気づき
再び時間が動き出した時、二宮の銃が一体の巨大蜘蛛を仕留め。さらにその数分後には、残りの巨大蜘蛛も無事討伐することに成功した。
誰もが荒い呼吸を繰り返す中、ようやく騒ぎに気付いたのか、宗吾が真珠蜘蛛の後ろから姿を現した。
驚いたように目を見開いたのは一瞬。
すぐさま無表情に戻り、刹亜の元へ駆け寄ってきた。
「また巨大蜘蛛が襲ってきたの?」
「ああ。つうか正直そっちは大した問題じゃなくてよ。高倉が……」
どう伝えていいか分からず言い淀む。
裏切った、とは断言できない。かといって裏切る以外に彼の行動を説明する言葉も思い浮かばない。
悩む刹亜を尻目に、宗吾は倒れて動かない高倉へと目を向ける。
巨大蜘蛛とも離れた位置で、一人血の池に浸かっている。
顔を中心に血の池が広がっていることから、頭部に受けた傷が致命傷であることがうかがえた。
「高倉さんは巨大蜘蛛に?」
「……いや、やったのは大石だ」
「大石さんが……」
両手で銃を持ったまま、ぺたりと座り込んでいる大石。
俯いており顔は見えないが、呆然とした表情を浮かべていることは想像に難くない。
「彼女は、高倉さんが裏切ったと思ったから銃を撃ったのかな」
「おそらくな。実際、大石が撃たなきゃ、高倉は俺たちに向けて発砲した可能性が高い。間違った判断ではなかったと思うぜ」
「高倉さんは何か言ってなかった? 巨大蜘蛛とともに姿を現して、その後すぐに大石さんに殺されたの?」
「いや、すぐにではねえな。二宮がいろいろと尋ねてたが、それに対して高倉がなんも答えなくて。そうこうしてるうちに巨大蜘蛛が高倉を無視して俺たちを攻撃してきて、その後大石が発砲って流れだな」
「奇襲を仕掛けたわけでもないのに、何も言わなかった……」
宗吾はぶつぶつと独り言をつぶやきながら高倉の死体に近寄る。
それを見た伏見が「ちょっと」と声を上げるも、反射的に出た言葉だったようで後は続かない。
宗吾は高倉の死体を至近距離から観察し始める。
刹亜も後に続こうとしたところ、二宮から集合の声がかかった。
疲労から、緩慢な動作でそれぞれ二宮の元に赴く。
全員が揃うと同時に、二宮は一方的な命令を下した。
「命令だ。高倉の行為について思考することを禁じる。全員余計なことは考えず、周囲への警戒を続けよ」
「な!? 正気っすか!?」
信じられないとばかりに目を見開き、伏見が首を振る。
二宮は淡々と頷くと、「隊長命令だ」と告げた。
納得できないのは当然伏見だけではなく、刹亜も眉をひそめて問いかけた。
「隊長命令って言われても、考えないでいるの無理だろ。つうかここから脱出するためには、むしろ高倉が何しようとしてたか議論した方がいいんじゃねえか」
「なぜだ」
「なぜって、そりゃあ……」
「すでに脱出方法は決めてある。高倉の行動について議論したところで今後の動きは変わらないはずだ」
「それはそうだけどよ……」
「それに高倉は既に死んでいる。その行動理由についていくら議論しようとも、明確な答えは得られない」
「……」
自分では論破できないと悟り、刹亜は宗吾に目を向ける。しかし宗吾は二宮の方針に異論ないらしく、口を挟む気配はなかった。
刹亜が早々に言い負かされたことをもどかしく思ったのか、伏見が一歩前に出た。
「ちょっと待ってください! 二宮隊長の言う脱出方法ってホンファさんが味方であることを前提としたものっすよね。でも俺、今のままじゃ認められないっす!」
「なぜだ」
「そんなの、ホンファがこの件の真犯人かもしれないからっすよ!」
これまで辛うじて残っていた余裕が消え、伏見は焦った様子で叫んだ。
対する二宮は全く動じることなく応じる。
「ホンファが犯人か。ずいぶん短絡的な考えだな」
「そ、そんなことないっすよ! 彼女が一番怪しいのは――」
「単にこの場にいないから疑った。それだけのことだろう」
「ち、違います! それに短絡的に考えるなら犯人は高倉さんで――」
「そうだな。高倉が裏切者で今回の一件を企んでいた可能性もあるな」
「そ、それはそうっす。でも――」
「もう黙れ」
普段の二宮からは想像できない低い声に、伏見は口を開けたまま固まる。
周りの隊員も驚きから体を硬直させる中、二宮は普段の語気に戻り淡々と言った。
「可能性を挙げればきりがなく、そこに答えは出せない。だから余計なことを考えずに警戒しておけと言っている。俺の提案の何が気にくわない」
「それは、今のままだと全滅するかもしれないから……」
「お前と大石の二人はそもそもホンファによる送迎を拒否している。仮にお前の見立て通りホンファが犯人であったとしても何も問題はないと思うが」
「……」
完全な沈黙。
刹亜より粘ったものの、結局伏見も論破され、二宮の提案に反対する者はいなくなる。
ただ、誰もが納得しきったわけではなかった。二宮の提案は一種の現実逃避であり、事態の好転や謎の解消には繋がらない。
いくら考えるなと言われても、漠然とした嫌な想像を止めることは難しかった。
もやもやとした気持ちを押し殺しきれず、刹亜は地面を蹴り上げる。
やや傾斜がかった場所だったため、情けなないことにつまずきバランスを崩す。そしてその勢いのまま顔面から蜘蛛の糸に突っ込んだ。
「ちょっ、刹亜大丈夫!」
宗吾が慌てて駆け寄ってくる。
あまりの無様さを見かねたのか、大石もガスバーナーを持って救出作業に加わる。
幸い窒息する前に救出されたものの、周りからは残念な奴を見る冷たい視線が降り注ぐ。
しかし今、刹亜の思考は完全にこの場から離れていた。
助け出されたにもかかわらずまるで動かない刹亜を見て、宗吾が心配そうに顔の前で手を振ってくる。
「おーい刹亜。そりゃあショックを受けるのも仕方がないほどダサい姿だったけど、今は茫然自失になってる場合じゃないよ」
「……ああ、そうだな」
まだ頭の中はぐちゃぐちゃ。しかし今すぐ確認すべきことは明らかだったため、次の行動は迅速だった。
「おい、佐々木。ちょっといいか」
「ふえ?」
いまだに泣き顔の彼女の腕を取り、無理やり輪の外に連れ出す。
勝手に動くなと注意されるかとも思ったが、二宮は何も言わず。
他のメンバーに声が届かない距離まで移動すると、単刀直入に尋ねた。
「お前、サボってただろ」
「!」
泣き顔が引っ込み、彼女は気まずそうに視線をそらす。
その態度から先の音が幻聴でなかったことを悟る。
刹亜は大げさに溜息を吐くと、「マジで度胸があんのか馬鹿なのか分かんねえな」と呟いた。
どうやら叱るために連れ出されたわけじゃないと分かり、佐々木の表情に安堵が浮かぶ。それと同時に疑問が湧いたらしく、おずおず尋ねてきた。
「なんで私がサボってたのばれたの……? 他の隊員は気づいてないよね? ていうかチクったりしない、よね?」
「チクるかどうかは流れによるから何とも言えねえが、まあ他の奴は気づいてないだろ。てか、そうすっと、どうすっかね」
チクらないでほしいなあと上目遣いで見てくる佐々木を無視し、刹亜は頭を悩ます。
結果一人じゃ無理だという結論に達し、諦めて宗吾に声をかけた。