44 二人の従者
時は少し遡る。
「おや、彼もだったのか。」
目で追いきれぬ程の超高速で戦いはじめたアールンと薙刀の大男を見て、フージェンは意外そうに言いながらソーラに近づいてきた。
それに対し、ソーラはフージェンを睨む目を離さず、剣を中段に構えていた。
「君も見なよ。”憑き人”同士の戦いなんて、そう見れるものじゃない。」
「憑き人...どういうことですか。」
聞き慣れぬ単語だが、どこか侮蔑的な雰囲気が感じられたので、ソーラは思わずそう聞き返した。
フージェンは余裕綽々に彼女の周りを歩きながら答える。
「超人的な戦技を持つ者達のことさ。幾つか種類があるらしいけど、私はこの”超集中”型と、武器に気を込めてあらゆる物を貫く”貫通”型、あとは単純に、身体能力を強化する”過伸縮”型の3つしか知らないねぇ。」
「超集中...?」
ソーラは、時折一瞬静止しつつも超高速で交わされ、時折血が吹き出す衝突の嵐を横目に、フージェンに問い返した。
「そう。魂を極限まで研ぎ澄まし、体のあらゆる動きは尋常ならざる速度まで加速する。彼らにとっては、逆にこの世界の進みそのものが遅くなったように感じられるそうだよ。この僅かな時も半時ほどに感じられていることだろうね。」
その言葉に、彼女は目を剥き、思わず剣を構えて助けに入ろうとした。
その肩を、フージェンはゆっくりと、しかし確かな力で抑えた。
「止めたほうが良い。さっきの哀れな兵士たちに起きた惨禍を忘れたのかい?我々は何も出来ないよ......おや、どうやら終わったみたいだねぇ。」
そこには、倒れ伏し首から血を流す大男と、その前に立つ傷だらけのアールンの姿があった。
「アールンさん!!!!」
ソーラは再び目を見開き、悲痛な叫びを上げた。あの嵐の中で、いったいどれほどの「長き」に渡る死闘が繰り広げられていたのだろう。
「ソーラ...無事か...?」
そう言って、彼女のもとに駆け寄ろうとしたアールンだったが、その時彼女の斜め後ろにいたフージェンが”右手”を上げ、前方に向けて力強く握った。
「何っ!?」
鈍く光る鎖がアールンに飛んでいき、その体に巻き付いて全身を縛り上げた。
彼は必死に拘束から逃れようとするが、鎖は全く壊れる兆しを見せない。
「なっ...!」
つんのめって床に打ち付すアールンを見て、ソーラは驚愕の表情で振り返った。
そこにいたはずのフージェンはいつの間にか彼女と距離を取っていたが、微笑みながらその右手の甲を彼女に見せつけていた。
そこには、彼女の手の甲とおなじ意匠の、仄かに光る「紋章」が入っていた。ただ一つ違うのは、彼女のそれが薄い赤色であるならば、フージェンのそれは青黒い”斑紋”のようになっているという点だ。
しかし、今の芸当は疑いようもなく右手の能力...!
「この印...君なら分かるだろう?」
「嘘...従者...!?なぜあなたが...?」
その問いにフージェンは答えず、代わりに再び鈍色の鎖を出現させて彼女に放ってきた。
咄嗟に桃色の光壁を展開して防いだ彼女に、フージェンは笑いかけた。
「おお...どうやら、君も使いこなせているようだね。その鮮やかな桃色、懐かしいねぇ。”御霊”に愛想を尽かされて以来、久しく見ていない色だ。」
「”御霊”...?」
困惑するソーラに、フージェンは呆れ気味な声色に変化した。
「君、自分が何を求めてここまで来たのかも知らないのかい?」
「それは...勿論、分かっていますが。」
そう言って、彼女は祭壇上の赤い光を見た。
「ふうん...じゃあ、あの中に何が居るかは?」
「中...?」
「そう。あの石には、”霊石の御霊”という名の存在が宿っているんだよ。君を見初め、力を与え、ここまで導いてきた存在さ。」
そして、フージェンは本殿の大広間全体を見渡した。
「この神殿も、霊石自体というよりは、その”御霊”を祭るための神殿なんだよ。そして...私は、君以前に『彼女』に見初められ、捨てられた嘗ての”紅玉の従者”という訳さ。」
「そんな...!」
「何だって...!?」
目を剥くソーラとアールンに、フージェンはため息を一つついた。
「”御霊”は、本来こんな神殿で崇めるに値しない存在なんだ。気に入った者を霊石の元まで導き、それが自身の意にそぐわない行動をし始めれば新しい者に乗り換え、その者に霊石を奪い取らせにいく。君も私も、所詮は”御霊”の使い捨ての玩具に過ぎないのさ。」
ソーラは、男の言う事をまるっきり否定することが出来なかった。
前に東エーダ平原にて出会った、”ヌアチャルテ”達の崇める”キフリャ”の言葉を思い出したからだ。
『...それを...あの馬鹿共は、自分達が見初めた者に好き勝手に”力”を与え、禍根をばら撒いておる。奴らのせいで、一体どれほどの者達が苦しんだことか。』
かの神が言っていた、エーダに居座る”クソガキ”も、その”御霊”のことなのだろうか。
男はソーラを見つめ、首を縦に振った。
「私も、最初は君と同じだったよ。”従者”なんて大層な肩書に舞い上がって、やがて現実を知った。世を救うなんて夢のまた夢。実際は儀礼と、私を下賤の成り上がりと見下す貴族共の機嫌とりの連続。それに嫌気が差したとき、本当に信じられるものに出会ったんだ。」
「信じられるもの...?」
「ああ。形式主義に縛られたまやかしではなく、真に世界のあらゆる穢れを押し流す力だよ。」
「それが”魔”の力って訳かよ...!霊石に見放されるのも納得―グッ!」
野次を飛ばしたアールンの鎖が引き締まり、彼は思わず呻いた。
「君とは話してないから黙っててねぇ。それで、その力を知った私は歓喜し、他の霊石の主達とも協力して、アズロムラーンの朝廷の圧政に苦しむ民を救うために動いた。その日々は見違えるように輝いていたし、”御霊”もそれを求めていると信じていた。しかし、”彼女”はそれをお気に召さなかったようだ。」
フージェンは目線を右手の甲に落とした。
「いつしかこの手の輝きは薄れ、ただの青痣のようになってしまった。霊石にも触れなくなった。そして、遂に君という対立従者、平たく言えば”刺客”が生まれた。」
フージェンは祭壇の麓まで歩いていき、その台座に足を乗せて硝子の箱を仰ぎ見た。
「君の存在を知ったのは、もう随分昔、他でもない”彼女”からだったよ。その時、私は悟ったのさ。この付喪神には世界とか、民の安穏などどうでも良いのだ。ただ、自分の理想の主が欲しいだけの、矮小な存在なのだとね。果たして、そのような”神”は信じるに値すると思うかい?」
その言葉に、ソーラの心は大きく揺らいだ。かつての朝廷の悪政は、彼女も多分に知るところであった。この男はそれを変えようとして、民を救おうとして、しかし”御霊”はそれを拒絶した。そして、自分はその粛清の尖兵となろうとしている。
それは...果たして正しいことなのだろうか。
「...私と協力して、この終わりなき流血に終止符を打つ気は無いかい?」
「協力...?」
「そう。私は君に霊石も譲るが、代わりに君は私に協力し、共にこの地の平穏を保つんだ。」
「この私に、魔に魂を売れと?」
「もっとよく本質を見るんだ。今君は新たな従者として、古い従者たる私を殺そうとしているが、君が私の立場に立たないという保証はどこにある?」
「...!」
「”従者”に足るかを決めるのは君じゃない。”御霊”だ。彼女が君の行いを良しとしなければ、君の前にもすぐに新たな刺客が現れるだろう。しかし、そこに私も居れば?...二対一、そうそう負けはしない。君は死ななくて済むんだ。」
フージェンはそう言いながら、彼女の正面まで歩いていって中腰となり、彼女と目線の高さを合わせ、穏やかそうな笑みを浮かべた。
彼女は息を呑んだ。
「嘗て私は王国の圧政からこの地の民を解放した。今度は、私と君で、この地を遥か昔から蝕んでいた”悪霊”から解放しようじゃないか。」
ソーラは肩を震わせた。
彼女とて自殺願望があるわけではない。知らず知らずの間に選ばれて、気に入られなければ殺されるなど、あんまりではないか。
死にたくない。
「ッソーラ!!!!!!!!」
彼女が頷きかけたその時、アールンの叫び声が彼女の耳に飛び込んできた。
「騙されんな!!!そいつは魔を操って、人を誑かして、チロン峠で!タナオードで!ハニスカで!ヤイダで!カイラン川で!沢山の人間を殺してきたんだぞ!!!ぐああああ!!!!」
フージェンは表情を消し、アールンの鎖を締め上げた。
しかし、彼はその痛みに耐えながら、それでも叫び続ける。
「何が民を救うだ笑わせんな!!!お前の言う”民”に、今まで死んだあいつらは数えられてないってか!?ふざっけんなよ!!!!グゥゥ...!」
鎖の締まる力が、一段と強くなった。
「ハッ...確かにこの街の民は昔よりも平穏無事かもしれねえが、それだけで外界の犠牲を無視すんなら、結局お前もお前の貶す”悪霊”と大して変わんねえだろ...。俺はそんなまやかし、認めねえぞ...!」
「うるさい口だねぇ。」
そう言って、フージェンは右手を一振りし、鎖に縛られたアールンを大広間の壁に向かって吹き飛ばした。
轟音と共に、彼の激突した本殿の壁が軋み、天井の装飾が崩落する。
「アールンさん!!!!」
ソーラは涙目で叫び、彼の落下場所に駆けていった。
「ゴホッ、ゴホッ...。クソ...!」
瓦礫の中に、未だ鈍色に光る鎖に縛られたアールンの姿があった。
彼はソーラの姿を認めると、その細い腕に縋るようにして息も絶え絶えにこう言った。
「騙されんじゃねえぞ...もしあんたがあいつに加担したらな、俺があんたを殺しに行ってやる。新しい従者なんて待たねえ。すぐに、地の果てまでも追っかけてやる...からな...。覚悟しとけ...。」
そこで、彼は気を失った。
そして、彼女の意志は定まった。
ソーラは俯き、彼を静かに横たえて立ち上がった。
「それで、どうするのかい?」
フージェンの問いに、彼女は真っ直ぐ男の顔を見つめ、背後のアールンを庇うように右手を広げ、こう答えた。
「決まっているでしょう。あなたが世界を『救う』為に”魔”を使役するというのなら、私は民を、そしてこの人を『守る』ために、あなたと戦う。」
その答えに、褐色肌の男は頷き、祭壇を背に両手を広げた。
「そうか...では、この”御霊”の望み通り、戦ってあげるとしようか。不倶戴天の二人の従者の、醜い霊石の奪い合いを。」
「...ッ!」
そして、男の体からは赤黒い煙が沸き起こり、その周囲には何十もの鈍色の光の曲刀が現れた。




