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青炎紀  作者: 二十二郎
〈1〉破魔之役:紅玉の従者
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26 荒野の魔王

曇天の下、檻馬車は森を抜け、ススキが茫々と茂った平原の中の道を進んでいった。


馬車の頭上では烏の群れがガナリ声を上げながら飛び回っている。

立ちっぱなしで半時ほど揺られた後、馬車は唐突に停車した。


「ふい〜、一旦休憩休憩。」

「早くしろよ、あんまり長居すると魔物が寄ってくるからな。」


馬車の御者台に座っていた2人の男達は、そう言い合い、やがてその片割れが馬車の檻から見える位置で立ちションを始めた。


事が終わると、男はその細目を檻の中の奴隷たちへと向けた。


「死んでるやつは居なそうだな...っと。」


男が前へ戻っていくと、相方の呆れ声が聞こえてきた。


「冗談はよしてくれよ、もうすぐ前哨基地なんだ。この段階で死ぬようなのを掴まされてたらたまったもんじゃない。」


つくづく最低な制度だ。とアールンは心のなかで舌打ちをした。

”前哨基地”、というのは彼らの拠点だろうか。


馬車は再び動き出し、平原の中を進んでいく。


馬車の側方遥か彼方には、薄い霧の向こうに黒ずんだ”セラン(台郭)”のような建造物が見えた。

あれが出発前に確認した”ヤイダ要塞”であろうか、であればここはこの辺りの魔物の拠点にかなり近くということになる。


ゴロゴロという車輪が荒い地面を擦る音にも慣れ、アールンが立ったままウトウトし始めた頃、馬車はまたも唐突に停車した。


(んん...?)


そこは、アールンの視界からは、ススキの平原の中の小さな空き地のような場所に見えた。

しかし、彼からは見えない馬車の前方側に建物があるのが、2人以外の声も含まれる話し声、扉の開閉の掠れた音などから想像がついた。


暫くして、扉の錠前が乱暴に開けられる音、次いで手入れのなってない蝶番の掠れた音が響き、檻の後扉が開けられた。


「ウサ、キャールヤ。」


その声を合図に、アールン達の周りに居た”ヌアチャルテ”の奴隷達は次々に檻から出ていった。

アールン達3人もそれに続く。


アールンの読み通り、馬車の前には茅葺きの粗末だが大きい家屋が一棟あった。

一見すると廃屋のようだが、その屋根に備え付けられた機械が発する青い光を、彼は見逃さなかった。


(これが奴らが言ってた”前哨基地”か。)


奴隷たちはその前に3列横隊で整列させられた。アールン達も、アールンを先頭にして横隊の左端に並んだ。


やがて家屋の中から薄い長衣を纏い、髪を後ろでひとつに纏めた髭面の男が登場し、横隊の奴隷たちを確認し始めた。


男はアールン達の前までやってくると、少し意外そうな顔をしつつ舐めるように体つきや顔立ちを観察し、それが終わると満足そうな顔をして口を開いた。


「お前ら、サンダ人か。」


男は返答を要求するようにアールンに向かって顎を突き出した。


「だったら何だ。助けてくれるのか?」

「そんな訳無いじゃないか。言葉の通じる奴隷は供給源が本土の債務奴隷ぐらいで希少だが、顧客は大いに欲しがる。良い”買い物”だったと思っただけだ。」


男は笑って、次に後ろのラディンを見、今度は馬鹿にするような笑みを浮かべた。この青年、嫌われ過ぎでは?


「よし、全員連れていけ。」


男がそう号令を掛けるのとほぼ同時に、背後のススキの野原から複数の蹄の音が聞こえてきた。

同時に、男達の顔が警戒の色に染まった。


アールンが期待を込めて振り返ると、遠方には二筋の騎馬の土煙、そして懐かしい黒の長髪が見えた。





「従者様ぁ!!おそらくあの馬車かと!!」

「ええ!急ぎましょう!!!」


ソーラは漆黒の髪をたなびかせながら、後ろのアルアータの言葉に応えつつネルトレイフを走らせた。

目指すは、遙か先に小さく見える鉄檻の乗った馬車。そしてその後ろの茅葺き屋根の家だ。


(あれが、奴隷商の拠点...絶対に許さない...!)


愛馬に更なる拍車をかけ全速力で進みつつ、彼女は手綱を握る両手に力を込めた。


目的地に近づくと、家の前には奴隷と思われる手を後ろで縛られた”ヌアチャルテ”達が3列で並んでいた。

その左端に見知った影があるのを確認するや、彼女は馬を飛び降り一目散にその方へと駆け寄った。


「アールンさん!!!ラディンさんにヤートルさんも!無事ですか!?」


走ってくるソーラの姿を見て、ラディンとヤートルは驚きの表情を浮かべたが、ただ一人アールンだけはその顔を緩め、口を開いた。


「あんたなら生きてると思ってたぜ。”奴隷狩り”には遭わなかったか?」

「いえ...幸い私は友好的な人と出会えたので。まあ、そうして築いた友好関係もひっくり返して来ちゃったんですけどね。」


そう返しつつ、ソーラはアールンが自分の生存を信じてくれていたことを嬉しく思った。


「そうかい...こっちは綺麗に引っ掛かってこのザマさ。」


アールンはそう言って、自らの縛られた腕を動かしながら笑った。

ソーラもつられて笑いかけるが、直ぐに真顔に戻って奴隷商達の方へ向き、剣を抜いた。


「ちょっとだけ待っててください。直ぐに終わらせますから。」


ここにアールン達が居なければ、奴隷商達は生かして尋問するつもりだったのだが、こうして再会できた以上、彼らを同じ天の下に生かしておく意味も必要も価値もない。


アルアータも短剣を抜き、彼女たちは武器を目の前の「朝敵」に向けて構えた。

その殺気に満ちた目に奴隷商の男2人は恐れ慄くが、中心人物と思われる長衣の男は対照的にまたも不敵に笑い、手を叩いた。


すると、家の中からは霊気銃を装備した兵が十人程、ソーラ達と男達の間に立ち塞がった。

身なりはレーウィ(同志)のようにてんでバラバラだが、訓練は行き届いているようだった。


「抵抗する気ですか?」

「この数の銃口を前にして、まだそのような威勢を保てるとは、恐れ入ったな。」


男の言葉に、ソーラはひとつ溜息をついて右手を掲げ、甲の紋章を指し示した。


「これが目に入りませんか。」

「ほう...それはもしかして、伝説のやつかい?」

「ええ。そして、この方は...エルドーレン朝の直系子孫、アールン王子殿下です。」


その言葉に、しかし男は馬鹿にするように笑った。


「それを、はいそうですかと信じる者が一体何処に居ようか?」

「...いいでしょう。では、”紅玉の従者”として命じます。大人しく今ここでその首を差し出しなさい。」


ソーラの命令に、男は大仰に顎に手を当てて考える仕草をしたあと、こう言った。


「世人の中で最高の美人が”従者”に選ばれるのなら、ここで貴女を殺したとしても2番手が替えとして選ばれるのかな?」


なんという侮辱、非礼、不信心。


彼女は無言で剣を左手で握り、突撃の構えを取った。

それに対し、男は表情を変えずに号令を掛ける。


撃て(ドー)!」


刹那、兵士達の銃口から青白い閃光が迸るが、それらは彼女の前に展開された桃色の光壁に阻まれて霧散した。

相対する兵士達や、”ヌアチャルテ”の奴隷達までもがその光景に驚嘆し、奴隷の中には跪く者さえいた。


「小人匹夫が幾ら小手先の道具や知恵を用いたところで結果は変わりません。大人しく降参しなさい。」


(うわ...こりゃ相当お冠だな。)


怒気の籠もった命令に、アールンは思わず少し後ずさった。


「フン...伝説は伊達じゃない、か。でも、それならこれはどうかな?」


男が小さな霊力機械に何かを囁くと、背後のススキの草むらの中から何十人もの伏兵が現れた。

兵士達は霊気銃を構え、ソーラ達5人を包囲する。


「前方に光の壁を築けたとして、背後にまで回すことは出来るのかな?」

「ほう、では試してみましょうか。」


彼女はそう言って、右手に念を込める。円形に、5人を囲むように...。

そして、光の壁は横に伸びていった。


男はそれを見て不機嫌そうに鼻を鳴らした後、小さな機械に射撃の号令を叫んだ。


何丁もの筒口が青い閃光を吹く。


「まとめて撃つな!!前列が終わったら後列と代われ!弾幕を絶やすな!!」

「ああ、奴ら壁の破壊を狙ってる!」


ラディンの叫びに、ソーラは小さく舌打ちした。

それは彼女が克服し得てないこの能力の弱点の一つであったからだ。


(どうしましょう...私はここから動けませんし、この砲火の中では壁の外に出るのも危険過ぎる...!)


そうしている間にも壁には徐々にヒビが入っていき、時折細かな破片が落ちていく。


「この...君等一体幾つの霊気弾倉持ってるんだ!?」


止む気配のない弾幕に、ラディンが必死に叫ぶ。

この壁が破壊されてしまえば、忽ちに自分達は蜂の巣にされてしまうだろう。

しかし、この包囲の中では銃手を殺しに行く事もままならない。


(万事休す、なの...?)


右手に念を込め続けながら、ソーラは悔しさに涙を浮かべた。

助けに来たはずなのに、これでは袋の鼠が二匹追加されただけではないか。


「ははは、命乞いするならしてもいいぞ!もっとも貴女は奴隷としては使えないから、マシな死に方を選ばせてやるぐらいだけどなァ!!」

「ぐっ...!」


そうするしかないのか。


自分がここで死ぬとしても、自分以外の4人は生き残れはするだろう。無論、()()()()()、だが。


それでも、生きてさえいれば再起の芽はある。男の言葉通りなのは気に入らないが、確かに慣例により”紅玉の従者”も新たに再選されるだろうから、ここは替えの利かないアールンを生かすほうが...。


「おい、あんた自分が犠牲になろうとか考えてんのか?」


そこで、彼女の思考はアールンのその一言に断ち切られた。


「...全滅よりは。」

「まあ、それも一理あるか。」


アールンはそう呟いて、壁の外、弾幕の向こうを見た。


「でもな、俺はどっかの誰かさんみたいに配下を見捨てて自分だけ逃げるような人間じゃないんでね。あんたがグルハーク(降伏)の五文字を言った瞬間、俺は迷いなく壁の外に出るぞ。腕は使えねえが、この口で敵兵の喉を噛み切って、一人でも多く道連れにしてやる。」


壁の発する光が映り、炎が灯ったように見える彼の瞳は、ソーラを強く勇気づけた。


「...励ましてるのか貶してるのか分かりませんよ、それ。でも、嬉しいです。」


そして、その先は小声で言った。


(降伏宣言のあと、私は3秒置いて突撃します。着いてきてくれますか。)

(...分かったよ。)

(ありがとうございます。私の我儘に付き合っていただいて。)

(本っ当、クソ君主だよな、俺。)


アールンの自虐を笑って聞きながら、ソーラは息を吸い、意を決して口を開いた。


ハーグルハーク(降伏します)!!!」


ソーラの叫びとともに、弾幕が止む。彼女は光の壁を解除し、心のなかで数を数えた。


(ヘユ)(ロユ)(ソユ)。)


そして、アールンとソーラはほぼ同時に地を蹴った。


「ッ!?」


勝利を確信し油断しきっていた前方の兵士達は、ソーラの剣に斬り伏せられ、アールンに突き飛ばされ、忽ちにその戦列を瓦解させた。


しかしその間に長衣の男は逃げ延び、近くに居た無事な兵士達を結集して2人に銃口を向けさせた。


「ここまで、ですね...。」

「ははっ、ま、ちったぁ楽しめたな。」


光の壁は、直ぐには再展開できない。最早これまでか。

敵の返り血に塗れた2人は、肩で息をしながら互いを見、くすっと笑った。





だが、運命というのは気まぐれなものである。

力なく倒れたのは、2人ではなく男達の方であった。


「え...?」


2人が呆気にとられて見つめる前方の死体の山の中には、フードを深く被った黒尽くめの一人の男が立っていた。


男は血に染まった二振りの肉厚の曲刀を両手に逆手に携え、鞘は腰の後ろで交差していた。


「てっ敵襲!!」


包囲陣の兵士達は、アールン達そっちのけで乱入者の男に狙いを定め、霊気銃を発砲する。

しかし、男は得物の双剣でその弾幕をいとも簡単そうに弾き続けながら、じわじわと兵士達の方へ接近していく。


そして彼の間合いに入るや、その刃を敵兵の頭や胴に叩きつけるように古い、一人ひとり屠っていった。


双剣の片方で命を一つ消し飛ばす間にも、もう片方で霊気弾を弾き続ける。

まさに攻守一体、隙のない男の攻勢に、場の兵士達は徐々に士気を削られ、やがて我先にと逃亡を始めた。


しかし、それらを男は逃すことはない。


結果は、全滅であった。

その戦い、否”虐殺”を見つつ、彼はソーラに手の拘束を解いて貰った。

ラディンやヤートルも、アルアータによって解放されていた。


「何なんだ...あんたは、誰だ?」


自由になった両手を動かしながら、アールンは乱入者にそう問いかけた。

それに対し、男は”ヌアチャルテ”に向かって「ウーヒ、ウサ。」と語りかけ各人の拘束を解いてやった後、被りの中、茶色がかった黒の縮れ毛の隙間からアールンの顔をじっと見つめた。


ヌアチャルテの奴隷達は安堵の笑みを浮かべ、ポツポツと北の森の方へ帰っていった。


それをよそにアールンが居た堪れなくなった頃、男は唐突に口を開いた。


「私は、そうだな、”荒野の魔王”だ。」

魔王(ウーグ・トール)...!?」


男の名乗りに、アールン達五人は一様に警戒態勢をとった。

言葉のわからない”ヌアチャルテ”達は、困惑の表情でその様子を見守っている。


「じゃあ、あんたが魔物共の(シャール)ってことか。」

「だったらどうする。」

「...ここで、討ち取る。」

「...やめておけ。そんなボロボロの状態で私と戦って、勝てると思っているのか。それに、私が来なければお前は死んでいた。お前は命の恩人に刃を向けるような男なのか。」

「...。」


そうだ、この男は”魔王”と名乗りながら、自分達を害しようとする狙いはまるで感じられない。そもそも、サンダと不倶戴天の敵である魔軍の長ならば、わざわざ助けずとも奴隷狩りの一味が彼を殺すに任せたほうが安上がりのはずだ。しかし、何故...?


「何で、俺達サンダの味方をするんだ?あんたは俺達を滅ぼしたい側の者だろう。」


その言葉に、”魔王”は気分を害したようで、少し苛立ちを含んだ口調に変化した。


「勘違いするな。私は王国の犬ではない。」

「じゃあ、何故?」


その問いかけに、男は背を向けて歩き出しながら答えた。


「急かずとも、いずれ分かるだろう。」


男はそう言い残し、ススキの野原に隠していた自身のものと思われる黒色の馬に跨り、曇天の下、北へ駆けていった。





「良かったのかい?敵の首魁を潰す絶好の機会だったのに。」

「まあ...向こうさんに戦いの意思はなさそうだったしなぁ...それも、こっちも今の状態じゃあいつに勝てないのは事実だし。」


ラディンの言葉に、アールンは少しバツが悪そうに答えた。

被害無く避けられる戦いをわざわざ挑んで命を落とすことほど、馬鹿なことはない。


「皆、無事か?」


アールンの問いかけに、アルアータはつかつかと進み出て来て、彼に怒りと安堵のまぜこぜになったような視線を投げかけてきた。


「...それはこちらの台詞に御座います。一体何を考えてあのような凶行を...!?」

「それは...すまん。どうしても、行きたかったんだ。」


支離滅裂な彼の釈明に、黒装束の少女は溜息をひとつついた。


「今後は、あのような行動は控えていただきたく。こちらの身が持ちませぬ。」

「すまない。以後気をつける。」


戦いの嵐の中で存在感の薄まっていた、彼の公人としての立場。

その決断一つで、誰かを喜ばせ、同時に誰かを苦しめる。

それを改めて自覚させられ、彼は俯きつつそう謝った。


その様子を、ソーラもまた居た堪れない気持ちで見つめていた。元はと言えば、彼女がアールンを巻き込んだのが主な原因である。


(ごめんなさい、2人とも。)


彼女は心のなかでアールンとアルアータそれぞれに謝った。


「それで...これからどうするの?」


ヤートルが、この微妙な雰囲気を打破しようとしたのか明るい声でそう尋ねてきた。


「一先ず、ハニスカに行く。奴隷の件も、”魔王”の件も、色々と確認したいことは多いからな。」


アールンがそう宣言すると、ラディンは家屋の茅葺き屋根の上の霊力機械を指さした。


「あれはきっと長距離の霊信設備の筈だよ。あれが直通回線じゃなければ、あれでハニスカの上層部に連絡を取れるはずだ。」

「ほう、でも、大丈夫か?」

「何がだい?」

「ほら...ハニスカの上層部って奴隷交易をしてる連中そのものなんじゃ?」

「うーん、話すと長くなるけど、多分上層部の殆どは奴隷が使役されてるなんて事実知らないんじゃないかな。少なくとも僕の知り合いはそうだ。」

「ええ...?仮にも統治者だろうに...。」


状況は依然よく分からないが、とにかくハニスカも一枚岩ではないのだろう。


「じゃあ、そいつらに連絡するんだな?」

「ああ。一先ず、屋内の制圧をしてくれるかい?」

「了解です。」


そして、武装しているソーラとアルアータを先頭に、5人は静寂に包まれた家屋に入っていった。


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