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青炎紀  作者: 二十二郎
〈1〉破魔之役:紅玉の従者
11/18

10 怪異と学者と行商と

鳥よけの鳴り物の乾いた音が響く、朝日に照らされて煌めく黄金色の田園風景の中を、アールンとソーラはゆっくりと進んでいく。


南の方を見渡せば、霞む空気の向こうに高く延々と連なる山々が見える。あれが「エーダ半島の背骨」と言われる”カイラン山脈”だろうか。


早い時間なので人気は少ないが、この辺りはまだ安全なエーダの領域に含まれているだろうということで、2人は特段の警戒を払ってはいなかった。


遠くを眺めれば、用具庫と思われる粗末な茅葺きの小屋から、農夫が這い出してきて気持ち良さげに伸びをしているのが見えた。


多くの者は街から出てくるのに、ここらにもあのように仕事場に泊まり込む者が居るのか、と、アールンはペルオシーに入る前に出会った木こりのデインのことを思い出し、ふと胸の奥が痛んだ。

カートが生還しなかったことは、多分そろそろあの男の耳にも入っている頃だろう。


彼は、背に負う”巻狩の弓”の感触に意識を向ける。


(この弓は、いっときの借り物だ。戻ったら、デインに渡そう。)




広大な田園地帯を抜け、昼前頃にはカイラン川に掛かる橋に辿り着いた。

渇水期の今では、南の山々から流れいづる水は、浅い水の流れが流木などが散乱する礫の河原を縦横無尽に駆け巡るようにして北へ向かって流れている。

問題は、そこに掛かる橋の上を中ほどまで進んだときに明らかになった。


「あっりゃあ...これは困ったな。」


苔むして見るからに古そうな木造の橋は、最初に見たときから怪しいとは思っていたが、やはり途中、一際幅が広く深い流れの上で落ちていた。


2人は馬を下り、橋の下を滔々と流れる深い青色の水の流れを覗き込む。


「下は...深いですね。う〜ん、事前調査の時はこんな報告上がってこなかった筈なんですが...。」

「その”調査”って、いつ頃の話だ?」

「いつか、ですか?えーっと、確か南進が決まったのが今年のタン=ホーロシンユ(融雪ノ下)(3月)...いや、タル=ベッツプル(播種ノ上)(4月)の頃でしたから、その後すぐくらいです。」

「あー...だからか。」

「何がです?」

「多分、橋が落ちたのは調査した後だったんだろう。南でも同じだったかは知らんが、今年の夏は雨がよく降ったからな。そん時に洪水でも起きてこうなっちまったんだろ。」

「なるほど...ですが、どうします?これじゃ渡れませんよ。」

「どこか別の渡れる場所を探すしかないな。幸いお互い馬上だから、多少の深さなら押し通れないこともないだろ。」

「ですね。」


そう言って、2人が馬に跨り直して来た道を戻ろうとすると、唐突に下の方から声がした。


「おーい!!そこの2人ー!こっちこっち!」


再び下馬して橋の下を覗き込むと、河原の茂みの横に、背中に身の丈の2倍はありそうな高さの大量の荷物を背負った女の子のような人影がいた。


「何だい?」


アールンが大きな声で問いかけると、その人物は膝に手をついて疲れたような仕草をしながら答えた。


「いや〜、まさか本当にこの橋に行っちゃうなんて思わなかったよ。川を渡りたいんだろう?僕、渡れる所知ってるから、案内してあげようか?」

「おお、あんたは知ってるのか?そりゃ有り難いな。」


これこそまさに渡りに船だ、とばかりにアールンは意気揚々とその話に乗る。


「じゃあ、一度橋のたもとまで戻って貰える?」

「分かった。」


馬に乗ると、ソーラも安堵したように肩を撫で下ろした。


「なんとかなりそうで良かったですね。」

「ああ、上手く行き過ぎて怖くなってくるが。」




橋のたもとに戻ると、そこには既に先程見た荷運びの女の子がいた。


「やっと来たな!真っ直ぐな橋なのに、僕に遅れを取るなんて遅すぎやしないかい?」


遅れずに着いてくるんだぞ、と少女は笑った。

近づいてみると、改めて少女の背負う荷物の大きさに圧倒される。

少女の見た目は、髪を後ろでふんわりと二つに結んだごく普通のものなだけに、背中のそれとの釣り合いのなさが異様であった。


「いやあ、しかし凄い荷物だな。重くないのか。」

「ははっ、全然平気だよ!じゃ、早速行こうか!」


少女はそう笑って、街道を外れ細い獣道へと分け入っていった。

藪の中を縫うように進み、大きな岩や流木が散らばる河原を抜け、度々現れる小さな流れを馬に乗って越えていく。

その間、先導する少女は迷路のようなその道を迷いなく進んでいく。


「貴女は...この道をずっと通ってきたのですか?」


ふとソーラがそう尋ねると、少女は振り返って手を顎に当て、しばし考え込んでから「そんなに長くはないかな〜。でも、あの橋が落ちる前から時々使ってたよ。」と答えた。

「橋があるならそこを通ればいいじゃないか。」


アールンがそう言うと、少女はちっちっちと指を振って返す。


「ずっと同じ道じゃ面白くないじゃないか。」




半時ほど歩いた後、彼らの視界は開け、平らな河原の先に一際大きな流れが現れた。


「この辺は比較的浅いからね。いつもはこの辺を適当に渡るんだけど、今回は君たちも居るからとびきり浅いところを吟味してあげるよ。僕が渡ったところをよく見とくんだぞ!」


そう言うや、少女はとことこと川の際まで歩いていき、くるくると、舞でも舞うかのように水面の上を跳ねながら渡っていった。


水面に足がつく度に、光と影の揺らぎがが輪になって広がっていく。


「はあ!?」

「ええ...?」


重そうな荷物を背負っているとは思えない超人的なその芸当に、2人は驚愕して暫し固まる。

しかし、驚きはそれに留まらなかった。


対岸の藪の影から、”少女”を待っていましたと言わんばかりに一匹のヴォーダール(山羊)が現れた。


だが、その姿を認めるや”少女”は空中で巨大な背中の荷をひらりと直上に高く放り投げたのだ。


そして、一度の着水を挟んだ次の跳躍で腰に差していた短剣を抜き、魔物に飛び掛かってその喉を的確に切り裂いた。

ひらりと跳んで返り血を綺麗に避け、そこで落ちてきた自身の荷物を軽々とキャッチして背負い直すと、倒れる魔物を尻目に”少女”は2人に向かってニッと笑った。


あまりに現実離れしたその出来事に、2人は呆気にとられて立ち尽くした。


しかし、すぐに我に返ってその軌跡を思い出しつつ、馬に乗ってゆっくりと川の中を進み始めた。


流れる水が馬脚に当たり、じゃばじゃばと音を立てる。

水面の下を覗き込みながら脚を滑らせないように注意して進み、ようやく対岸に到達すると、”少女”はにんまりと笑って彼らを見た。


「驚いたかい?」

「そりゃあ勿論...。あんた、人間なのか?」


アールンの問いに、”少女”は眉を少し上げた。


「...中々鋭いね。まあ、こんな事できるんだから、僕は普通の『人間』とはだいぶ異なるだろうね。」

「このあたりに住んでる神様...ってことですか?」


ソーラの問いには、”少女”はすぐには答えなかった。

暫しの沈黙の後、”少女”は口を開く。


「...ひとつ良いことを教えてあげよう。世の中というのは、人と神にすっきり分けられるほど単純じゃあないんだ。人、神、神っぽい人、人っぽい神、またそのどれでもない何か...。それこそ、一々名前をつけて区分するような営為が滑稽に思えるほど色々居て、その人間っぽさ、神様っぽさも様々で、それがこの世の面白い所なんだぞ。ふーむ、君たちは分かってくれると思うんだけどな。」


そう言って、”少女”は2人を交互に見た。


「ま、すぐに理解しろなんて言わないし、そのうち分かると思うけどね。取り敢えず、僕はさっき言った中なら、『神っぽい人』の部類かな。何かに宿ってるわけじゃないし、ちゃんとお母さんのお腹の中から生まれてきたはずだけど、もう何百年も前のことだから忘れちゃった。」


そこで”少女”は言葉を切り、背負った荷をよっこいしょと下ろして笑顔でぽんぽんと叩いた。


「んで、この通り無駄に長生きなもんだから、最近はこうして行商の真似事をして、無聊を慰めてるって訳。なんか全然人っぽくなくなっちゃったけど、これが意外と楽しくってさぁ。」

「へぇ...。」


あまりにも世界が違いすぎて、アールンは相槌を打つことしか出来なかった。


「さ、立ち話も程々に、先へ行こうか。僕は大丈夫だけど、君たちはあんまり長くなるとお腹が空いてきちゃうだろう?」


”少女”はそう言って荷物を背負い直し、再び歩み始めた。




「あ、あれは反対側の橋...。」


ソーラが指差す方には、頼りない木造の橋、いや、その残骸があった。


だが、アールンはそれが続く先、橋の対岸のたもと付近に立っている黒い物体が気になった。


「あれは...石碑か何かか。」

「ん?ああ、あの碑が気になるのかい?じゃあ、行ってみようか。」


”少女”に先導されてその石碑のもとにやってきた2人は、その様相に愕然とした。


「なんだ、これ...。」


アールンの背丈の二倍ほどもあるその石碑は、亀裂や欠けが多く、苔生しているところなどを見るにとても古そうだが、それをより一層不気味にしているのがその中央、碑文が書かれていたであろう場所を削り消すように乱暴に入った大きな爪痕である。


「これが、”掻き碑”...。」

「知ってるのか?」

「ええ、これは報告にあったものです。これは、恐らくこの碑文を読んだ誰かが、この碑文を読ませまいと意図的につけたものだ、と。」

「読んだって、動物や魔物は文字なんて読めないし、人間がこんな傷つけるかよ...。あんたは何か知らないのか?」


そう、彼は”少女”に問うが、彼女もまた首を横に振った。


「これは”大災禍”の前からこんなんだったから、魔物の仕業じゃないと思うよ。少なくとも、僕がこれが無傷だった頃を知らないぐらいには昔にやられたんだろうね。」


そのとき、アールンはある可能性に思い当たり、背筋が凍る思いがした。


「ひょっとして、例の”人食いの化け物”の仕業かもな。これはきっと危険を知らせる標識なんだろう。それは、縄張りに入ってくる人間を食べようとする奴にとっては邪魔でしかない。その怪異がこの碑文の意味を理解できたとしたら...?」


その場にいる全員、”少女”さえも暫くの間沈黙した。


「...怖がらせないで下さいよ。」

「はは...まあ、これで街道から外れないほうが良いってことも分かったな。」

「それもどこまで信じられるのか...。」

「いや、それは部分的には多分その通りだと思うよ。」


”少女”の言葉に、アールンとソーラは彼女の方を見た。


「部分的?」

「う〜ん、上手く説明できないんだけど、確かにここから先の街道を歩くと、僕なんか嫌な感じがするんだ。怪異の気配じゃなくて、もっと恒常的な...ここから離れたいって思わせるような、結界か何かがこの街道に仕込まれてる気がする。でも、『外れちゃいけない』って部分は違うと思うな。」


「何故ですか?」

「街道の南側は確かに危ない感じがするけど、北側は安全だから。恐らくこの街道には、『怪異を街道の南側に閉じ込めておくための結界』が張られてるんだろうね。」


”少女”は自信ありげにそう言った。


「そういうわけで、僕はこの街道を避けて北側から行く道も何本か知ってるんだけど...その馬を連れては行けない道ばっかりだから、街道から行くしか無いだろうね。」

「まあ、それでも安全なことは安全だから、我慢しよう。」


そう言って、3人は街道を一路東へ進んでい......こうとした。


「待った!2人とも!」


”少女”は2人を呼び止め、笑顔で右手の親指と人差指で丸を作った。


「ヤートルの店をご利用いただき、有難うございました!あ、ヤートルってのは僕の名前ね。では、代金を。」


自ら”ヤートル”と名乗った少女の突然の金銭の要求に、当然ながら2人は狼狽した。


「はぁ?」

「ちょっと待ってください。何に対する代金ですか?」


ソーラの問いに、ヤーデンは指をピンと立てて自信満々に答えた。


「道案内だよ。僕が善意で申し出てあげたとでも?こっちも暇じゃないんだ。商人の貴重な時間の対価は、当然お金だよね!」

「後出し過ぎるだろ!はぁ...幾ら欲しいんだ?」

「う〜ん、まあ、20ワレン銀で良いよ。」


(このクソアマ...いや、ヤートルって男の名前臭いな、じゃあこのクソ野郎?ともかく、地味に妥当で払えそうな金額提示してきやがるな...。)

「値切りは?」

「そうだね、じゃあ初めてのご利用に限り、特別に10ワレンでどう?」

「...分かったよ。それで手打ちと行こう。」


アールンは渋々懐の財布からワレン銀貨を出し、馬上からヤートルの小さな手のひらに渡す。


「ふふっ、毎度あり!」と、”少女”は満面の笑みで感謝を述べた。

「この守銭奴め...。」


そう吐き捨てつつ、意気揚々と歩き出したヤートルの後に続き、アールンとソーラは馬を歩ませ始めた。


(...払う必要なかったのでは?)


小声で言うソーラに、アールンも苦笑して頷く。


(まあな。)


すると、ソーラは少し冷ややかに目を細めた。


(まさか、相手が小さな女の子だからって甘くなってます?)

(いや、まさか、そんなことは断じて無いぞ。事実、値切ったし...。)


そう言いつつも、アールンは確かに自分の中で、年少者に対する生来の甘さが頭をもたげているのも自覚していた。

それを目ざとく感じ取ったソーラは、はぁと呆れの溜息をついた。


(まさかそんな人だったとは...。)

(何か勘違いしてねえか?)

(別に?なんでもありませんよ。)




だいぶ傾いてきた太陽の下、一見して平和そうな薄茶色の草原の中を伸びる道を、3人は進んでいく。

前を歩くヤートルは、確かにどこか落ち着かなさそうに、そわそわと辺りを見回している。

これが”結界”の作用なのだろうか。


「そう言えば、なんで怪異用の結界があんたに反応するんだ?」


馬上でふとそのようなことが気になったアールンは、前を歩くヤートルに話しかけた。


「...さあ。霊気体に片足突っ込んでるからかな。あの怪異、一度だけ見たことがあるんだけど、あれも霊気の生き物っぽかったし。」

「霊気の生き物...?」


彼にとって、”霊気”とは「魂のエネルギー」ぐらいの認識でしかなかったので、その生き物というのは些か不思議な形容であった。


「うん、読んで字のごとく、霊気で出来た生き物だよ。僕らみたいに、常の肉体をもたず、魂だけで何百年、何千年の歳月を生きる生き物さ。」


「で、あんたは半ばそれだからそんなに長生きってわけか。」

「理解が早いね。そういうこと。まあ彼らは僕と違って母から生まれてくるってことはなさそうだけど。そこが違いかな。」

「なるほどねぇ...。」


ここ最近、あまりにも多くの奇妙な物事を浴びすぎて、彼は半ば飽和状態であった。

しかしそのお陰で、”よくわからないものを取り敢えず受け入れる力”は付いた気がする。


ソーラやカイローなど、今まで縁もゆかりも無かったヘイローダ上層部との出会い、謎の暗殺者、エーダの街と神殿、怪しさ満点のフージェンとか言う商人、”浮艇”、神話に謳われる”従者”の話、そして守銭奴の亜神ヤートルと怪異にまつわる話。


思えば、先月の末にようやくペルオシーに着いてからここまで、高々二週間ほどしか経っていないのだ。


(いろいろありすぎだ...。)


彼がはぁと一息ついたとき、ふぁさふぁさと右手前方の茂みが揺れはじめた。


「...んん?」と、アールンは目を細めてそこを見る。

「!?」


しかし、ソーラは彼以上に過剰とも言える反応を見せた。

彼女は思わずその細身の剣を抜き放ち、突撃の構えをとりだしたので、アールンは慌てて彼女の肩のトラークップを掴んで制止する。


「ちょっとちょっと、落ち着け...この街道の上は大丈夫なんだから、騎馬突撃なんてしたらむしろ街道から出ちまうかもしれねえだろ。それに前にはあの子も居るんだし...。」


前方の草の中には何が居るのか。先行するヤートルは特段焦っている様子はないので、変なものが出てくるというわけではなさそうだが...。


「おい!誰だ!」


草の中に向かい、アールンは一喝した。すると、草むらの揺れが一瞬止まったあと、カサカサカサと一気に街道の方へ近づいて来、バッという一際大きい音とともに草むらから若い男が現れた。


「え?」とアールンが思わず声を出したのに対し、

「え?」と男も鸚鵡返しに言った。


アールンは一先ず警戒を解き、男の身なりを観察した。


男は枯葉色の革製の袖の長い外衣を羽織り、外衣の上に青白い小さな光を発する奇妙な形の物体を幾つか装着していた。

髪はボサボサの茶髪で目には薄っすらと隈があるが、全体的な顔は整っていて、健康体になればそれなりに目を引きそうな風貌である。


男はおもむろに指を指し、口を開いた。


「あー...取り敢えずそちらの剣を仕舞ってくれないかな?」


その指は、アールンの横で未だ剣を収めていないソーラに向いていた。

といっても、彼女も敵意があるという訳ではなく、ただ単に拍子抜けしてぼーっとしているだけであるようだった。


「おい、言われてるぞ。」

「あっ!すみません!」


彼女が剣を鞘にしまうのを見届けてから、アールンは男の方へ向き直った。


「それで...あんたこの南の草原を抜けてきたのか?」

「うん。ここにまあまあな強度の霊体反応があるから様子見に来たんだけど、何もいないようだね。」

「何だそれ。」


アールンの問いに、アールンと同じぐらいの背格好の青年は待ってましたと言わんばかりに目を輝かせ、身を乗り出した。


「よくぞ聞いてくれたね!これを見てほしいんだけど。」


青年はそう言って、右手に持っていた手のひら大の物体を差し出してきた。

物体の中央には、青い画面の中に白い光の3重の同心円が映り、その右下の外縁部と中央にはそれぞれ小さな白い光点が灯っていた。


「あ!それ霊体感知器か!」と、ヤートルが感心したように言う。

「その通り、これで霊気生命である”怪異”の場所を捕捉することで、”怪異”との遭遇を避けて移動できるのさ!でも、円の下の方の反応が”怪異”を示してるんだけど、それ以外にもう一つ、この場所にも反応があるんだよね。何か知らない?」


青年は中央の光点を指し、次にその親指を下に向けて”ここ”を示す。

それに対し、アールンとソーラはヤートルの方を見た。怪異と近い存在でここに居る者といえば確実にこの”少女”だろう。

しかし、ヤートルは目を逸らした。どうやらその事実はあまり公言したいものでもないらしい。


「さあな。特に心当たりは無いぞ。しかし、あんたはいったい何者なんだ?ハニスカの人なのか?」


アールンは話を逸らそうと、青年にそう尋ねた。


「ああ、僕はラディン。ラディン=ネイレードだ。”ハニスカ霊力技術研究所”の”|シャルフェンアーヤンディ《専任研究者》”をやってる。まあ大層な肩書だけど、要は通常の労働をせずに研究だけしてるタダ飯食らいみたいなもんだって思ってくれればいいよ。」


いきなり自虐されても反応に困る。


「は、はぁ...。俺はアールン、こっちは旅仲間のソーラだ。俺達はこれからタナオードに向かって、その後ハニスカも訪れようと思ってるんだ。」


そう言って自身とソーラの紹介をすると、何故かラディンは表情を曇らせた。

隣では、ヤートルが「お前マジか。」と言わんばかりの視線でこちらを見てくる。


「どうかしましたか...?」


ソーラが当惑した声色でそう訊くと、ラディンは恐る恐るといった雰囲気で、


「まず、君たちはタナオードの人なのかい?」と尋ねてきた。

「...?いや、俺達はエーダの街から来たんだ。タナオードもハニスカも初めてさ。」


すると、アールンの言葉に青年は少し安堵したようだった。


「な、成程、エーダからの旅人なんて珍しいね。」


ヤートルがそろそろと近づいてきて、アールンとソーラの近くで小声で補足する。


(タナオードとハニスカの仲は今最高に険悪なんだよっ!気をつけないと、何疑われるか分かんないよ!?)

(そうなのか!?)

(そうだよ!!互いの街で、相手の街の密偵狩りがされてるぐらいにはね!!)


前途多難だ、と2人は共に頭を抱えた。


このままでは、これから向かうタナオードでは特別問題はないかもしれないが、その後のハニスカでは十中八九タナオードの密偵の線を疑われてしまうだろう。

仮にハニスカで無事だったとしても、帰り道には再度タナオードを通らねばならず、今度はハニスカ方面からやってきた旅人ということで、何かと懐疑の目を向けられてしまうかもしれない。


尽きせぬ懸案に、2人は共に顔を顰めた。


その窮状を察してか、ラディンがこんな提案をしてきた。


「じゃあ、君たちが僕を連れてタナオードを無事に突破してくれたら、僕が技研の人たちに君たちを紹介するってのはどうだい?」

「成程...でも、私達もタナオードでやりたいことがあるので、素通りというわけにはいかないのですが...。」


ソーラの懸念に、ラディンは

「まあ、そのくらいは頑張って隠し通すさ。そう何ヶ月も居座る予定じゃないだろう?」と、伸びをしつつ返した。


「まあ、それはその通りだし、仲介者の存在は心強いからな。ここは乗っておくとしようぜ。」

「ですね。」


そして、アールン、ソーラ、ヤートルに新たにラディンを加えた四人組は、夕暮れに差し掛かった空の下、タナオードの街の方角へと歩きだした。

不定期コラム:サンダの暦について

サンダの人々は、古来よりの主食であるウロ米の栽培を基軸とした生活を送っていて、各月の名前もそれに由来するものになっています。


タン=タルシンユ《大寒ノ下》:1月

タル=ホーロシンユ《融雪ノ上》:2月 

タン=ホーロシンユ《融雪の下》:3月

タル=ベッツプル《播種ノ上》:4月  

タン=ベッツプル《播種ノ下》:5月

タル=エルユ《多雨ノ上》:6月    

タン=エルユ《多雨ノ下》:7月

タル=タルテイス《大暑ノ上》:8月  

タン=タルテイス《大暑ノ下》:9月

タル=サーク《収穫ノ上》:10月   

タン=サーク《収穫ノ下》:11月

タル=タルシンス《大寒ノ上》:12月

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