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青炎紀  作者: 二十二郎
〈1〉破魔之役:紅玉の従者
34/53

32 猜疑

暗い部屋の中でアールンは一人、細工の施された木枠の嵌った窓から、夜空に浮かぶ月の光を眺めていた。

頭の中では焦燥と不安とが跳ね回り、もう夜も更けたというのに目を覚醒させていた。


第一軍団の制圧後、アールンは集めていた兵力を用いて逃亡していたオルレンやナリャン、そして第一軍団内で特にマイエンに近かった(と密告のあった者も含む)者達を捕らえ、それらの首を尽く刎ね、四肢を膝下から斬り落とし、ハニスカにある主要な3つの市場に分けて晒し者にした。


市場の中央、生活保安局員の番所の前には、処刑された者達の身体の「部品」が刺し連ねられた大串が立ち並び、その頂上にはその「正体」の名前が銘記され、通行人を恐れ慄かせた。


彼は同様にして農業部作業場の一斉摘発を行い、未だ禁令に従わず奴隷の使役を続けていた者達を逮捕、10年の追放刑に処した。街の一歩外は魔物が溢れるこの御時世である。マトモな装備もなしに街を追い出された者達の末路は、想像に難くないだろう。


一連の粛清はひとまずそこで終わりを見せたが、この出来事は皮肉にもハニスカの民に「君主」の出現を震撼させることとなり、それが彼の孤独をより深める結果となってしまった。


もはや、この流れはどうにも出来ない。ならば、この流れに乗って大計を完遂するのが自分のなすべきことだ。


彼は昼間は自らにそう言い聞かせ、必死に自らを蝕む孤独、そして不安を掻き消していた。

しかし、それらの感情は夜に、自室で人々の姿すら目に入らなくなると徐々に首をもたげてくる。



彼は今、ある悪い想像に突き当たっていた。


数日前、アールンがあの”半月亭”のことを知ったのは、既にこの世に居ないオルレンによってであった。

そして、同様にしてアルアータがナリャンに嵌められ、彼らはあの小さな酒店に集められた。

あの恥知らずの大馬鹿者2人は助命の恩を忘れて謀略に加担したわけだが、ここで一歩立ち止まったとき、彼はある事に気づいたのだった。



アルアータは()()ナリャンに店のことを聞いたと言っていた。ならば、彼女がその日店に行ったのは全くの偶然だろう。


しかし、その日に()()()()アールン達も外に出て、()()ハニスカ学院を訪れ、そこでオルレンが()()()用意していた地図を受け取って、昼食にそこを選んだという訳だ。


そのタイミングで外出を勧め、先導した人間。

普通に考えれば奸計の一味であると思われるその人物は、ただ一人。


「ソーラ...?」


彼は、呆然と口に出した。頭の中で先日のマイエンの言葉が鳴り響く。



『貴方の身内にも、裏切り者が潜んでいるやもしれませんなぁ...。』

『ぽっと出の貴方を持ち上げる者達の裏には、一体どんな思惑があるのでしょうな?』



動悸がし始め、呼吸が速くなる。

震える手を握りしめ、目を瞑る。


彼女は軍才は兎も角としても、二十年も市井で暮らしたアールンなど遠く及ばない程に、権力を巡る暗闘の世界には慣れている筈。

更に考えてみれば、ここではゲルト、更にはコート達タナオードの実力者なども、旧王国末期、王などお飾りの政が行われていた時代の雰囲気に当てられた血を、それは色濃く受け継いでいるだろう。

そんな者達が、自分たちの既得権、一都市だけでも最高権力者となっている状況を捨ててまで彼に「従う」理由とは...?


その事を聞かれた時、彼らはきっとアールンの人柄、或いは良い政を行う素質を挙げるのかもしれない。

しかし、そんなことはどうとでも言える。


ハントナー山地のグロジャ(オオカミ)は、母鹿の優しげな呼び声を真似して子鹿を罠に誘い込み、草葉の陰から不意に跳び上がって牙を立てる。


薄ら寒い思いのままに、彼は私室の引き違い戸に内側から鍵をかけ、ひとり蒲団に包まった。





その日、アールン達はディエルの案内で、ハニスカ南方、半島の突端部付近にある丘陵地帯に造られた演習場にやってきていた。


目的は、「新兵器」の視察である。


王子を示す幟旗がはためく仮設の丸太造りの台場の上で、アールンは大ぶりで暖かい黒の外套を纏い、ディエルと並んで目の前の荒れ地を眺めていた。


「行動開始!地点アまで移動せよ!」


吹きすさぶ北風の中、ディエルが小型霊信機に至近距離でそう怒鳴った。


すると、眼前にはずんぐりむっくりの、タク()の甲羅のような形の物体が、四人の兵士を伴ってゆっくりと現れ、アールンとディエルの居る場所の前に陣取った。


物体は青白い光を出していないものの地面から若干浮き上がり、前面には巨大な砲が一本、遥か前方の小山を睨んでいた。


「これが、新たに防衛部が開発した”戦闘艇”に御座います。地上運用が想定され、浮遊力は控え目ですが、代わりに”火力”は浮艇の比では御座いません。」

「ほう...。見せてくれるか。」

「ええ。では、実戦形式で参りましょう。あそこを御覧ください。」


ディエルが指差したのは、遥か前方、”戦闘艇”の砲身が向けられた小山であった。


目を凝らしてみると、小山の前には幾重にも空堀や馬防柵が巡らされ、赤い旗が幾つか立っている。


「あれは...野戦陣か。」


平坦、ともすれば冷たい口調で、アールンは言った。


「はい。普通ならば主力軍団の戦列歩兵か、或いは重装騎兵での突破が有効ですが、それでも多大な犠牲は必至...しかし、この”戦闘艇”はその限りではありません。」

「ほう...。では、この守りをどう破る。」

「お見せいたしましょう。我々の新たなる”力”を。戦闘艇、発砲用意!」


すると、”戦闘艇”の砲身が僅かに下を向き、空堀と馬防柵の足元付近に狙いを定めた。


「”ドー(撃て)”!!!」


ディエルの号令の下、戦闘艇の砲から青白い光線が発せられ、その終着点となった陣地の一角では土煙が上がった。

刹那、激しい轟音と空振が、アールン達の立つ台を襲った。


思わず、ディエルを除くその場に居る全員が顔をしかめ、腕で顔を守るように覆った。


後には、煙を上げる抉れた地面と崩れて埋まった空堀、後方に吹っ飛んだ馬防柵の残骸が残っていた。


「...威力は高いようだな。具体的な性能は?」

「半減距離...霧散しながら飛んでいく霊気線の威力が半減する距離は、約2ナリン(1.2キロ)。そこまでは、並のセラン(台郭)の外壁なら崩せる威力です。しかし、この”戦闘艇”の真価はその機動力にあります。随伴兵、搭乗。」


すると、”戦闘艇”の脇に控えていた四人の兵士が艇の左右の後部に取り付き、その斜めの外殻から足場を人数分引き出し、そこに飛び乗った。

随伴兵用の足場の前面には銃眼付きの覆いがある。あれで兵士の身体を保護するのだろう。


「進行上の障害を排除しつつ、前進せよ。」


風が弱まったために幾らか声を弱めたディエルがそう言うと、兵士を乗せた”戦闘艇”はゆっくりと動き出し、徐々に加速していった。


搭乗した兵士達が時々得物の霊気銃を側方に向けて発砲し、周囲の「面」を制圧するようにしながら戦闘艇は馬の速歩ほどのスピードで進んでいく。

空堀や砲撃の痕や瓦礫で荒れに荒れた地面の上をいとも簡単に抜け、山を下から上へ滑るように登っていき、瞬く間にその頂上に到達し、赤い旗をそのまま踏み倒した。


それから間を置かず、戦闘艇の搭乗兵が周囲に散開し、安全を確保した。


「これにて制圧です。」

「成る程。さしずめ、多人数が乗れる騎馬といったところか。確かに強力だが...数を揃えなければ只の大きな的だな。」

「痛い所を突かれますな...。そして、我々にはそのための資源は無い。」

「そうだ。そもそも金属製造のもととなる鉱山の数も質も、この辺りは非常に劣悪だ。豊富な鉄山や銅山、銀山は、タナオードの方に集中している。これは、由々しき問題だな。」

「はい...。」


アールンはそこで、目を細めてディエルに向かい、こう言った。


「欲しいか?」

「...と、いいますと?」

「北の、豊かな鉱山を。」

「...それは、その...。」


普段の落ち着いた雰囲気にしては珍しく返答に窮したディエルを見て、アールンは満足そうに再び笑った。


「ははは、冗談だ。どのみちお前には答えられぬ問いであろうしな。」




その「歓談」の様子を、ソーラはその後方から暗鬱とした表情で見守っていた。


「最近、変わってしまったね。彼。」


彼女の隣で、ラディンが小さく呟く。

ここでそれを口に出す無神経さに若干眉を顰めるも、彼女は無言のままであった。


「ま、あれぐらいの方が、王様としては丁度良いのかもね。」


反応の無いソーラに居心地が悪くなったのか、ラディンはそう言って強引に会話を終わらせた。




あの第一軍団による謀反事件の後から、アールンはどこかおかしくなってしまった。


信任を裏切られたことの衝撃が大きいのか、或いは謀反の折にマイエンに言われたことを余りにも気にしていしまっているのか。

最近では、ソーラやラディン等ごく身近な者までも身の回りから遠ざけて、仕事以外では口も利かなくなり、政務の場面でも彼から投げかけられるのは時折の事実確認か、既に決定された指示に留まっていた。


親しげで、人の意見も積極的に取り入れて皆で考えようとするのが彼の良いところだと言うのに。

今の彼は、最早彼女の慕うアールンではなく、まるで史書から飛び出してきたかのような、何人も寄せ付けぬ冷厳なる権力者であった。


そして、筋違いにもそれを残念に思ってしまう自分が、更に嫌であった。


(...私のせい...でもありますよね。)


自嘲を込めて、彼女は心のなかで呟いた。


事の起こりは、そもそも彼女がアールンを「お忍び」に連れ出したことだ。


その時は、煮詰まり状態のアールンに、彼も馴染みのある庶民の新鮮な空気を吸わせる事のできる良い考えだと思ったところに、丁度良く資料局の人間から珍しい西域産の頭布を勧められたので、渡りに船とそれを受け取るや彼の執務室に向かったのだった。


執務室に繋がる廊下であの汗っかきの農業部長と会釈を交わした時、やはり彼女の気遣いは間違っていなかったのだと、軽く誇らしげな気分にもなったものだ。


しかし、アールンをそのような...まだまだ対立者も多い市井に連れ出すことの危険に、自分は愚かにも思い至らなかった。それに、なまじ懐かしい空気を吸った直後の出来事であるだけに、彼に齎された衝撃も増幅されてしまっているのだろう。


(大馬鹿者ですよ。全く。)


あの日から、何度心のなかで呟いたことか。


あまりにも迂闊で、高慢であった。

ひょんなことから慣れない暗闇の世界に放り込まれてしまったアールンを、自分が、それこそ”シャオローウィ《子守》|”の如く手取り足取り守り導いてやれると思い込んでいた。


それがどうだ。


「...だが、このまま何もしないわけにもいかぬ。明朝の会議で、これからの事を皆と話すとしよう。」


アールンはディエルにそう言うや身を翻し、風に外套をはためかせながらソーラとラディンの立つ場所の隣を過ぎて壇上から降りていった。


すれ違う瞬間も、彼が彼女らに口を開くことは、寸分も無かった。





カイラン山脈とオード山地のそれぞれからハニスカに流れ込む二筋の大河川の水は、放置すれば忽ちにこの街が存在する盆地を水浸しにしかねない。


それを防ぐため、二河川の水はハニスカに至る直前で暗渠に回収され、それを伝ってこの街で最も海抜の低い盆地中央の貯水池に集められ、そこから盆地の外周部を貫くようにして造られた巨大な運河を通して南のマーダム海へと排出されている。


その貯水池のほとり、半ば湖面に張り出すようにして造られているのが、嘗ての”ハニスカ大採取場”の本部であり、王族の来訪時はその宿泊場所ともなった”サンイスム(中央殿)”である。


アールンはここに来た時、”政務部”の大厦ではなくこの殿閣を使うのはどうかという打診もあったが、()()()()アールンはゲルト達政務部と離れてしまっては色々と差し支えるだろうと言って、丁重に断っていた。


今、その白い宮殿の中心部に位置する五層の楼閣の三階、青い空の色を映した湖面がよく見える大広間にて、”講和派”と、件の反乱の失敗や粛清、そして第六軍団と第一軍団の解体によってすでに瓦解一歩手前となっている”主戦派”の首脳同士の会合が開かれた。


大広間の中軸上には巨大な長卓が鎮座し、アールンの座る上座の端部から見て向かって左側には、崩壊途中の”主戦派”に於いて只一人指導的地位を保っている”調査部長”のルンディ=テルの苦々しげな顔をはじめ、幾つかの”主戦派”の上層部の面々が座っている。


対して、向かって右側に座っているのはソーラの他、ゲルト、”資源管理部長”のハング=シェロール、”建設部長”のエイラン=ルーテンドなど、”講和派”の面子が並ぶ。


”主戦派”が並ぶ左側には、加えてディエルも座っていた。

粛清で従兄弟であるマイエンを失った彼であるが、それでも中立の姿勢に変化はなかった。しかし、今回に限ってはマイエンの空席を埋めるため、左列でアールンに最も近い位置に座を占めているのであった。


と、言えば聞こえは良いが、これは”主戦派”にとっては非常に都合の悪い席次である。

それにもかかわらず嘗てのような強硬姿勢で抗議が出来ないところに、かの派閥の零落具合が読み取れるだろう。


「皆、揃ったようだな。では始めよ。」


アールンは長卓を見回した後、脇に控えていたアルアータにそう命じた。


「はっ...皆様方、本日はアールン=エルドーレン王子殿下の招聘に応じ、この場にお集まりいただいたこと、誠に感謝致します。」


アルアータの口上に、”主戦派”の下座に座る幾人かが軽く眉を顰めた。この期に及んで、彼らにはまだ反発する気概が残っているようだ。


「では、早速本題に移らせて頂きます。先ずはテル卿、先の議で御指示のあった...北方侵攻計画の作戦素案を、ご提示願います。」


アルアータは”主戦派”の方へ向かって苦々しげにそう呼びかけた。

それに対し、長卓の左側に居る者達は一様に息を呑み顔を険しくした。


アールンは前回の会合で、「そんなにやりたいなら一先ず作戦の案を見せてみろ。」という提案を彼らに行っていた。

しかし、あのときからは何もかもが変化した情勢下で、当の”主戦派”たちも素案を出すのには躊躇があるようだった。


「怖気づかずとも良い。私が見せろと言ったのだ。何を提示したとて、罪に問われはしないことを保証しよう。」


アールンはそう言うが、その表情は平坦なもので、何の感情も読み取れなかった。


「さあ、ここに。」


アールンに促されるままに、頭目であるルンディが作戦概要が記された紙を丁重にアールンに差し出した。

時を同じくして、部屋の端に控えていた使用人たちによって講和派の面々にも写本が配られ、彼らはそれらを見た瞬間に表情を曇らせた。

ソーラもそれに目を通したが、動機が全く受け入れられないのは兎も角、実際の戦略自体はそこまで突飛なものではなかったことが、僅かに意外であった。


作戦は大まかに三段階に分かれる。

タナオードとハニスカの間を塞ぐ王国時代の軍事要塞”ヤイダ要塞”の攻略に始まり、その後小部隊と浮艇を放って境界部に存在するタナオード軍の前哨施設を破壊、その上で本隊を動かし、市街地へと進軍する。

霊気銃を装備した歩兵が主体のハニスカの軍にとって脅威となるのは、野戦におけるタナオードの重装騎兵である。未だ連射力・貫通力共に、顔まで鎧で覆った重装騎兵の密集突撃を全て捌き切れるほどの力は自分達には無い。

そこで、一刻も早く都市を包囲し、陣地を築いて馬を防ぐというのは、理にかなった戦術と言える。


「ほう...、卿らはこれをどう思う?」


アールンは講和派の方を向いてそう尋ねた。


「これは...何故貴方がたは、こんなにもあの街に敵意を向けられるのですか!?」


それに対し、ゲルトが思わず卓の対岸に向かって叫んだ。


「彼らは、我々に怒る理由がある。他ならぬ貴方がたの独断による聖獣の誘拐です。しかし、我々は彼らに刃を向ける理由などありませんぞ!!」


老臣の主張に、アルアータが頷いた。

それに対するルンディは、押され気味になりつつも食い下がった。


「では、彼らの好きなように、我々を蹂躙させますか?そうなれば、今こうして彼らの肩を持っておられる貴方も只では置かれますまい。我々には確かに怒る理由は無いが、身を守らぬ理由もない。そして、”剣は最上の盾”に御座います。」


どうやら、この男はあの”征夷将軍”と違ってかなり現実的な物の見方をするようだ。

しかし、論理の欠陥はまだ沢山ある。ソーラはルンディの発言が終わるとすぐに発言の許可を求めた。

それに対し、アールンは無表情のまま、頷いた。


「敵意の大本を断とうというテル卿のお考えも分かります。しかし、市街地の制圧を以て、その禍根を断ち切れると、本当にお思いですか?」

「というと?」

「例えタナオードの街を制圧し、城を落としたとして、結局貴方がたは外から来た軍隊です。タナオードの民はそれをもって、貴方がたの咎を許すのでしょうか?否。彼らは貴方がたをこう呼ぶでしょう。侵略者、占領者、征服者、圧政者と。」


ソーラはそこで言葉を切り、息をついてから再び口を開いた。


「貴方がたは、嘗て殿下がこの街にやってきたことに反発し、先の反乱を起こした。にも関わらず、今度は貴方がたがそれと同じ立場になろうとしているとは...皮肉なものですね。」

「くっ...!」

「そこまでだ。もう良いだろう。」


ソーラの痛い所を突き続ける猛攻にルンディをはじめ”主戦派”側が返答に窮した時、アールンが突然口を開き、彼女を制止した。


「殿下は、これを如何に?」


ゲルトの問いに、アールンは再び案を眺めた後、徐ろに口を開いた。


「...良いんじゃないか?」

「は...!?」

「お待ちを!!」


予期せぬ返答に、思わず長卓の右側から次々に声が上がる。

一方で、左側の面々は皆一様に拍子抜けした表情となった。この男は、自分達を止めるためにタナオードが寄越した者だったはず。それがどうして...?

それらの反応を軽く流し、アールンは作戦案を見ながら言葉を継いでいった。


「ただ、次の点を改めよ。ヤイダ以北への本軍の進撃はまかりならぬ。また、勢力境界のムルターン川以北へは如何なる部隊の立ち入りも禁止だ。それならば、私はこの案に賛同しよう。」

「そっそれはつまり、タナオードを攻めるなと...?」

「ああ。しかし、力攻めだけが戦ではない。それは卿もよく分かっているだろう?」

「...!」

「要は、()()()()()()()()()()()()()()に、軍を動かすのだ。分かったな。」


”主戦派”の面々はアールンの言葉に生気を取り戻し、嬉々とした表情で上座に座る青年を見つめた。


「お待ちくだされ!!ヤイダを陥落させるだけでも、城攻めには兵糧や人的資源には限りがありますれば、要塞内の魔軍の規模も明らかでない今、それは危険にございます!!」


資源管理部長ハング=シェロールが必死に反論するが、アールンはそれに対しディエルを見てこう問いかけた。


「新型の”戦闘艇”の砲は、ヤイダの外壁を抜くには十分か?」


その問いに対し、ディエルははっと目を見開いた。


「...はい。北西辺境の最新鋭の要塞群ならばわかりませんが、ヤイダは遥か中世に造られた古い型の要塞です。台郭の外壁の厚さは四半ラール(1.5メートル)も無いでしょう。余裕...にございます。」

「結構。城の外郭...対空兵器を含む防衛設備を南面だけでも沈黙させられれば、そこに輸送浮艇で直接乗り付け兵を送り込み、内と外から挟撃を掛け敵を殲滅できよう。」

「...さすがの御慧眼、恐れ入りました。」


ルンディ達の讃辞にも、アールンが相貌を崩すことはない。


「では、方針は決まったな。後方支援要員の募兵も行う。それも含め、諸々の準備期間は今からひと月だ。この旨、議文にまとめよ。」

「「「ははっ!!!」」」


そう言うや、アールンは困惑した表情のアルアータを伴って広間から出ていこうとした。


「お待ち下され!!」


その行く手に、ゲルトが立ち塞がった。ソーラもそれに続く。


「邪魔だ。」

「戦はなりません!!!」

「これは戦ではない。魔物の掃討は、お前達も20年前からずっとやってきたことではないか。」

「しかし!!」


尚も食い下がろうとする眼の前の腰の曲がった老人を、アールンは冷たい眼で見下ろした。


「...ウルム卿、お前の仕える主は誰だ?」

「っ!?それは今関係が...!」

「簡単な質問だ。答えろッ!!」


豹変したアールンの剣幕に、ゲルトは「ハニスカ...いえ、”王国”にございます...。」と、おずおずと答えた。


「違う。”私”だ。今後は、自らの役割に一層砕心するよう、期待しているぞ。」


そう言い捨てて、彼は再び歩みだそうとした。


「ちょっと!そんな言い方は無いでしょう!!?」


今度はソーラが彼を止めようと行く手を塞いだが、アールンは彼女に冷たい一瞥を投げかけただけで、その脇を素早く抜けてつかつかと歩いていった。


その後ろから、アルアータが彼女の身を案じるような視線を向けつつも、アールンに付き従って行ってしまった。


彼らの背中が見えなくなっても、ソーラはただ呆然とその場に立ち尽くしていた。

その後、議文を纏め終わったのを確認し、”主戦派”の面々が勝ち誇った様子で彼女を見やりながら出ていった。


ゲルトはディエルと講和派の面々が尚も残る広間にて、ふらつく足で自らの席に戻り息をついた。


「殿下は、ご乱心あそばされているのか...?」


資源管理部長ハングの呟きに、ゲルトは再び大きな溜息をついた。


「いや、臣下の意見に流されず、一人で考えて物事を決める。あれがあるべき王の姿なのかもしれませんな...。」





その日の夜、ハニスカで赤気(赤いオーロラ)が観測された。


昼間の中央殿での会談の結果を市井の多くの人々は知る由もないが、このところ蔓延(はびこ)る漠然とした不安感、そして彼らの”君主”がこのところ軍事技術に関心を偏らせているという噂もあいまって、古来より戦禍や災害などの凶兆であるそれを見た人々は口々にこう噂した。


この冬は、これから戦の季節となるであろう、と。


その噂を、上層部が真に受けたわけではない。しかし、偶然にもその翌日、ハニスカ全市に募兵令、そして征戦令の発布が通達された。


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