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青炎紀  作者: 二十二郎
〈1〉破魔之役:紅玉の従者
22/54

21 戦の後で

曇天の朝空の下、薄っすらと灰色に浮かび上がったタナオード城の城壁の上には、数多の幟旗と城兵の影が並んでいた。


その城塞を囲むは、コート麾下の領主派主力3千。

多数の長槍や盾、幟旗を並べ、ぱっと見の見た目は申し分ないが、城内の兵数に比べれば吹けば飛ぶような頭数である。


力攻めでは、この城は落ちない。


それは、この城の内外どちらの者も抱く思いであった。



不意に、包囲陣の中枢部から歓声が上がった。


兵士達の群れが二つに分かれ、その合間から栗毛の馬に乗った青年が出てきた。


青年は、豪奢な装飾が施された鞘に入った剣を手にしていた。

嘗てこの城を我が物としていた者の剣、それを高々と掲げ、彼は宣言した。


「家宰は討ち取られたり!!!戦いはこれまでだ!!!城を開けろ!!!!!」


暫くの沈黙の後、台郭の城門が重い音を立てて開いた。


同時に、城壁の上の幟旗が一斉に下ろされた。





「なんとか、終わったな...。」


タナオード城のセラン(台郭)の地下に掘られた、上部につながる長く幅の広い階段を進みながら、アールンは馬を並べて隣を往くソーラに向かってそう呟いた。


「ですね...。でも、後もう一つだけ大事なことが残ってます。」

「ま〜だ何かあるのか。」

「論功行賞ですよ。しっかりやらないと、下手すれば反乱もありますからね?」

「うげえ...。」


そこで、アールンの目はソーラの右手の紋章に引きつけられた。


「そう言えばあの光の壁みたいな技...”山颪の館”では見なかったけど、一体どこで知ったんだ?」

「うーん...正直な話、よく分からないんですよね...。」


彼女自身も自らの力を理解しかねているようで、右手の甲を見ながら困ったように答えた。


「あの時は、何と言うか...瓦礫を止めようとして咄嗟に手を出したら、()()が出た...って感じだったので...。」

「それにしちゃあ、随分と格好良いこと言ってたけどな。」

「っ...それは...!その...。」

「まあ、それは置いとくとして...あの強さの防壁をその場で展開できるとしたら、それは大きな戦力になる。早いとこモノにしたいもんだが、何か古文書でも当たれば出てきたりするかな...。」


能力は、当然ながらそれを意のままに使用出来なければ真に自らの武器とは言えない。


それはアールンの”低速時間”にも同様のことが言える。

事実、サ―ルド支配下のタナオード城から脱出した時に立て続けに発生してからというもの、件の現象は何の音沙汰も無くなってしまっているのだ。


あれがあれば、山颪の館の襲撃や、此度の戦に於いても圧倒的に有利に事を運べたことは間違いないというのに。


「あの光の壁は、確実にこの紋章...つまりは従者の力に由来するものだと思います。でも、そのような能力があるなんて私も初めて知りました。」


右手の甲を見ながら、ソーラは言った。


「史書とかには記述はないのか?」

「いえ...基本的に、戦いの詳細な描写は残りませんから。精々、『自ら武器を振るって大いに敵を破り、云千の首級を挙げた。』...ぐらいです。」


なるほどな。彼は頷いた。


後から記録を追う立場からすると面倒な事この上ないが、聖なる従者が武器を振るって敵を屠ってる描写なんて残せばそれこそ沽券に関わるというものだ。


「あ、もうすぐ上ですよ。」


大階段の天井が消え、彼らは騎乗したまま台郭の屋上部に出た。


そこには、長槍を装備した歩兵や軽騎兵、更にはワンデミードのそれとは雰囲気の大分異なる、巨大な襟部を持つ札甲と兜を装備し、鉄の仮面を被った重騎兵までもが整列していた。


(うわ...あんなのまで居たんか...。)


騎馬すらも金属の細かな札を編んで造られた鎧で覆った重騎兵の威容は、馬の上から眺めても見る者を圧倒するものがあった。


それから、また兵列の間を進んでいると、今度は見覚えのある長筒を背負っている歩兵の一団が目に入ってきた。


(霊気銃...”銃兵部隊”か。)


イスム・ナハラール(薔薇殿)”にて、自分達を狙ってきた例の部隊だ。


ラディンは古い型の装備だと言っていたので、もしかすると嘗ての王国の時代から存在する部隊なのかもしれない。

しかし、あれが霊気を用いて運用する兵器であるならば、その資源の出処はどこなのか。

タナオード自体では霊気は採れない。

ならば、サールドは裏でハニスカと繋がっていたのだろうか?


(でも、サールドの繋がりはどちらかと言えば「魔」だし...。いや、待てよ...?)


サールドと同じく、魔との繋がりが疑われるエーダのフージェン、あの男も、ハニスカ産の”浮艇”を用いていた。


(まさかとは思うが。でも、ラディンの存在もあるし...。)


思考が堂々巡りを始め、彼は馬上にて、険しい表情で顎に手を当てた。


「...大丈夫ですか?」


そんなアールンの様子に気づき、斜め後ろにいたソーラが声を掛ける。


「いや...仕事が一段落したら、コートとラディン、あとはヤートルも集めよう。これからのことも含めて内々に相談したいことがあるんだ。」

「分かりました。」





「うぉう凄いね!!!本当にこんなとこ使って良いのかい!?」


立派な五層の楼閣の群れを前にして、ヤートルは歓喜の声を上げた。


今、アールン、ソーラ、ラディン、ヤートルの四人は、臨時の王子居所とされた殿閣である”イスム・グローフォラ(青草殿)”の前にいた。


「ま、ハニスカに行くまでの間だが。」

「分かってるって。駄目そうだったら早めに頼むよ〜。」


”南ノ市”での戦闘の後、アールンはヤートルに、もし良ければ自分達のハニスカ行きに同行しないか、という提案をしていた。


あくまでタナオード側の同意という仮定の上の話だが、アールンは二つの街の確執を解決するために、彼自身が少数精鋭を率いてハニスカに乗り込むことが必要だと考えていた。

身の危険があるからと言ってタナオードの兵を連れていけば、相手方の態度を硬化させかねないからだ。


かと言って、道中には危険もあるだろうからある程度の仲間は必要だ。

ソーラ・ラディンは確定として、ここにヤートルも加入してくれれば、戦力としては申し分ないだろう。


しかし彼女とて、自らの仕事があるのもまた事実。

戦における働きへの褒賞という名目で長期間拘束してしまうことへの実質的補償とし、出発までの間城に招いて衣食住を保障し、かつ行けなくなりそうであれば即解放することを条件としてようやく了解を得たのだった。


そして、アールンはラディンとヤートルの使う客殿として、彼の居所である青草殿を選んだ。


王子居所ではあるが、信じ難いことに”薔薇殿”は未だ掃除が済んでおらず、客殿として使える独立した殿閣が存在しないというのが主たる理由であった。


正面玄関の大門の左右を固める衛兵の敬礼を受けつつ、4人は青草殿の中へ入っていく。


殿閣の内装は”薔薇殿”とさして変わらないが、楼閣の数は5つと薔薇殿のそれよりも格段に多い。


「楼閣は、1人1つずつになっちまうかな。流石に俺とラディンとか、ソーラとヤートルを同じ建物に寝起きさせんのは厳しいから。」

「うん?僕とラディンは同じ閣で大丈夫じゃないかな。」


回廊を歩きながらそう言うアールンに、ヤートルは何気なさそうにそう応えた。


「いや、あんた...。」

「ああ、そう言えばまだ言ってなかったね、ごめんごめん。僕、こんな見た目だけど...()()()()から。」


彼女...いや、”彼”はそう言いながら、自身の下腹部をトントンと叩いた。

突然の爆弾発言に、残る3人は一様に固まった。


「え、そうなんですか!?今まで女の子だとばかり...いや、”子”ではないですが...。」

「はー...。」


出会った時から名前が何となく男っぽいとは思っていたが、まさか本当に男性だとは。

だが、ヤートルよ。この場でそれを晒すのは、かなーり悪手だと思うぞ。


「なるほど...やっぱり君は興味深いね。」

「え?」


ずいっと身を乗り出してきたラディンに、ヤートルは思わず後ずさった。


「ひょっとすると、君の人と霊気生命の(あわい)に立つような性質が、君の戦闘力や身体能力だけでなく、その性的認識にさえ影響を及ぼしているのかもしれない。霊体の特徴や状態が、魂格の自己認識にも影響するという話は寡聞にして聞かないけど。」

「いや、ちょ...。」

「...いいや、霊体の特殊な性質という観点に縛られ過ぎだ。直接の影響はなくとも長命による二次的、結果的な変性という可能性もあるか。そう考えると、身体機能の霊気置換の進行による長命化の副作用の検証にとり、かなり重要な知見になるかもしれないね...!」

「ちょっと、待っt...。」

「この後、少し君の霊体について、君自身の経験も併せて調べさせてもらえないかな。僕の専門は霊体学じゃなくて霊気工学なんだけど、僕の友人の研究にも大いに役立つものがあるはずだ...。」

「ちょっと落ち着け、ラディン。ヤートルも困ってるだろ。」


止まる様子のないラディンを見かねて、アールンは青年の肩を掴んで制止した。

それから、彼は申し訳なさそうにヤートルの方へ向いた。


「...スマン。あんたが霊気の生き物に片足突っ込んでること言っちまったの俺だ。」

「そういうことだったの...。」


ヤートルは はぁと息をつき、ラディンの方を見つめた。


「もう、別に良いけどさ...できれば優しく頼むよ。」

「良いのかよ...。俺がどうこう言える立場じゃないけどさ。」


原因を作ってしまった当人であるだけに、アールンはただ見ているしかなかった。


「こんなナリしてるから、身体を弄られるような経験も無いわけじゃないしね。」

「ああ、決して変なことはしないから、そこは安心して。」


ラディンの言葉にも、恐らく偽りは無いだろう。彼は純粋な知的好奇心の儘に動いているのだろうが、それが却って、傍から見ると危うさを感じさせて仕方が無いのだった。





2人と別れ、アールンとソーラはコート率いるタナオードの文官集団と合流し、”青草殿”の長卓のある座敷にて、本腰を入れて論功行賞の作業を開始した。


長卓の上に広げられた官員名簿と今作戦での各々の役割の記録を照らし合わせ、功績の軽重に応じて臨時のラド(俸給)(賞与)を配分し、特に功有りとされた者については官位の昇進を行っていく...というのが基本的な流れであるが、アールンには一つ致命的な問題があった。


(読めねえ...。)


作戦記録や名簿の紙上には、墨筆で書かれた細かな文字が、びっしりと縦書きに並んでいた。


これまではなんとか取り繕ってきたものの、元来庶民上がりの彼には識字能力――サンダ・アレ(サンダ文字)の知識が欠如しているのだった。


文書主義の朝政に於いて、それは余りにも致命的すぎるため、彼は却って言い出すことが出来ずにいた。

議文に目を通した時も理解したふりをしつつ、議の内容を細かに記憶しておくことで乗り切っていたのだ。


よほど焦燥が顔に出ていたのだろう、ソーラはアールンの顔を見るや直ぐに事情を察したのか、一瞬(げっ。)という表情をした。


「グレンデル卿を”内監”の中将軍から大将軍に、ファラン卿を”進策”の小尉から中尉に進めて...あとは...”ランテタック(保馬)”とか”エンウラーエ(軍糧)”とか、裏方さん達ですね。」


ソーラは名表を眺めながら、横に居たコートに向いてそう言った。

無論、それはアールンへの助け舟でもある。


「今回の作戦では、幸いにも大軍同士の衝突は御座いませんでしたので。相対的に、我々が恙無く動けるように支えた補給部隊の功績の方が大きくなりますな。」


そうとは露知らず、コートはその長い髪を揺らしながら、左右の手に持った書類に次々と目を通しつつ、時折確認を求めにアールンに紙を渡しに来る。


彼は努めて笑顔でそれらを受け取りつつ、二、三度頷いてから「これで良いんじゃないか。」と言って王子の印を押す。

その様子を、ソーラは時々ちらりと見ては眉を顰めていた。


「あと...この、アルアータさんの昇進はどうしましょう。」


ソーラの言葉に、アールンは顔を上げた。


そう言えば彼女もまたこの戦では、最前線、特にサールドが変身した魔物”ドロイ(巨大)”との戦闘に於いて決定打を叩き込んだ、勝利の立役者であるのだ。


その出自を考えると少し哀れではあるが、それはそれとして信賞必罰は組織の基本であるから、彼女への恩賞は必須である。


「その件ですが...私としては、彼女をアールン殿下の”ハルムローディ(御側人)”に薦めたいと存じます。」

「止めたほうが宜しいかと。」

「...理由をお聞きしても...?私としては、彼女の能力や働きは殿下の御側を預かる者に相応しいと考えたのですが。」


ほぼ反射的に口に出されたと思しきソーラの否定に、コートは訝しげに訊き返した。


「男性の貴人に女性の側役...身の回りの世話人が付くのは、古の例を鑑みても要らぬ問題を引き起こしかねないことは明白です。ここは慎重を期すべきかと...それともグレンデル卿は彼女を殿下の妾になさるおつもりなのですか。」

「いや、それは考えすぎだと思うけどな...。」


過剰反応と言わざるを得ないソーラの反対に、アールンは思わずそう口走った。


「別に手出ししたりなんてしないよ。」

「でも...。」


アールンの言葉に、ソーラはまだ何か言いたげに呟いたが、それに対してコートは水を得た魚の如く勢い付いて言葉を続けた。


「まあまあ、殿下もそう言っておられることですし...それに、”ハルムローディ”を年少の時分に拝し、将来に”ハルムエン(近衛)”の尉官など、近侍武官の重職に遷るのは朝廷に於ける出世の常道でございましたから。『常態』への復帰を内外に示すという意味でも、この任官で適当かと。」

「...分かりました。アールンさん、()()()()()、変な気など起こさないで下さいね。」

「分かってるって...。」




そんなこんなで官の昇進は一通り定まったものの、昼餉を挟んだ後からは終わりなき賞与の配分の議が始まった。


アールンが行う「確認」の頻度も上がり、彼は午前中の仕事以上に気疲れしてしまっていた。

それらの作業が一段落ついて解散となったのは、既に冬の短い陽が落ちきった後のことであった。


「風呂?」


議の場から出る前、ソーラと話していたアールンは、ふと彼女の口から飛び出した聞き慣れない単語に、思わず首を傾げた。


「ええ。古い造りの”山颪の館”とは異なり、この城には風呂の設備がちゃんとあるようです。チロン関で入って以来久々なので、楽しみですね。」

「へえ...風の噂で少し聞いたことがあるが、とんでもなく熱いらしいな。」


若干の気後れを含みつつ、アールンはそう返した。


「確かにその通りですが...あの中で被る冷水がまた癖になるんですよ。」

「今冬なのに、なんとも贅沢なこったよ。」


庶民にとって、身体の清潔を保つ営みと言えば”湯浴み”である。

と言っても、家の裏に熱湯を溜めた桶を持っていき、服を脱いで湯を身体に掛けていくだけの至極単純な作業なのだが。

それも夏の間だけのことであり、冬場は屋内で湯に浸けた布で体を拭く位である。


しかし、上流の暮らしはその限りではない。

室内全体を熱して火中の如くし、その中で汗を掻き身体を清める...それが一部の貴人や金持ちにしか使うことの出来ぬ「蒸し風呂」というものらしい。


寒い中で室内を熱せられるほどの薪をくべさせ、にも関わらずその中でそれらを無駄にするかのように冷水を身体に掛けるというのは、余りにも贅沢が過ぎるような気がしていたアールンであったが、その後半部分は腰巻一丁で風呂の狭い部屋に入った瞬間に彼の頭からは吹き飛んでいった。


「熱ッ!!!」


あまりの熱気に顔を殴られたような感覚を覚え、彼は思わず叫んで入口から数歩後ずさった。


(え、この中に入んの?)


意を決し、腹と眉間に力を込めて一歩一歩前進して、彼は遂に風呂内の木製の座椅子に腰を下ろした。


(これも経験、これは贅沢な経験...!...水はまだか!?)


目を瞑り、両拳を握って耐えていると、ある時唐突に扉が静かに開いた。

部屋に充満していた熱気が外に吸い出され、若干温度が下がる。


「...あれ、あんたは。」

「失礼いたします、お身体を拭きに参りました...今朝振りに御座いますな。」


扉の外では、使用人の薄緑の着物を纏ったアルアータが、小脇に絹布と小瓶の入った木桶を抱えてちょこんと膝を折っていた。


「あんたそんな格好で暑くないのか。」

「慣れておりますから。」


そう言いながら、少女はつかつかと風呂の中に入ってきて、アールンに陶製の白い小瓶を手渡す。

ひんやりとした手触りの小瓶の中身は、アールンが今一番切望していたものであった。


瓶の蓋を取り、アールンは中の冷水を一気に被る。

それは量こそ少ないものの、熱の霧を忽ちに両断する剣、或いは料理における香辛料のようで、アールンはソーラの言っていたことを文字通り身に沁みて理解できるような気がした。


「それで...これも”ハルムローディ(御側人)”の仕事の一環か。なんか悪いな。」


少し冴えた頭で彼はふとそんな事を思い、彼の身体を拭くアルアータに言った。

しかし、彼女はそんな事全く初耳であったようで、少し眉を上げて彼の顔を仰ぎ見た。


「...私は単に、侍従長様から申し付けられただけだったのですが...御側人とは一体...?」

「まだ聞いてなかったのか、いやそれもそうか。今回の戦の功績で、あんたが俺の”ハルムローディ(御側人)”に推薦されたんだ。」

「それは...恐悦至極に存じます。」


一言、彼女はそう言うだけであった。


「とは言っても、俺は世話人の使い方なんぞよく知らないから、仕事といえば護衛ぐらいになりそうだけどな。まあ、出世の足がかりと思っといてくれ。」


アールンはそこでふと、顔を上げた。


「そう言えば、”葬儀”の件は大丈夫か?何か困ってることとか無いか?」

「は、恙無く、既に火葬までは完了いたしました。」


告別の儀式などは、とても出来ないか。その言葉を、彼は胸の内にそっと留めた。


「骨壺を墓に入れるにしても多少の副葬品は必要だろ。遺品の大半は入城の時に処分してしまったが、討伐の証にした剣は残してあるからそれ持っていくといい。」

「何から何まで、まこと感謝に堪えませぬ。」

「...ああ、長話で引き留めちまったな、こんな熱い中悪かった。出てもいいぞ。」


そこでアールンは、汗拭いの作業を終えて静かに話を聞いていたアルアータの額に玉汗が浮かんでいるのに気づき、慌ててそう言った。


すると、彼女は「失礼します。」と頭を下げて、そそくさと退出していった。


しかし、しばらくすると彼女は替えの水瓶を持って再びやってきたので、今度は水を浴びた後、彼は直ぐに空の瓶を戻し、彼女を帰してやった。




私室に戻って半時(30分)程経った頃、アルアータとは別の下女がソーラの来訪を伝えにやってきた。

通すように言うと、程なくして手ずから大量の紙を抱えたソーラが入ってきた。


その紙束に対し、無性に不吉な予感を抱いたアールンは、恐る恐るその正体を尋ねた。


「まあまあ、先ずはこれを見てください。」


そう言って、彼女は紙束の頂上に置かれた一冊の本を開いた。


当然、中の(ページ)にはびっしりとサンダ文字が書かれている。


「本だな。」

「そんなこと見れば分かります。では、なんて書いてありますか?」

「...。」

「...読めない、そうですね?」

「すまん。今までも何とか誤魔化してたんだが、今日のことであんたにはバレた気がしてたんだ。」


すると、ソーラは呆れと言うよりも”安堵”というような雰囲気のある息をついた。


「もっと手遅れになる前に、今気づけて良かったです。」

「怒らないのか?」

「別に怒ったりなんてしないですよ。貴方が市井で育った以上、それはしょうがない事ですし。でも...。」


そう言いながら、彼女は部屋の座卓の上に「ドンッ」という、おおよそ紙には似つかわしくないような音を立てて、禍々しき威圧感を発する紙束を置いた。


「うげぇ...。」

「一緒に、頑張って暗記練習していきましょうね?」


そう、ソーラは貼り付けたような笑顔で言った。


挿絵(By みてみん)


「ああクソ、こんの”ロ”と”オ”とか...ただ()()が上か下かの違いしかねえじゃねえか。”ホ”と”コ”とか、”テ”と”フ”、”ノ”と”ム”も...というか44通りも覚えてられっかよ!!」

「それと、上につく各種音記号と数字も...。」

「ぐあああああ!!」


「ああ、でもこう見ると結構規則性あるんだな、何と言うか...作り物みたいな。」

「お、よく気づきましたね。実は現代のサンダ文字は、アールンさんのご先祖様、始祖デイル王が創始したんですよ。この『アレリシ...』の不思議な並びも、古代の言葉で書かれた当時の詩なんだそうです。」

「はぁ...始祖様も要らんことを...。」

「それ以前の文字はもっと混乱していたらしいので、普通に感謝すべきですけどね。」


ソーラの厳しい特訓は結局夜半まで続き、彼は解放されるや寝間着にも着替えず、一直線に蒲団に飛び込んだのだった。


サンダ文字は表音文字ですが、それ以前は地方や都市毎に異なる表意文字を用いていたんです。

それは統一国家としてはあまりにも不便だということで、デイル王は新たに公用文字を作りました。それが現行のサンダ文字です。


自戒の念を込めて追記(2025.12.11)

サンダ文字表にまさかの「ソ」の字が無いことが判明したので修正しました。

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