42 秘儀
アドルイェール商会の商館の捜索と同時並行で、コートやディエルといったサンダ軍の将帥達の手により、神殿の包囲が進められていた。
北のエーダ湖に突き出した半島部に築かれた”エーダムレーグ神殿”と、市街地との唯一の出入り口である南大門は固く閉ざされていた。フージェンはこの神殿に籠城していると予想される。
「聖なる霊石の神殿を穢すとは...不敬千万ですな。」
「...ああ。」
コートの言葉にアールンは相槌を打つ。彼は隣りに立つ公爵ほどは信心深くはないものの、嘗てあの神殿を訪れたときに感じた非現実感を思い出し、あの清浄な神の座所を血に染めてしまうかも知れないことに多少の罪悪感を覚えたのだった。
「南大門の突破方法はどうしようか。戦闘艇の砲撃はちょっと手荒すぎるような...。」
「しかし...南の僧坊には大きな門はあちらしかございませんし、蹴破る以外に方途は無いかと。」
「そうだな。」
ソーラ、アルアータ、ヴェラードらと合流し、五人は神殿包囲線と参道とが交わる地点の路上に設けられた高台から、北のかた神殿の巨大な白亜の僧坊と”南大門”を見つめた。
「戦闘艇を前へ!!門をこじ開けろ!!」
アールンの号令一下、二機の戦闘艇が土の道を滑って前進し、主砲を並べて大門に向けた。
青白い光線が二筋生まれ、南大門が土煙に包まれる。一歩遅れて轟音と塵が飛び散るパラパラという音とがやってきた。
「前庭の偵察部隊からの報告は?」
「”敵影なし”だそうだ。」
「よし。じゃあ行くぞ。」
「了解。」
身動きの取りづらい場所での戦闘が予想されるため、アールン・ソーラ・アルアータは徒歩で戦列に混じり、参道を進んでいった。
「警戒を怠るな!!境内に入れば即戦闘になると思っとけ!!!」
「「「「応!!」」」」
先頭に大盾を持った重装歩兵、その後ろに銃兵、長槍兵がひと纏まりになった戦列は、南大門を慎重にくぐり抜け、静寂に包まれている広大な沙石の前庭に展開した。
彼らの前方には、まるで白い大海に浮かぶ孤島のようにポツリと2つの人影があった。
「あいつは...!」
見覚えのある褐色肌の男は、これまたレーミーの家で目撃した大柄な護衛を伴い、前殿の前に敷かれた絨毯の上に安座で座っていた。
「あれが...フージェンですか。」とアルアータ。
「ああ。」
フージェンは、前に置かれていた小さな机の上の青銅器の鼎を、両手で天に掲げるポーズを取った。
「あれは...テオンデールの儀礼に似てるな。戦の前の祈祷か何かか...?」
「阻止しますか。」
「いや、迂闊に前に出るのは危ない、が...嫌な予感がする。警戒を厳に。」
「は。」
刹那、フージェンが”声”を発した。
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ。
これは、言葉ではない。
もっと原始的な、純粋な意思を表出する”鳴き声”のようなものだと、その場にいるありとあらゆる者が瞬時に理解した。
ガァァン。
絨毯の端の銅鐘が一度打ち鳴らされる。
そして、フージェンは両手を再び天に翳し、高らかに呼びかけ始めた。
『万物は大いなる天地に因り、天地は黎明の輝きに始む。黎明の輝きは至尊なる主の御業なれば、七界の諸象、固よりみな汝の資し統ぶ所のものなり。』
銅鐘の音。フージェンは微動だにせず、語り続ける。
『我ら、尽きせぬ忠誠と身命を賭した奉仕により、遂にその栄えある御業の一端を得、今世に至りて並ぶものなき繁栄を享受せり。』
銅鐘の音。
『しかるに今、四方の蛮夷は汝の辺疆を劫略し、畿内の奸臣は汝の恩寵に背き、矮小なる怪力は汝の名を騙りて人々を惑わし、皆同じく私欲を恣にす。』
銅鐘。掲げられた2つの掌の間に赤黒い気の渦が生まれ、空が赤く染まっていく。
「ッ!!」
アールンは咄嗟に巻狩の弓に矢を番えてフージェンに放ったが、矢は標的に届く前に、瞬足で立ち塞がってきた大柄な護衛に叩き落されてしまった。
それに構わずフージェンは、声を一段と張って続けた。
「ああ!真なる神よ!我らが主よ!庶幾は、忠実なる臣に汝の武威を示す機会を与え給え!しからば、臣、汝の先鋒となりて背教者を征伐し、諸夷偽神を鎮定し、汝が万国を平らかにし、汝が民を安んぜん!」
銅鐘の音と共に、前庭の沙石敷きの地面に赤白い光の筋が走った。それは唐草模様のように入り組みつつ庭全体に広がった。
そして、その光の至るところからは「蕾」が現れ、瞬く間に身の丈の何倍もの高さまで、その茎を伸ばしていった。
「何だ!?」とアールン。
「これは...!」とソーラ。
「不遜なる簒奪者、僭称者とその従僕共に、真なる主の断罪を!!」
嘗てこの神殿の前殿で対面した時とは余りにも異なる恍惚とした声色で、フージェンはそう宣言し、銅鐘を一段と強い力で叩いた。
すると、「蕾」が開き、赤い花となった。
その中には、胡座をかいた猿面の魔物が居た。
魔物は花の中心に座り、眼下のサンダ軍の兵士たちをニヤつき顔で眺めていたが、ふと思いついたようにそこから飛び降りると、両手の凶悪な鋭い爪で近くの兵士たちを見境なしに襲い始めた。
「ぎゃあっ!?」
「うわあああ!!!!クソ、こっち来んな!!!」
戦列は瞬く間に崩れ、戦場は恐慌状態に陥ってしまった。
兵士たちは必死に魔物に立ち向かうも、一人また一人と喉を裂かれ腹を貫かれ、沙石の庭は血に染まっていった。
それを尻目に、フージェンと護衛の大男は絨毯や「儀式道具」を引き払い、神殿の奥へ去っていった。
「まずい...アルアータ、あの”花”、落とせるか!?」
「どッどうやって!?」
「茎を斬るんだよ!!!」
「ッ了解!!!」
前庭には、まだ開いていない”蕾”もあった。
アルアータは立ちふさがる猿面の魔物の大爪を躱し、突き上げ、斬り伏せながらその1つに急行し、その根本を光る刃で一閃した。
花はグシャ...という音を発して崩れ落ちる。彼女は落ちてくる蕾に対し、下から払いあげるようにしてもう一閃し、蕾の断面からは為すすべ無く体を切断された魔物の死骸が転がり落ちた。
「いいぞ!!!その調子だ!!!」
すると、バラララララララという音とともに、空から青白い光弾が人の居ない前庭のもう半分に雨あられと降り、そこに生まれていた蕾に対する破壊の嵐を巻き起こした。
アールンが迫ってきていた猿面の攻撃を躱して喉を一突きにした後、その攻撃の主を仰ぎ見ると、そこには何機もの武装偵察浮艇が遊弋していた。
その内の一機の開け放たれた大扉の中から、手を降るヴェラードの姿が小さく見えた。
しかし、彼は集中していない訳ではなく、すぐに地上部隊に迫る魔物の一団の方を指差し、浮艇の集団はその上空に移動して機銃掃射を加えていった。
アールンはふっと口角を上げた。
そして、地上の味方に対して叫んだ。
「臆するな!!!まだ負けてねえ!!!隊列を立て直せ!!!」
その言葉に、ソーラを含む彼の至近に居た兵士たちが反応し、百人隊の区割りを無視して戦列を再構築し始めた。
「ドー!!、アー!!」
『ドー!!、アー!!』
「シャータ!!グラータ!!」
『シャータ!!グラータ!!』
アールン自身が掛け声を掛け、それに合わせて兵士たちが答え、大盾を並べ、剣を振るい、霊気銃を発砲し、長槍を突き出し、魔物を屠っていく。
軍旗は立て直され、赤い空の下で風に勢いよくたなびいていた。
先頭の重装歩兵部隊に混じって戦っていたアールンやソーラには知る由もなかったが、戦列は徐々にその規模を大きくし、犠牲者はそれに比例して少なくなっていった。
幾多の返り血を浴びつつ前庭の中ほどまでを制圧した時、アルアータがこう進言してきた。
「前庭内の大勢は決しました。我々は残敵の掃討を続けますが、殿下と従者様は一刻も早く、あのフージェンが逃亡する前に本殿に向かわれるべきかと。」
「....そうだな。では後は頼んだぞ。」
そう言って、アールンとソーラは自軍と別れ、護衛として少数の重装歩兵団を率いて前殿に突入していった。




