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青炎紀  作者: 二十二郎
〈1〉破魔之役:紅玉の従者
4/18

3 チロン峠の戦い

その日は朝から霧が深く立ち込める曇りの日だった。


レーウィ(同志)ルムオロクエンダ(側護軍)合計3万のヘイローダの軍勢は、チロン峠及び関が位置するハントナー山地の南麓、関から少し南下したところにある扇状地に布陣した。

霧の中、扇状地中の見晴らしのよい高台には幾つもの幟旗がはためき、兵たちは魔物の軍勢の到来を今か今かと待っている。


アールンの居るタックエンディーケン(騎兵部隊)は、陣の中央から見て左翼側の高台に布陣していた。


馬を並べ、アールンは剣の柄に手をかけ、隣のカートはあの”巻狩の弓”を握って開戦の時を待っている。

魔軍が姿を現し、開戦の合図の笛が鳴ったら、まずはルムオロクエンダの弓箭隊とレーウィの弓兵部隊が矢を射掛ける手筈になっている。カートはそれに呼応して矢を放つことになっていた。


その後に前進の合図の笛が鳴ったら、左翼のレーウィと中央軍の騎兵部隊が抜剣して突撃。

アールン達の仕事は中央軍の重装騎兵が敵と真正面からぶつかっている間に敵の側面に強烈な横槍を入れ、敵を混乱させることだ。


彼はふと、陣の中央、白い天幕が複数張られているヘイローダ軍の中枢に目を向けた。


ここは扇状地の中でも特に高い位置にあるので、陣全体がよく見渡せる。

なぜこちらに本陣が置かれなかったのか不思議なぐらいだ。


あの天幕のどれかの内に、カイローや前に見た総大将の女の子もいるのだろうか。


見た目よりは彼よりも明らかに若い、せいぜい17,8の女子が戦場で生き残れるのだろうかとも思ったが、彼はそこで考えるのをやめた。

彼女やコアルたちが危険な前線に出ないためにも、自分たちが居るのだ。

総大将自らが剣を取って戦わなければならなくなることは、それ即ちこの戦の敗北を意味する。そうなっては後方のコアルたちも只では済まないだろう。


そうならないためにも、自分たちが一匹でも多くの魔物を殺し、その魔物共に殺される運命にある人の命を救うのだ。

そう決意を新たに、彼は正面の、これから戦場となる草原に目を向けた。



霧の向こうから、遠雷のようなドロドロという地響きがかすかに聞こえてきた。

その大きさは、一呼吸毎に大きくなってゆく。

アールンは剣の柄を握る手に力を一層込め、霧の向こうを睨んだ。


―サンダ暦620年、タン=タルテイス(大暑ノ下)(9月)の21日。チロン峠の戦い、開戦。


白く濃い霧の向こうから、異形の軍隊が姿を現す。そのドロドロという突撃の足音を切り裂くように、清く甲高い笛の音が辺りに響き渡る。これが弓箭の合図だ。


ヘイローダの中央軍と右翼、左翼から矢が放たれる。カートも”巻狩の弓”の引きやすさと彼自身の持ち前の膂力とを合わせ、次々に矢を放っていく。


数千本の矢が、灰色の空を雷雲のごとく黒く覆い隠し、空中で一瞬静止した次の瞬間、魔軍に向かって雨あられのごとく降り注ぐ。

アールンの居る高台からは、その様はまるで黒色の巨大な獣が腹から落ち、地上の魔軍を押し潰したかのように見えた。


巨大な獣の直下にいた多くの魔物たちはそれを防ぎ得ず、矢に貫かれて倒れたようだが、その後ろからは更にその倍はいようかという数の魔物が押し寄せる。魔物たちは矢に倒れた者とそれに躓いて倒れた者の双方を躊躇なく踏み越えて、ヘイローダの軍勢に迫った。


弓兵たちは各自次々に矢を放ってはいるが、合図もなくてんでバラバラな射撃に対し、魔物たちも上空への注意を向けているのか多くが盾で防がれているようで、あまり効果はないようだった。


そのとき、中央軍の方で笛が”2回”鳴った。


これは突撃の笛ではない。突撃は3回のはずだ。であればこれは...。


そのとき、ヘイローダ中央軍の方で何かが爆ぜる音がした。

見ると、本陣は白煙に包まれている。

次の瞬間、魔軍の波のいたるところで轟音とともに土煙があがり、多くの魔物が吹っ飛ばされた。

白い世界に、突然土塊と何かが混じった黒い煙が乱入する。


その後も轟音と土煙の爆発の応酬は続き、煙が晴れる頃には荒れきった大地が姿を現した。


「あれが、噂に聞く新兵器...。」

「すっげぇ...。」


そう。ヘイローダが北方のエイローア王国から輸入し配備したと言われている「新兵器」。名を大砲と言ったか。


かつてはサンダ王国軍にも似たようなものがあったらしいが、それらは”諸事情”により今は使用できない状態にあるのだそう。


それが、何発かは定かではないが魔軍に使用され、下馬評通りの戦果を上げたようだ。

それでもなお、後続の魔物たちは諦めずに前進を続ける。


そして、笛の音が3度鳴った。


いまの大砲による攻撃で地面はかなり凸凹になっている、注意して馬を繰らなければならないだろう。


「じゃあ、行くか。」

「おう!」


アールンとカートはそう言い合い、剣を抜き放って眼前の魔軍へと突撃していった。



喊声を上げて、騎馬の群れが左翼と中央から迫っていく。


アールンは接敵すると、最初の数体を突撃の勢いのまま轢き殺し、減速しつつ剣を振るって左右の手近にいる魔物の頭部や背中を切り裂いていく。


騎馬は速さが命だ。身動きが取れなくなれば、囲まれて引きずり降ろされ滅多打ちにされてしまう。

だから減速はすれど、止まることはない。


右手側にいたヴォーダール(山羊)が粗末な作りの槍を突き込んできた。

彼はそれを身を捻って躱すと瞬時にその柄をつかみ、動けなくなった魔物の頭を自らの剣で叩き割って殺すと、槍を奪い取った。


(やっぱり馬上はこういうののほうが扱いやすいよな。)


それから彼は縦横無尽に馬を駆けさせ、5匹の魔物を次つぎ槍で突き殺していく。


(ったくどんだけ居るんだよ...。)


左手側で槍を薙ぎ払って突撃してくる2匹のヴォーダールの胸を裂いたところで、彼はいい加減うんざりしてきた。


撹乱は、成功していると言って良い。

彼を含めた3千弱のタックエンディーケン(騎兵部隊)は、敵軍の各所で大いに敵を討ち取り続け、魔軍は分断されて中央軍との戦線に増援を送り込むことが難しい状況となっている。


(おっと、カートのやつ、危ねえな。)


見れば、カートは10匹ほどのヴォーダールに囲まれていた。

彼はクルキャスにはっと拍車をかけ、急いでカートの元へ急行した。


襲歩の勢いのまま向かって右側、カートから見て弱点である左手側の魔物を一気に蹴散らすと、カートもこれを好機到来と見て自身の右手側の魔物の頭を次々に切り裂いていく。


「恩に着るぜ!」

「デインに『一緒に帰る』って言っちまったからな。あんたにゃここで死んでもらうわけにゃいかねえんだ。」


そして、2人は戦場を見回した。

魔物は続々とやってくるが、それは仲間のレーウィ達で十分対応できそうだ。右翼の歩兵部隊も続々と戦場に突入してきている。

であれば...。


「皆には抜け駆けするようで悪いけど、今から中央軍攻めてる魔物の背後を突きに行かねえか?手柄を見せつけてやろうぜ。」

「賛成。」


2人はそう言って、北に向かって戦場を駆けていった。



時は少し遡り、場は転じてこちらヘイローダの本陣。

殺到する魔軍に苛烈なる砲撃を放ち、騎兵突撃、次いで歩兵前進の合図を発した後、総大将の少女の前で、今後の動きに関する議論が紛糾していた。


四角い木製の組み立て式のテーブルを挟んで、老練な武将と血気盛んな若き武将たちが口論している。


「ですから!!!このままでは敵の圧倒的な数を前に徒に兵力を擦り減らすだけであり、だからこそたとえ事前の作戦行動から逸脱しているとしても、その慢性的な劣勢を覆すために大将御自ら前線に出て剣を振るうべきであると申しておるのです!!!将が前線に出て兵たちに戦う背中を見せれば、兵士たちの士気を上げ、有利に戦いを進めることができるのです!ハルマラン殿は安全な最奥に籠もっていることが大将の責務であるかのようにおっしゃるが、それでは大将などお飾りに過ぎぬということと同義ではありませぬか!そうでしょうソーラ様!」


若い武将の剣幕に、カイローは粘り強く抗議する。


「ニーイェン殿、これは掃討戦ではありませぬ。もしあなたの言う通り敵の数敵有利が圧倒的であるならば、敵の後ろから味方は来ませんのですぞ。もし大将が最前線で突出しては、少ない護衛で万の魔物共に挑まねばならなくなり、最悪包囲殲滅されまする。しかも、周りの兵士、特にルムオロクエンダ(側護軍)の兵たちは、最前線に総大将が居るとわかれば『面前の敵を屠る』よりも『大将を護る』ことに主眼を置き始めるでしょうな。そうして兵たちの意識が内向きになれば、包囲される危険がさらに――。」


「な・ら・ば!!ならば最前線に出なければいいだけのこと!今レーウィ部隊と中央軍の間で包囲状態の敵軍を破るだけでもよろしいでしょう。こんな後方に籠もっている理由にはなりませぬ。それに、周囲と歩調を合わせれば、突出しすぎることもないでしょう。... ハルマラン殿は少々”昔”に囚われ過ぎでは?もっと臨機応変に対応してもらわなければ。いくらエルドーレン朝時代の軍人経験者であろうと、もはや対峙する敵がその時代とは根本的に異なるのですから、いつまでも()()()()()の軍略思想にしがみついていては――。」

「何だと!?言葉を慎みたまえ若造!!」

「やめなさい。」


カイロ―がそれまでの落ち着いた態度を豹変させて叫ぶのを制したのは、それまでその端正な顔立ちの眉間にしわを寄せて黙りこくっていた総大将の少女であった。

彼女の漆黒の長い髪は、今の自身の焦燥を表すかのように鎧の至る所にかかっていた。


「双方、相手を侮辱するのはやめなさい。貴方たちは味方同士なんですよ。」


制する声は弱々しいが、大将の命に従わないわけにはいかず、双方は矛を収めた。


「大将殿は、如何なされるおつもりですか。」


ニーイェンと呼ばれた若き将は、先程の剣幕とは打って変わった穏やかな口調でそう尋ねる。


「私としては、あなたの案を採りたいと考えています。... 総大将とは、自軍の兵や同志(レーウィ)を死地に送り込むだけの、冷たい存在では、ない。そのことを示せば、きっと士気も上がり、より犠牲を抑えての勝利を引き寄せられる...と考えています。」


その言葉に、若武者は尊敬の念に満ちた目で彼女を見つめ、次に勝利を誇るように老将を見た。

対して、老将ははっと目を見開いて彼女を見た。しかしその目はすぐに伏せられ、ため息をつきつつも頷く。


「...わかりました。『勇者を信じぬは武人の恥。』さすれば、この老骨めはソーラ様が心置きなくご活躍できるよう、後背をお守り申し上げましょう。...ただ、最後にひとつばかりこの爺の望みも聞いていただけませぬか。」

「この期に及んで、見苦しいですぞ!ハルマラン殿。」

「やめなさい、ニーイェン。それで、望みとは?」


カイローは少女に耳打ちし、少女はゆっくりとそれに頷いた。


「では、ご武運を。」


そう微笑むカイローに、ソーラもありがとう、と静かに言った。

そして、少女は若武者たちを連れ立ち、本陣を出ていった。


向かって右下から剣を払いあげ、ヴォーダールよりも痩せぎすだが異様に腕が長い騎兵の魔物の槍を落とすと、長い腕を掴んで引き寄せ、そのまま自らの剣で魔物の胸を刺し貫く。


アールンは魔物の落とした槍を拾いながら、馬上専用のちゃんとした長物を市場で買っておくべきだったと今になって後悔し始めた。

先に奪った槍は、作りの粗末さ・耐久性の低さ故か酷使し続けている内に真ん中でボキッと折れてしまい、リーチが彼の剣以下になってしまったので、やむなく捨てていた。


新たに手に入れた槍をもって向かってきた魔物の喉を一突きにして倒した時、彼の視界に信じられないものが飛び込んできた。


(コアル!?何でここに!?)


敵味方入り乱れる乱戦の中、彼は2ラール(約10メートル)程向こうの方に、ここには居るはずのない、居てはいけない少年たちの姿を認めた。


「すまねえ!ちょっと離れる!!」近くにいたカートに叫び、返答を待たずにクルキャスを全速で走らせる。


行く手に立ち塞がってきた二頭のヴォーダールの頭を素早く槍の穂先で突き刺しながら、彼はコアルたちに近づき、彼らに叫ぶ。


「なんでお前らがここに!?」


その問いに、コアルとクレールが周囲を警戒しながら答える。


「上官様が、歩兵の増強に僕らを回したんだ!!!」

「ミーカは後方待機のままだけど、俺らは前線役にされちまったんだよ!!!!」

「なんだと!?」


彼は怒りに満ちた。ふざけるな。帰ったら上官だろうが一発ぶん殴ってやる。だがそこで、彼は後方部隊の名称が”トナーケン(予備部隊)”であったことも思い出した。


(後方支援だけじゃなくて、()()()()()()()()も含んでるってことかよ!クソ、全然安全じゃねえじゃねえか!!!)


考えてみれば何ら不当なことではない。その事実に気づかなかった自分の至らなさにも心底腹がたった。


「よし、俺の周囲を離れるな。お前らは俺がちゃんと生きて帰してやる。」


槍を持つ手を握りしめてそう言うアールンに、少年たちはしかし、きっぱりと返した。


「アールンに助けて貰わなくたって、僕らだってやれるよ!」

「そうだぞ!今までだって戦えてたし、戦いも優勢っぽいじゃん!心配なんて要らねえよ!!」


その言葉に、彼ははっとした。

どうやら自分は彼らのことを少し子供扱いしすぎていたようだ。

彼らも戦える。

彼らも強い。

そう考えると、自然と力が湧いてきた。


「そうか!なら皆で生きて帰るぞ!!」

「「おう!!」」


戦況は概ね芳しいものの、こちらの戦力も徐々にすり減っていっている。

最序盤に敵の真ん中に突入したレーウィの騎兵たちは特に体力の消耗も著しく、数を減らしながら徐々に戦線を後退させていた。


一方主力の中央軍の方はと言うと、やはり持久力は在野のレーウィ達の比にならず、戦線を押し上げ続けている。

つまる所、レーウィ達と中央軍の2つの戦線は、段々と双方の距離を縮め一体化しようとしているのだ。


「はあ、はあ。」


もう1(とき)は過ぎただろうか。流石のアールンも息が上がってきた。


(なんつー戦だよ...。おわりが見えねえ。)

「大丈夫か!?」


カートが馬を寄せ、そう声をかけてきた。


「そりゃこっちの台詞だ。その脚、大丈夫か?」


アールンはカートの右の太腿の派手な傷を見ながらそう返す。


「まあ、馬上で踏ん張るぐらいならどうってことねえよ。」


そう言いながらも、坊主頭の青年は剣で近づく魔物を斬り伏せる。


「あともう一押しだ!」


そう叫ぶカートに、アールンは「根拠は!?」と叫び返す。


「ない!!!」

「了解!!!」


そう言い合い、2人はまた前方の敵の方へ突撃しようと手綱を握った。

大量の馬蹄の音と共に大きな鬨の声が聞こえてきたのは、ちょうどその時だった。


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