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青炎紀  作者: 二十二郎
〈1〉破魔之役:紅玉の従者
12/18

11 タナオード

陽が地平の果てに姿を消し、紫色の空の中を一羽の鳶が飛んでいる。

本当ならば日が暮れる前にはタナオードに着ける筈であったのだが、あれよあれよという間に夜になってしまった。


「今日はここらで野宿しようぜ。人が多くて目立つだろうから、念の為俺は寝ずの番するよ。」


2人での野宿とは違い、今では人間だけで4人、それに馬と目立つ大きな荷物が一つ。

目立たないはずがない。


「賛成。疲労は万病の元だからね。」


ラディンが最初にそう言い、ソーラとヤートルも頷いて同意した。



街道を安全な北に外れ、陽光が薄くなり黒くなったように見える草原の中で四人は車座になって夜を越す。

アールンは万が一のためにエーダで買っておいた乾飯のトレイウル(握り飯)を、昔の自分の用心深さに感謝しながら腹に入れた。

ソーラはアールンと同じだが、その他の面々は何を食べるのだろうかと興味が湧き、彼はラディンとヤートルの方を見た。


ヤートルは、何も食べていなかった。訊けば、普段から味を楽しむ目的以外で物を食べることはしないらしい。


一方ラディンはと言えば、こちらは何と目に小さな青白い光を灯らせながら、暫く虚空を見つめていた。

何をしているのか理解できず、アールンは様子を伺っているだけだったが、不意にラディンの開かれた左手に青白い光が集まり、光の中に二つのトレイウルが入った包が”形成”されたのを見て、驚愕して思わず声を上げた。


「うおっ。何だそれ。」

「この”ハリージェ”のことかい?」


ラディンが左手を掲げながらそう言う。

左の手のひらには、薄く青い光を発する硬貨のような形の板がくっついている。それがこの機械の核心なのだろうか。

ラディンの言葉に、今度はソーラが反応した。


「ハリージェ...確か、建国神話にその名が見える商人でしたっけ。この世のあらゆる珍品を手中に収めようと東奔西走し、各地でデイル王一行に出会い協力するも、最後は霊石にまで手を出そうとし、罰としてその手を雷に焼かれたっていう。」

「おお、おお、ソーラさんは随分と古典に造詣が深いのだね。」


突然早口気味になったソーラに、ラディンは引き気味に返した。


「だとしたら、ちょっと不吉な名前だろそれ。」

「まあね。でも、こいつ...”手袋型簡易式霊化貯蔵器”の機能から言ったら、ぴったりだと思うよ。なんてったって、これはこの手の中に()()()()に物を収納できる優れモノなんだから!まあ、手で握られる物に限られるけど。」


自慢げにそう言うラディンに、かの手袋に興味が湧いたアールンは、更なる説明を求めた。


「んん〜、基礎理論から懇切丁寧に説明しないと意味がわからないと思うんだけど、掻い摘んで説明すれば、こいつで物体を一時的に霊気化・非実体化する。内容物の構造とかの情報はこの手袋を介して接続された人の魂の記憶に保存されてて、取り出すときに再び霊気でその構造を再現して実体化させる...。みたいな感じだね。」

「うん、分からん。まあでも、要は物を霊気にして軽くして、沢山運ぶってことか?」


匙を投げたアールンの言葉に、ラディンも苦笑しつつ、


「うん、だいたいそんな理解で大丈夫だよ。多すぎると人の記憶容量を超えちゃって”忘れちゃう”んだけどね。これを使えば、タナオードでも僕の持ってる機械の大半は隠し通せる算段さ。」と言った。


「見えなくなるからか。」

「そゆこと〜。」


そう、ボサボサ髪の学者は頷いた。



幸いにして、魔物の夜襲などは起きず、アールン以外の3人は安らかに夜を眠り通した。


翌朝、早くから4人は起き出し、再び街道に戻って先を急いだ。

丘を越え、森の脇を通り過ぎ、小川を越えていく。

不思議にも、街道の南側には一切木が生えていなかった。これも”怪異”や結界の影響なのだろうか。

そして太陽が南の空の最も高い位置に上った頃、平原のはるか先にようやっと白亜の楼閣群が見えてきた。

楼閣の向こうには、黒い長衣を羽織った人影のような奇怪な形の山々が幾つも聳えている。


「あれが、オード山地か。」


あの中に、仕立屋のサイルが言っていた”聖獣”が居るはずだ。

しかし、それに会ったからどうなるのか、いかにしてソーラが”従者”であると分かるのか。

アールンには全くもって未知数だった。


「もうすぐ着くし、そろそろ始めておこうかな。」


そう言って、ラディンは身につけていた多くの霊力機械、何に使うのかも分からないそれらを次々に”ハリージェ”の中に「収納」していく。

左手で握ったものが次々に青白い光になっていくのは、そうと分かっていてもやはり異様な光景だった。


「そう言えば、例の”聖獣”って、もしかしてケルパのことですか?」


ふと、ソーラがそのように尋ねてきた。


「いや...名前までは聞かなかったんだが...。」

「でも、タナオードの聖なる獣って言ったらそれしか無いですよ。書の記録するところによると、ケルパは空を飛ぶタコ足の巻き貝みたいな見た目らしいですよ。」

「空飛ぶ巻き貝でタコ足...?」


空に浮遊する巻貝の下部から八本の足が生えている姿を想像して、アールンは困惑した。


(そもそも、そんなやつと意思疎通取れるのか?)


そこで、2人の前を歩くヤートルが振り返った。


「君たち、オードの聖域でケルパを見ようとしてるのかい?今は無理かもしれないよ?」

「何でだ。」

「そりゃあ...。」


そう言いながら、ヤートルは冷ややかにラディンの方を見た。

それに対し、ラディンは居心地悪そうに目を逸らす。

この学者が何かをやらかしたのだろうか。それとも、ハニスカとタナオードの確執に関わる何かだろうか。

”少女”は溜息をついて言葉を継ぐ。


「前にハニスカの連中が少し”おイタ”しちゃったんだよ。それで、今はオードの山の聖域は封鎖されてる。余所者が入るのはまず無理だろうね。」

「何だって...。」

「困りましたね...。」

「すまないね...。僕は強奪計画には反対だったんだけど。『浮遊機関の開発の為には必要不可欠だー!』って、ウチの馬鹿(ヴァカ)共が聞かなくてさ。」


そこで、アールンは更なる不吉な予感に震えつつ、ラディンに尋ねた。


「”浮遊機関”って...『浮遊』ってことは、まさか”浮艇”に使われてるやつか...?」

「ん、ああ。そうだけど...よく分かったね。」


聞けばハニスカは、オード山地に潜入してケルパを捕獲するという蛮行をやってのけ、その浮力を発生させている部位の解剖実験結果をもとに”浮遊機関”を開発したのだという。

その事実に、アールンとソーラは頭を抱えた。

”浮艇”は強力な乗り物であり、是非ともヘイローダ(抵抗衆)の軍に導入したいと考えていた折に、いきなりそれが曰く付きのネタになってしまったのだ。


”聖獣”を()()とは。


2人にそこまで敬虔な信仰心があった訳では無いが、そうでなくてもそれはやって良いことと悪いことの「分別」の問題だ。

良識ある者なら、その行動がどのような結果を齎しかねないかぐらい、すぐに分かるはずなのに。


「あ゛ー...、前途多難どころかお先真っ暗だよ。」

「はぁ...。どうすればいいんでしょう...。」




街道が繋がっているタナオードの街の大門では、意外にも門衛からの応対はさして敵意のあるものではなかった。


「”怪異”がうろつく平原を突破してハニスカから来るなんざ無理だろうし、あんたらエーダから来たんだろ?珍しいねぇ。ま、今は神殿には行かせられねえけど、ゆっくりしてけや。」


槍を手にし、金細工付きの胸甲を装備した門衛はそう言って、アールンの肩を叩いた。

どうやらハニスカとは違い、タナオードの民にとってエーダの街の印象は然程悪いものではないらしく、それは救いだった。

門衛に会釈して、アールンとソーラ、次いでヤートル、最後にラディンがそそくさと門の中に入っていった。


タナオードの街は、現在地である”西ノ大門”からオードの山の聖域につながるという、エーダの表通りの3倍はあろうかという幅の広いタルクーム(大道)を中軸にして、街が形成されていた。

広場と見紛うほど広大な大道を見渡していると、ヤートルが声を掛けてきた。


「じゃ、僕はこれから本業に移るから、ここでお別れだね。」

「え、行っちゃうのか?」


アールンが聞き返すと、”少女”は当然だと言わんばかりに頷いた。


「そりゃもちろん!何、寂しい?」

「いや?でも、どうせなら神様のあんたの影響力でどうにか聖域に入れてもらえないかなって思ってたんだけど...。」

「そんな事できるわけ無いでしょ...まあ、これから市で売る予定だった絹織物20(ひつ)と香辛料100袋、あとは北方産の大粒モフィオス(青色の宝石)5個全部買ってくれるなら、ついて行くだけならしてあげないこともないけど。...いいややっぱ駄目だな。仕入れもしないと。」

「うげ、高級品ばっか...。」

「そりゃそうだよ、こちとらここ50年間ずっと商人やってるんだからね?扱う金も大きくなるさ。」


ヤートルの背中、とは言っても大きすぎる荷物が歩いていく姿を見送りつつ、アールン、ソーラ、ラディンの3人も大道を歩き始めた。


「彼女、一体何者なんだい?」


不思議そうにそう訊くラディンに、アールンは嘆息して答えた。


「見た目以上にとんでもなく長生きしてる、霊気の生き物に片足突っ込んだ守銭奴だよ。」


すると、青年学者は頭を掻きむしった。


「なな、なんと!...それ、もっと早く言ってくれよ!!あ〜もっと話聞きたかった!!」

「はは、またどこかで会えるさ。でも、失礼のないようにしろよ?」


今はそんなことよりも、どうやって”聖域”に入り、”ケルパ”とやらに接触するかが重要だ。

取り敢えず、行けるところまで行ってみて、そこで向こう側、聖域を封鎖している者たちの出方を探る、というのが正攻法だろうか。

もしかしたら、意外とこちらがハニスカの者でないと信じてくれたら通してくれるかもしれない。

希望的観測だが、試さなければなにも出来ない。

だが、その前に――。


3人の誰からとも無く、ぐううと腹の音がした。


「まずは飯屋にでも行くか。」

「...ですね。」

「賛成だ。お腹が空いて仕方ないよ。」



下町の安い立ち食いの露店で昼食を摂った後、3人は再び大道に出て、”聖域”への入口のあるという街の東側に向かった。

大道の東の果てに近づくと、路上には至る所にゴザや絨毯が敷かれ、その上で人々が坐して祈りを捧げている姿が目に付くようになった。

それらの合間を縫って進んでいくと、その先には一際多くの礼拝者たちの中に大きな簡易式の祭壇が設置され、花や宝石、今年収穫された穀物などの供物が並べられていた。


「これは...もしかして住民ごと締め出してるのか...?」


アールンの呟きに、いつの間にか隣りにいた白髪の老婆が答えた。


「そうですよぉ。残念なことですが、これもケルパ様をろくでなしの手から守るため。仕方ないことですじゃ。」

「うおっ。...失礼、しかし、俺達はエーダから来たのですが、聖域が封鎖されてるって噂は本当だったんですね。...聖域までは、どこまでなら近付けるとか、知りません?」


彼がそう尋ねると、老婆は近くにあった自身のゴザの上に座り直し、一息ついてから答えた。


「最も近くなら、多分”東ノ大門”まででしょうけど、何もありませんよぉ。それよか、この近くに神官さまや巫女さま達の詰所がありますで、そっちに行ったほうが、色々聞けるんじゃないでしょうかねぇ。」

「...ありがとう。」


アールンは老婆に頭を下げ、ソーラとラディンを呼んで老婆の示した詰所の方に向かった。


”詰所”はタルクーム(大道)に面する大きな前庭付きの屋敷であった。

石造りの立派な門に近づくと、門前の砂掃きの童子がこちらに気づき、その手を止めた。

3人はその童子に軽く礼をし、アールンが話しかけた。


「どうも、ここは神官さまのいらっしゃる場所で間違いないかい?」

「そうですが...。何用ですか?」


突然の見慣れぬ訪問者に、少年の顔が警戒の色に曇る。


「ちょっと神官さま達と大事な話があるんだが、良ければ会わせてもらえないかな。」

「...今日は特段そのような予定は無かったはずですけど。」

(むむむ...手強い。)


どうやらこの砂掃き兼門番の少年は、そう安々と中には入れてくれないらしい。


「頼むよ。せめて中に入れてくれないか。要件を言うにしてもとてもこんな路上じゃ話せない話なんだ。」

「...分かりました。こちらへ。武器は預かります。いいですね?」

「勿論だ。」


2人の馬を門前に繋いで門の中に入り、アールンは剣と”巻狩の弓”と矢筒、ソーラは腰に帯びた剣を外してそれぞれ童子に手渡した。ラディンも革の外衣の内側から小さな短剣を差し出したが、かの青年の場合は”左手”の中に何を隠し持っているか分からないので、あくまで()()()だろう。


暫くして、白地で下部に淡く赤い刺繍が施された、丈の長い長い羽織を纏った女性が現れた。

手には聖なるものに仕える者の証である銀笏を持っている。


「何用でございましょう。」と、女性はその細目を3人に向けた。


(巫女だな...流石に神官はすぐには出てこないか。)


先ずは、要件を切り出さずに様子見をしてみる。


「”聖域”の封鎖が解けるのは、いつぐらいになりそうでしょうか。」


その問いに、巫女はその相貌を微動だにせず、冷ややかに返した。


「...ここまでお越しになって、今この街を取り巻く情勢をご存知ないというのは、些か通らぬ話でしょう。”無期限”、それが答えです。」

「それは困りますね...ああ残念、あ゛〜これからどうしよう。どうしてもケルパ様にお会いしたき儀があったのですが。それでは無理か。」


これ見よがしに落胆してみせると、流石の巫女も居心地が悪くなったのか、訝しげにその要件を尋ねてきた。


「我々はエーダから来たのですが、そこで少し気になる話を聞きましてね。それがこちらの人に関することなんですが...。彼女が、伝説の伝えるところの”従者”かもしれない。その真偽は、ここで”聖獣”と対面すれば明らかになるだろう...と。」


彼はそう言いながら、ソーラを指し示した。

その隣では、ラディンも驚きの表情を浮かべていたが、すぐにソーラにその足を踏まれて抑えられた。


(あー...ラディンにも事前に教えといたほうが良かったな。)


巫女はしかし、その話を訊くやその細目を初めて少し大きくし、眉を上げた。

掛かったか。

機を逃さず、彼は詰め寄る。


「まあ、”三霊石の従者”自体、あくまで伝説上の話ですし、無駄足になる可能性も大いにあるとは思っていましたが、流石に確かめられもしないというのは...これでもし、彼女が真に”従者”であったなら、それを門前払いした貴女方の咎は、いったい如何程になりましょうな。」


揺さぶりをかけるアールンを見て、後ろではラディンとソーラがひそひそと話していた。


(彼、意外と怖い所あるんだね。)

(まあ、いつもはいい人なんですけどね...。)


聞こえてんぞ。


俯いて溜息をつきつつ、彼は巫女の方を改めて見た。

巫女は、しばし顎に手を当てて考え込んでいたが、やがて顔を上げて彼にこう問うてきた。


「先程、エーダで聞いたとおっしゃいましたね。僭越ながら、その情報源を教えていただけますか?」

「ん、ああ、...笑われるかもしれないですが、私はその話を”フェルナームス(春の風)”っていう仕立屋で、店主のサイルさんっていうご老人から聞いたんです。」


その答えに、巫女は今度こそハッとして、近くに控えていた童子を呼び、小声で何かを伝えた。

それを聞くや、童子は一目散に屋敷の奥へと走っていった。


「先程までの非礼、心からお詫び申し上げます。こちらへ。」


そう言いながら、巫女は3人を屋敷の正面玄関から奥へといざなった。

その光をたたえた目は、まっすぐソーラに向けられていた。


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