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異常事態

「は……? こ、こちら大石。消えたというのはいったい何が? どうぞ」


 目に見えて、大石の表情に動揺が走る。

 伏見も緊張した面持ちで、周囲を警戒し始めた。

 二人の反応を意外に思いつつ、刹亜は少しだけ距離を取る。そして小声でリュウに話しかけた。


「で、どうだ? 何か感じるか?」


 リュウは僅かに体を震わせてから、「分からぬ」と囁いた。

 刹亜は二人がこちらに気づいていないのを確認し、再度問いかける。


「戦艦亀の時と同じで、内部だと臭いが効かねえか?」

「うぬ……それもあるが、ここはもっと――」

「おい何をぼんやりしている! 早く撤退するぞ!」


 二宮との通話が終わったのか、大石がこちらを見て怒鳴り声をあげた。

 真珠蜘蛛の中とはいえ、地上は地上。大声を出す意識の低さに呆れつつ、刹亜は気だるげに手を挙げた。


「すんません。思いがけない報告に頭真っ白になってました。それで、取り敢えず引き上げる感じで?」


 大石は文句を言いたそうに眉間にしわを寄せるが、余計なことは言わず首肯した。


「そうだ。中国からのスパイが姿を消した今、仕掛けた爆弾を別の場所に移動させる恐れがある。そんな状況で起爆させるのは危険すぎるからな」

「それはつまり、ホンファが俺たちを裏切ったって考えてるわけか。真珠蜘蛛に殺されたわけじゃなく」

「当然だ。これが真珠蜘蛛からの攻撃だったなら、奴だけでなくここにいる全員が襲われている」


 怪獣は人を殺すことを躊躇わない。これが真珠蜘蛛からの攻撃だとするのは、大石の言う通り考えづらかった。

 ただ、戦艦亀の件でその数少ない例外を体験した刹亜にとっては、安易に頷けない意見であったが。


「んー、まあそうなんだろうけどよ。それを言ったら、ホンファが急に姿を消すのも意味わからなくないか? 裏切りにしてもこのタイミングって一番意味不明だろ。話的に二宮たちを襲ったわけでもなさそうだし」

「奴はバーサーカーだ。まともに思考できる知能が残っていなかったのだろう」

「知能が残ってないねえ」


 どっちかつうと勝手な決めつけばっかのお前の方が知能残ってないんじゃね? という思いは流石に心の中にとどめる。

 しかし表情には出てしまったようで、大石は目を怒らせ「何か文句でもあるのか」と凄んできた。

 一触即発の空気。自分で蒔いた種ながら、何だこのくだらない状況はとため息を吐いていると、伏見の緊張した声が二人の間に割り込んだ。


「あの、二人とも。喧嘩とかしてる場合じゃない、最悪の事態かもしれないっす」


 彼にはそぐわない緊迫した声。刹亜も大石も口をつぐみ、伏見に視線を向ける。伏見は震える指で後方を指し示し、


「おそらく、いや、間違いなく。蜘蛛の糸が増えてます」

「「………………は?」」


 伏見の言葉をすぐには理解できず、二人は同時に間抜けな声を上げた。



「か、勘違いだろう。もともと蜘蛛の糸は無数に張り巡らされていたんだ。単に今まで見落としていただけの話で……」


 明らかに動揺した様子で、大石が呟く。

 刹亜も内心の焦りを必死に抑えながら、慎重に周囲を確認した。

 特に記憶力に自信があるわけではない。それでも、行きよりも明らかに視界が悪くなっており、伏見の言葉が嘘でないことを嫌でも実感させられた。

 まだ現実を受け入れていない大石を諭すように、伏見はゆっくりと語りかける。


「取り敢えず、深呼吸してください。今、蜘蛛の姿は見えませんし、すぐさま襲われるってことはないはずっすから」

「く、蜘蛛の糸が増えているのだろう? それは、真珠蜘蛛が生きてることを意味して――」

「だとしても、まだ俺たち自身は何もされてないっす。もしかしたら起きたばかりで俺たちの存在に気づいてない可能性もあります。今は一刻も早く外に向かいましょう」

「そ、そうだな。一刻も早くここから脱出しないと」


 まだ冷静さは取り戻していないが、やることが決まり動く気力は戻ったらしい。早速踵を返した彼女に対し、刹亜は慌てて声をかけた。


「おいおい。早く逃げんのはいいけど、まずは無線で連絡すべきだろ。幸いというかホンファの件もあってどこも脱出を始めてるだろうが、蜘蛛の糸が増えてることには気づいてねえかも知れねえんだから」

「あ、ああ。確かに連絡は必要か」


 つい数分前までとは打って変わって弱気な大石に、伏見と刹亜は顔を見合わせた。

 第四部隊と言えば特務隊の中でも精鋭中の精鋭というイメージだったが、皆が皆メンタルも一流というわけではないようだ。まあ彼女のバッチはイエローであり、入隊して一年が経っていないことを示している。今ほど絶望的な場面に遭遇したのは初めてだったのかもしれない。

 そもそも、彼女でなくとも今の状況で冷静さを保てという方が厳しい話ではある。何せ、死んでいると思っていた大怪獣が生きていた可能性が浮上したのだ。それもその大怪獣の中にいる時に。

 切り札を持っている自分はともかく、伏見は良く冷静でいられるなと、逆にそちらが気になりだした。


「こちら大石。二宮隊長。応答お願いします。どうぞ」


 蜘蛛の糸が増えているせいで、まっすぐに来た道を戻ることができなくなっており、蛇行しながら帰路を進む。本当に、いつの間にここまで蜘蛛の糸が増えていたのか。

 ほぼ無音で行われたその力に脅威を抱き、逐一周囲を見渡す。

 相変わらず蜘蛛の姿は見えない。

 と、無線で連絡を取っていた大石の声が急に焦り始めた。


「二宮隊長! 高倉! 応答してください! 真珠蜘蛛が蘇った可能性があるんです! 応答してください!」

「おい、あんま大声出すなって――」

「反応がないんだ!」


 止めに近づいた刹亜の肩を思い切り掴み、大石が震え声で告げる。

 刹亜は片眉を上げると、大石から無線機を取り上げた。


「……確かに、何の反応もねえな」


 通信を試みるも、やはり反応はない。電源は入っているし、電池切れというわけでもない。この状況で二宮が電源を切っているとも思い難く、偶発的なトラブルではない、作為的なものが感じられた。


「おいおい、嫌な流れだな」


 冷汗が頬を伝う。

 もはや戦力にならなそうな大石を無視し、刹亜は伏見に呼びかけた。


「伏見。ちょっと提案があるんだがいいか?」

「何でしょう」


 刹亜の真剣な声を受けてか、先頭で帰りの道筋を探っていた伏見も丁寧な言葉遣いで応じる。

 首に巻いた白マフラーを撫でながら、刹亜は入り口とは真反対の方向に指を向けた。


「ここから、二手に分かれて行動したい。伏見はこいつを連れてこのまま出口を目指して、俺は奥に行って予定通り爆弾を仕掛けるって分担だ」

「な! それはダメっすよ!」


 あまりに突飛な提案に、伏見は目を見開いて首を横に振る。

 動揺する伏見に対し、刹亜は淡々と言葉を紡いだ。


「ホンファの失踪に蜘蛛の糸の増加。加えて無線機まで急に使えなくなった。明らかに今ここで、何か異常なことが起きている。この状況下で無策のまま三人そろって行動するのは得策じゃない」

「だからってどうして君だけが奥に進むなんて無謀なことを――」

「俺が一番使えない奴だからだ」


 伏見の反論を遮り、刹亜はそう断じる。


「大石も今は参ってるが、第四の隊員ではあるからな。怪獣と戦うとなったら間違いなく俺より役に立つ。あんたも第一の隊員で、索敵やこうした状況から逃げることを考えれば欠かせない人材だ。だけど俺は違う。第六の隊員で、これといった能力はない、いわば足手まとい。一緒に行動するより、囮としてみんなから距離を取った方がチーム全体の生存率は上がるはずだ」

「そんな、一人を犠牲にしてなんて――」

「何人犠牲にしてでも怪獣を討伐し、世界を救うのが特務隊だろ」

「……」


 伏見は顔を歪め、やりきれない様子で俯く。

 第一部隊も怪獣が支配する地上を主戦場とする非常に危険な任務が主。これまで仲間が殺される姿や、やむなく見捨ててきた経験だって一度や二度ではないだろう。

 だがしかし。だからこそ、積極的に誰かを見捨てるという選択は選び難いことのようだった。

 このまま彼に決めさせるのは残酷かと考え直し、刹亜は一方的に話を切り上げた。


「まあそういうことで、俺は単独行動させてもらうわ。ぶっちゃけ今死んでないってことは、この異常事態も言うほど気にするようなことじゃない可能性もあるしな。取り敢えず奥まで行って、何もなければ戻るからあんまり気負うなよ。じゃあ、またあとで」

「あ……」


 伏見は何か言いたげに手を伸ばしたが、結局口を結び、小さく頷いた。


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