33 殴り込み
「やあやあ、久しぶりだね。」
”ヤイダ征伐”が決定された会合からというもの、何かと自室に引きこもりがちであったソーラの元を、唐突にヤートルが訪れた。
「...相変わらず、貴方は女性のようにしか見えませんね。」
「実際、この街では女で通ってるからね。あんまり変なこと言うと、ラディンのやつみたいに根掘り葉掘り聞かれかねないし。」
「少女」はそう言いながら、マイペースに窓辺に腰を下ろした。彼女の部屋は政務部の大厦の四階にあり、開け放たれた大窓からの眺望は言うまでもない。
ひえ〜、高いね!と、ヤートルは窓から軽く身を乗り出してはしゃいで見せるが、それでもソーラの表情が晴れないのを見ると、一転して顔を険しくし、ひとつ息をついて口を開いた。
「...それで、最近どうなのさ。大丈夫なの?」
「...何がですか。」
「アールンのことだよ。」
そこで、ヤートルは再び溜息をついた。
「今、街は好戦一色さ。最初は息子を兵に取られることを怖がってた人達も、臨時募兵が後方支援任務だけってわかると手のひら返して血気盛んに軍と”王子殿下”を応援。でも、アールンはそんな事するために...大変な思いしてまでここに来たわけじゃないはず。」
「...。」
ヤートルの言葉には答えず、ソーラは外の曇天を見つめた。
ちょうどその時、小粒の冷たい雨が降り出し、景色が霞むと共にさああという音が聞こえ始めた。
「...っていう、ちょっとした愚痴を言おうと思って来たんだけど、どうやら君もそれどころじゃなさそうだね。」
そう言って、彼は後ろでふんわりと2つに結んだ髪を揺らしながら、ソーラの目の前に進んできた。
「何かあったの?別に誰にも言いやしないよ。商人は信用が命だから。」
「...彼は、アールンさんは、自分で壁を築いてしまっているんです。その中に引き籠もって、誰も寄せ付けたがらない。」
ソーラはか細い声で話す。
「何か、僕に出来ることは?」
「...貴方を、危険な陰謀に巻き込んでしまうかもしれない。それでも、聞いてくれますか。」
「まあ...僕もアールンには借りがあるからね。力になれるなら。」
ヤートルの返答に、ソーラは意を決したような顔ですくっと立ち上がり、部屋の隅に置かれたホーロレヌン(ぬるい葡萄のジュース)の保温瓶を取って杯に注ぎ...少量の乾燥させた柑橘の皮の欠片を混ぜてからヤートルに勧めた。
「温かい内に召し上がって下さい。」
ヤートルはすんすんと香りを嗅ぎ、杯にちびりと口をつけてから目を少し見開いた。
「入ってるの、スカーヤ(レモン)の皮かい?この御時世に、こんな北でよく手に入ったもんだね。」
「そこなんです。」
「え?」
石積みの壁の半地下の空間で、軍団兵の腕帯を巻いた男達の一団が、幾つかの固く封印の施された長櫃を確認していた。
中は暗く空気は澱み、壁の上の方にポツンと空いている鉄格子の小窓から僅かに入ってくる光の齎す明るさを頼りに、男達はびっしりと文字が書かれた目録や櫃に貼られたラベルを見て回っていく。
それらの作業が一通り終わると、男達はそれまで部屋の隅に立っていた麻の顔布に幅広の帽子を被った姿の人物の方に向き直った。
「銃器類、貯蔵用霊気、その他目新しい機械類。全て遺漏無く。お納めくだされ。」
すると、顔布の人物は機嫌良さそうに顎を掻いた。
「有難うねぇ、じゃあ、これ。」
そして、顔布の人物がどいた先に会ったのは、山と積まれた南方産の香辛料や綿布、絹布や貴金属類の箱であった。
どれも、ハニスカでは手に入らない貴重な品である。
「感謝致します。お前ら、持っていけ。」
兵士達の隊長格と思われる男が仲間にそう命じ、男達が半地下の空間から対価の物産たちを外に持ち出そうとエッチラオッチラ階段を上がり、外へと繋がる扉の前までたどり着いた時、突然扉の閂が弾け飛び、木製の扉は半ば粉砕されるように蹴破られた。
アチャリ(胡椒)が満載された大きな麻袋がひっくり返り、大きな音を立てて黒い粒が地下室にばらまかれる。
「何事だ!?」
階段から転げ落ちて悶える者達を除く男達は即座に短銃を抜き、出口に向かって構えた。
しかし、男達はそこから現れた人物を見て、呆気にとられた。
その侵入者の見た目は、どう見ても可憐な少女のそれであり、とても重い地下室の扉を蹴破るなどという凶行を出来そうもなかったからだ。
「お前ッ...何者だ!?何故ここに!?」
「...さあね、自分で考えれば?もう遅いけど。」
そう言って、ヤートルはそれまでふんわりと結んでいた2つの後ろ髪の留め紐をキュッキュと上げ、きつく縛った。
刹那、彼は階段の一番上の段を蹴り、黒い粒の散乱した地下室の地面を飛び越えて男達に肉薄、最も手近にいた不運な男の首を即座に掻き切った。
「クソッたれ...!!撃て!撃て!!!」
兵士達が霊気銃を乱射し、室内は青白い光に包まれる。
ヤートルが立っていた場所には光弾が集中したが、”少女”は身体を捻り、屈め、時に飛び退りながら、超速で飛んでくるそれらを巧みに回避していく。
「意外と遅いんだね、それ。」
「なっ、ぐあっ!?」
「ひいっ、ギャッ!!」
一度後退してそう言ってから、彼は再び跳んで兵士達に肉薄すると、今度は姿勢を低くして周囲にいた隊長格含め二三人の足を刃にかけた。
激痛に思わず脱力する兵士達に背中からとどめを刺し、それらを人間の盾にしながら、またもヤートルは狩りをする獣のような低姿勢でそこから飛び出し、残る敵も次々にその息の根を止めた。
「さて、終わったかな。で、君がエーダの手先、かな?」
ヤートルはそう、この惨事にもかかわらず未だぼーっと立ち尽くしている顔布の人物に声を掛けた。
出発前、ソーラはヤートルにそう語った。
「ハニスカには、南のマーダム海を彷徨く海の魔物を恐れて商船が近寄ってこない。従って、独自の海外貿易というものは行われていないんです。」
「そうだね。...だから僕みたいな陸を行く小口の行商でも稼げるわけだ。」
ヤートルはホーロレヌンをちびちびと飲みながら、彼女の言葉に耳を傾け頷いた。
「でも、都市間の貿易もそれほど盛んでない今、貴方のような商人とて稀なはず。」
「うん。」
「そして、ここからは怒らないで聞いてほしいのですが...特に香辛料は、それぽっちの供給で街全体、私達の食事から庶民の飯店までの需要を賄える筈がない。」
「確かに。貴金属は兎も角、アチャリとかノファーン(クローブ)なんかは、昔からサンダの食卓には欠かせない調味料だ。昔は南方から中原を通って普通に流通してたけど今は無いし。考えてみれば確かに、何処から来てるんだろ。」
ヤートルの疑問に、ソーラは言いにくそうに口を開いた。
「...一つ、心当たりがあるんです。ヤートルさんは、それらの香辛料を、エーダで手に入れていましたよね?」
「そうだけど...。」
「君は、あの王子様の手の者かい?」
目の前に立ち尽くす顔布姿の人物は、ヤートルの問いにそう問い返した。
表情は見えないが、布の下の顔は微動だにしていないようだった。
「先にこっちの質問に答えようか。」とヤートル。
「...そうだよ。私は確かにエーダの者だ。それで...あの賢い王子様が、こんなしがない商人になんの用で?」
「幸い、僕はアールン殿下の下僕じゃない。でも、これはとある筋からの依頼なんだ。」
そして、ヤートルは瞬く間に顔布に接近し、その首筋に短剣の刃を突きつけ、耳元で囁いた。
「紅玉の従者様に西域産の頭布を渡した、いや渡すように言ったのは、君だね?」
「...。」
「シカトかい?つれないなぁ。でもさ、あれが単なる贈り物のつもりなら、そうと言えばいいよね。それとも......言えない理由でも、あるのかい?」
ヤートルの素早い尋問に、顔布は初めて僅かに顔をひくつかせ、口を開いた。
「...そうですねぇ...成る程、その筋でしたか。」
雷雲が近くなってきたようだ。と、よく分からない比喩表現を口に出した後、顔布の人物は力なく膝をつき、そのまま仰向けに倒れた。
「霊気が感じられない...まさか、死んだ?」
首筋に手を当ててから、ヤートルはぺらりと死体の顔布を取ってみた。
「うわっ、なんだこれ...カッサカサじゃん...。」
顔布の内は黒ずんで頬こけた若めの男の顔であった。帽子で隠れていたが、髪も既に粗方抜け落ちていた。
先程の落ち着いた口調からはとても想像のつかない異形に、流石のヤートルも思わず少し後ずさった。
その時、轟音と共に、彼が入ってきたのとは別の入口の扉が蹴破られた。
「!?ケホッケホッ。」
空間内のホコリが舞い上がり、煙たい空気の中でヤートルは辛うじて新たな侵入者の姿を見た。
それは、大変恰幅の良い糸目の若者であった。短めの黒い棒を両手で持ち、周囲を見回して自らの「敵」を探している。
(こっちに気付いてない...?)
視界の悪化した室内では、小柄な彼は発見されにくいのだ。
(あの頬の紋様、どうせ碌な奴じゃないよね。後ろから一突きにしてやろう。)
忍び足で若者の背後に回り込みながら、ヤートルは若者の顔をちらりと見た。
その頬には、妖しく光る赤い紋様があった。
タナオードの戦で見た”魔”の力由来のものか。
「ッ!!」
若者の死角を取ったヤートルは短剣を構え、煙の中から音を立てずに跳び上がるが、若者はまるで背中にも目が付いているかのようにすぐに身を翻して棒を振るい、彼の刃を防いだ。
カチィンという音が響き、刃と棒がかち合う。
(この棒、金属製か。当たったら痛そう。)
すぐにヤートルは間合いを取るが、すでにその姿を補足した若者は棒を一回転させて構えを取り、どしんどしんと足音を立てながら突撃を開始した。
(そんな単純な攻撃、簡単に躱せる。)
ヤートルは前方高くに飛び上がると、空中の彼を打ち落とさんと若者が棒を上方に向けて突き出してくる。
それを彼は身を捻って直撃を回避し、棒を掴んでそのまま空中で半回転、若者に強烈な蹴撃を命中させた。
若者は思わず体勢を崩したが、その後もヤートルは攻撃の手を緩めることはなく、地面に降りて体勢を整えるや短剣で若者の頸部を狙った一撃を放った。
必殺の刃は首の皮を切り裂き、赤黒い血が吹き出した。
「グ、アア...。」
しかし、それでも尚若者は倒れない。傷口を抑えてうめきながら、よろよろと棒を構えた。
「やめなよ。大体、そんな状態じゃあ何もできないでしょ。」
ヤートルは試しにそう呼びかけてみるが、案の定と言うか、若者の返答はない。
その眼は、悔しさと怒りと痛みが入り混じったような鈍い光をたたえていた。
「グウ、ウオオオオオオ!!」
若者は雄叫びを上げ、身体から赤い光と煙を発し始めた。
(不味い、何か来る!!)
背筋に悪寒が走ったヤートルは、若者が何かをやらかす前に決着をつけようと距離を詰めた。
それに対し、若者は身を守るために金属棒を何度もヤートルに突き出す。
それらを跳ね上げ、躱し、最終的に短剣で受けてから空いている左手に棒を流し、左腕で絡め取って小柄な身体に不釣り合いな膂力で封じた。
棒に思い切り打たれた彼の短剣は大きな音を立てて中程から折れてしまった。
(あーあ...後でソーラにお金貰おう。)
ヤートルは心のなかで項垂れつつ、身体を回しながら剣の無事な部分で無理やり若者の首を大きく切り裂き、その口に剣を突きこんだ。
「オゴゴ...。コ゚ポッ。」
若者はついぞ何も出来ぬまま、出血多量によって遂に力尽きた。
「ふう...こいつは...顔布の仲間かな。」
ヤートルは服の袖と裾についた血を出来る限り払い落とし、髪留めを再び少し下ろして緩めつつ、改めてその場に倒れている二人の人物を見下ろした。
(ということは、これでこいつらと”魔”との繋がりは完全に黒だけど、顔布の奴まで死なれちゃったらなぁ...。)
彼は、ソーラにこのような依頼をされていた。
フージェン率いるエーダのアドルイェール商会は、孤立状態にある半島諸都市に対し、表向きは交易を行ってそれぞれの産品を集積し流通させつつ、裏では魔に繋がりのある内通者を送り込んで意のままに操り、融和や統一、復興の機運を削ぎつつ間接的に支配下に置いている疑義がある。
タナオードでは、サールドの一味や”山颪の館”で襲い来たアラート達がまさにそれである。
そして、このハニスカでも、先にマイエンに反乱の気を起こさせ、資料部に対して西域産の頭布をソーラに渡すように勧めた人物、恐らくは商人を装った商会の手の者が居るのだ。
彼らをアールンに対する裏切り者のように仕立て上げるそれらは、まさしく最大の敵対者であるアールンを内心から挫こうとする卑劣な策略であるが、その罠に今の彼は見事に嵌ってしまっている。
一見、彼の統一政策は加速しているので逆効果とも思えるが、これにタナオードが心から恭順の意を示すとも思えない以上、これは逆説的に敵の分割統治の策略とも取れる。
その罠から抜け出すため、魔の内通者を白日の下に晒し上げ、アールンの目を覚まさなければならない。
その捜索と、捕縛。それが彼に頼まれた任務であった。
ヤートルは溜まり場で地元の顔見知りの商人仲間に掛け合ってみた。
尻尾は驚くほどすぐに掴むことが出来た。
曰く、どうやって魔物が彷徨く平地を抜けてきたのか知らないが、時折大量の大八車に香辛料や貴重な布類を満載した一団がやってきて、町外れの農具倉庫で軍団兵と取引しているのだそう。
商人たちはどうせなら街の市場で売って欲しいとぼやいていたが、ヤートルはすぐにその場所を尋ね、その近くの茂みの中で三日三晩隠れていた。
食糧は必要無く、用はそのへんの草むらで足せば良い彼にとって、潜伏など容易なことである。
しかし、制圧は済んだものの、死体を持っていくだけでは証拠としてはあまりにも弱い。
本当は顔布だけでも生け捕りにしたかったが...。
「まあ、事実だけでも伝えに行くか。」
ヤートルは折れた短剣で若者と顔布の首を乱雑に斬り落とし、先ず顔布の方を左手で掴んだ。
すると、頭は青白い光となって消えた。
「いや〜、便利だね。この”ハリージェ”ってのは。」
この任務に入る前に、彼もソーラの勧めによりティナの元で一通りの霊体改造を受けていた。
かの女研究者は余りにも異質なヤートルの霊体に若干乗り気ではなかったが、それでも施術は無事成功した。
基幹構造を入れた時には、僅かなくすぐったさしか感じなかったと言った時のソーラの顔が少し不可解であったが、ともあれこれで生首を2つ持った状態で街を歩かずに済むのだ。
「しかも、わざわざ訪問の申し入れをしなくても、”霊信”で政務部の庁舎の中で直接ソーラに話しかければ良いんだから。楽なことこの上ないよ。」
知性を持つ土地神達のやる”霊話”のような真似が人間にもできるようになったのかと思うと、隔世の感もひとしおである。
「...あとは、これは御駄賃ってことでいいよね。」
そう言って、彼はまだまだ山と積まれた香辛料や財貨の山に目を向け、周到に持ってきていた小さめの麻袋に小分けにして入れつつ、次々にハリージェに収納していった。




