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青炎紀  作者: 二十二郎
〈1〉破魔之役:紅玉の従者
19/53

18 襲撃

壁面燭台の炎の踊る回廊を、戦闘服を兼ねた旅装に着替えたアールンは”山颪の館”の中央殿へ向かって走る。


回廊や殿閣の屋根の隙間から見える中央殿の辺りからは、騒ぎや金属のぶつかる音が響いてきている。どうやら相手はかなりの大所帯で攻め寄せ、既に前殿や前大庭は突破されてしまったらしい。


(まあ、中央殿で守りを固めるほうが、戦力を結集できるというのはあるけど...。)


しかし、危なっかしい事この上ない。そこを突破されれば、あとは迷宮のような館の中に白蟻の如く敵兵が浸透してしまうのだ。


(急がねえと...!)



「魔物共を中に入れるな!!」

「槍兵、前へ!!」

「クソッ、キアノード(長腕)共め...!グギャアア!?」

「怯むなァ!!ヴァ・セーチ(前進せよ)!!!タロント・サンダ(サンダ万歳)ァ!!!!」


兵達の怒号や苦痛の声が響き、剣や槍に混じって部隊を示す金の円形飾り付きの小さな幟旗があちこちで激しく揺れている。

中央殿の石床の広間は、すでに狂乱の嵐となっていた。


(ウッソだろ魔物!?こんな所に!?)


タナオードの街の奥に位置するはずの”山颪の館”に攻め寄せてきていたのは、なんと魔物の大軍であった。


ヴォーダール(山羊)と見た目通りキアノード(長腕)と言うらしい長腕の魔物の混成部隊が、衛兵達の防御陣を突破しようと遮二無二突撃してきている。


アールンは広間の中央に鎮座する高い石台の上に昇り、背中から”巻狩の弓”を取って陣地から拝借した矢筒の矢をつがえた。

弓弦を勢いよく引き、標的を入口付近のヴォーダールに定めて最大の力で矢を放つ。


ひょうという音を立てて矢は空を裂き、目標に命中した。


魔物が倒れるのを待たず、彼は弓の連射力の高さを活かし、次々に矢を放って雪崩込む魔物を間引いていく。


「援護感謝する――。」


彼の脇で、隊長格らしい男が彼の方を向いて感謝を述べる。しかし、そのよそ見が男の命取りとなってしまった。


「ヒグッ!」


刹那、魔物の投げた小さな(つぶて)が男の兜に勢いよく命中し、頭を打たれた男はもんどり打って倒れてしまった。


「「ミーオナーディ(百人隊長)!!!」」


周囲の兵が狼狽える。百人隊長だったとは、おそらくこの場で戦う全隊の指揮官だったのだろう。


「チィッ!!」


アールンはすぐに下手人を探し、疑わしきは罰するスタンスで魔物を射ていった。

しかし、指揮官が儚くも戦死したことは、部隊の士気にも少なからず悪影響を及ぼしていた。


徐々に下がっていく前線に、アールンは矢を放ちながら危機感を覚え、ついに意を決して弓を仕舞い、石台から飛び降りて左右のキアノード(長腕)の腹を一息に裂いた。


夥しい量の返り血を浴びながら、彼は背後の味方に叫んだ。


「狼狽えるな!!!三人一組で魔物に掛かれ!!三対一なら負けはしない!!まだ体力残ってる奴は着いてこい!!!前線押し上げるぞォ!!」

「お...応!!」


突然の乱入者に、兵士達は一瞬困惑したが、直ぐに今の自分たちの責務を思い出したように、まとまって敵に斬りかかり始めた。


それを尻目に、アールンは次々に敵の攻撃を躱し、跳ね上げ、剣をその腹や胸に突き立てていく。


例の”低速時間”の現象が起こってくれれば幸いだが、間の悪いことに敵の動きは一向に遅くなる気配はなかった。


(痛って...。)


彼は戦いに没頭しそうになると、ふとした瞬間に頭に鋭い痛みを感じていた。それはまさしくタナオード城からの脱出戦で感じたものと瓜二つであった。


(今思えば、あの時に”低速時間”を使いすぎたことの副作用か何かなのか...?)


根を詰めてなにかに取り組むと、やがて頭痛に苛まれてしまうように、極度に戦いに集中した状態である”低速時間”の現象を繰り返しすぎると、


目頭に響く痛みに耐えながらの過酷な戦闘に耐えながら、彼は必死に目の前の敵群を切り崩していった。


「はあ、はあ、はあ、...引いていく...?」


中央殿の入口付近まで魔物の軍勢を押し戻した時、アールンや兵士達は、魔物達がまるで潮が引くように徐々に後退を始めたことに気付いた。


「警戒を、解くな...。まだ、何があるか分からん...。」


彼の言葉に、周囲の衛兵たちも武器を構え直す。

いつの間にか一軍の長にでもなったかのようだが、最前線に立って果敢に戦う彼の姿を見て、兵士達にも何か感じるものがあったのだろう。彼は既にこの場の新たな指揮官として認められていた。


彼らは慎重に中央殿の外、前大庭に出た。


アールン達が初めてこの館にやってきた夜には百官が整列し歓呼していた広大な沙石の庭。

魔軍はその半分程を覆い尽くし、庭のもう半分を挟んで中央殿から出てくる兵士達と対峙していた。


「ん?魔物たちの前に誰か...。」


魔軍の列の前には、暗くてはっきりとは見えないものの、二つの人影のようなものが居るのが分かった。


「あれは...あ、こっちに来るな。」


人影達は、ゆっくりと彼我の距離を詰めていく。


ようやく顔がわかるところまで近づいた所で、彼は思わず息を呑んだ。


「あ、あんた達は...!!」

「先ほど振りですな。」


それは、ついさっき大堂で話したムルヤ夫妻であった。


しかし、その纏う雰囲気はまるっきり別物で、着物も被り付きの漆黒の外衣に変化している。

それは、嘗てチロン峠の戦いの後に襲い来た暗殺者の格好と全く同じであった。


「どういう事だ。何故魔物どもはあんたらを襲わない?」

「さあ、そんなことはどうでもいい。...それでは、先の質問に答えてもらいましょう。」

「質問だと?」

「貴方の御母上に関する質問ですよ。お名前は”サリー”様で宜しいか。」


ここでなぜまたその話をするのか、彼は理解に苦しんだ。

しかし、これは単なる昔語りではないことは直感的に分かった。


「...そうだ。既にこの世には居ないが。」


何らかの理由で命を狙おうとしているなら、時既に遅しだ。彼は眼前の老人を睨んだ。

しかし、老人は満足そうに頷いた。


「わかりました...最重要抹殺対象発見。始末しろ。」


アラートがそう冷たく言うと、隣の「ヨウナ」が両手を夜空に掲げ、聞き覚えのある文句を”宣誓”した。


「我が”シャール()”よ、汝が威を示さん、我に力を。」


背後の魔物の身体が「溶け」、そこから出づる赤い光条が老婆の手に集まっていく。それを阻止せんと抜剣して接近するアールンはその行く手を、いつの間にか剣を抜いていたアラートに阻まれた。


「おやおや、変身中に横槍とは品が無いですぞ。」

「クソ、随分と俊敏なこって...!」


そのまま数合打ち合っている間に、ヨウナの”変身”は着々と進んでいた。


後方の魔物たちは赤黒い血肉のような物体に変化し、それらは老婆の元へゆらゆらと飛んできて融合していく。ヨウナの身体の大きさこそ変わらないものの、その内からは並々ならぬ邪悪な気配を発していた。




時は少しだけ遡る。


アールンの背中を見送った後、ソーラはムルヤ夫妻と共に”山颪の館”の最奥部、厳重に警備が施された部屋に避難していた。


畳敷きのその部屋で、ソーラはムルヤ夫妻に改めて先の質問の真意を尋ねる。彼女も、嘗て彼らがアールンと会って何がしたいのかを聞いたことがあったが、その時は有耶無耶にされてしまったのだ。


夫妻は二つ返事で承諾したが、こう付け加えた。


「これは大変重要な事ですから、出来ればグレンデル卿も呼んで話をしとうございまする。」

「...はい。分かりました。」


ソーラは頷き、小間使にコートを呼びに行かせた。

暫くして少し憔悴した様子の長髪の公爵が現れると、アラートは徐ろに口を開いた。


「グレンデル卿は、サリー=シュニアー=エルドーレンという名をご存知ですか。」


その問いに、コートは若干の追憶の時間を挟んで頷いた。


「ええ。確か...北方の帰順したネーザン人の部族から入内してきた、アルトル王の王妃であったかと。なにぶん幼き時の記憶ですから、よく覚えてはいませんが。しかし、何故急に?」


文脈を知らないコートは何気なくそう答えたが、その答えにソーラは目を瞠った。


「従者様は、話が見えてきたようですな。」

「それは...それでは彼は...!?」

「彼?」


声を震わせるソーラに、コートが訝しげに聞き返す。そう言えば、アールンがコートに直接名乗ったことは無かったか。


サンダの慣習では、一般に従者が主の前で別の誰かに名乗ることはない。タナオード城でアルアータが名乗ったのは、彼女の側で彼女よりも上の人間があの場に居なかったからだ。


「私の...付き人に、アールンという人が居るのです。その母上様が、サリーという名前であったと。」

「アールン!?...どうしてそれを早く言わないのですか!?」


コートは直ぐに配下の者に命じて20年前の記録文書を取り寄せ、当該の時期の記録を参照させた。



『601年、タル=ベッツプル(播種ノ上)の月(4月)の15日。王城テイセラン(南郭)は高陽殿にて王子誕生す。王、之を大いに喜び、名をアールンとし、以て大赦を行った。』



「...彼、いや殿()()は今どこに?」

「...戦場、最前線でしょう。」

「すぐにお呼び戻し申し上げなければ...!」

「その必要は御座いますまい。」


コートは焦りに焦ってそう命じかけるが、それをムルヤ夫妻が制止した。


「何故です!?ぐぁっ!?」

「きゃっ!!」

「「何だ!?グウッ!」」


アラートの両腕から不意に4本の赤黒く光る細い縄が飛び出し、コート、ソーラ、不運なコートの部下2人に巻き付いて縛り上げた。


縄は足と腕を封じた後、素早く身体を伝ってそれぞれの口まで移動し、猿轡となった。


「〜〜〜〜!!!〜〜〜!!」


拘束から逃れようと彼らは必死にもがくが、四肢が使えないのでは成すすべがない。

ソーラは憎しみに満ちた目で”裏切り者たち”を睨んだが、アラートは不気味に微笑んでそれを見下ろした。


「憎むが良い。恨むが良い。それが我が”シャール()”への供物となるのだ。」


そう言い残し、2人は部屋の出口へ歩き出した。

2人が外へ出、襖がピシャリと閉めきられた刹那、ボウっと一瞬赤い光を発した。


(封印...でしょうか。)


外の音がしなくなった。恐らく、それはあの襖の向こう側も同じだろう。


「んん〜〜〜〜!!!」


コートは猿轡を噛み切ろうとしているが、この赤黒い物体は大層固く、とても顎力だけで破壊できるようなものではなかった。


(どうすれば...!)


しかし、禍福は(あざな)える縄の如し、とはよく言ったもので、幸運にもこの事態を影から覗く者が居た。


アルアータは、部屋から出ていくムルヤ夫妻に見つからないように身を隠していた。

このまま飛び出しても巻き添えになりかねないので、彼らが姿を消した後に確実に救出する道を選んだのだった。


(アールン殿が...王子。俄には信じられん...。)


回廊の角に夫妻の姿が消えたのを見計らって、彼女は部屋の襖の前に立ち、取手を引いてみるがびくともしない。


(やはり、あの赤い光は封印か何かか。では、仕方ない。)


彼女は腰の短剣を抜き、その柄を握る手に力を込める。

すると、白い刃は青白く光りだした。

この状態の刃には、彼女の決して短くない経験上、斬れない物はなかった。


「ッ!!」


大きく振りかぶり、青い光を曳きながら横向きに一閃。予想通り、襖は大きな音を立てて真っ二つに割れ、破片は床に散乱し、道は開けた。


粉塵の向こうに、赤黒い縄で手足を縛り上げられ猿轡を嵌められた4人の人影が見えた。


「”従者”様!!公爵閣下!!!貴方がたも大丈夫ですか!?」

「んん、んん〜〜〜!!」


ソーラは目に涙を浮かべながら、必死に出口の方を指し示すかのように頭を振った。


「分かっております。今拘束をお取り致しますので、動かないでください。」


アルアータは4人の身体に巻き付いている縄を慎重に切っていった。


「...助かりました。しかし、あの者達が...!」


ソーラの言葉に、アルアータは頷いて背を向ける。


「私はこれより()()殿()()の援護に向かいます。貴女は...?」

「私も行きます。しかし、少々戦支度がありますから、貴女は先に。コート殿は引き続き軍の指揮を。」

「承知仕りました。」


自分が出れば、彼はいい顔をしないかもしれない。

しかし、それ以上に「ムルヤ夫妻」は危険だ。


(それに、彼らの話が本当なら、今一番前に出てはいけないのは彼のはず。私だけが今更後ろにいる意味はない。)


ソーラは怒りを胸に、部屋を走り出ていった。




アールンは、魔の力を操るムルヤ夫妻に対し、二対一の劣勢を強いられていた。


「グァッ!!」


攻撃を避けたと思っても、腕が赤黒く膨張して瞬間的に長さを増し、確実に身体に傷をつけてくる。

大半はかすり傷だが、既に彼の身体のあらゆる部位には一個以上の傷があった。


剣撃を躱そうとする度に走る鋭い痛みに耐えながら、彼もまたアラートやヨウナに攻撃を与えていく。

しかし、やっとこさ薄っすらと傷を付けても、相方の邪魔が入って追撃が出来ず、その間に後ろの魔物の群れから邪悪な気を吸い取られて回復されてしまうのがオチだった。


後背の魔物の群れは一向に動き出す気配を見せず、まるでアールンの命を狙う夫妻の回復要員に徹しているかのようだった。


「何でそうまでして俺を殺したいんだ!?」


後ろに飛び退り、彼はそう叫ぶ。


「...来世は王族に生まれぬことを願うことですな。王家に生まれなければ、かくも痛い目には遭わずに済んだものを。」


アラートの言葉に、アールンは話が見えずに眉を顰める。


「王家ってどういう事だ。俺はガーテローの街の出だ。他の誰かと勘違いしてるんじゃねえか?」

「いえいえ、勘違いなどしておりませんぞ。その髪色、顔立ち、貴方はまさに王妃サリー=シュニアー=エルドーレンが子、アールン=エルドーレンに他なりませんな。」

「は...?」


母の家名、一家の家名。家名を持つ友人たちに疎外感を感じ、幾度となく尋ねるも最期まで聞き出すことが出来なかったものであった。


「王子!?今王子って言ったか!?」

「あの人が!?やべえじゃねえか守らねえと!!」


突然の爆弾情報開示に、背後の味方兵達もざわつきはじめる。一部は武器を構えてムルヤ夫妻の方への突撃すら始めてしまった。


「待て、来るな!!!」


彼は兵士達に叫んだが既に遅く、ヨウナが右の手の指から発した五本の赤い光の槍が、兵士達の胸を貫いた。


「クソが...。」


突出し、着いてきた兵士達の命を徒に散らせる。

これでは、ソーラに言い放ったことをそのまま自分が繰り返しているかのようではないか。


その気付きを知ってか知らずか、アラートはヨウナの横で笑いながら言った。


「しかし、宴の場では思わず笑いそうになってしまいましたよ。あの中で一番守られなければならない人間が真っ先に戦場へ行こうとして、あまつさえ”従者”に突出の危険性を説くなんて。」


言い終わるや、アラートは地を蹴ってアールンに肉薄し、瞬時に身体を捻って真一文字に斬撃を放ってきた。

アールンは間一髪の所でそれを防いだが、鍔迫り合いをしている間に側方から放たれたヨウナの拳撃をモロに受けてしまった。


「グハッ!?」


老女の小柄な見た目とは裏腹に、その殴打はひどく重いもので、アールンは血反吐を吐きながら横方向に吹っ飛ばされてしまった。


空中で身体を捻って地面に手をつき、何とか体勢を立て直そうとする。

玉石の敷かれた地面に擦ったことで掌の皮が剥け血が滲むが、その痛みに耐えながら勢いを殺してなんとか立ち上がった。


「はぁ、はぁ。」


息を切らしつつ、彼は再び剣を構えてヨウナの方へ突進した。

それに対し、老女は背中から四本の縄のような物体を出して応戦する。


非常に硬い材質の縄を次々に剣で弾き、躱し、彼はついに目を閉じたままの老女に肉薄した。


「オラァ!!!」


そして、ついにその首を刎ね飛ばした。


(やったか!?これで死ななかったらいよいよ人間じゃねえぞ...!)


しかし、その懸念はすぐに現実のものとなってしまった。


アールンが横槍を入れてきたアラートの突き攻撃を捌いている間に、首無しとなった老女の身体はよろよろと歩き出し、「頭部」を持ち上げて天に掲げた。


すると、目を少し開いた状態で固まっていた頭は赤い霧となって散っていった。


そして、頭無しとなったヨウナの「体」は戦闘を再開した。


(気色悪い...!)


首が中程で切断され、そこからブヨブヨの赤と白の血肉が顕になっているのは、対峙するアールンにとっても見ていて気持ちの良いものではなかった。


ヨウナは両の手の平に黒い球を生み出し、赤い光を纏わせてアールンへ投げつけてきた。

彼は勢いよく剣を振るってそれらを明後日の方向へ飛ばすが、その大きな動きが致命的な隙を生んでしまった。


待ってましたと言わんばかりに死角から突撃してきたアラートの刃が、アールンの脇腹に直撃する。


反射的に後ろへ飛び退るが、その直後に彼は激しい動悸に襲われ、思わず膝をついてそのままうつ伏せに倒れた。


「テメェ...!」

「これまでですな。」


アラートは冷たい瞳で彼の横に立ち、刑場の斬首人の如く剣を振りかぶった。


彼は悔恨と絶望とに歯を食いしばった。

ああ、俺にはもっとやらなければならないことがあったはずなのに。

仮に本当に自分が王家の人間だったならば、それこそこの地の民を導く責務があるはずなのに。

こんな所で早くも終わってしまうのか。


下腹部がうねるように熱い。脇腹の傷はかなり深いようだ。


朦朧とする意識を手放しかけたその時、彼はぼやけた視界の中の老人が、突然青白い閃光に吹っ飛ばされるのを見た。


「え...。」


青白い光の渦は即座にアラートへ追撃を掛ける。

アラートも応戦するが、次々に繰り出される光を纏った斬撃の前に剣はなすすべ無く破壊されてしまい、躱すだけの防戦一方となっていた。

黒尽くめの小さな乱入者は、機を計らって背後へ跳んで間合いを取り、振り返った。


「大丈夫...ではないようですね。従者様もすぐにいらっしゃいますのでご安心を。」


アルアータはそう言って、再びその目を夫妻の方へと向けた。


「ムルヤ夫妻。許されざる大逆の罪により、貴方方を今この場で誅殺致します。」


しかし、その宣言も最早かの2人には通じていないようだった。

再び、青白い光を纏った剣撃と、赤い邪悪な気配を持つ光を纏ったアラートの肉体が交差した。


アラートも、最序盤でいきなり剣を破壊されたことで、目の前の黒尽くめで顔布を着けた少女の攻撃の凶悪さをしっかりと理解したようで、アールンと戦っていた時よりもその動きには慎重さが感じられた。


しかし、大筋の戦術は変わらない。


アルアータの斬撃を躱し、隙をついて攻撃を当て、またヨウナに横槍を入れさせる。

ヨウナに意識が向けば、その役割は反転する。


(クソ...二対一じゃなけりゃあ...!)


アールンも必死に立ち上がって歩を進めようとするが、脚の笑いは抑えきれず、碌に戦えたものではなかった。


しかし、それに気付いた者がいた。


「...。」


アルアータとアラートの戦いの隙を窺っていたヨウナは、視界の端で”今一番殺さなければならない者”が再起したのを確認し、右手に血肉で棍棒のようなものを生成して握り、彼の方へと走ってきた。


「ああ...クソ。」


このまま背を向けて逃げても、この状態ではすぐに追いつかれてしまうだろう。

ならば、せめてもの抵抗を。彼は体力と気力を振り絞って剣を構えた。


しかし、頭のない死体は走りながら左手で赤光に包まれた黒球を生成し、即座にアールンの方へ投げつけた。


「チッ!!」


剣を上下に振ってそれを弾いて回避するが、その間に老女は彼に肉薄し、赤黒い棍棒で彼に強烈な一撃を見舞い、彼は再び吹っ飛ばされてしまった。


老女は容赦なく追撃せんと跳び上がるが、その得物は彼に届く前に白い剣に阻まれた。


夜空に負けぬほどの煌めく漆黒の長髪が、彼の視界に躍り出た。


「...もう、大丈夫ですよ。」


ソーラのその言葉、新たな助勢に、彼は緊張の糸がプツリと切れたように意識を手放した。




ソーラは頭のない人形の敵の姿に驚きながらも、背後で満身創痍で血を流しうち伏しているアールンの姿を見、恐怖よりも怒りの感情が先行していた。


「覚悟なさい。魔に魂を売った裏切り者。」


彼女は心の底で燃え上がる炎の勢いのままに剣を振るうが、それでもやや威力不足と言わざるを得なかった。


攻撃を剣で弾いて躱し、振り下ろし薙ぎ払う。


二対二の状況下で回復の余裕は無いが、それでも耐久性、持久力、膂力全てにおいて、魔の力で強化されたヨウナはソーラの戦力を明らかに上回っていた。


(でも、こんな所で負けては駄目...!)


剣を振るいながら、彼女は考える。

四肢の先端部は異様に硬質だが、首が刎ねられていることや腹の肉質がそこまで堅くなかったのを鑑みるに、身体の中軸はそこまで防御が堅くないようだ。

つまり、これは魔物と似た性質を持っている。


(ならば...!!)


彼女は一度ヨウナに接近して攻撃を誘発し、防御しようと交わされた左右の腕の隙間に剣をねじ込んで意識を向けさせるための囮にしつつ、その下を潜って肉薄、自由な左手で腹を思い切り殴りつけた。


唐突な攻勢に狼狽えた所を、ソーラはすぐに腕から剣を抜き取って、そのままヨウナの腹をブスリと刺し貫いた。


「グオオオオオオオオ!!!!」


とても人間が出す音とは思えない、獣のような叫声を上げ、ヨウナの身体はみるみるうちに萎れていった。


(これは...チロンの時の暗殺者と同じ...。)


萎んだ身体からは赤い霧が漏れ出し、アラートの元へと滑っていって吸収された。

相方の”脱落”に気付いた老人は、大きく後ろに飛び退って距離を取り、ひとつ溜息をついた。


「ふむ...中々やりますな。流石に私までやられては不都合だ。今日のところはお(いとま)させてもらおう。」

「待て!逃げるな!!」

「待ちなさい!!」


ソーラとアルアータは逃がすまいと走るが、彼女らが達する前にアラートは口で何かを唱え、その身体は赤い霧となって消えてしまった。


「逃げられましたな...捜索の兵を出しますか。」

「...いえ。今はこの館の防備に集中するべきです。下手に兵を出して各個撃破されれば、徒に戦力を擦り減らすことに。」

「分かりました。」


ソーラの言葉に、アルアータも頷いた。


館の敷地内に残存している魔物たちは、首魁を失って混乱状態にあり、コート配下の兵士達によって掃討作戦が行われていた。

気を失っていたアールンも既に兵士達によって担架で運ばれ、今頃身体を清められ治療が行われていることだろう。


ソーラは疲れた目で夜空を見上げ、安堵の息を吐いた。


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