横に振って答えた。
「いや、たとえ小さかろうと、これは貴方が誠心を込めて建てたもの。その上こうしてちゃんと墓参りに来ているのですから、御母上様もきっとご満足されているはずです。」
「...そうだな。」
アールンは屈み、持ってきていた手拭いで、墓標についた汚れを優しく拭き取った。
「ただいま。」
第一章:紅玉の従者編、完。
紅玉編、これにて完結です!
これからは少し番外編を挟みますが、次の「金剛の従者編」もお楽しみに!!




