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青炎紀  作者: 二十二郎
〈1〉破魔之役:紅玉の従者
16/18

15 乱戦

「なっ...エンティリ(軍笛)!?」


ソーラは思わず声を上げ、剣を抜く。


「陽動で騒ぎを起こした者達が居るはずですが...どうも階下がうるさい。恐らく、”ホルネレーグ(家宰)”が先手を打ってきたかと。」


それほど間を置かず、今度は異常を知らせるガーンガーンという鐘の音も聞こえてきた。


「陽動の者達も動き出したようです。」

「でも、こっちに来てる兵も居るんだろ?」

「はい。」

「むう...囲みをどう突破したものか。」


しかし、ここで立ち往生しているわけにもいかないので、アルアータを先頭に、4人は”主閣”の下層へ降りていった。


イスム・ナハラール(薔薇殿)”の中には、既に数多の兵士が雪崩込んできていた。

皆、手に手に短槍や剣、盾を持ち、胸甲と佩楯、腿当、頭には兜を装備している。

昼に見た儀仗兵ではなく、実戦用、本気の軍隊だ。


「!!」


兵士達は、先陣を切って躍り出たアルアータの姿を認めるや、首から提げていた小笛を鳴らす。

その甲高い音で、接敵を知らせるのだろう。まもなく増援の大軍が押し寄せてくるのは間違いない。


黒装束のアルアータは真っ直ぐ敵兵に突撃し、最初に当たった兵士を二、三度切り結んだ後に腹を突いて始末した。


アールンとソーラも次々に剣を抜き、次々に戦場へ飛び込んでいった。


アールンは横の回廊の方からアルアータに向かって走り込んできていた5人の敵兵に狙いを定め、その横腹から切り込んだ。


思わぬ奇襲に、最初に犠牲となった不運な兵士はなすすべ無く血しぶきを上げて倒れる。


しかし、その他の兵士達は、よく訓練されているのだろう、すぐに左手の盾を彼の方へ向けて包囲の半円陣を組んだ。


盾は縁が金属製だ。そう安々とは破壊できまい。


(ああ、クソ。対人戦はこれだから...。)


彼は囲みの端の兵士に狙いを定めた。

一度退却する素振りで相手の油断を誘い、すぐに反転して兵士の盾を持つ方の腕に斬撃を加える。

腕に走った激痛に思わずのけぞり、体勢を崩した兵士。


(好機!)


アールンは腕に注目している兵士の意識の裏をかくように、今度は姿勢を低くして両足を攻撃し、いよいよ脱力して倒れる兵士の胸を、胸甲の隙間から一突きにしてとどめを刺した。


陣形が崩れたところを、彼は仄かにぬるい鮮血を浴びながら、立て続けに4人の兵士の首や胸を掻き切っていった。


「はあ...はあ...。」


上がる息を抑えながら周囲を見回すと、遠くでラディンが戦っているのが見えた。


ラディンは前方で戦うソーラの後方で、横向きの細い筒のような武器から、青白い光弾を発射して戦っていた。

光弾が敵兵の身体に命中すると、敵兵は細かな血しぶきを上げて倒れていく。


「霊気銃だと!?」

「奴はハニスカの人間か!!」

「領主側にあんなんが...銃兵部隊は来ないのか!?」


ラディンを見た兵士達は口々にそう叫んでいる。”霊気銃”という名前らしいが、何故敵兵がそれを知っているのだろう。


(それに、今”銃兵部隊”って――)


その時、背中に強烈な殺意を感じ、彼はノールックで剣を背後に振るった。

柄を握る右手に金属同士がぶつかりあったような手応えがあり、見ると背後から迫っていた兵士が、彼の剣を自身の得物で防いでいた。


(チッ...。)


彼はすぐさま剣を引き、今度は下から払い上げるように攻撃を放った。

それすらも兵士は剣の刃を当てて斬撃の軌道を変えて躱し、その勢いのまま大上段に振り下ろしてきた。


(斯くなる上は...!)


彼は左腕を上げ、そこに敵刃が衝突する。

麻布を巻いただけの粗末な籠手など、よく研がれた正規軍の白刃はものともせずに突破し、彼は左腕に激痛を感じた。


「グッ...ウォォォォ!!!!」


アールンは雄叫びを上げた。

しかし、左腕を犠牲に敵に隙を作ることが出来た。

苦痛を頭から排除して、自由な右手の剣で相手の無防備な首元に刃を突きこむ。


敵兵は喉からゴポゴポという音を発し、膝を突いて倒れた。


「行け行け行け!!!」

「奸人を誅滅しろ!!!」


しかし、そうしている間にも、増援はますますやってくる。


(クソ、このままじゃ埒が明かねえぞ...!)


アールンは突撃してきた敵を躱して斬り伏せつつ突破口を探すが、雲霞のごとく連なる敵軍の侵攻は収まる気配もない。


遠くで、アルアータが多人数相手に跳び回って翻弄しているのが見えた。


あの顔隠しの黒布では視界が遮られるのではと思ったが、それは大丈夫らしい。


青白い光の渦をまとったその短剣は、黒装束がそれを振るう度に僅かに巨大化し、その斬撃はどんなに丈夫そうな盾でも防ぐことが出来ていないように見えた。


「何だ、あれ...。」


彼はその姿を見て思わず彼はそう呟いたが、その時、俄に外壁の上から沢山の敵影が姿を現し、手に持っている細長い筒をアルアータが戦っている方へ一斉に向けた。


それにただならぬ不吉な気配を感じ、彼はアルアータの方へ走った。


立ち塞がる敵兵は突進で強行突破し、彼はぐんぐん黒装束に近づいていく。


その時、辺りの敵味方の動きが徐々に遅くなっていった。

件の”低速時間”だろうか。


(これは...これなら助けられるか...?)


途中でラディンの遠距離攻撃を期待してそちらの方をちらりと見たが、彼は目の前の敵を打ち倒すのに精一杯で、殿閣の外壁の敵には気づいていないようだった。


壁の上の敵兵達の筒が青白い光弾を発したのとほぼ同時に、アールンはアルアータをその場から突き飛ばした。



「ッ、それは...!」


パシューンという、特徴的な霊気銃の斉射音を聞き、ラディンはやっとそこで壁上の銃兵に気づいた。

直ぐに彼は狙いを定め、光弾が次々に銃兵達を貫いていく。


(身を隠すことも知らないのか...?)


銃兵達は斉射後も目立つ外壁の上に棒立ちであり、青年の良い的であった。

敵兵も負けじと撃ち返してきたが、ラディンは直ぐに安全な回廊の柱の裏に逃れ、銃撃が止むと再び顔を出して残りを掃討した。




幸い、アルアータは光弾に蜂の巣にされること無く、着地点にへたり込んで必死に状況を飲み込もうとしていた。


「あ、有難う...御座います...。」


突き飛ばしたときに体勢を崩して倒れていたアールンは、その無事を確認してほっと息をつき立ち上がろうとしたところを、右足に刺すような痛みを感じて再び倒れ込んだ。

「ぐぅ...!」


見ると、右足の裏側の脚絆が、丸く血に染まっていた。おそらく先程の敵の光弾に当たったのだろう。


防備の薄くなったアールンを狙って、短槍を携えた敵兵が走ってきた。


しかし、その攻勢は体勢を立て直したアルアータに阻まれ、兵士は直ぐにその得物ごと真っ二つにされた。


「しっかりしてくだされ!!」

「...おう...。」


アルアータはちらりと振り返って叫ぶ。それに応え、アールンは痛む右足を押して立ち上がった。

そこに、援護のためにソーラとラディンも駆け寄る。


「このままじゃ遠からず限界が来る!!出口はないのか!?」

「後方に、使用人が使う勝手口が御座います!!私が殿を務めますので、皆様はその間に!!」

「駄目だ!!さっき何のために助けたと思ってんだ!!全員で撤退するぞ!!!」


そう叫ぶものの、この大軍を躱す術は全く思いつかない。

しかし、一人殿を残した所でどうこうできる数でもないので、ここで誰かを置き去りにするのは何の意味もない下策と言わざるを得ないだろう。


「僕に考えがある!!!これを投げたら、全員後ろは振り返らず全力で背後に走るんだ!」


そう言って、ラディンは”ハリージェ”から、表面に凹凸のある手のひら大の方形の物体を取り出した。


「それは!?」

「細かいことは後だ!!3つ数えたら投げるから、決して振り返るんじゃないよ!!」


それまでの飄々とした雰囲気からはかけ離れた青年の気迫に、3人は戦いながらも頷く。


(ヘユ)(ロユ)(ソユ)!!!!」


それを聞くや、4人はそれまで相対していた敵に背を向け、何も考えず全力で走った。


背後で閃光が迸り、敵の追撃は暫し止んだ。

彼らはその隙に離れの横を走り抜け、殿閣の厨房に入り、そこの小さな木の扉から外へ脱出した。


しかし、サールドの周到さは一枚上手であったようだ。


彼らは殿閣の外で、包囲陣に残っていた軍団に行く手を塞がれた。


「どうする...?」


幟旗がはためき、大盾の列が連なる。

そこには何と軽騎兵まで配備されていて、とても4人では突破のしようが無いかのように思われた。


「くうう...もはやこれまでなのか...?」


ラディンが悔しそうにそう言うが、それらを意にも介さないかのように、軽騎兵の群れが槍を揃え、石畳の道の上をこちらへ向かって突撃してきた。


ドドドッドドドッドドドッと、揺れの少ない側対歩で迫ってくる騎兵団は、夕日を背にしているせいか黒い壁のように見え、彼らは狼狽えて後ずさった。


「ラディン!!あんた何か持ってないのか!?」

「もう何も持ってないよ!!さっきのだって護身用の念の為のやつだったんだ!!こんな戦いになるなんて分かるわけ無いだろう!?」


(クソッタレ...!)


しかし、そこで天佑が訪れた。


(あいつら、速度が遅く...!)


馬の脚の動きが遅くなり、蹄音が消え失せる。周囲を見回しても、アールンのほかの誰もがほぼ硬直していた。


(この好機を逃す手はねえな!!)


アールンは一人走り出す。もはや人が歩くぐらいの速度まで落ち込んだ騎馬の列に近づき、左右の馬を力いっぱい殴りつけた。


(ごめんよ...!)


馬を攻撃するのは褒められた行いではない気もするが、突進する騎馬を何とかしなければ前方の3人に危険が及んでしまう。


徐々に体勢を崩していく馬たち。アールンは気を抜かずに、その上に乗った兵士達にもしっかり全員脇腹や足に致命の傷をつけ、それが終わると3人の元へ退却した。


もう少しで到着しようかというところで、世界は再加速した。


「ぐあああああ!!!」

「何が起きt、うぎゃああああ!!」

「ぎゃああ、痛い!痛い!」


アールンの後方で、そのような叫び声と共に大量の血飛沫が上がった。

それは、まるで赤黒い壁が立ち上がったかのよう。

馬たちが嘶いてどさりどさりと倒れ、辺りは恐慌の渦に叩き込まれた。


それは、戦いではなく、紛れもない虐殺であった。


3人、特に初めてそれを見たラディンや、顔は見えないがアルアータなども、その惨惨たる光景に言葉を失っているようで、ただこの状況を作り出した目の前の男をただ見つめていた。


アールンは背後を一瞥した後、その地獄のような光景からは目を背け、3人に言った。


「...今の内に行くぞ。...っつう...。」


しかし、そこで彼は頭を抑えた。

耳鳴りがし、頭がガンガンと痛む。

まるで、目の上に鉄の重りが乗っているかのようだ。


「大丈夫ですか...?」


心配するソーラに、アールンは片手を振って”大丈夫だ”という仕草をしながら、よろよろと歩いていった。





4人は、掃除人が使う昇降口から城内の下水道に入り込み、一路外を目指して進んでいった。


「ううっ。」


下水道の水路の脇道を歩いていた時、アールンは込み上げてくる胃液を抑え込みきれなくなり、ついに下水に嘔吐した。


通路の中は悪臭に満ち、酷い頭痛と相まって彼を大いに苦しめていた。


膝をついて声を震わせるアールンの背を、ソーラはゆっくりとさすっていた。


「ふっ、ふう、ああ、ありがとう。」

「...楽になりましたか。」

「...気持ち悪さは収まったが、頭の方は相変わらずだ。」


それを見ながら、先頭に居るアルアータは顎に手を当ててこう呟いた。


「あれは...全て貴方が...。」


何を言わんとしているかは直ぐに分かった。


「ああ。」


アールンは、痛む頭を押して立ち上がり、そうとだけ答えた。



何度かの下り階段と鉄扉を経て、彼らは下水道の出口に辿り着いた。


出口の外は、幅の広い湖であった。アルアータ曰く、ここはタナオード城の外堀の一部となっている、アミャル湖と呼ばれる人造湖であるらしい。


外は暗く、湖面では秋の大きな月の光が揺らめいていた。


下水道の出口付近には、灯りを消してはいるが人影が乗った小舟が一艘接岸していた。


「ここからは、あの船で参ります。暗いのでお気を付けを。」


彼らが船に乗り込むと、小舟は水面の上を滑るように岸から離れた。

船頭は外衣の被りを深く被っているので、辺りの暗さも相まってその顔などは見えない。


岸の方に目を向けると、月明かりに照らされて湖上に浮かぶようになったタナオード城の高いセラン(台郭)の向こう側は淡い炎の光に包まれていた。

耳を澄ませば、喊声や刃の交わる音などが聞こえてくるような気もする。


(あれは陽動の戦闘か...?あそこで、俺達のために...。)


そう思うと、アールンは何だか申し訳ない気持ちになって、そこから目を背けた。


さああ、さああ、と、船頭の櫂が水を掻き回す規則的な音だけが、ただひとり静寂に満ちた船上を撫でていた。


船は湖を抜け、森の中をゆっくりと流れる川に入った。


「今更だけど、足は大丈夫かい?」


近くに座っていたラディンが、ふとそう尋ねてきた。


「...痛むが、大分血は収まってきた気がする。」

「良かった。銃創の中の霊気弾はもう消えてるはずだよ。あとは安静にして、完全に止血されるのを待つんだ。」


そう言って、ラディンは溜息をついた。


「彼らが使っていたのが霊気弾の霧散期の短い旧式銃で幸運だったよ。全く、誰が何考えて横流ししたんだか...。」

「...。」


ラディンの言葉を、アールンはうつらうつらと目を閉じかけながら聞いていた。


眠い。思い返せば、今日は色々なことが起こり過ぎた。


朝早くから聖地に赴いて”トイスル=ケルパ(長じしケルパ)”の祝福を受けたのが、同じ今日の出来事だなどとは、にわかに信じられなかった。


そこから、民衆の歓呼を受けたと思えば、タナオード城の殿閣に閉じ込められかけ、アルアータと出会い、襲撃者達との乱戦死闘をくぐり抜けて今に至る訳だ。


(そろそろ...寝てもいいよな。)


彼は「着いたら起こしてくれ。」とだけ言い残し、目を閉じた。


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