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青炎紀  作者: 二十二郎
〈1〉破魔之役:紅玉の従者
25/53

24 ルフワ

「ルフワ、ウノイー、ルフワ!」


声の高さからしてもやはり少女であろう人物は、軽々と大岩から飛び降りて二人の元まで走ってきた。


「ウゴイレント、ウス?」


相変わらず、少女の言葉は全くわからない。彼女は”ヌアチャルテ”の者なのだろうか?


「あ...あの、貴女は、この辺りに住んでらっしゃるんですか?」


ソーラの問いかけに、少女は純真そうな大きい瞳で彼女らを見つめながら首を傾げた。

少女もまた、サンダ語を解さないようだ。


(困りましたね...。)


「ルフワ!ル・フ・ワ!」


少女はそう言って、額をパタパタと叩く仕草をした。これは彼女にとっての自己紹介だろうか。

ソーラは試しに、少女を差して「ルフワ?」と返してみた。

すると、少女はぱあっと表情を明るくして、ウンウンと大仰に首を縦に振った。どうやらこれが彼女の名前であるようだ。


「ソーラ。ソー、ラ。」


ソーラは一息ついてから、ルフワの見真似で額を手で叩きつつそう返してみた。


「ソーラ?ヤカウシャイ〜!ウゴラ、ホホチナ、ウス?」


おおらかな笑みを浮かべながら、ルフラは今度はアルアータに向かってそう問いかけた。


「名前はア、アルアータ...です。あっ(トントン。)」


アルアータは遠慮がちに名乗った後、思い出したように額を叩いた。


「はつぃーさーむ?」


どうやらルフワは、アルアータの名乗りの最初の三語「ハー・ツィ・イサーム(私の名前は〜です。)」を名前と勘違いしたようだった。


「(ブンブン)アルアータ。アル、アータ。」


ソーラは直ぐにそれを察し、慌てて首を横に振って訂正した。


「フォウ!ウスイ、アルアータ。コノリヤン〜。」


そう、ルフワは胸に手を当てる仕草をした。サンダであればそれは恭順を示す仕草の一つだが、ここでは単に謝罪の意を示すためであろう。


誤解が解けた所で、ソーラはルフワとの更なる意思疎通を試みた。

言葉が通じないとなれば、考えられるのは筆談...というよりも絵や記号を介した原始的な情報伝達だ。

彼女が何か使えるものはないかと自らの懐や辺りを探している間に、ルフワは岩陰に隠してあった貫頭衣を取り出し、それをすっぽりと被って細い紐でしばり、首に綺麗な白い石の飾りを掛けていた。


「あ...ルフワ、あー...。」


ソーラは地面に落ちていた木の枝を使い、地面の粗い砂の上に断崖絶壁と真っ二つになって崩れる橋、そして大小2つの人形を描いてルフワに見せた。


「オラシャ、ウス?」


拙い絵であったが、その意は無事に伝わっているようだった。

ルフワは2つの人形を指し、次いで2人の方を見てそう言った。

今までの彼女の言葉の使われ方を思い出すと、語尾の「ウス?」はソーラ達のことについて尋ねる時の決まり文句、つまり二人称のようなものだろう。


つまり今言われているのは、(これは貴女達?)といったところか。


ソーラは首肯し、人形を消して断崖絶壁を延長し、その延長上に谷底を追加して一度人形を描き直した。

すると、ルフワはそれを見、次いで頭上遥か彼方の崖の上を見上げた。


「ヤー、ノ...クロワンニ、ウス?」

(ソーラの推測:じゃあ...貴女たちは落ちてきたってこと?)


「はい...。」

「ファン...オトット、ルヒャムワ...。ヤーヌス、オレ、オレ。」


ソーラの返答を聞くと、ルフワは驚きと憐憫とが半々の表情でソーラとアルアータを見た後、2人を導くように手を振った。


言っていることは未だ掴みきれないが、助けてくれるつもりなのだろうか。


ルフワについて少し歩いたところの崖には、細いがしっかりした作りの縄が一本垂れていた。


「オレ、オレ。ミ、ワンニ。」

(ソーラの推測:さあさあ、これを登って。)


「え...?」


縄を差して急かすルフワを、ソーラは困惑した目で見つめた。

縄は遥か上方、霞んで見えない高みまで繋がっている。


これを、登る?


(無理無理無理無理、ゼッッッッッタイに無理!!!)


広く壁に覆われた楼閣の上層ならば多少は平気なのだが、ソーラは元々高所が大の苦手であった。

加えて今では、先の落下によってその恐怖感・トラウマが更に強化されているのだから、彼女が拒否反応を示すのも無理はない。


「ファン、ルフワ、ロトード!」


ルフワはそう言って、片膝をついて縄の下の方を掴み、ピンと張った。

大丈夫、ここで支えてるから...と言いたいのだろう。


(いや...そういう問題では無いんですが...。)


「...では、私が先に参りましょう。安全な足場を見極めておきます。」


ソーラの慄きを察してか、アルアータが進み出て先に縄を握り、壁面に足を掛け、慎重に足場に相応しい場所を探りながら登っていった。


ソーラも覚悟を決め、その後に続く。


「下は見なさるな!!!上を、次の足場だけを見るのですぞ!!!」


頭上のアルアータが、彼女に向けてそう叫ぶ。


ソーラも目尻に涙を浮かべながら、吹き荒ぶ寒風の中一歩一歩壁面の凸に足を掛けていく。

足場は全てアルアータの吟味を経たもので、基本的にはしっかりしたものであった。

しかし、時折その足場からもポロポロと落ちていく土塊や石の破片は、彼女の恐怖感をこれ以上無いほど煽っていった。


(まだ...まだ...?)


徐々に高度を上げていっているが、未だ崖上は遠い。

縄を握る手は外側が寒さに悴み、内側は縄に擦れて僅かに血が滲んでいた。


縄を握り続ける腕も、限界は近くなっていた。腕や肩の筋肉は震え、重くなっている。


(駄目...今ここで力尽きたら...!)


落ちれば、命はない。

例の球形の光壁を作れば生き残れるかもしれないが、再び成功する保証はどこにもない。


長い黒髪が、風に吹かれて口に入り込む。


唇を動かしてそれらを外に追い出し、彼女は身体に活を入れて縄の少し上を掴んだ。




縄の先では、縄が繋がった精巧な三叉の鈎が石の隙間に引っ掛かっていた。

その横を通り過ぎ、ソーラはふらふらと4,5歩歩いて崖から離れると、そこの落ち葉の上にぽすりと腰を下ろした。


「はあ...はあ....。」

「お疲れ様でした。」

「貴女も...よく先導してくれました。ありがとう。」


アルアータの労りの言葉に、ソーラは疲れた目で応じた。


暫くして、崖下に残っていたルフワも上がってきた。


「ありがとう御座います。その...助けて頂いて。」


ソーラはルフワにそう言って、2人は頭を下げた。


「フォウ〜、ウシャロホナム〜!オレ、オレ、ウノオシャヤ、イレワ!」


ルフワはそう言って、またも2人を何処かに連れて行こうとした。


「”ウノオシャヤ”...?」

「ノ。」


ソーラの問い返しにルフワは頷き、足元の落ち葉を蹴ってどかし、顕になった地面に小枝で何かを描き始めた。


棒を頂部で三本組んだような形が幾つかと、たくさんの人間たち。


「これは...集落でしょうか。招待してくれるつもりなのかもしれませぬ。」

「う〜ん、気持ちは有り難いんですが...。」


ソーラも小枝を取り、ルフワの絵から少し離した所に先ずソーラとアルアータを示す大小の人形、次いでアールン、ラディン、ヤートルと愛馬達を示す絵を描いて全体を丸で囲んだ。


(我ながら、本当に酷い出来。)


「絵」は彼女が手習いでやらされなかった数少ない項目の一つであった。

そのためか彼女の絵心は壊滅的で、描き分けもまともに出来ていなかったが、最低限仲間が居ることが分かれば良い。


「オラシャ...ウスメノ?」


ルフワの問いかけに頷いてから、ソーラは彼女達とアールン達の間に強い筆圧で線を引き、両者から矢印を明後日の方向に引っ張った。


「ファン...イボ、ウスローミサ、ボロム?」


通じていることを願いながら、ソーラは頷いた。


すると、ルフワは頬に手を当てながらブツブツと何かをつぶやき始めた。なにか考え事をしているようだ。


しかし、その考えが纏まる前に、その思索は新たなる来訪者によって断ち切られた。


「ルフワーーーー!!!!ッウゴレン!?」


3人は一様に肩を竦め、声のした方を見た。

そこには、ルフワと同世代ぐらいの”ヌアチャルテ”の少年が立っていた。

装いは寒そうな腰巻き一丁、短槍を手にしているが、材が真新しいのを見るに与えられてまだ間もないのだろう。


少年はソーラ達に驚愕し、咄嗟に槍を構えた。


「アスチャヤ!アスチャヤ!ミス、オイカウハル!!!」

「ミス、ハニスカーダ!?」

「オイカ!!ミス、ムローニ!」

「ムローニ!?オシャヤ、イマシヤカ!」

「オイカ!!ミス、モルト、ルフウェン!」


ルフワと少年は口々にヌアチャルテ語で言い合い、ルフワはソーラ達を守るように両手を広げて彼女達の前に立つ。


ソーラは少年の言葉に、聞き覚えのある単語があったような気がし、横のアルアータに小声で尋ねた。


(聞き間違えじゃなければ...彼、今「ハニスカーダ(ハニスカ人)」って言ってませんでした?)

(同感です。もしやすると、ネイレード殿のことかもしれませぬ。)


そうなると、話は変わってくる。アールン達が、ヌアチャルテの集落に居るのかもしれない。


「あ、あの!」


ソーラは意を決して2人の言い合いに割り込んだ。


「?」

「...その、”ウノオシャヤ”に、連れて行ってくれませんか?」

「?」


やはり通じないか。きょとんとしながら2人はソーラを見たので、彼女は少し居た堪れない気持ちになった。


「ウノオシャヤ...イマシヤカ?」


少年が困惑しながらそう言ったのに、意味は分からなかったが彼女は頷いた。しかし、それを血相を変えて止めたのはルフワであった。


「オイカ!!オラフーヤ!!」


ルフワは必死に首を振り、最早懇願するかのごとくソーラの服の布を掴んだ。

先の少年の言葉、「ウノオシャヤ」は集落だとして、「イマシヤカ」という言葉はそんなに駄目なものなのだろうか。


(まさか...生贄にされる...とかいう意味だったりして。)


囚われたい訳では無い。しかし、そこには行きたい。何故なら、そこに仲間が居るかも知れないから。

それをどう伝えてよいか分からずソーラが困り果てていると、唐突に少年とルフワの顔が険しくなり、2人はソーラから視線を外した。


2人が見ている方の草むらが揺れだし、そこからは装甲に覆われ長盾を持ったような見た目の魔物が姿を現した。

魔物の両腕は”キアノード(長腕)”もさるやと言った風に禍々しく膨れ上がっている。


「これは...!?」

「”タルホルン(大盾)”です!!こんな所に...!防御力と膂力に注意してくだされ!!」


鈍重そうな魔物は、しかしその腕で手近な岩を軽々と地面から()()()()持ち上げると、それをルフワの方へ投げつけようとした。


このままでは、ルフワだけでなくその後ろの少年も無事では済まない。ソーラは投げの構えから方向をを読み、瞬時に二人の前に立った。


「ソーラ!?」


ルフワの叫びを背に受けながら、ソーラは右手を前に掲げた。

手の甲の紋章が瞬光を発し、タルホルンの投げた岩は桃色の光の壁に阻まれて爆散した。


「アルアータさん!!今です!!!」

「了解!!!」


返答の後、もうもうと立ち昇る土煙の先に幾筋かの青白い光が見え、刹那魔物のゴオオという野太い苦悶の叫び声と血の吹き出す音がした。


煙が晴れると、そこには胴の辺りを切り刻まれたタルホルンの”残骸”と、血まみれになったアルアータの姿があった。


「ありがとう、お疲れ様です。」

「いえいえ、当然の責務を果たしたまでに御座います。」


微笑みながら言い合うソーラとアルアータを、ルフワと少年は呆気にとられて見ていた。


「あの...大丈夫、ですか?」


ソーラの問いかけに、2人は我に返って何事かを話した後、ソーラ達に向き直って膝立ちとなった。

どうやら敬意を示しているらしい。


「ウノ、オト...グアルヤ、ウス。メウイレワ。」


ソーラとアルアータが意味をはかりかねていると、ルフワは小枝で地面に饗宴の皿と思われる料理の絵を描いてくれた。


「歓待してくれるのですか?その...ウノオシャヤで...?」

「ノ。」


表情をぱあっと明るくしてそう言うソーラに、ルフワと少年は頷いて立ち上がりくるりと反転して歩き出そうとした。


「あの、ちょっと待って...。」


ソーラは少年を呼び止めた。少年が不思議そうな顔をして振り返ると、彼女は緊張しながら、努めて笑顔で額を叩いてこう言った。


「ソーラ。えーっと、確か...ウゴイレント、ウス?」


思い出したヌアチャルテ語を試してみた彼女だったが、少年はそれに対して暫く答えなかったので、少しきまり悪い思いをすることとなった。


しかし、その耳の火照りからするに少年の沈黙の理由は別にあったようだが、それにソーラが気づくことはなかった。

多感かつ純真な年頃のこの少年には、少々刺激が強すぎたようであった。


暫くして、少年はおずおずと口を開いた。


「ウノイー、ラムサ...。」


その様子を、ルフワはニヤつきながら見ていた。


ソーラは初めて言葉が通じたことに嬉しさを覚えてアルアータの方を見たが、彼女の方は少年ラムサに哀れみの視線を送るだけであった。



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