究極のパチプロ
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パチプロに弟子入りをした。
きっかけは、ひょんなことだった。
派遣切りに合って失業保険で生活していた俺は、なけなしの金をスッてしまい、むしゃくしゃしながら店を出た。
「40年もパチンコで食っているらしい。あの男は」
自動ドアの横で二人の客が立ち話し。
俺は、耳を疑った。ーー40年もパチンコで食っている!?
「凄いよな」
「うん。凄い」
うなずき合う二人の客。俺の知り合いでも何でもない。たまにその店へやってくる男たちだった。
話しかけて詳しくきこうと思いやめたのは、そういうわけだ。
パチンコでカッと熱くなる反面、俺には気の小さいところもある。
次の日に親しい客たちにきいてみた。「40年もパチンコで食っている人がいるらしい。知ってる?」
知っている者もいた。どうやら、ガセネタではないらしい。
なぜなら彼らの情報は共通していたし、そのパチプロのよくいる店さえ教えてくれたのだ。
そのパチプロは最近この町で見かけるようになったとのこと。40年~のくだりはどこからともなく流れてきた噂だそう。
火のないところに煙は立たない。
いつも通っている店からバス停3つ分。そう遠くはない。さっそく俺は教えてもらった店へと行ってみた。
パチプロは、いた。人相風体を聞いていたから、すぐに分かった。
紺の作務衣の上下に口髭を生やし、長い髪の毛は後ろで束ねている。ヤセ型で、気難しそうな職人の雰囲気。年齢は60代の前半くらい。
くわえタバコでハンドルを握り、10箱近くも積んでいた。
換金所から出てくるところをつかまえ、真偽のほどを質してみた。
「40年もパチンコで食べているというのは、本当ですか?」
「誰から聞いたか知らんが、本当じゃ。ワシは今までなんの仕事もしたことがない。パチンコ以外に。ウソだと思ったら、調べてみたらいい。興信所に頼むなりして。職歴は、なしじゃ」
俺の腹は決まった。その場で弟子入りを志願。
「ならばまた明日、この場所で」
人見知りな俺が、ここまでやったかいがあったというもの。
修行の日々の始まりである。
まずは師匠とのパチンコ店めぐり。師匠いわく「勝てない店は勝てない」とのこと。
「パチンコとは、すなわち確率との勝負。よく回る台を置いてある店、それを探し出すのじゃ!」
しかし、テリトリーはせまい。拠点となる店と、あとは自転車で移動できる十数店のみ。
その中から傾向をしっかりと把握して、週ごと月ごとの最優良店を決めて打つ。
時間帯によるイベントの掛け持ちもする。迅速に動かなければならない。十数店が、限界なのだ。
そして師匠のこのパチンコ店との接し方は間違いではなかった。師匠は、連戦連勝。
「釘を読むのも大事。優良店だからといって、楽観していてはダメじゃ。最も稼げる台を見つけなければ、ならん」イスの後ろに山と積んだ箱の玉を手でならしながら師匠は言った。
「少しは読めるんですけどね。釘」俺はテレたような、泣いているような、変な半笑いで頭をかいた。
「少しじゃいかん。完璧じゃないと!」師匠は一喝した。「それではドンブリ勘定の経営と同じじゃ。早晩つぶれる。パチプロは個人経営主」
長々と師匠の釘読み講義が始まった。
しかし、めずらしく遠出をしたパチンコ店でのこと。開店いちばん横歩きで釘を読み、打ち始めた師匠がすぐに止めたことがある。
その時点でも儲けは出ていたのだが、もっと打ち続けるべきだと俺は思った。きいてみた。
「なぜ止めるのですか?パチンコは確率との勝負で、釘読みをした結果その台を選んだんでしょ。よく回り、確率で勝てると踏んで」
師匠は眉間にシワを寄せた険しい顔である。
「この店は遠隔じゃ。リーチの掛かり方などから、分かる」
これにはさすがに驚いた。俺にはまったく分からなかったのだが、師匠の言うことである。本当に違いない。
その眼力たるや、おそるべし。40年もパチンコで食ってきただけのことはある。
ますます師匠を尊敬した。
師匠が負けるのを見たことはない。それからも勝ち続けて弟子の俺にパチンコの必勝法を伝授した。
中でもいちばん印象に残っているのは「パチプロは1円でもおろそかにするな。金銭感覚をしっかり持て!」だ。
なるほど、その通り。俺は胸をナイフでえぐられたような気持ちになった。
パチンコをしているうちに金銭感覚がマヒしてきて、お金がゲームを消化するためのたんなる紙切れとしか認識できなくなることは多々ある。
勝っていたのにけっきょくは負けてしまうか、負けていてさらに傷口を広げてしまうかの両パターンに陥る原因だ。俺もさんざん痛い目に合ってきた。
だが、師匠は違う。1円にもこだわるからこそ最後には勝つ。何十万の儲けでも金銭感覚は狂わない。つねに、一定。
その証拠に、俺は師匠に一度もおごってもらったことがない。
ケチだなと思う反面、プロとはここまでお金に執着しなければならないものなのだと勉強にもなった。
師匠のサイフの厚さと俺のサイフの薄さ、その違いはここにあったというわけだ。
「師匠ばんざい!」パチンコ店のトイレで思わず叫んでしまう。
今は師匠に遠く及ばなくても、このまま修行を続けていればいつかプロになれることだろう。俺も。うひひひ。
ーーなどと、思っていた矢先のこと。師匠が調子を落とし始めた。
今まではハタから見ていても余裕の大勝ち続きだったのに、玉を出したり飲まれたりの一進一退、からくも勝利を納めることが多くなってきた。
10万円を越えるような勝ちは、しばらくない。
師匠は言う。
「確率との勝負なのだから波はある。しかし店選び台選びをしっかりやっていれば、何の問題もない。いずれ上がり調子になって、波はなだらかになる。今はガマンの時じゃ」冷静な表情。慌てた様子は、微塵もない。
40年もこの道で食ってきた自信なのだろう。超人である。
それから1ヵ月、2ヵ月と過ぎた。
調子が良くなるどころかよけいに悪くなるいっぽうの師匠。だが、やはり態度は変わらない。
この頃になってようやく師匠の負けを目にすることとなった。俺の方がうろたえてしまう。気まずい。
そんな俺に別れ際、師匠は諭すように言った。
「負けることが恥ではない。負けて我を無くすのが恥じなのじゃ。これまで通りにやっておれば光は射す。曇り空も、いつかは晴れる。自分で自分を信じられなくなったら、おしまいじゃ」
後ろ手を振って街の人混みの中へと消えて行った。
どこかで聞いたことがある言葉の寄せ集めのような気もしたけれど、とにかく、感動した。師匠の口から出ると重みがある。40年の経験に裏打ちされているのだ。
だから師匠が月のトータル収支でマイナスの事態になっても俺は慌てなかった。
そりゃあ、こんなことだってあるだろう。師匠も人間なのだ。
運の良し悪しまでは動かせない。今はただたんに運が悪いだけ。
パチンコの技術さえしっかりしていれば、確率なんてものは平均化してくるのだ。そう教えてもらったではないか。
「神社にお参りにでも行ってみようかのぅ。運気が上昇するように」笑顔で師匠は軽口を叩きながら、パチンコ台横の現金投入口に万札を吸い込ませる。
ここ何週間も箱は積んでいない。負けっぱなしだ。
だが、これは裏を返して補足すれば今までのトータル収支がプラスということになる。じゃなきゃ師匠のサイフは空っぽのはず。
日々の勝ち額負け額をすべて記憶しているわけではないが、弟子の俺が感覚的に判断してこれは間違いない。
出会って半年。師匠はその間を生活できる程度には儲けている。
負け越したのは先月のみで、今月も今のところ負け越しているがあと2週間ある。きっと巻き返すことだろう。
なんせキャリア40年のパチプロ。俺は、師匠を信じている。
と、俺はあることに気がついた。師匠とはいつも外で待ち合わせだ。
そしてパチンコが終わるとすぐにお別れ。
一度も師匠の家にお呼ばれしていない。弟子でありながら。
いくら何でも他人行儀に過ぎる。見知らぬ男と女じゃあるまいし、家に呼んでくれたっていいはずだ。俺にはあっちの趣味もない。
40年もパチンコ一筋で生きている人の家には興味がある。
妻や子供の話は聞いたことがないので、おそらく独身であろう。持ち家ではなく賃貸物件の可能性が高い。高級マンションかな。
自分から「遊びに行ってもいいですか?」と、言い出すのは何か図々しいような感じで気が引ける。
幸い今日は自転車じゃない。後をつけてみよう。外から住んでるところを見るだけでも、まぁ、じゅうぶんだ。まずは。
「ダメじゃな。まだまだ運気が上がっとらんとみえる。もう、打ち終わりにしよう。閉店時間も、迫っておるし」師匠はイスから立ち上がった。
いっしょに店を出る。少し言葉を交わしたあとに師匠は繁華街へと向う。
電信柱や建物の陰などに隠れて尾行開始。
電車には、乗らないらしい。駅前ロータリーを素通りして行く。
商店街では何かを購入したようだ。スーパーから出てくると右手首に小さなビーニル袋をさげていた。アーケードをくぐり抜ける。
住宅地をどんどん進んで行き、人家もまばらになってきた頃、高架線が見えてきた。
師匠は土手の階段を下りる。俺も木の陰からあとに続く。
唖然とした。なんと師匠は川べりの薄汚い小屋へと入って行ったのだ。
ホームレスの知り合いでもいるのだろうか。あれが師匠の住みかだとは、とても思えない。
出入り口のブルーシートを押し上げ、師匠は外に姿をあらわした。手には取手のついた鍋が握られている。
川の水をくんで、カセットコンロの上に置く。インスタント・ラーメンを鍋の中へとぶち込んだ。
出来上がるまでのわずかな時間を利用して師匠は川で顔を洗い、つづいて上着を脱ぐと、濡らしたタオルで上半身をゴシゴシこする。
この一連の動作が実に手際よく、何の違和感もない。
俺は師匠の元へと駆けて行った。
「師匠、これはいったいどういうわけなのですか!?」
「どうもこうもない。見たまんまじゃ」鍋からちょくせつ割り箸でインスタント・ラーメンを食べていた師匠はいっしゅんバツが悪そうな顔をしたものの、すぐ平然とした様子に戻る。「収入と支出の問題。自分の身の丈に合った生活をすることじゃ。ワシは月に3500円あれば生きていける。40年間、そうしてきた。パチプロを長く続ける秘訣は、それじゃ。財産らしい財産はほとんど何も残せなんだが。いちばん重要なことを、言い忘れていたが。わはははははは」
翌日。アパートの一室。テレビでニュースをやっている。
「ホームレスの男性の死体発見」
馬鹿なことをしたものだ。カッとなってしまった。後悔している。
捕まるのは、確実だ。日本の警察はそんなに甘くない。
俺はいったいどのくらいの懲役を受けることになるのだろう。
まぁ、パチンコにさえ手を出さなければこんな事態にはならなかったのだから、これもある意味(パチンコで食う)ということには違いない。
少なくとも衣食住は保証される……。
【了】