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青炎紀  作者: 二十二郎
〈1〉破魔之役:紅玉の従者
21/53

20 解放戦

曇天の空の下、寒く薄暗い下街の道を、被りを深く被った男女が走っていく。


その後ろからは、濃緑の腕帯を()()()兵士の一団が追ってきていた。


朝っぱらから響く五月蝿い物音に、住人たちは眠い目をこすりながら窓を開けて顔を出し始めた。


男女が少し広めの道に出ると、遠方から蹄の音が聞こえて来、程なくして曲がり角から武装した軽騎兵の群れが現れた。


「”従者様”、こっちだ!!」

「はっはい!!」


アールンはソーラにそう叫んで、「追手」達とは反対方向へと走っていった。



そこからも、脇道や建物の陰の至る所から次々に兵士が姿を現し、2人に斬り掛かってきた。

しかし、兵士達はアールンと2,3度斬り結んだ後、不意に諦めたように引いていくばかりであった。


街の見張り塔の鐘が重い音を立てて鳴り響く。


いよいよ何事かと通りに出てきた住民たちを避けつつ、2人は所定の場所を目指して突っ走った。



これらは全て、昨日決定された作戦の一環であった。

先ず、敢えて”紅玉の従者”が追われている姿を市民に見せつけ、彼らの疑念を喚起する。


そのために用意された「追手」は勿論領主派の兵が扮したもの、所謂サクラである。


この時重要なのは、民にソーラ自身の戦う姿を見せないことだ。


彼女自身は、タナオード城からの脱出戦時に人間の敵兵を刃に掛けた経験はあるのだが、それを民が知るすべはないのだから今はどうでも良い。

しかし、今ここで彼女が「敵」とはいえ人間に向かって剣を振るう姿を公衆の面前に晒してしまえば、幻滅されてしまうことは必至である。


あくまで「か弱き被害者」に徹することが、ここでの肝となるのだ。


曲がり角の家の軒下に置かれた空の木樽の裏から、またも”敵”の小分隊が出てきた。


ソーラに先に行かせつつ、その先頭に居た小柄な兵士にぶつかり合うようにして鍔迫り合いを始めると、それはなんとアルアータであった。


剣を打ち合う音に、なんだなんだと様子見に来る市民たちの視線を受けながら、アールンは小声で黒い顔布をしたアルアータに耳打ちした。


「...しょうもないな、これ。」

「我慢なされませ。これも計画のために御座います。」


剣撃を交え、アルアータの隊を引き下がらせた後、彼はソーラの後を追って再び走り出した。





「...しかし、良かったんですか?あんな...危険な作戦で。」


作戦決行前夜の昨日、夕餉を終えたアールンに、ソーラはふとそう尋ねた。


イズレールが議で提案した作戦は、「守られるべき総大将を前面に、サ―ルドを城から釣り出す為の囮として使う。」という点からしてアールンの同意しそうにないものに思えたからだ。


しかし、アールンはそれを聞いて、ああ、と一人納得したような声を上げてからこう答えた。


「俺は何も、大将は絶対後ろにいるべきだ...なんて考えてるわけじゃないぞ。事前にきちんと作戦を立てて周知してるなら、誰が前に出てこようと問題ないと思う。駄目なのは、場当たり的に思いつきで突然突出すること。戦場の均衡を自分から崩すような真似は...良くない。」


今、出てくる敵役の兵を避けながら目標地点へ走るソーラは、その言葉の意味が身に沁みて分かったような気がした。


彼女は無秩序に逃げているように見えて、その実走るルートは全て作戦で決められ、その周りには領主派の伏兵達が配されている。


大半は彼女とアールンを襲うために隠れているのだが、決して命まで取りに来るわけではないし、予想外の襲撃があった場合には即座に護衛に身を転じ、彼らを守る手筈になっている。


つまり、これは最前線に居るように見えて、完全に味方の陣の中で寸劇を演じているに過ぎないのであった。


作戦の内で行動が完結し、且つ予定通りちゃんと動きさえすれば、兵士達のペースを乱すこともない。だからこそ、彼はこの作戦を了承したのだろう。


(そこまで見通しているなんて、やはり彼は...。)


剣を抜き、立ち塞がってきた兵士の剣を払い上げ、前傾姿勢でその下をくぐるようにして突破する。


走りながら彼女がそんな事を考えていると、唐突に目の前に開けっぴろげになった門が現れ、それを抜けると途端に視界が開けた。


(ここは...!)


そこは、石造りの重厚な大商店に囲まれた大きな四角い広場であった。


今は市が開かれている最中なのか、早朝なので人っ子一人居ないものの天幕や木箱、露店などが設置されたままで置かれており、雑多な雰囲気はそのままに人間だけが消えてしまったかのような、異様な不気味さが感じられた。


ソーラは、市場に面している大きな宿屋、主に市を利用する商人が宿泊する建物に真っ直ぐ歩いていき、乱暴に戸を叩いた。


「御免下さい!!!」

「何だい...って、従者様!?」


ドンドンドン、ドンドンドンと木戸を叩く音に、宿の店主と思われる背の低い男は、しかしソーラの右手に光る紋章を目にした途端に態度を変え、恭しく低頭した。


「突然の訪問申し訳ありません、どうかお助けください!!」


ソーラはそれと競うように、不意に大きく頭を下げこう言った。


「な...何です、そんな...。」

「実は今、”ホルネレーグ(家宰)”めの兵に命を狙われているのです!どうか暫し、ここで匿っては頂けぬでしょうか?!!」

「な...ええ...?」


宿の主の手まで握り、畳み掛けるようにそう頼み込むソーラに、店主は何が起きているのかを飲み込みきれず困り果てるのみであった。


しかし、そこで宿の奥の暗がりから、次々に声が上がった。


「お、俺聞いたことあるぜ!!紅玉の従者様は城に閉じ込められちまってるって!」

「え!?ホントか!?」

「待て、俺も聞いたことがある!!何でも家宰様は宴の席で従者様を暗殺しようとしたらしいぞ!!」


知っている情報が多すぎる。恐らくは、サクラの援護射撃だろう。


周囲の別の宿からも、サクラに先導(煽動?)され、多くの野次馬が出てきた。


その人垣が不意に二つに別れ、その間から兵士達に追われてくるアールンが現れた。


「大丈夫ですか!?従者様!!!」

「おい、あんたその傷大丈夫なのか!?」


その荒れに荒れた姿を見て、人垣の中から心配の声が掛かる。

彼の服には幾つか穴が空き、血のような赤黒い染みが至る所に付いていた。

当然、これも偽物である。


「大丈夫だ。それよりも従者様はどこだ!?大丈夫なのか!?」

「お、おう...従者様ならあそこに...。」


声を掛けてきた男が指を指した方向にソーラの姿を認めると、彼は屋台の合間を縫うようにして彼女の元へと走っていった。


「大丈夫ですか?」


アールンは努めて丁寧口調でソーラに声を掛ける。


「ええ。」


「家宰様だ!!!」

「家宰様がいらっしゃったぞ!!」


ソーラの返事とほぼ同時に、市場の北口の方角からざわめきが起こった。


「...どうやら、”釣れた”ようですね。」

「だな。」


2人は頷き合い、困惑する店主を置き去りにして宿の外へ駆けていった。



市場の中央の少し開けた空間で、彼らはサールドと対峙した。


「これは如何なる騒ぎですかな?従者様。」


禿頭の男は、左右に被り付きの黒い長衣を纏った護衛と思われる人間たちを侍らせ、背後には配下の兵士達を連れていた。


「しらばっくれるのはやめなさい。貴方の放った兵隊に今まで追われていたんですよ。」

「はて...何のことか、私めには皆目見当がつきませぬな。」


サールドの今の言葉に偽りはないだろう。


作戦の第二段階、下街の騒乱を内通者がサールドに報告、様子見と保護の名目で家宰を連れ出し、目標地点である”南ノ市”まで誘い出す。


言うなれば、ここがこの作戦上最も重要かつ失敗可能性の高い箇所であったのだが、コートの手の者はきちんと自らの任務を全うしたらしい。


「言い逃れても無駄だぞ、ホルネレーグ(家宰)!!こいつは従者様を謀り、城内の殿閣に仕掛けを施して従者様を閉じ込め、兵を送って殺そうとしたんだ!!」


アールンの言葉の後半は、場の周りを取り囲んでいる民衆に宛てた告発であった。

ありえない、なんということ、と動揺する民を尻目に、彼は畳み掛けた。


「俺達は這々の体で城から落ち延び、領主のグレンデル公の元に匿われたが、それでも追手の勢いが止むことはなかった!!そこにいる奴らみたいな格好の奴が、領主様のお館にまで攻めてきやがったんだ。大量の魔物を引き連れてな。」


彼はサールドの左右に控える黒衣の者達を差し、そう叫んだ。

この者達が”山颪の館”を襲った「ムルヤ夫妻」と同一人物かは定かではない。何なら背格好から推測するに多分別人だろう。


(でも、見た目が似てるのは確かだ。なら、悪いが利用させてもらうぞ。)


サールドはそれを聞いて、肩を揺らして不気味に笑い出した。


「ふふふ...ならばどうする。この場で私を誅殺しようというのか?この状況をもっとよく観察してみてはどうかね!」


そう言って男が片手を掲げると、護衛の兵士達数十人が彼の周りを囲み、密集防御の陣形を組んだ。


「こちらはこの数。そちらは高々二人。一体何が出来ると言うのか。」

「その言葉、そっくり返してやるぜ。」


そう言って、アールンは懐から小笛を瞬時に取り出し、勢いよく吹いた。


ピーという甲高い音が曇りの早朝の寒空に響く。

すると、サールドの手下の3倍は居ようかという数の、濃緑の腕帯を纏った領主派の兵達が市場の中に雪崩込み、アールン達を守るように集まってきた。


その中には、アルアータの姿も見えた。黒い顔布の内で、彼女は今何を思うのだろうか。


その圧倒的な数差に、家宰側の兵士達の顔にも不安の色が浮かぶ。


ソーラは一歩前に出て、相対する兵士達に向けてこう呼びかけた。


「此度のこと、全ては家宰一人に帰すべき咎であり、貴方がた兵士には何の罪もありません。今ここで武器を捨て其の者を引き渡せば、貴方がたは放免としましょう。しかし、尚もその刃を私たちに向けるというのなら、貴方がたの命の保証はないものと思いなさい!!」


ソーラの宣言に、敵兵達は動揺の色を隠せなくなっていた。

彼らとて、自身の生がある。それを託すべきはどちらか、その迷いであろう。


しかし、その迷いは強制的に断ち切られることとなった。


サールドの背後に控えた二人の黒衣の足元から、赤い光輪が周囲に広がり、瞬く間に家宰派の兵士たち全員の足元を覆い尽くした。


すると、光輪内の兵士はうめき声を上げ、その足元からは白い光の筋が流れ出てサールドの体内に集中していった。その様相は、まるで兵士達の体内の精気を吸い取っているかのようだった。


「どういうことです!?」


この行動は予定されたものではなかったらしく、恐慌状態に陥る兵士達は勿論のこと、サールドまでもが血相を変え、黒衣の者達に向かって抗議の声を上げた。


しかし、黒衣の「側近」たちは全く動じずに冷たく言い放った。


「方針が変わった。そなたの任務は、あの男と従者を殺すことだ。」


そう言って、黒衣の内の一人がアールンとソーラを順に指さした。


「しかし、兵士達が!!!!」

「今”力”の糧となって死ぬか、袋叩きにされて死ぬかの違いでしかなかろう。どうせ死ぬのなら、有意義に死ねるほうが良い。」

「なっ...!?」


その問答の間にも、兵士達は次々に力なく倒れていく。その顔は干からび、黒ずんでいた。


(あいつら...生贄にしやがったのか!?)


そして、サールドの方はと言えば、身の毛もよだつような音を立ててその体躯を徐々に膨張させている。

本人の意思には全く関係無いようで、禿頭の男は恐怖に目を見開きながら、異形と化してゆく自らの身体を為すすべ無く見ていた。


不意に、味方の戦列から小さな影が飛び出した。


青白い曳光を残しながら、影は手の短剣を一人の黒衣に突き立てんと跳んでいくが、黒衣は刃が届く前に塵と消え、刃は空を切るのみに終わってしまった。


「チッ...。」


アルアータは一つ舌打ちした後、振り返ってもう一人の黒衣に飛びかかるが、その攻撃も実を結ぶことはなかった。


そうしている間にもサールドの身体は巨大化していき、最終的に市場の周囲の宿屋の高さをも超える背丈になってしまった。


「こいつは...!」


アールンは、この種の”魔物”を見たことがあった。

それは、あのチロンの戦のとき。


その巨大な腕から投げ出された大岩で、瞬きの内にコアルやクレールを潰してその命を奪っていった元凶。


「ド...ドロイ(巨大)だ!!!」


誰かがそう叫んだ。


「ッ固まるのは危険だ!!!散開しろ!!!散れ!!」


アールンもそう叫んだが時既に遅く、”ドロイ(巨大)”は屋台を掴んで持ち上げ、ブウンという音を立ててそれをアールン達の居る場所へ向かって投げつけてきた。


飛んでくる瓦礫に、瞼の裏に嘗ての戦場の光景が蘇り、途端にアールンの思考は鈍ってしまった。


なんとか身体を動かして、ソーラを庇うように前に出る。


しかし、彼女はその後ろから右手を突き出し、まるで瓦礫を制止するかのように手をピンと立てた。


手の甲の紋章がきらりと光った刹那、二人の前に巨大な桃色の光の壁が現れた。

飛来した屋台の瓦礫は光の壁に激突し、大きな音を立てて爆散した。

光の壁の中央には、ソーラの手のものと同じ紋章が映っていた。


「あんた、これは...!」

「王を守るのが、従者の役目ですから...!」


初撃の不発を確認した魔物は、今度は足で周囲の屋台や天幕を光の壁に向けて蹴りつけてきた。

大質量が一気に押し寄せたことでソーラは限界に達し、光の壁は粉々に弾けとんでしまった。

土煙がもうもうと立ち、視界が遮られる。


「今のうちだ!行くぞッ!!」

「はいッ!!!」


ドロイは周囲の商店に近づき、その拳でもってそれらを破壊して回っている。

人が残っていた建物も数多く、あちこちで悲鳴が上がっていた。


(早くこいつを何とかしねえと、被害が...!)


アールンは煙を突破してドロイの足に肉薄し、剣を突き立ててみる。


しかし、剣は足を覆う硬皮に阻まれ、一寸も突き刺さらない。


「やっぱりこいつも手足は駄目だ!!何とかして腹狙うぞ!!」


彼はソーラにそう叫ぶが、その声はドロイにも聞こえており、彼はドロイの足に蹴り上げられて宙に舞ってしまった。


「ガハッ...。」


この高さから落ちれば、只では済まないだろう。

彼は大声を上げてしまった己の不明を悔いたが、その落下は近くの半壊した宿屋から躍り上がった人影によって食い止められた。


髪を後ろで緩く二つにむすんだ”少女”は、空中を何度も跳びながらアールンの身体を受け止め、そのままふわりと地面に着地した。


「あんたは...!」

「やあ、久しぶりだね!何だか君たち凄いことになってるみたいじゃん。」


ヤートルは明るくそう言うと、くるりと振り返って腰の短剣を抜いた。


「まあ、今はこいつ何とかしないとね...僕も大事な仕入れの品を駄目にされて、ちょっと腹立ってるんだ。」


そして、少女はパッと跳び上がり、舞を舞うようにくるくるとドロイの攻撃を避けながら、巨体の腹に一閃、また一閃と攻撃を加えていった。


「すげぇ... なんだあれ...?」

「ありゃほんとに人間か...?」


最早ドロイはヤートルにかかりきりとなり、周囲の兵士達も体勢を立て直しながらその戦闘を見守っていた。


その中でソーラ、アルアータと合流したアールンのもとに、攻撃を終えたヤートルが戻ってきた。


「やっぱり僕じゃ威力不足だ!傷はつけられても決定打は無理!!」

「そうか...おい、アルアータ!!あんたあれの足斬れるか!?」


それを聞くと、アルアータは一瞬動きを止めた。黒布で表情は隠れているが、何を思っているのかは直ぐに察しがついた。


「っ!すまん!確かにあんたにはキツい任務かもしれんが、今はあんたの剣撃の能力が頼みなんだ!!」

「...申し訳ございません。少々私情に流され過ぎました。」


そして、領主兵姿のアルアータは短剣を後ろに、低い姿勢で構えた。


異形と化してしまったとは言え、仮にも彼女はサールドの娘である。

彼女の中に親子の念がどの程度残っているかは定かではないが、それでもこれではまるで自分が禊をやらせているようで、アールンはいたく申し訳ない気持ちになってその後ろ姿を見つめた。

しかし、ならばこちらも力を尽くすのが礼儀というもの。


彼は”巻狩の弓”を背中から出し、矢を三本つがえてドロイの頭に狙いを定め、矢を放った。


三本の矢は空を裂いて魔物の頭部に肉薄するが、ドロイはそれらを硬い腕の皮で弾いた。

しかし、その動きこそ彼が求めていたものだった。


「今だッ!!」


その掛け声を受け、アルアータは弾かれたように走り出し、地面に落ちた瓦礫を飛び越えてドロイの片足に肉薄。


青白い光を発する刃を振るうと、足首からは大量の血が迸り出た。


「ゴオオオオオオオオ。」


ドロイは苦痛に、暴風のような唸り声を上げる。

しかし、アルアータは攻撃の手を緩めない。


直ぐにもう一方の足首にも斬撃を加え、巨体の魔物はついに均衡を失って前向きに倒れ始めた。


「お前が倒れるのは、こっちだよっ!!!」


そこでヤートルが躍り上がり、拳を握って思いっきりドロイの胸を空中で殴りつけた。


ドオンという音が響き、巨体の倒れる方向がうつ伏せから仰向けに変化し、ドロイは轟音と土煙を上げて倒れた。


「今だ!!全員、かかれぇ!!!!」

『ウォオオオオオ!!!!』


倒れたドロイに、兵士達が殺到する。

先ずは四肢の付け根を狙いに行く辺り、彼らも決して素人ではない。


アールンはドロイの身体の上に上り、首元まで急行し――


「これで...トドメだ!!!」


そう叫んで、その首に剣を突き立てた。


柄を通して、破れた血管から膨大な量の血液が漏れ出るドクンドクンという感触が伝わってきた。


これでは、流石の巨体も只では済むまい。


そう思っていると、突然ドロイの身体の一片一片が砂のような物質に変化し、形を失い始めた。


「おわっ、うわぁああ!!」


アールンの身体はズブズブと砂の中に沈み込んでいき、やがて周囲は砂ばかりで何も見えなくなってしまった。


口の中にまで入り込んでくる黒い砂を吐き出しながら、アールンは必死に脱出しようと砂の中でもがく。


(くそ、どうなってんだ...?って、この足の感触...。)




「アールンさん!!返事してください!!!大丈夫ですか!!!」

「「殿下!!!」」


外では、ソーラやアルアータ、兵士達までもが、勝利の余韻を忘れて黒い砂山となったドロイの骸を掘り返していた。


辺りには、騒ぎが収まったことで様子見に来た市民たちも集まっているが、彼らもまた場のただならぬ雰囲気に、不安の表情を浮かべていた。


折角家宰に、いやそれよりももっと強大な敵に打ち勝ったというのに、こんな所で総大将を失ってなるものか。


数多の手が、各々の武器をスコップ代わりに砂を掻き出し続けていると、やがて砂山の一角が徐々に崩れ始めた。


「!あそこです!!皆さん、あそこの上の砂を――!!」


ソーラが言い終わる前に、兵士たちはその地点に殺到し、剣や槍で砂を掘り始めた。


すると、その中から砂まみれとなったアールンの顔が現れた。


『うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!』


その瞬間、外にいた彼らは初めて勝利を体感し、歓声を上げた。


「え、ここそんな喜ぶ所か?」

「貴方がいないと、真の勝利とは呼べませんから。」


砂を払いながら出たアールンに、ソーラが笑顔でそう言った。


「そう...そうか。」


アールンは頷き、兵士達の前に進み出た。


「今、諸君ら皆の働きによって!この作戦の最難関は突破された!!皆、よく頑張った!!!誇れ!これは皆の勝利だ!!!!!!!」


彼はそう言って、拳を突き上げた。


『うおおおおおおおおお!!!!!』

『タロント・ハー・ターフトール(王子殿下万歳)!!!』

『タロント・サンダ(サンダ万歳)!!!』


空を、地を、そして体内を巡る血までも震わせる歓声が、その場に響いた。


「王子!?あの人って王子様なのか!?」

「何と凛々しい...」


様子を見守っていた民衆も、その熱気にあてられたように声を上げ始めた。




片付けのためとして人払いを行い、後は兵士達に任せるのみとなった所で、アールンはアルアータを呼んだ。


「如何しましたか。」


そう訊くアルアータに背を向け、彼は大きな布を抱えつつ、ドロイの砂山の一角、ちょうど彼が出てきた辺りを弄り始めた。


「ああ、いたいた。」


彼が砂を丁寧に払うと、そこに姿を現したのはあのサールドの身体だった。

既に息はなく、苦悶の表情のまま固まっている。

彼はそれを誰の目にも触れないよう直ぐに布で覆った。


それを見て、アルアータの顔が険しくなった。

なにか言いかけた彼女の口を、アールンは黒布の上から優しく手で覆った。


「何も言うな。”これ”は、あんたに任せたい。王子命令だ。んで、これがその”令状”だ。」

「...。」


そう言いながら、彼は懐から巻かれた一枚の紙を出し、アルアータに手渡した。

そこには死体処理の命令が書かれ、王子を示す印章が施されていた。

埋葬方法については、「火葬の上然るべき場所に埋葬せよ。埋葬場所及び火葬後の扱いは、これを責任者に一任する。」とされていた。


討ち取られた反逆者は、頭と四肢を切断したうえで市場に晒されるのがサンダの習わしである。

それは命令の状であったが、事実上の”特許状”でもあった。


「...格別のご配慮、感謝してもしきれませぬ。」


”アルアータ”――エレーネは令状を握りしめ、肩を震わせながらそう絞り出した。


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