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青炎紀  作者: 二十二郎
〈1〉破魔之役:紅玉の従者
14/18

13 疑念

ソーラが”トイスル=ケルパ(長じしケルパ)”から離れると、ケルパは満足そうに野太い声を上げ、周りのケルパ達を伴ってゆったりと儀式場を離れていった。


ソーラが”展望台”から降り、アールンたちの方へ歩いてくると、フレーンと衛兵たちは一斉に膝を折って最敬礼の姿勢をとった。


「おめでとう御座います。ケルパ様より”祝福”を受けられたこと、心よりお慶び申し上げます。()()()。」


ソーラはフレーン達の祝賀に頷いて応えつつ、アールンの前まで歩いてきた。


「...無事に認められたみたいだな。俺達も敬礼したほうがいいかい?」

「別にいいですよ...。」

「了解。それで...それ、痛くないのか?」


アールンは彼女の白い手の甲に刻まれた紋章を差してそう尋ねた。


「痛みは特に感じませんが...。若干熱があるような気はしますね。」

「へえ...。」


ソーラは右手の紋章を改めて見た。


あの不思議な空間で光に満ちる上部にやっと辿り着いたと思ったら、いきなり意識が戻って気づいた時には手にこれがあったのだ。

痛みはおろか、刻まれている感覚すらも一片たりとも無かった。


「これは...何処かで見たことがあるような...。」


彼女は、線と点が組み合わさった紋章の意匠に見覚えがあるような気がしたが、具体的な事は思い出せなかった。


「で、取り敢えず”従者”と認められたわけだが...この後はどうするんだ?」

「従者様が現れたとなれば、然るべき歓待をせねばなりますまい。...ですが...。」


そこで、フレーンは苦々しげに言葉を切った。周囲の兵士達も口を引き結んでいる。


「どうかしましたか?」

「いえ...これはここだけの話にして頂きたいのですが、”ホルネレーグ”にはお気をつけを。権力と支配、或いはそれらの維持にしか興味を持たぬ男です。貴女様の存在は、奴にとって正に目の上のたんこぶ。どんな手を打ってくるか分かりませぬ。」

「”ホルネレーグ(家宰)”...分かりました。注意しておきます。」




一行は来た道を下り、”東ノ大門”まで戻った。


フレーンがまたも白木の笛を鳴らし、開門の号令を掛けると、門は音を立てて少しづつ開いていく。


「これよりしばらく、神官詰所でお待ちいただきます。」


フレーンの言葉は、門扉の外、警衛の2個百人隊の外を埋め尽くす大群衆のざわめきにかき消された。


「おいでなさったぞ...。」

「あら、綺麗な娘ねぇ。」

「どうだったんだ...?」


ざわめきの中には、そのようにはっきりと聞こえる声もあった。どうやら儀式の結果が知りたくてたまらないようだ。


それに対し、ソーラは門の中に入るやいなや、徐ろに右手の甲を掲げた。

そこには、未だ光を僅かに発する紋章が。

それは、どんな言葉よりも雄弁に、”従者”の到来を示していた。


群衆のざわめきは、一瞬消え、次の瞬間には堰を切ったように歓喜のどよめきに変わり、それに相対するソーラやアールンにとっては風圧さえ感じられた。


「ついに伝説の従者様が現れたぞ!!」

「翡翠の王の到来もまもなくってことか!!これで国は救われるんだ!」

「これでハニスカのろくでなし共も怖くねえわ!!」


群衆が口々に話す中には、ハニスカへの憎悪の念が籠もったようなのもあった。

ラディンの方を向くと、やはり青年は微妙そうな顔をしてそれを聞いていた。


(これで立派な公人になっちまったな...。これからの動きには気をつけねえと。ハニスカに行くのも難しくなりそうだな...逆に仲介の名目とかで行けないかな?)


歓喜に湧く人々の中を通り抜け、神官詰所の屋敷に向かう道すがら、アールンはこれからの自分たちを取り巻く状況を想像し、頭を痛めた。




詰所に戻って半時ほど過ぎた頃、最初にフレーンと対面した部屋で3人が寛いでいたところに童子がやってきた。


「”ホルネレーグ(家宰)”のサールド=イーラ様がお越しになりました。」

(ん、その官職は...!)


フレーンの忠告にあった人物だろうか。あそこまで神妙に言われたのだから、警戒しておくに越したことはないだろう。


程無くして、彼らの部屋に背の高い禿頭の男が現れた。

男は唐草模様の金糸の刺繍が施された黒い長衣を纏い、白い毛皮を肩から斜め掛けにするという、いかにも高貴かつ経済力も高そうな出で立ちで、背後にも沢山の護衛を連れていた。


(サールド...家宰と言ったか。誰かに仕える者にしちゃあ、ちょっと豪勢過ぎやしねえか...?)


まあ、ここの領主がそれ以上に奢侈に耽っている可能性もあるのだが。


サールドは配下の者に部屋の外に控えているよう命じてから、座卓を挟んでソーラの方へ向き直った。


「お初にお目にかかりまする。(それがし)はこのタナオード一帯を治めていらっしゃる”グレンデル家”にお使え申し上げております、”ホルネレーグ(家宰)”のサールド=イーラと申します。本日は、見事トイスル=ケルパ(長じしケルパ)様からの”祝福”を得、晴れて『紅玉の従者』とおなりあそばされたこと、誠におめでとう御座います。」


そう言って、男は恭しく頭を下げた。


「わざわざのご足労、痛み入ります。イーラ殿。」


ソーラの返答に、サールドは顔を上げる。ここまでは社交辞令。本題はここからだろう。


「さすれば...聖なる『紅玉の従者』殿には、然るべき歓待をして差し上げるのが道理。これより、我らは貴女様をタナオード城へお迎えし、そこで心を込めておもてなしをさせて頂きましょう。」


サールドの言葉に、ソーラは眉一つ動かさない。


「...お心遣いは有り難いかぎりですが...一つ気になることがございまして。」

「...なんでしょう?」


サールドは、微笑んだままの表情でソーラを見るが、その眼光はひどく冷たいものだった。


「...領主殿は何処に?道理と仰るならば、私()がタナオードの城に赴く前に、まず領主の方からここに出向いていただくべきなのではないでしょうか。それを、家宰の貴方を寄越すだけで自身は何も...というのは、些か礼を欠く振る舞いでは?...それとも、何か領主殿が動けない理由でも?」


(ま、そうだよな。)


ソーラの冷たい口調の問いに、アールンも心のなかで頷く。

この発言、字面だけを切り抜けば、突然ソーラが成り上がりの身分を笠にイキる高飛車女になってしまったように見えてしまうかもしれないが、その真意は別にあるのだろう。


領主、グレンデル家といったか。それがきちんと実権を確保して自由に動ける状態ならば、この問いは単に、家宰を使って城に連れてこさせるのではなく自分からここに来るべきだという批判と受け取られるだろう。


それはそれで彼女が嫌な奴だと受け取られかねないが、まあそれだけだ。


しかしもしも、この見るからに怪しい豪勢なナリの男が、領主を無視して専権を振るっているようならば――この問いは、その最後の一言によって即座に「お前領主差し置いて独断専行してねえか?」という尋問の刃に変化するのだ。


それはサールドも理解したようで、禿頭の男は俯いて一息ついた後、顔を上げて口を開いた。


「...ご気分を害されたのなら、申し訳ございません。しかしこの街は、いにしえより続く聖なるオードの門前町であるからして、この街の長であるタナオード公の第一の務めが『聖域の守護』であることもまた”道理”でしょう。」


そこで、男は困ったように頭を掻いた。


「今は、既にお聞き及びかもしれませぬが、その聖域にあろうことか”賊”が忍び込み、聖獣を誘拐するという大事件が起きたばかりでございまして、公爵様は城をホルネレーグ(家宰)たる私めに預け、みずから警衛部隊を指揮して昼夜、聖域を”ろくでなし”の手よりお守りくださっておられるのです。その多忙さを、どうかご理解くだされませ。」


なるほど、そう来たか。

確かに、筋は通っている。こちらの手札もほぼ無くなった今、これ以上の詮索は無用だろう。

ソーラも嘆息して頷く。


「なるほど...分かりました。そちらの事情に思い至らず、不躾な問いを発してしまったこと、どうかご容赦願います。」


そして、3人はサールドと護衛達に囲まれながら詰所の屋敷を出、馬車に乗って一路タナオード城へ向かった。


「ソーラさん、よくあんな問答できるね。僕はちょっと怖さで...チビりそうだったよ。」


馬車の中で、ラディンが大きな溜息をついてそう言った。この青年も馬鹿ではないから、ソーラの問いの意味はきちんと理解していたのだろう。


「まあ...。そこはもう、慣れ...としか。」

「あんなのに慣れてる娘がいてたまるかよ。」

「ああいうのは女のほうが慣れてるものですよ!」


アールンが茶化したように言うと、ソーラはぶすっとして返した。


「ああ、それはなんか分かる気がするな。」


彼が世話役を買ってでていたガーテローの孤児院でも、単純明快な男の子の社会とは違い、女の子のそれは早くから相対的に複雑な構造を持っていたと、彼は思い出した。それでも男女一緒くたになっていることの多い孤児院生活では然程の性差は見られなかったが、それでも僅かながら違いはあった。


箱入り娘のソーラにその経験則がどこまで適用できるかは分からないが、教育云々よりも先天的な部分での違いであろうから、そういう点では彼女も駆け引きに長けている面もあるのだろう。


「ま、ここからは俺達はあんたのお付みたいな立ち位置になるだろうから、面倒...ゲフンゲフン複雑な駆け引きは任せたぞ。」

「は〜、自分がやりたくないだけですよね...。」


ソーラが呆れて言うのに笑って返しつつ、アールンは馬車の格子窓の外を覗く。


格子の間からは、護衛である礼装姿の軽騎兵と軍装姿の歩兵達の姿が見えた。

彼らの右腕に注目し、ふとこんな事を思った。


(あれ...ここの兵士は、濃緑の腕帯付けてないんだな...。)


その気づきは、まるで一滴の水が水面に落ちて四方八方に波を立たせるように、彼の持つ多くの情報と反応し、結合していった。


()()()()の兵士達が、敵味方識別の為の腕帯を着けていたこと。


儀式場を出る前にフレーンから受けた忠告。


ホルネレーグ(家宰)”サールドと対面したときに抱いた疑念。


サールドが話していた、タナオード公が聖域警備を行っていること。


今、彼の視線の先にいる、()帯を()()()()()()兵士達。


――濃緑の腕帯は、何と何を区別するためのものなのか。


――そして、目の前の兵士達は、一体()()配下なのか。


「これは...もう一難ありそうだな。」

「どうしました?」


アールンの独り言に、横に座っていたソーラが反応する。


「...声を落とせ、いいか?」

「...分かりました。」

「分かったよ。」


外から見えないように姿勢を低くし、深刻な面持ちでそう言うアールンに、ソーラとラディンも息を呑んで頷いた。


「恐らく、あの家宰はほぼ”黒”だ。」

「...やはりですか。しかし、何故今?」

アールンは声を一層低くして続ける。


「聖域まで護衛してくれた兵隊、覚えてるか。」

「はい。」

「あの右腕には、揃いの濃緑色の帯が巻かれてた。この意味、あんたなら分かるはずだ。」


アールンはソーラに向かってそう言った。


「...!レーウィ(同志)の腕帯ですか。」

「ああ、多分似たような、敵味方の区別のためのもんだろう。でも、おかしいと思わねえか。格好が不揃いの非正規軍なら兎も角、正規軍である彼らには揃いの軍服がちゃんとあるんだから、今更そんな事しなくても判別くらいつくはずなのに。」

「...確かに。」

「で、だ。今、この馬車を護衛してる、恐らく()()()()()()()()()()兵士達の腕には...腕帯が無い。”東ノ大門”の前にいた軍団の兵達もちゃんと着けてたが、彼奴等だけは着けてないんだ。」


そこで、ソーラとラディンは顔を上げて格子窓の外をちらりと覗き、腕帯の不在を確認したのか少し目を見開いた。


「思うに、今この街は真っ二つに割れている。領主派と、家宰派にな。今、城を拠点に政治の実権を握っているのはサールドが率いる一派で、それと対立する領主派の兵が、あの濃緑色の腕帯をしているんだ。詰所でサールドが領主のタナオード公について話してたこと、覚えてるか。」

「確か...兵を率いて聖域の警備についていると...なるほど、話は見えてきました。」

「...ああ。これはあくまで予想や疑惑の範疇で、ハナからそうだと決めつけて動くのも良くないだろうが、そう考えると色々しっくり来るだろ。まあ、注意しておくに越したことはないだろうな。」


そう言って、彼は遠い目をしながらもう一度外を眺めやった。



タナオード城の高きセラン(台郭)の大門の前で馬車は停車し、3人は外へ出た。


タロント(万歳)ハノーアンルメーディ(紅玉の従者様)!!!」

タロント(万歳)ハムレーグルメーディ(美の従者様)!!!」


周囲にはまたも大群衆が集まっていて、多くの視線がソーラに集中し、歓喜の声が絶えず上がっていた。

中には跪いている者さえいた。


(凄いな。何をしてくれるか、分かってるわけでもあるまいに。)


アールンは、響き渡る歓呼に対し、心の中で独り言ちる。

国を救うと言ったって、どう救うのか。何か特別な力があるのか。肝心要の具体的なことは何も分からないというのに。


彼は大門へと続く通り道の両側を固く守る兵士達の方へ目を向けた。

彼らもやはり、腕帯をしていなかった。


(やっぱり、城兵は皆サールドの支配下にあるのか?)


だが、まだ決めつけるのには時期尚早だ。腕帯は聖域の守護部隊の印であるだけで、懸念は全くの杞憂であったという可能性も無いわけではない。


しかし、彼の不吉な予感は消えることはなかった。


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