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青炎紀  作者: 二十二郎
〈1〉破魔之役:紅玉の従者
23/53

22 出立

楼閣二層目にあるアールンの私室からは、タナオード市街地の向こう、西の地平線から出てくる太陽がよく望めた。


まだ太陽が顔を出しきらないうちから起き出して窓の外をぼうっと眺めながら、アールンは今日のやることを頭の中で思い返していた。


一先ず、昨日の内に恩賞関係の仕事は片付いたので、今日はいよいよこれからの事を相談する番だ。


ハニスカとの軋轢の解消は、こちらが軍を率いて向かうのでも、向こうを呼びつけるのでも上手くいくことは無いだろう。


定石ならば、両者とも関係が薄い第三の街に双方の代表を招集し、調停を行うのが良いのだろうが、現状彼にはタナオード以外に使える街もなければ配下の人材もいない。


であるならば、自らが相手方の街に乗り込むしか道はないように思える。


懸念点と言えば、やはり後背の事だろう。


だが、公爵コートには不遜な権力欲などは無いように見受けられるし、”大災禍”から今までの期間はずっとグレンデル家が街の頂点に立っていたのだから、今更実権を奪われる心配をしてもしょうがない。


(それに、仮にあの長髪の男が街を出た瞬間に反旗を翻してきたとしても、その時は俺達はハニスカの側に立ってこの街に攻め込むだけだ。大義はこちらにある。あの公爵も、そんな愚は犯さんだろう。)


そこまで考えて、彼は唐突に軽く吹き出した。


すっかりクソみたいな「貴人」になっちまったな。


自分が嘗て嫌ったような、酷く高踏的で、人を駒か何かのように扱う人間に。

隔世の感と、この世界に”相応しく”なれたことへの嬉しさとがごちゃ混ぜになった、そんな感情であった。




昨日、論功行賞を行った部屋に、アールンはソーラ、コート、アルアータ、ヤートル、ラディンの5人を呼び寄せた。


先ずは同じ殿閣に寝起きしているソーラが、次いでラディンとヤートルがやってきた。


「ふぁあ、おはよう...。」

「何だ何だ、凄い隈だな。」


ヤートルの大きな瞳は半ば閉じかけ、目元にはこれまた立派な黒いシミが生まれていた。

そして、その隣には恐らく”元凶”と思われる満足そうな男の顔があった。


「いや〜、満足満足。」

「ラディン...あまりヤートルに無理させるんじゃないぞ...。」

「そういう君も、ちょっと顔色悪くない?」


ヤートルはアールンの顔を覗き込みそう言った。


「ああ、俺も昨日は随分夜更かししたからな。」

「忙しかったのかい?」

「いや、仕事とはあまり関係なく...ソーラに文字の”特訓”を受けさせられたから。」


「大事ですからね?」

「だからってあんな夜遅くまでってのはやりすぎだろ...。」


念を押すようにそう言うソーラに、アールンは恨みがましく返した。


「それはそれは...お疲れ様?」


ヤートルの言葉とほぼ時を同じくして、部屋にコートとアルアータが入ってきた。


「皆さん、お早う御座います。」


コートがそう挨拶して一礼、それと同時にアルアータも頭を下げた。


「ああ、おはよう。これで全員揃ったな。」


座卓の最も上座に腰を下ろし、向かって右にはソーラ、ラディン、ヤートルが、左にはアルアータ、その向こうにコートが座る。


アルアータの方が席次が上になっているのを見るに、”ハルムローディ(御側人)”任命の話は正式に伝わったのだろう。


「今回みんなを集めたのは言うまでもなく、ハニスカの話だ。」


それから、彼はハニスカとの和解に関する自身の考えを話した。

と言っても、アルアータとコート以外の面々には、事前に粗方了解を得ているので、あとはタナオード側に了承を求めるだけである。


「...成程。」とアルアータ。

「何か懸念や疑問、意見があれば遠慮なく言ってくれ。」

「では、一つだけ宜しいですか。」


コートが挙手する。

アールンが頷くと、長髪の公爵はゆっくりと話しだした。


「決して殿下を信用していないという訳ではありませんが、使節団の中にタナオード側の立場を代表する者が居ないというのは、些か不平等であると思いまして。」

「成程な...じゃあ、アルアータも同行するというのはどうだ?」


アールンの御側人になりはしたものの、嘗てのタナオード城でのラディンに対する敵愾心から察するに、彼女もタナオードの「怒り」を十二分に共有していると言えるだろう。


それでいて、制御も充分利くと思われる彼女は理想的な人材だ。


「元々はタナオードに残して...あんた達の監視役をしてもらおうと思ってたんだが、そっちのほうが良いかもしれん。」

「は...ははは...。」


アルアータの方を向いて、アールンが笑って言うのに、コートは乾いた笑いしか発することが出来なかった。


「あまり疑い過ぎるのも良くないですよ。アールンさん。」

「悪い悪い。」



拍子抜けするほどあっけなく合意に至り、話は想定される道中の危険に移った。


「軍の”シャラーエンディ(哨兵)”は、この...ムルターン川北岸の烽燧(ほうすい)台が最も遠方の配置場所です。そして、ここがそのまま安全圏の南端になります。」


タナオードの兵を取り仕切るコートが街の近傍一帯の地図を広げ、その端っこに描かれた川を指さした。

タナオードの軍制も、ヘイローダ(抵抗衆)のそれと同様に、常備軍、募兵、哨兵の三種の兵種が存在する。まあ、どちらもサンダの兵制を受け継いでいるというだけなのだが。


「ここから南が、ハニスカの勢力圏か?」

「いえ、魔物です。」


そして、コートはもう一枚の地図を出し、先程の地図に接続した。


「これは...。」

「この図には複数の村落が載っていますが、今やこれら全ては魔物共の手により廃墟と化してしまいました。その魔軍の中心が、この”ヤイダ要塞”です。」


地図の南半分には、大きな城塞が描かれていた。


「つまり、この辺を通る時は魔物との接敵を警戒する必要があるってことだな。」

「大体はそんなところだろうね。僕は通り慣れてるから、安全な道ならある程度分かるよ。」

「そりゃあ心強い。」

「ただ...いつもは僕一人だけだから大丈夫なんだけど、今回はそれなりに人数がいるから、”ヌアチャルテ”の人たちがどう反応するかだけ心配かな。」

「お待ちくだされ、そんな深い場所を通るのですか!?」


ヤートルの言葉に、アルアータが咄嗟に声を上げた。


「南方のタナオードの統制の外で、平野部や森の浅いところは魔物がウヨウヨしてるんだよ?でも、”彼ら”の縄張りの中ならまず接敵しなくて済むから。」


「ヌアチャルテって?」

「さあ...私も知りませんね。」

「オード山地南部一帯の蛮族だよ。昔はちょくちょく平地に下りてきて、村々の住民たちからは”神の民”なんて呼ばれて信仰の対象だったらしいけど、今は山奥に引き籠もってるみたいだね。」

「説明助かる。」


ラディンの説明に、ヤートルはそう言って話を継いだ。


「今、彼らは魔物の脅威や部族間抗争もあって酷く神経質になってるんだ。だから、あまり刺激にならないと良いんだけど。」

「へぇ...そりゃちと厄介だな。」

「ま、敵対の意思を示さなければ大丈夫だよ...多分。」

「ほんとかよ...。」


言葉を濁したヤートルに、アールンは一抹の不安を覚えたのだった。



一通りの打ち合わせが終わり、出発は翌朝に決定された。

出発前に買い出しがあると言って城を一度出たヤートルと、自身の業務に戻ったコートを除く、アールン、ソーラ、ラディン、アルアータの四人は、アールンが寝起きする楼閣の一階の執務室に集まり、出発前に片付けておかねばならない決裁文書の処理に追われるアールンを尻目に思い思いに寛いでいた。


「ちょっとは読めるようになりました?」

「お陰様で、読むだけなら何とか...。」

「その調子です!」


びっしりと入った文字列をえっちらおっちら読み進めるアールンの隣で、ソーラは笑顔でそう言った。

最近何かと先輩風を吹かすようになった彼女は少し鼻につくが、好意の有無は別にしても、その笑顔を見るとどうしても怒る気が起きないので、美人というのは中々便利なものだな...と心のなかで独り言ちるアールンであった。


「そう言えば、ラディンはここに来るまでの道中で、その...例の原住民とは遭わなかったのか?」


アールンはそう、目を青白く光らせながら虚空を見つめていたラディンに声を掛けた。

見た目は不気味だが、彼がそうしている時は手袋型収納”ハリージェ”の中身を確認しているだけなので、気遣いは無用だとラディン自身が言っていた。


「”ヌアチャルテ”かい?うーん、彼らは基本的に平野部には居ないからねぇ。僕が通ってきた東エーダ平原には居るわけないし。」

「あの”怪異”が徘徊する中を突破してきたのですか?」


アルアータの驚きに満ちた問いかけに、ラディンは目の白光を消してそちらの方を向いた。


「突破...というよりも避けてきたって方が正しいかな。霊体探知器の実証実験さ。索敵は戦においてとても重要だからね。」

「戦...それは、タナオードとのですか。」


露骨に警戒の表情を浮かべ、アルアータは低い声で目の前のボサボサ髪に問うた。


「違うよ。それに、人間程の弱い強度の霊体反応はまだ感知できないから、そもそも戦争では役立たないし。僕らが目指してるのは、タナオードじゃなくて”怪異”の討伐さ。東エーダの大平原を解放できれば、灌漑を行って作物の増産も見込めるだろうからね。」


確かに、あの果てしなく広がる原野を活用できれば強いだろう。でも...。


「場所が分かったとして、肝心の武器の方はどうなんだ?」


アールンの問いに、ラディンは少し眉間にしわを寄せつつ口角は上げたような表情で答えた。


「まあ、それも色々作ってるよ。まだまだ問題も沢山あるけど。ハニスカに着いたら見せてあげられると思う。」

「ふーん。」




翌朝の空は、薄く細かな秋の雲に満ちていた。

雲間から覗く晴天の向こうから、橙色の光が差してきている。


そんな空の下、タナオードの”南ノ門”の内には騎兵や歩兵が整列し、煌めく槍の穂先を上に向けて並べていた。

風はそこまで強くなく、青緑の幟旗はまっすぐ下に垂れている。


「何だか久々な感じがするな。その格好。」


アールンは、エーダの街でレーミーに用立ててもらった旅装に身を包んだソーラを見て、一言そう言った。


「腰帯留めのベルトが若干留めづらくなってて、少し焦りました(笑)。」

「はは...まあ、ここの飯も美味かったからな。」

「そういうアールンさんも、その格好は変わらないんですね。王子としてはちょっと不相応な気がしますけど。」

「慣れてるのが一番さ。」


その後、アルアータ、ラディン、ヤートルが続々と集まってきた。


アルアータは漆黒の戦衣姿、ラディンは革の外衣姿だが、彼の外衣の上には出会ったときのように、用途のわからない数多の霊力機器が付いていた。

ラディン自身は街を出てからそれらを出そうと考えていたようだが、曝露療法を狙ったアールンたっての願いによって街中から出しておくことになったのだった。


そして、相変わらず馬鹿みたいにデカい背嚢を背負ったヤートル。

一体身体の何処でバランスを保っているのか、不思議で仕方ないが、空を蹴って飛ぶ奴に今更そんな事を訊いてもしょうがないだろう。


アールンとソーラはそれぞれの愛馬、クルキャスとネルトレイフに乗り、五人は頷き合って”南ノ門”へ向かって歩き出した。


『タロント・ハー・ターフトール(王子殿下版歳)!!!』

『タロント・ハー・ノーアン=ルメーディ(紅玉の従者様万歳)!!!』

『タロント・サンダ・トールベーン(サンダ王国万歳)!!!』


歓呼の声に手を振って応えつつ、彼らは門外に出る。


(さあ、久々の冒険だ。)


既に収穫は終わったようで、かりばねが規則正しく並ぶ田圃(たんぼ)の中の大きな道を、彼らは南へと進んでいった。


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