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青炎紀  作者: 二十二郎
〈1〉破魔之役:紅玉の従者
18/18

17 夕宵ノ宴

「お〜、意外に似合ってますね。」

「うんうん、いかにも冴えない青年貴族って感じだね。」


宴を前に、縁を金糸で飾った灰色の長衣に身を包んだアールンを見て、ソーラとラディンが感心しているのか馬鹿にしているのか分からない風にそう言った。


「恥ずかしいな...。」


慣れぬ裾の長い着物に()()()、髪もそこまで整えていないアールンの姿はどこか不釣り合いで、まるでハレの舞台に倉庫の奥から正装を引っ張り出してきた貧乏貴族といった風体であった。


旅装ではないとはいえ、継ぎ接ぎだらけの普段の装いでは宴の場で恥ずかしいだろうということで、彼はソーラに正装を見繕ってもらっていたのだ。


「しかも...動きづらいなこれ。碌に走れたものじゃないぞ。」

「大丈夫ですよ、普通は走りませんから。」




”夕宵ノ宴”は、山颪の館の大堂で行われた。


大堂の高い天井には、鳥や雲、円形や菱形など幾何学模様の彫刻が彫られている。


大空間の中央部に聳えて重い屋根を支えている四本の四角い石柱にも、ケルパや桟道で見た”ミラオシャ”など、オードに住まう様々な瑞獣達の金の象嵌があしらわれ、今にも動き出しそうな躍動感を持っていた。


数多くの円卓の上には、アールンの知っているものの他にも、この街で取り寄せ得る限りの珍味を用いて贅を尽くした料理の数々が並んでいた。


(これは...タムナール(ヨーグルト)か。そっちのは...ミラネーム〈焼いた肉にチーズを巻いて炙り、香草をまぶしたもの〉か?あっちの卓の上のはトレッタルス〈挽肉と根菜のみじん切りを混ぜたものを腸詰にした料理〉に見えるが...。)


「ちょっと、あまりキョロキョロしないで下さいよ...。」

「ああ、すまんすまん。でも、美味そうな飯ばかりで見てるだけで満腹だな。」

「お題に答えないと食べられませんからね?」

「分かってるさ。予習もちゃんとやってきてるからな。」


ソーラの後ろを歩きながら、アールンは自信たっぷりにそう言った。



饗宴が始まり、豪奢な着物を纏った参加者達は、手に手に皿と箸を持って円卓を巡りつつ、行き合わせた他の参加者と談笑している。


この手の、膳を前にする通常の宴会では生まれないような社交の場も、この饗宴の特徴なのだろう。


「従者様!」

「従者様...。」


人々は口々にソーラに挨拶を掛けてくるが、特にアールンの方に意識を向ける様子はない。


(何を食べようかな...っと。)


手持ち無沙汰に、ソーラの後ろで周囲を見回し、円卓の上の料理を物色していると、大堂の中程に楽団が入ってきているのに気がついた。


あの手の催しには嫌な思い出があるが、ここではその心配をする必要はそれほど無かろう。


楽団の演奏が始まるが、音曲は参加者の話を邪魔しない程度のささやかなものであり、人々は音楽に耳を傾けつつ歓談を続けていた。


「さて、この卓の問題は... ?」


話に次ぐ話で、いい加減空腹に耐えかねたソーラは円卓の一つ、サンガ牛の薄焼きのトトホ(小さなステーキ)が盛られている卓に近づき、そこの番人である使用人の少女にお題を尋ねた。


下女は、お題が書かれているであろう紙を丁寧に開く。


「この卓の題は、当て物(クイズ)に御座います。出典は『小足譚』から。旅人ナーシャンは王都に着いて三日目に、ある人物の墓碑を訪れ、白いクラーヤ(カキツバタ)の花を捧げました。さて、その人物とは誰でしょうか。」


どうやら、古典からの出題らしい。彼は出典の名前すらも聞き馴染みがなかったが、ソーラはふうと安堵したように息をついた。


「分かりました。暦祖メク、ですね?」

「正解で御座います。では、お連れ様もどうぞお取りください。」


少女が脇に退き、卓への道を開いた。


「ああいうのって、常識だったりするのか?」


アールンは取り箸を取ってトトホを彼の皿とソーラの皿に盛り分けながら、彼女にそう話しかけた。


「へ、何がです?」

「ほら、さっきの問題、簡単そうに即答してただろ。」


ソーラは肉を咀嚼して飲み込んでから、上を向きつつ答える。


「まあ...それなりに細かい所からの出題だなあとは思いましたけど...。」

「”暦祖メク”とか、全然聞いたこと無かったぞ。」

「ああ...その人は先デイル期の学者ですからね...でも、サンダで初めて太陽暦を作成した点では重要な人物なんですよ?」

「へえ...。」




その後も、ソーラは数々の当て物を楽々突破していき、彼らは順調に美食の数々に舌鼓を打っていった。


しかし、デザートにと向かった果物の盛り合わせの卓にて、彼女は唐突に思わぬ壁にぶち当たった。


「お題は二行詩...詩作はあまり得意ではないんですが...。」

「え、そうなのか!?」


意外な彼女の弱点に、アールンは思わず目を丸くした。


お題は「森の中の灯り」。

文脈から察するに、”夕宵の宴”が行われているこの場の雰囲気を主題に一作、と言ったところだろうか。


出来がどの程度見られるかは分からないが、これまでずっとソーラに頼りっぱなしであったのだから、ここらで一度挑戦してみるのも良いかもしれない。


(夜になって、宴の明かりが灯る...視点は、周囲の暗いところかな。)


ソーラの横で、アールンは顎を撫でつつ熟考し、やがて一つの考えを思いついた。

彼は意を決して口を開く。




アラーカン・オスト・ヴォー・ナウラ・イー、

(陽光は山裏に消え、)


ト・シンス・ファタロ・モヤ・ファルナ。

(冷気は林間に満ちた。)


スア・メシャナ・シェラ・イェ・ナラト・モヤ・フォラ、

(獣は葉隙に見て且つ慕うだろう、)


クル・イェ・ウォク、ヤ・ノラガース・テンス・イー。

(光と香り、そして静かなる熱気を。)




ソーラは目を(みは)り、隣の男を見た。


「...どうだ?」

「見事なお点前に御座いました。」


アールンが円卓の番に言うと、使用人の少女はそう頷いて横に下がった。


彼は安堵して果実を皿に盛るが、ソーラは未だ信じられないと言った風に彼のことを見ていた。


「どうした、折角代わりに言ってやったのに、取らないのか?」

「いえ...少し驚いてしまって。アールンさんにも意外に風流な一面があったんですね。」

「さっきの詩...どうだった?」


評価を求めてみると、ソーラは右手で葡萄を皿に取りながら言った。


「素直に、凄かったです。」

「そうかい、特訓を受けた甲斐があるってもんだ。」

「特訓...ですか?」

「ああ。前に、アルアータに少し教えを乞うたんだ。あいつ、結構詩作が上手いんだぜ。」

「...アルアータさんに?」


意外な名前が出てきたからであろうか。ソーラは少し眉間に皺を寄せた。


「この館の裏手の森の中でな、詩作の練習に付き合ってくれたんだ。今の詩もそのお陰だな。」

「ほー...それはそれは...。」

「あ、別に変なことは一ッッ切やってないからな。」

「まだ何も言ってませんけど。まあ、良いんじゃないですか?年下の娘と一緒に森の中で仲良く詩を作り合ったなんて、さぞや楽しい思い出だったんでしょうね。」

「クソ、なんであんたらは揃いも揃って変な想像ばかり...!」


ソーラの微妙そうな反応に、嫌な方向に転びかねないと察したアールンは前もって火種を潰しておこうとしたが、それは逆効果であったようだ。


「おや、ご機嫌麗しゅう、従者様。」


そこで、背後から柔らかい老人の声が飛んできた。


「ああ、ムルヤ殿。この方ですよ。貴方と会いたいと仰っていたのは。」


ソーラの紹介に、アールンは話が逸れたと安堵気味に声のした方へ振り返った。


相手は初老の男性で、隣には夫人と思われる老女を連れていた。最低限の飾りを身に着け、互いを気遣う所作も優雅で、まさに長年連れ添った夫婦のそれである。


老人は足を悪くしているようで、夫人の腕に掴まるようにして立っていた。

その夫人も、目を閉じたまま立っているのを見るに、眼病か何かを患っているのだろうか。


「どうもこんにちは。アラート=ムルヤと申します。今は無官の身ですが、王国の健在なりし時は中央で”ホルトラースィ(司装侍)”の官に就いておりました。こちらは妻のヨウナです。妻は目を悪くしていますので、若干の非礼はお目溢しを。」


アラートと名乗った老人は、丁寧にそう言って軽く礼をしたので、彼もそれに続いて頭を下げる。中央の官吏を務めていたのなら、年齢的にも”大災禍”の折は苦労したことだろう。


アラートの足や、妻ヨウナが目を悪くしたのも、20年前の戦禍が影響したのだろうか。


「お初にお目にかかります。アールンと申します。」


アラートは直ぐには口を開かず、まるで彼の先の名乗りを慎重に咀嚼するかのように暫し沈黙し、彼の顔をじっと見つめていた。


「あの...どうしました?」

「...いえ、なんでも。昔、貴方と同じ名前をどこかで聞いたような覚えがありましたので。老人の悪い癖です。それで、なぜ私が貴方に会いたがったか、ですね。」


アールンが頷くと、老人は彼の顔をじっと見た。


「それは、あることを確認したかったからなのです。...失礼ながら、貴方の()()()()は...サリー()、という名ではありませぬか?」


唐突な問いに、彼の思考は一瞬固まった。


なぜ、遠い地に住むこの老人が、いきなりガーテローの故母の名前を出してくるのだろう。


しかも、最上級の敬語表現と共に。


だが、かと言って嘘を言ってもしょうがないと思い、彼は「そうだ。」と言おうと口を開こうとした。


大堂の入口の方から轟音がしたのは、その時だった。


「!?」


宴の場に居た全員が音のした方を見るが、大堂の入口は健在であり、どうやら音の発生源はその外側にあるようだった。


「侵入者だ!!」

「皆様方は安全な奥手へ!!」

「敵襲!敵襲!」


警鐘や軍笛が鳴り響き、人々は騒然とし、濃緑の腕帯を巻いた衛兵達が武器を手に走っていく。どうやらただならぬ事態のようだ。


兵士達の言葉からすると、対立する”家宰派”か何かの襲撃か。


「俺はラディンと兵達の援護に行く。あんたは今のうちに安全なところへ!」

「いえ、私も共に行きます!」


そう言って戦支度をするために自室に走らんとするアールンに、ソーラはそう叫び返し彼の後に続こうとした。


「何してんだ!!またあん時の失敗を繰り返す気か!?大将は安全な所に居とくんだよ!!その方が俺等も何倍も戦いやすいのがまだ分かんねえのか!?」

「なっ...!!」


アールンの強い言葉に、彼女はハッとして何も言い返せなくなってしまった。


「まあ、助太刀しようとする気持ちは有り難いけどよ、今は後ろに居とけ。」

「...死なないで下さいよ。」

「分かってるさ。」


俯くソーラを尻目に、彼は自室へつながる大堂の側面出口へ走っていった。


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