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青炎紀  作者: 二十二郎
〈1〉破魔之役:紅玉の従者
33/53

31 怒号

「じゃあ、ここでいいの?」


マルーム・ハニスカ(ハニスカ学院)”の正門前で、ティナは頭布を巻いて顔を隠したアールン達に確かめるようにそう言った。


「案内助かった。ここからは俺達の地図で何とか行けるかな。」

「う〜ん、”半月亭”かぁ...私、その手の酒店とか料理屋はあんまり足が向かないからな...。」

「有名だって聞いたんだが、ラディンとかと行ったこと無いのか?」

「無い無い。あいつもあんまり飯屋は知らないタチだと思うよ。」


アールン達はティナを昼食に誘い、それに彼女は二つ返事で乗ったものの、肝心の場所を知らなかったので、取り敢えず出発地点として”ハニスカ学院”まで案内してもらうことにしたのだった。


オルレンから貰った古ぼけた地図を見ても、かなり奥まった路地の先にあるようなので、出不精らしきティナが知らないのも無理はないだろう。


「んん...?」


そこで、アールンは”学院”の門扉の柱の裏に一瞬人影を見たような気がし、眉を顰めた。


「どうしました?」

「いや、いま誰かがこっち見てたような気がして。」

「ちょっと...怖いこと言わないで下さいよ。」






「ここから...大水路の橋を渡って...その先を右です。」


「その地下への階段を下って...あ、ちょっと待って下さい、一つ向こうの階段でした。」


「ええ。その水路の脇の道です。こっちが近道らしいです。」


「ふう。ここまで来たら、後は道なりですよ。」


ソーラの指示のもと迷路のような裏道を抜け、3人はようやく目的の店近くまで辿り着いた。


「そうだ。一応店では俺達の名前は出さないで欲しいんだ...。」とアールンがティナに言った。

「名前...確かに、大騒ぎになっちゃうもんね。でも、なんて呼べばいいの?」

「実は、偽名を作ってたんだ。俺は”ルーウィン”。ソーラは”セルカ”で頼む。」

「分かった。ルーウィンとセルカね。」


路地は人気こそ無いが、面する格子窓からは食器を並べるカチャンカチャンという音が響き、排気口からは香しい匂いが漂ってきて、それらは彼らの腹の虫を一気に目覚めさせるのには十分すぎるほどであった。


急ぎ足で路地の曲がり角を曲がると、その先は唐突に突き当たりとなり、そこに”半月亭”の入口はあった。


「この辺、政務部の近くなんだ...。」とティナが呟いた。

「分かるのか?」

「いや...ここ、ラディンに無線霊信が通じるから。今あいつは政務部の建物の作業場にいるはずだし。」


無線霊信の短い可能範囲内とは、相当な近場なのだろう。


もとは別の施設であったらしい黒ずんだ石造りの建物に、間に合わせのような木製の窓枠と扉。大店のような幟旗や看板の類はなく、ただ扉の脇に控えめな字で「酒店、半月亭」銘打たれ、上に下弦の月の紋が入った薄汚れた看板が掛かっているだけだった。


「間違いない。じゃ、入るか。」

「え...本当にここなんですか?」

「何だよ。怖いのか?」

「いや...でも、明らかに...その、言葉は悪いですけど古ぼけてるといいますか...。」

「まあ、外面に気を遣ってないのは、当たり外れの振れ幅がデカい店って相場は決まってるが、前評判通りなら大丈夫だろ。」


そう言いつつ、彼は扉を開けた。

木扉の裏に吊り下げられた小さな鈴が軽快な音を立て、来客を奥に知らせる。


「下か...。」


扉の先にはいきなり下へと続く古い階段があるという、非常に珍しい造りであった。しかし、彼のつぶやきにはその造りへの驚き以外にもう一つ意味があった。


「何か、騒ぎが起きているんでしょうか...?」

「だな。」


階段を降りていくに従って、諍いの声は大きくはっきりと聞こえるようになっていった。

いや、これは諍いではない。というよりも、応援...?


(何だ何だ。今は真っ昼間だぞ。)


階段を下りきったところには第二の扉と、その脇に受付と思しき窓口があり、その中には一人の老婆が静かに座っていた。


「おい!こんなちびっ子に負けんなよ!!」

「若いのにようやるなぁ!!」


窓口の裏手は店内に通じているのだろう、そこからは中の喧騒がはっきりと聞こえてくる。

3人の来訪に気付いた老婆は目を少し開けて、苦笑した。


「ごめんねぇ。この通りだから、年寄の耳じゃ入口の鈴の音は聞こえんのよ...。まあ、ゆっくりしてき。」

「ありがとう。お邪魔するよ。」


老婆に会釈しつつ扉を開けると、明るい店内では調理場に面した(カウンター)の前に人だかりが出来ていた。

中は見えないが、どうやら誰かが飲み比べ対決でもしているらしい。真っ昼間だというのに呑気なものだ。


(あいつらの腕帯...軍団兵か。一体第何軍団だ?)


その人だかりを尻目に、彼らは食卓の一つに居を定め、店主に声を掛けた。

はいただいま、と店主が彼らの卓にやってきたとき、背後の人垣がどよめいた。


「はあ...。」

「飲み比べで私に勝とうなどと、努々(ゆめゆめ)思わないことです。」

「!?」


アールンは運がなかった...とうんざりした様子でため息をついたが、その直後、人の群れの中から聞こえてきた聞き覚えのある声に、弾かれたように振り向いた。

それはソーラも同じであり、2人は座ったまま人垣の隙間から中を覗いた。


「しかし、恥ずかしくないのですか?大の大人が昼間から酒を浴び、若い女に絡み、挙句の果てに飲み負かされてしまうとは。なんと情けない。」


「ありゃあ...アルアータか...?」


アールンは思わず呟いた。

男達の隙間から覗く黒装束、聞き覚えのある落ち着いた声。今はオフなのか口調に丁寧さはないが、あれは間違いなくアルアータだ。


「クソ...調子乗りやがって...!」

「おい!この状況で口の利き方ってもんがあんじゃねえのか!?」


険悪な雰囲気になったので、アールンは立ち上がり男アルアータを囲む男達の方に歩いていった。


「おい、静かにしろよ。」

「チッ、何だお前。」

「ッ殿下!?何故ここに!?」


アルアータは即座に彼の正体に気付いたが、男達の方はそれを信じることはなかった。


殿()()だあ?オラァ!!」

(こいつらも酒が入ってやがるのか!?)


酒が入っていることでガラの悪さに拍車がかかっている軍団兵にアールンは戦慄しつつ、そう言いながら立ち向かってきた兵士の拳を綺麗に掴み、ひと思いに捻った。


「いでででで!?」

「ここは騒ぐ場所でも暴れる場所でもねえよ。静かにしろ。」


アールンの気迫に酔いが醒めた兵士達は、引くに引けなくなって彼を睨みつけた。

しかし、その剣呑な雰囲気は、兵士達の後ろから上がった声によって唐突に終止符を打たれた。


「おーい、そこまでだ。やめとけお前ら。」


兵士達の後ろから、一際体格のいい無精髭の男が伸びをしながら立ち上がった。

その様子を、アルアータは驚きの籠もった目で見つめていた。どうやら飲み比べで彼女と競っていたのはこの男らしい。


「あんた...ふむ。どうやら本物の王子様みたいだな。俺は先週の閲兵式で先頭にいたから、あんたの顔もよく見えたんだぜ。」

「はあ...そりゃ、どうも。」

「それで...こいつら随分な非礼をやらかしてたと思うが、どうするんだ?」


そんな罰の訊き方があるかとも思ったが、アールンはそれを一々言い立てるような人間でもないので、流すことにした。


「まあ...別にいいさ。俺みたいなのがこんな所に居るわけ無いってのは事実だし。」

「そうかい。だってよ、お前ら良かったな。反逆罪には問われないそうだ。」


すると、兵士達がどっと笑った。どうやら大男は彼らのまとめ役らしい。

アールンも釣られて笑顔になり、改めて大男に名乗った。


「じゃ、改めて...初めまして。アールン=エルドーレンだ。」


すると、大男は打って変わってキビキビと膝を折って敬礼の姿勢を取った。


「第一軍団”クヤッルアータ(光の鷹)”の”ミーオナーディ(百人隊長)”ヴェラード=シルスレン。後ろは俺の部下で御座います。」

「よろしく。第一軍団か...。」


アールンは少し顔を曇らせた。他でもない厄介な軍団長を思い出したからだ。

その様子を察してか、ヴェラードは突然ブッと吹き出した。


「何だよ。」

「いやはや、第一って聞いた瞬間にそこまで露骨に顔色悪くされると、逆に気持ちいいってもんだ。どうせ、うちの”将軍様”のことだろう?」

「よく分かったな。ついでにあれの弱点とか教えてくれないか?」


アールンがダメ元で訊くと、ヴェラードは案の定苦笑してそれに答えた。


「分かってたら俺がすでに成り代わってるさ。」

「だよな...。」と、アールンはため息をついた。

「ま、喧嘩はこれまでにして、あんたも一緒に飲もうぜ。そこの...あんたの従者なのか?この子ちっちゃいのに大変な酒豪だぞ。この俺に一回休憩挟まさせたんだからな。」


ヴェラードについて(カウンター)の、アルアータの隣に腰を下ろすと、彼女は呆れ口調で彼に話しかけた。


「このような所で何をしているのですか??」

「う〜ん、ちょっとした気分転換、かな。ソーラも来てるぞ。」


そう言いながら、彼はソーラとティナが座る卓に向かって手招きした。

二人が来ると、それに気付いたヴェラードは、一瞬少し意外そうに目を見開いたが、すぐに相変わらずの飄々とした声で茶々を入れてきた。


「全く、女の子を一度に三人も侍らせてるたあ、王子殿下は違うねえ。」

「何を勘違いしてるか知らんが、別に誰とも何も無いからな。ただの仲間と友人だ。」

「そうなのかい?そりゃあ、逆に凄いな。」

「さっきから黙って見ていれば...貴方こそ調子に乗りすぎでは?」

「その通りです。殿下のお情けをいいことに。」


ソーラの指摘に、アルアータが不機嫌な声で同調する。打ち負かしたと思った相手が一瞬で復活してきたので、彼女にしてみれば勝った気がしないのだろう。ヴェラードも、言い方的に負けたとは思ってなさそうであるし、この勝負は一体何処まで続いてしまうのだろうか。


「そうか...でも、当の本人はそれがいいって顔してるぜ。」


そこで、彼は顔を上げた。

図星、というよりも心の奥底に抱えていた思いをするっと引っ張り出されたような感じであった。この男、意外と油断ならぬ一面を持っている。

それに対し、ソーラとアルアータがアールンの顔を覗き込む。


「...まあな。」


アールンは一言、そう返すだけであった。





店の看板メニューであるタルサ(根菜類を肉で包んで焼き目をつけ、甘辛いタレを付けた料理)は、海の近いハニスカらしく塩気の強い味付けで、カイラン山脈からの清水で造られたハニスカの地酒によく合った。


酒の方は、今はまだギリギリ新酒の時期ではないが、保存の腕が良いのか、古酒と言えどもかなりスッキリとした味わいであった。

アルアータは先の飲み比べで随分と飲んでいたとヴェラードが言っていたので、これ以上の飲酒は流石に危険だとして冷水に変えさせた。詩作家で酒豪の少女とか、この人の属性多すぎやしないか?


「じゃ、俺等はそろそろ行くとするぜ。」


ヴェラードは杯を置き、店主に別れの挨拶を済ませて立ち上がった。


「おう。またな。」


酒が入って上機嫌になったアールンは、突然の退出を快く受け入れて挨拶を返したが、ヴェラードはしばらくその場に立ち止まり、やがて神妙な顔つきで彼に耳打ちした。


「...うちの”将軍様”は、ああ見えて狡猾な男だ。用心するこったな。」


今それを言う意味を測りかねてアールンが黙っている内に、大男は部下を引き連れて店内を出、外の受付で勘定を済ませると上への階段を登っていった。





”半月亭”の外の路地を、ヴェラード達が歩いていく。


先頭を行くヴェラードの顔つきは、店でアールン達と話していた時とは似ても似つかぬ、この先の「任務」を反芻しているような、非常に厳しいものであった。


「ねえ...隊長。あの王子様、何かいい人そうでしたね。」


側近の一人が、ヴェラードにそう話しかけた。

それに対し、ヴェラードは目を細めて伏せ、無精髭をいじった。


「そうだなぁ...。」

「やっぱり、止めにしませんか。あの人なら、きちんと話せばこっちの言い分も少しは分かってくれますって。」

「...一先ず、オルケールの奴に合流するぞ。」







「そろそろ俺達も出るとするか。あまり空けすぎても良くないだろ。勘定は...外だったな。おーい、店主さん、ご馳走様!!」


アールンが店の奥にそう声を掛けたが、返答は無く調理場は静寂に包まれていた。

無視されたことに少し眉を顰めつつ、アールンはソーラ、アルアータ、ティナを連れて外の受付に歩いていった。


しかし...。


「あれ...?」


入った時に話したはずの老婆は忽然と消えていた。


彼らとてタルサやその他のつまみ、そして何より多くの酒を頼んでいるのだ。これでは食い逃げしろと言っているようなものではないか。

何かがおかしい。そう思ったアールンは躊躇無く引き返し、一言声を掛けてから料理鍋や盆が無造作に並べられた厨房に入っていったが、そこにも人っ子一人居なかった。さっきは居たはずの店主も、どこかに消えている。


「誰も居ませんな...。」

「客を置いていなくなる店主が何処にいるってんだ。クソ...何が起きてるんだ...?」


しかし、その後すぐにヴェラードの別れ際の意味深な発言と、今の状況がアールンの頭の中で瞬時に結びつき、最悪の事態の可能性がどんどんと頭の中で大きくなっていった。


「アルアータ、今武器持ってるか?それと、あんたはこの店のこと何処で聞いた?そいつは何か怪しいところは無かったか!?」


矢継ぎ早に出された質問に、しかしアルアータは一つ一つ簡略に答えていく。


「武器は護身用に一振り御座います。あと、この店は以前ナリャン殿から聞いたのです。近場にいい酒店があると。確かに、やけに改心したような態度でしたが...。」

「...ティナ、悪い。どうやらあんたを厄介事に巻き込んじまったみたいだ」

「ちょっと、何なの...!?何が起こってるの...?」

「この店は、恐らく”主戦派”...俺たちの対立陣営の奴らの仕組んだ罠だ。俺達を人目につかない裏街に誘い込み、纏めて圧殺するための。」


アールンの言葉に、事情を察しつつあったソーラとアルアータは息を呑み、哀れにも巻き込まれてしまったティナは驚き狼狽して首をすくめ、辺りを見回した。


「それは、本当ですか。」と、ソーラが言った。

「多分、な。」

「嘘でしょ...なんで私まで...!」

「すまない。奴らとしてもあんたが来るのは想定外なんだと思う。あのヴェラードとかいう...恐らく敵側の男も、今思えばあんたを見た時に少し驚いたような顔してたしな。でも...奸計を見た人間を見逃すほど、奴らは甘くないはずだ。......ここは、俺達に協力してくれないか。」


アールンの言葉をティナは憔悴しきった顔で聞いていたが、やがてこう絞り出した。


「ふざけないでよ...!だいたい私戦えないって!!!」

「別に戦えなんて言ってない。ただ、あんたには”霊信”でラディンに連絡して欲しいんだ。ここは通じるんだろ?」


すると、ティナは目を一瞬光らせた後、無言で頷いた。


「じゃあ、霊信であいつにこう言ってくれ。『アールン殿下が、兵を集めろと言っていた。第二軍団、第七軍団、第三軍団、生活保安局の実力部隊、使える部隊を全てかき集めておけって、ウルム卿に伝えろ。』ってな。」

「救援要請...ってこと?」

「いや、それには間に合わないだろう......ここの包囲は、俺達だけで突破する。」


アールンはそう言って、厨房を出て店を抜け、階段を静かに上りだした。


「じゃあ、なぜ兵を集めるのですか...?」


ソーラの質問に、彼は階段を登る足は止めず、冷たく言い放った。


()()()のためだ。もう許さねえぞ...。」




行くときに歩いたような狭い裏道を、アールン達は”政務部”の庁舎を目指して慎重に抜けていった。


道の途中には、路地に乱雑に積み上げられた木箱や廃材の類の隙間から表通りが見える場所が幾つかあった。

そこでは、”半月亭”の包囲を抜けられて焦っているのか、兵士達が怒号を上げながら走っていった。


(奴ら、自分の街ぐらい把握してないのか?まあ、こんなに雑多な街なら仕方ないか。)


木箱の裏にて追手をやり過ごしながら、アールンは眉を顰めた。


「居たぞ!!」

「お前ら後ろに回り込め!!包囲しろ!!!」


彼らが路地を抜け、政務部の庁舎の大厦に繋がる大通りの裏まで来たところで、ついに”主戦派”の兵に見つかってしまった。


「走るぞ!!!」


放置された資材などの山を後ろに倒して追手を妨害しながら、細い路地をアールン達は必死に駆けていく。狭い路地にいる限り敵の大軍の利は活かしにくくなる。焦りのままに表の通りに逃げるのは愚策だ。


しかし、()()()()()わけではない。


追手は幾つかに分かれて彼らの行く手に先回りしていたようで、建物の間の、生活井戸のある中庭のような広い空間に出た所で、彼らはついに包囲されてしまった。


中庭の四方の入口からは、霊気銃を装備した兵士達が雪崩込んでくる。兵士達は配置につくとすぐに銃を構え、いつでも4人を蜂の巣に出来る態勢となった。


「クソ...。」


しかし、最早身動きの取れなくなったアールン達に対し、兵士達には彼らの獲物を首領に見せるだけの余裕が生まれたようで、しばらくすると包囲網の中から見知った顔が二つ現れた。


一つは、先程まで”半月亭”で親しげに話していたヴェラード。

やはりというか、かの男も敵側であったか。アールンが男と目を合わせると、ヴェラードは厳しい顔で目を逸らした。


そしてもう一つは、頭髪をかなり高い位置まで刈り上げた灰髪の若い男である。

その自信の高さを体現するかのような高い鼻は、これまた達成感と優越感とが入り混じったかように荒い息を発している。


出で立ちは、黒を主体とした着物に何故か女物と思われる帯を巻き、金糸の裏地の大きな青い外套を纏っていた。


その一つ一つは奇抜であるが、アールン達にとってはある意味見知ったものであった。


「マイエン...!謀ったな...!」


アールンが苦々しげに呼びかけるのに対し、第一軍団の長は少し上ずった声で答えた。


「我々は、我々の職責...この街を害せんとする者を討ち滅ぼすという本分を、全うしているだけに御座いますよ。」

「そのための、反乱というわけか?」


アールンの冷たい声に、マイエンは笑って返す。


「反乱?御冗談を。我々がいつ貴方に臣従したと?...この街は、我々の、我々による、我々のための、自由の街だ。そして、貴方はこの街の輝かしき先進的な共和制の破壊者だ。ならば、我々は自明であるべき自由の擁護者として、それを討ち滅ぼすのが使命なのです!!」


数的には、あの”前哨基地”の戦い以上の圧倒的な不利。この場で戦っても勝ち目はない。

ならば、使えるのは剣ではなく口だ。


「...先進的な共和制...か。ならば、その”擁護者”が真っ先にこのような、見るからに野蛮な暴力に訴えるのはおかしいんじゃないか?良き文明人なら、暴力に訴えるのではなく口で議論すべきだ。不満があるなら言いに来い。お前らも人間なら口ぐらいついてんだろ!?」


アールンの抗議に対しても、マイエンは不敵な笑みを崩さない。圧倒的な優位を噛み締めていたいのか、兵に発砲を命じることもなく言葉を継ぐ。


「フッ...どの口が。貴方はこの街にやってくるや、民の意思を無視して制度を捻じ曲げ、歳出を無闇に増やし、増税を行い、民を苦しめた。貴方に議論を語る資格など無い。」


マイエンはそう言って、僅かに横にずれた。そこには、あのオルレンとナリャンが居た。

どちらも無表情で、僅かにアールンに向けた軽蔑の色があった。


「お前ら...!?ああ、そうか。お前らも繋がってたんだな。クソ...。」

「貴様ら...殿下に助命していただいた恩を忘れたか!?」


アルアータの怒号を、細目の男達は鼻で笑って身を翻し、包囲陣の奥へと消えていった。

それを尻目に、マイエンは勝ち誇ったような口調で言った。


「ああ、哀れなアールン殿下。この2人は大変優秀な役者でしたよ。いやはや貴方は本当に人を見る目が無い。それは王としても...二流、いや、ド三流と言わざるを得ませんなぁ...。どうです?恩を売ったと思っていた相手から裏切られるのは。」


ここまでは、アールンも十分耐えうる範囲に抑えられていた。しかし、彼の限界は次の一言で、唐突に、一瞬にして破られた。


「そんなことでは、もっと...それこそ貴方の身内にも、裏切り者が潜んでいるやもしれませんなぁ...。」

「...ッ!?」


アールンは目を見開いた。

今までさして考えていなかった事なだけに、その不意打ちの衝撃は大きかった。


「おや、心当たりが御座いますか?まあ仕方ない。聞き及んだところでは、どうやら貴方は元は一介の庶人の身であったそうで...ならば、そんなぽっと出の貴方を持ち上げる者達の裏には、一体どんな思惑があるのでしょうな?」

「貴様ァ!!」


アルアータが呆然と項垂れるアールンの横で吠えたが、彼女とて怒りに任せて突撃すれば忽ちに霊気弾に蜂の巣にされることはよく分かっているので、両の拳を握りしめて必死に耐えているのみであった。


しかし、目の前のマイエンの頭を、唐突に閃光が刺し貫いた。


「何...だ...と?」


至近距離から放たれた霊気弾は、かの男の意識を一挙に破壊するのには十分すぎるものだった。

力なく地面に倒れ込むマイエンの横で、小型の霊気銃を下ろしたのはヴェラードであった。もう片方の手には小さな霊信機を持っている。


「何を...しているのですか。」


アルアータの問いには大男は答えず、代わりにその場の兵士にこう号令を掛けた。


「みんな、銃を下ろせ!!」

「キッ貴様...!よくもオルケールさんを...!」


近くにいた、マイエンの側近らしき青年将校が気を動転させつつそう抗議したが、ヴェラードは平坦な口調で言った。


「...連絡が入った。既に”政務部”に第二、第七と生活保安局が集結してる。第三と第四、第五は”様子見”を決め込んでて、こっちは俺達第一だけ。勝ち目なんて無い。このまま戦えば、俺達全員処刑されんのがオチだ。それよりは、先走ったこの馬鹿を生贄にしてでも恭順し、例え第六みたいになったとしても生き残ったほうが良い。」


そして、頷く兵士達を尻目に、頭から血を流しながら地面に伏しているマイエンを見下ろし、こう付け加えた。


「人の不安をいたずらに煽る奴が俺は一番嫌いなんだ。精々陽の沈む地で反省しろ。」


そして、男は未だ警戒を解かないソーラとアルアータ、若干安堵の表情を浮かべているティナに囲まれ、両膝をつき項垂れたままのアールンに近づいていった。


「大丈夫か。」

「...。」


ヴェラードの問いにも、彼は無言のままであった。

しかしその肩は、まるで幼子のように小刻みに震えていた。


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