真珠蜘蛛潜入開始
「うわ、これはすげえな」
真珠蜘蛛内部。
戦艦亀の時同様に、内部はなぜか光が透っており明るく、全体をはっきり視認することができる。
外から見たときもその大きさに圧倒されたが、それ以上に中の光景は壮観だった。
人の体よりも太い蜘蛛の糸が縦横無尽に張り巡らされている。
一直線に上から下まで伸びているだけのものもあれば、蜘蛛の巣独特の複雑な形状のものもある。この中を巨大な蜘蛛が自由に動き回る姿を想像すると、それだけで全身に鳥肌が立つのを感じた。
自身と同じく呆気に取られている宗吾の脇をつつき、刹亜は耳元で囁いた。
「なあ、このまま俺が持っててもいいのか? つうかやっぱり一緒に行動できるよう交渉しても――」
「大丈夫だよ。いざとなれば切り札もあるし」
「……まあ、無理はすんなよ。ピンチになったら躊躇わず呼んでくれ」
「うん。刹亜も気を付けてね」
互いにじっと見つめあった後、拳を合わせそれぞれチームの元に向かう。
元から調査を行っていたメンバーは既に何度も中に入っているため、皆驚いた様子などなく冷静に周りを見回している。
合流した刹亜に対し、大石は尊大な目で見下ろしてきた。
「別れの挨拶は済んだか。ならさっさと出発するぞ」
「はーい」
「了解」
二宮に一声かけたのち、刹亜ら三人は移動を開始した。
いたるところに張り巡らされた蜘蛛の糸のせいで視界は悪く、歩行も困難。特に初めて来た刹亜にとってはあまりに未知の光景であり、何度も転びかけた。
その都度伏見が優しくフォローし、大石から罵声が飛んでくる。
もうそろそろ二桁目となる転倒未遂を起こしたところで、大石の口からバカでかいため息が漏れた。
「全く、これだから第六はダメなんだ。完全な足手まとい。なぜこんなゴミをよこしたのか上の判断には苦しむな」
「ちょっと大石さん、言い過ぎっすよ」
「何が言いすぎなものか。実際こいつがいなければとっくに目的地までたどり着いていたはずだ」
「でも彼が爆弾を運んでくれているから俺たちが――」
「ああ、別に庇わなくていいんで」
言い争いを始めた二人を止めるべく、刹亜は口を挟む。
伏見は悔しそうに顔を歪めながら「でも」と気遣った声を漏らす。
しかし刹亜はもう一度「大丈夫なんで」と答え、ゆっくり歩きだした。
普段の刹亜であればとっくに言い返している場面。ただ、今はそんなことに思考を浪費している余裕がなく、結果として冷静な対応が取れていた。
――なんで、俺らが呼ばれた?
二宮から真珠蜘蛛を爆破させると聞いた時からずっと思考を占領していること。真珠蜘蛛を殺すのであれば、犯人探しなどするだけ無駄。せめて数日の猶予があれば話は別だが、容疑者たちに会ったその日に爆破を決行するとなればなおさらだ。
――やっぱり使い捨てにされようとしている? それとも疑われてんのか?
自分たちが必要のない任務。呼ばれた理由。
単に二宮の独断で、本来の予定が早められただけならまだいいが――二宮に限ってそんなことは考えづらい。
そんな不安と不信に満ちた状況で、さらに宗吾とも別行動。
刹亜の脳はこれまでにないほど働いており――
「いたっ」
不意に首元に鋭い痛みが走る。視線を下げると、僅かに白マフラーが震えていることに気づいた。
くすぐったさと痛みのまさに中庸といえる刺激。刹亜ははっと我を取り戻し、小声で「わりい」と謝った。
それからいつものように不遜な笑みを浮かべると、「なあ大石さんよ、質問いいか?」と口火を切った。
「急にどうした。くだらない質問なら答える気はないぞ」
振り返ることもなく、不機嫌そうな声だけが返ってくる。
なぜかそれが面白く思え、刹亜は笑いを押し殺しながら質問を続けた。
「くだらないつもりはないんだけどよ。なんであんたが真珠蜘蛛の調査を任されたのか気になってな。怪獣の死骸の経過観察なんて、優秀な隊員には普通任せねえだろうし。なんかやらかしたのか?」
「ちょっと折原さん!」
伏見が慌てた様子で俺の前に立つ。
しかし今更口をふさごうとしても遅い。大石は目を怒らせ睨みつけてきた。
「お前、それは暗に私が無能だと言いたいわけか?」
「まさか。単に気になっただけだって。それで、実際どうなんだ?」
「……知るか。知っていたとしてお前なんかに教えてやる理由はない」
「あ、そう。なら別にいいわ」
あっさり話を切り上げる。興味を持たれないのも腹が立つのか、大石は顔を赤くして歯噛みした。
刹亜はわざとらしく彼女を無視し、続けて伏見に問いかけた。
「ちなみに伏見さんはどうなんだ? なんでここを任せられたのか心当たりとかあんのか?」
伏見は大石の顔色を窺いつつも、小さく頷いた。
「たぶんですけど、俺の場合は最初っからこの任務を担当してたからじゃないっすかね」
「最初ってのは、真珠蜘蛛の調査が始まった頃か?」
「いや、もっと前っすね。真珠蜘蛛が漂着するって情報が入った段階からっす」
「成る程。そりゃ最初だ」
真珠蜘蛛が発見されるまでの経緯を知っている隊員が残されるのはそこまで不自然なことではない。
容疑者としては弱いかと思いながら、刹亜は近くにある蜘蛛の糸を指さした。
「ついでのついでに悪いんだが、これが真珠蜘蛛の真珠、ってことであってんだよな?」
無数にある巨大な蜘蛛の糸。ざっくりとだが、そのうちの十本に一本程度の割合で、糸の一部が真ん丸に膨らんでいるものがある。
刹亜の目のまえにもちょうど一部が膨らんだ蜘蛛の糸があり、そっと手を伸ばしてみる。
触れようとしていることに驚いたのか、伏見が慌てた様子で「触っちゃダメっすよ!」と注意してきた。
「その丸い部分が真珠って言うのはあってますけど、触るのは絶対ダメっすからね。この蜘蛛の糸、場所によってはサラサラしてるんすけど、大部分が粘着性で一度触れるとなかなか離れなくなるんすから」
「なかなかってことは、一応離れられんのか?」
「まあ少し工夫を――」
「これだよ」
急に刹亜の目のまえを真っ赤な炎が横切った。
驚いた刹亜がしりもちをつくと、元凶が笑いながら手に持っている道具をくるりと回した。
「真珠蜘蛛の糸が持つ粘着物質は熱に弱い。だからこうして火であぶれば簡単にはがせるわけ。だから遠慮なく触れていいわよ」
「……遠慮しとくわ」
大石が持っているガスバーナーに目を向けつつ、刹亜は立ち上がる。
今更だが、第四の隊員はいろいろと武器を保有しているらしい。
そこら辺はっきりしてないと、仮に裏切者を見つけても対応できなくね、と思い至る。が、文句を言ったところで事態は好転しない。それに指令が理不尽なのは今更な話だ。
真珠を包んだ蜘蛛の糸を、再度じっくり見つめる。誰もいない状況ならリュウに意見を求めるところだが、二人の目がある中ではそれも叶わない。
どこかで一人になれる機会はないものか、などと考えていると、大石の持つ無線から二宮の声が流れてきた。
『こちら二宮。高倉、大石、聞こえるか』
『こちら高倉。聞こえます。どうぞ』
「こちら大石。同じく聞こえます。どうぞ」
何事かと、刹亜と伏見も大石の元に近寄る。
無線機からは、淡々とした口調で恐ろしい事実が告げられた。
『こちら二宮。先ほど、ホンファの姿が急に消失した。原因も理由も不明。故に一時真珠蜘蛛からの撤退を命じる』