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青炎紀  作者: 二十二郎
〈1〉破魔之役:紅玉の従者
26/60

25 銃奴交易

森の中を進んでいくと、唐突に目の前に洞に髑髏が嵌った木が現れた。


「ミ、リャーウノオシャヤ。」


ルフワはそう紹介した後、その木に右手を触れながら左手を胸に当て、しばし目を瞑った。

その隣で、ラムサも同様にする。どうやらこれが”ヌアチャルテ”の集落に入る時の作法なのだろうか。


ソーラも真似しようとしたが、それはルフワに止まられてしまった。

どうやら、その儀式を行うのはヌアチャルテの民に限られるらしい。


”髑髏の木”を抜けて少し歩くと、ぽつりぽつりと天幕が目に付くようになった。

天幕には渦巻模様や森、鹿などが描かれ、その周囲には桶や薪の束、槍や矢筒などの道具類が置かれていた。


(田畑はありませんね...。)


移動に容易い天幕が主体であるのを見る限り、定住や農耕は重視されていないのだろう。

この環境では、狩猟採集が主な食い扶持か。


天幕の間を抜けていくと、やがて集落の中心地と思われる賑やかな広場が見えてきた。


盆地状の広場の外周には、細い丸太に狩りの成果と思われる動物の頭蓋骨が吊るされ、その中では斜面に造られた座席にヌアチャルテの大人達が座り、まだ昼過ぎだというのに大杯になみなみと酒を注いでどんちゃん騒ぎをやっていた。


何か祝い事でもあったのだろうか?


しかし、大人達は広場に近づいてきたソーラ達に気がつくと、その表情を一気に固くして前を歩いていたルフワとラルサを問い詰め始めた。


その様子をソーラは緊張の面持ちで見守っていたが、ルフワ達が一通りの事情を説明し終わると大人達は一転して表情を驚きに変え、ソーラとアルアータの方を見つめてきた。


熊皮や鹿皮を纏い装身具をジャラジャラと着けた大人達は口々に何か言い合い、広場に面した一際巨大な天幕に伝令を走らせた。

ルフワ達は事の重大さを理解していなかったようで、ざわつく大人達の間で困惑してキョロキョロしている。


大天幕から帰ってきた伝令が大人達に何かを伝えた後、彼らは恭しく彼女らをその天幕に導いた。


(部族の長か何かの天幕でしょうか。あの中にアールンさん達が...?)


少し煙たい大天幕の中には、色も模様も様々の布を重ねて纏った3人の老人達が並んで座り、その前には名前のわからない多種多様な山菜料理と焼いた肉が並んでいた

3人の中央の、長く真っ白な毛で目口が覆われた老人が、徐ろに口を開いた。


「...お初にお目にかかる。”紅玉の従者”殿。儂は、この”ユテ氏族”のチョナテ...下の民の言葉では、ナームラーン(長老)か、その筆頭である、ミダルという者だ。」


老人の口からは少し辿々しいが、文法や礼儀の整ったサンダ語が発せられたので、ソーラは驚いて少し目を瞠った。


「初めまして。”紅玉の従者”...ソーラ=ベルハールと申します。失礼かもしれませんが、貴方は森を出た経験がお有りで...?」


ソーラがそう尋ねると、長老ミダルは純白の長い髭の中でふぉっふぉっふぉと笑った。


「まあ、昔...”復活の刻”の前は、我らもよく下の民の里に下りておったからな...。今も下の言葉を覚えておる物好きも儂ぐらいなものだが。」

「”復活の刻”...20年前の大災禍のことでしょうか。」

「さあ...あれからどのぐらい日月が回ったかは分からぬが、多分そうだろう。成程、貴女がた下の民はあの出来事をそう呼ぶのか。これは勉強になったわい。」


ミダルは髭をいじりながら、長い眉毛の隙間から興味深げな視線を彼女に投げかけた。


「ウサ、ノクレミカ、ウシャナンヤ。」

「モイル、ヤクーナ!」


すると、周囲の他の長老達がヌアチャルテ語で何かを囃し立て始めた。


「ははは...この者達、儂の知識欲も変わらんと笑っておるわ。」

「心がお若い証拠でしょう。」

「ほう、若いのに随分とお世辞が上手いものだ。最近は下の民と言えば、偶に来る武器商人ぐらいなものだから、貴女のような御方と話しているとつい楽しくなってしまうな。」

「武器商人...?」


そこで、彼女はその単語に引っかかり、思わず訊き返した。


「ああ。ハニスカーダ(ハニスカ人)の奴隷商だ。戦で手に入れた虜と交換で、”霊気銃”とか言う強力な武器をくれるのだ。敵対するアラサ氏族やホナ氏族にも同じ事をしているのは鼻持ちならないが、我々も続かなければ奴らに()()()()だけだからの。」

「奴隷...!?」


ソーラは言葉を失った。奴隷など、百年以上前に廃止された枠組みだ。

それを、現代の最先端を行くはずの街が復活させているなんて。

血の気を失うソーラをよそに、長老は嬉しげに話を続ける。


「今日は珍しく下の民の侵入者を捕らえられたからのう。奴隷商の奴らも随分と礼を弾んでくれたもので、今はその宴をしているのだ。」


その言葉は、ソーラに更なる追い打ちをかけた。


「下の民...!?あの、その者達は3人で、若い男性2人と少女が1人でしたか!?」

「どうされたのだ、急に。」

「良いから答えてください!!!」


態度を豹変させたソーラに、ミダルは困惑の声を上げるが、彼女はそれを一蹴した。


「ふ、ふむ...儂は其の者らは直接見た訳では無いが、確かにそのような3人と、馬が2頭、それに”重すぎる荷物”があったと聞いている...しかし幾ら何でも取り乱し過ぎではないか?」

「...では、私が今ここで貴方の部族の者達を誅殺しても、貴方は文句を言いませんね?...彼らは私達の同胞なのです。」

「む、ぬう...。」

「私が怒る理由を理解したなら、馬の在処を教えなさい。それとも、馬も売ったというのですか?」

「いや、馬はこの天幕の裏に繋いである。我らは馬を使わないが、奴隷商達も馬は買い取らなかったので扱いに困っていたのだ。」

「結構。では失礼致します。」


長老たちを始め、天幕の内にいた者達は皆当惑の表情を浮かべていた。

まるで、誰もが、何故彼女がこんなにも怒るのかを理解しかねているように。


彼女自身、自分がここまで激昂しているのはどこか不思議であった。

まるで、自分の心と体、いや意識の中の理性と本性とが分離し、理性側に視点を置く自分が本性という名の暴れ馬にしがみついているような感覚であった。


「ソーラ!アルアータ!オヤンニ?」


アルアータを連れ立って天幕を出、その裏へ向かって歩き出したとき、背後からルフワの声がした。


今、彼女は大天幕の中の宴に供するためであろう、果物が山盛りになった大きな土器の高坏を抱えていた。

せっかく準備してくれていたのに、当の宴を今さっき白けさせて来てしまったことに若干の申し訳なさを感じつつ、ソーラは笑顔を返して身を翻し、愛馬の元へ歩いていった。


「馬はアールンさんの”クルキャス”も居るはずなので、貴女はそちらを使ってください。今から全速力で追いかけます。」

「了解しました。しかし、行方の宛はあるのですか?」

「...とにかく南に走れば、ハニスカに着く筈です。そこで奴隷商捕まえて、どんな手を使ってでも売り先吐かせてやる...!」


怒りのあまり丁寧の接頭詞「ハー」が外れた、いつもの彼女では考えられないほどの荒い口調に、アルアータも只同意するしかなかった。





時は少し遡る。


アールン達3人は”ヌアチャルテ”の集落に連れてこられた後、集落...と言っても天幕ばかりなので野営地と言った方が正確なそこの端にある檻の中に、文字通り()()()()()()


「いてっ!」

「ぐふ。」

「うわっ!もうちょっと丁寧にしてよ!というか荷物返してよ!!」


商売の信用問題に関わるヤートルは必死に檻番に訴えるが、番の戦士は五月蝿い犬の吠え声を聞いているかのようにうんざりと首を振りながら、彼の訴えを無視し続けていた。


「あー、クソ、散々だ。」


手は相変わらず後ろで縛られたままだ。これではどうやって飯を食えというのだろう。

アールンは地面に突っ伏しながら唸った。


彼らが入れられた檻には、彼ら以外にも幾人かの人間が入っていて、3人を物珍しげに眺めていた。

彼らの風貌や身なりは外の”ヌアチャルテ”達と大差なかったが、皆一様に両手を後ろに縛られていた。


(同族...いや、部族間抗争があるって話だよな。じゃあ、こいつらはこの部族に捕まった別の部族の...?)


その時、檻の外から大量の豆が降り注いだ。


「うわあ!?」


突然のことに彼は思わず間抜けな声を上げたが、檻の中の「仲間」達は無心で放り込まれた豆を地面から直接口で拾って食べていた。


(食糧、か?なんつー食べ方だよ...。)


しかし、背に腹は代えられない。アールンは空腹感のことだけを考えるようにして抵抗感を抑えつつ、地面に落ちた汚い豆を唇で拾って咀嚼した。


(硬...。ほぼ生だ。碌に炒ってもいないな。)


敵の捕虜の食事に手間隙かけるほうがおかしいというものか。

ラディンとヤートルも、アールンが食べているのを見て仕方なさそうに残り少ない豆に()を伸ばした。




悪夢のような「食事」が終わってから、かれこれ一時(いっとき)は経った頃であっただろうか。


檻の外が俄に騒がしくなった。


声のする方には、部族の戦士達の中に2人ほど、比較的見慣れた雰囲気の格好をした男達が居た。


(あれ...サンダ人か。何で彼奴等は襲われないんだ?)

(さあね。)


男達は流暢なヌアチャルテ語を操って戦士たちと会話した後、檻の中を覗き込んできた。


男達は、アールンと目が合った時は何も思ってないような目であったが、その後彼の隣に居たラディンを見やった時、男達の細い目つきは悪意に満ちたものに一瞬変貌し、次いで意気揚々と戦士たちの元へと帰っていった。


「ヨヨタル、コロ、ウサ!」


男達は戦士たちにそう高らかに宣言し、後ろに連れてきていた台車の掛布を取った。中に何があるのかは、アールン達の視点からは見えなかった。


「コロ!?」

「コロ、イユカ!!コロ!コロ!」


戦士たちは先を争って台車に殺到し、その中から...”霊気銃”を取り、両手で掲げて喜びを体現した。

銃は何丁もあり、やがてその場に居た戦士全てに行き渡るほどであった。


「あ!!」


ラディンは思わず叫んだ。流出の犯人はこいつらか、と。

その声を聞くと、男達の片割れは人の悪そうな笑みを浮かべながら下りに近づいてきた。


「君等、自分達のやっていることが分かっているのかい!?」

「分かっていますとも。ハーチェンフェン(専任殿)?」

「ッ君等...一体何処の所属だい!?防衛部か!?それとも主計部か!?まあいい、直ぐに情報流出の罪で政務部に訴追してやる!覚悟しなよ!」


ラディンの詰問に、しかし男は笑って応じた。


「今の貴方に一体何が出来るというのか?只でさえ、タダ飯喰らいの専任研究者には諮問以上の政事権限は与えられていない。それに、今の貴方は...奴隷だ。採取場の中心部に立ち入る権利すら無く、まして上層部のお歴々の目にとまることなどあり得ない。」

「奴隷だって!?」


ラディンは驚きに声を上ずらせながら叫んだが、アールンはそこでやっと状況のあらましを掴むことができた。


(成程...つまりこのクソ野郎共が奴隷を対価として武器を横流ししてて、それでもって部族の抗争が激化して更に捕虜...奴隷が再生産されてるってことか。クソ、卑劣な策だが、ハニスカでは今更奴隷なんてものがあるのか?)


深くは知らないが、奴隷というのは遠い昔に無くなった、古く野蛮な風習であったと聞いている。

事実、ガーテローやペルオシー、エーダやタナオードでも、人足などの労働要員こそ居たものの、無給の隷属者など存在しなかった。


アールンの疑問をよそに、男は悦の表情で語り続ける。


「記録には、『ラディン=ネイレードは東エーダ平原での実証実験中に殉職。』と書かれる。そしてこれからはァ、辺部の農場でェ、貴方の元同僚の為にィ、作物を作り続けさせられる生活ゥゥゥゥ!いやぁ、最高だねえ!」

「...。」


ラディンはもはや何も口に出せず、ただ絶望の表情で男の顔を見つめていた。

それを見て論破したと思ったのだろう。男は軽い足取りで仲間の元へ凱旋した。


「そういうことか...。」


ラディンの呟きに、アールンは黙って彼の方を見た。


「前から疑問には思ってたんだ。何故ひょろひょろの学者連中が集まってできた共同体の”技研”が、食うには困らないだけの農業生産を出来てるんだろうって...。頭の良さ、技術改良だけじゃどうにもならない世界なのに...って。」


ラディンの目は、暗い失望の色に満ちていた。


「計画だけして、辛くて根気のいる作業は奴隷にやらせれば、そりゃあ一先ずの食べ物は手に入るよね...もっとハニスカの辺境まで見ておくべきだった...!」




それから程なく、”奴隷”たちは檻から出され、その檻が恋しくなるほど更に劣悪な環境の檻馬車にギュウギュウ詰めにされた。


「ぐうう、苦しい...。」

「クソ、ほら、これで息できるか?」


アールンやラディン、他の捕虜たちよりも一回りも二回りも背の小さいヤートルは、彼らの中で押し潰され窒息してしまいそうだったので、アールンは必死に背中に当たった誰かの身体を押し、彼のために隙間を作ってやった。


「ありがと...あの、本当に、ごめん。」


ヤートルはその中で俯き、震え声でそう言った。


「なんだよ急に。」

「僕のせいだよね...そもそもあの橋を多人数で無理に渡ろうとしなければこんなことになる筈なかったし、囲まれたときも降伏を選んでなければもうちょっとマシになってたはずなのに...。」

「それは...そうかもしれんな。」


しかし、彼はそこで言葉を終わらせなかった。大きく溜息を付いた後、彼は再び口を開いた。


「でもさ、それを最終的に信じたのは俺達だぜ。確かにあんたに責任は有るかもしれんが、あんただけの責任じゃない。これは俺達一人ひとりの選択の結果だ。一人で全部背負い込むなよ。」


そう言いながら、彼は僅かに動く右の手でヤートルの肩をさすってやった。見た目はまさしく顔の整った少女だが、骨格の少しがっしりした感触は彼の真の性別を雄弁に語っていた。


「...ありがと。」


ヤートルは一言、そう呟いた。


秋の森を、馬車は揺れながら進んでいく。


ヤートルほどではないが、並よりも少しだけ身長が低めのアールンは、ヌアチャルテの筋骨隆々でタッパの大きな戦士たちの肩の隙間から外の景色を眺めつつ、焦りを募らせていた。


(ソーラ達、大丈夫か...?)


そもそも、深淵に吸い込まれていったソーラとアルアータが生きている保証など無い。

谷底に叩きつけられ、目も当てられないような状態になっている可能性も十二分にある。


しかしアールンには、これまで幾多の旅や戦いを共にしてきたソーラ、そしてタナオードでの一連の戦いで赫々たる武功を上げたアルアータがあそこでおめおめ落下死するとも思えなかったのだ。


今の彼はそれ以上に、彼女らもまた自分と同じように”ヌアチャルテ”と接触し、捕縛、監禁の上奴隷商に売り飛ばされはしないだろうかということに意識が向いていた。


ハニスカがどういう街なのかは知らないが、こんなに美味い商売をしている奴隷商が、この馬車の二人の男だけなどということは、まずあり得ないだろう。甘い密の出る木には多くの虫が寄ってくる。商人の業界もまた然りだ。


今目の前の男達はアールン達にかかりきりになっているし、対価となる武器の調達にも少し時間がかかるだろうから、その時間的猶予は有る。なんなら彼らを排除することも出来るだろう。だが、その間に別の奴隷商が彼女らに食指を伸ばしたら...?


(これは、主には俺の責任だろうな。)


先にヤートルに偉そうに言ったことと逆行するようだが、そもそもこれらの事態は彼が少数精鋭という選択を取らなければ起こり得なかったことだ。これでは仮にタナオードに帰還できたとして、コートやイズレールに合わせる顔がない。


アールンは、これからの打開の方策を思案しながら、後ろに過ぎていく葉の落ちた木々を眺めていた。


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