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第5話: 高原さんに告白してみよう。


 *****


 朝、教室で、またいつものように西本に話しかけられる。


「よう、どうした。なんか決意に満ちた顔をして」

「別に。ただ今日の放課後、高原さんに告白しようと思って」

「なるほどねー。だからそんな顔して……えっ!?」

「トイレ行ってくるわ」

「まてまて、お前今なんて言った!?」

「だから告白ーー」

「やめとけお前、早すぎるって! そもそもお前、ちゃんと仲良くなれたのかよ!?」

「いいや。でも仲良しじゃなきゃ告白しちゃいけない決まりなんて、ないだろう?」

「かっこいいなおい! もう勝手にしろ!」


 ああ、勝手にするさ。


 分かってる。西本はきっと、真剣に俺のことを応援してくれて、だからこそ心配もしてくれているのだろう。だけどあいつは俺が、恋愛をしているのだと勘違いしている。これは、恋じゃない。もっとややこしくて、切実で、だけど絶対果たしたい、『使命』なのだ。


 だから俺は、決めたのだ。今日の放課後に、彼女に告白するって。


 トイレへと向かう廊下で、学園のアイドルが歩いていた。隣のクラスの男子が、どこのクラスかもわからない女子が、彼女に挨拶をしては、すれ違っていく。


「おはよう」


 目が合った俺も同じように、挨拶をする。


「おはよー」


 俺の決心など知る由もない彼女は、今日も申し訳程度の笑顔で挨拶を返してくれる。その笑顔の奥には、なんの感情も感じられない。彼女はそのまま、教室に戻っていく。なあ、高原さん。どうして君はいつもそんなに、つまらなそうに笑うんだ?



 今日も一日、高原さんは普段通りだった。友達といつも通り、あの二人ともいつも通り、笑顔で過ごしていた。つまらなそうな笑顔で。

 その二人から一体どんな風に思われているのか、きっと彼女は全て、気づいているのだろう。それこそが、あの取り繕った笑顔の理由なのだ。


「高原さん、ちょっといい?」


 そして放課後、まだ生徒が多く残る、教室で。俺は高原さんの席に向かった。いつもの友人と喋りつつ帰り支度をしていた彼女は、俺に気づく。


「どうしたの、広島くん」

「大事な話があるんだ。ちょっと時間もらっていい?」

「……ん」


 その薄い反応の中に、少しだけ躊躇するような意思が感じられた。恐らく俺が何をしようとしているのか、これから自分が何を言われるのか、察したのだろう。

 本当に百回も男子に告白されてきたのだとしたら、もう慣れたものなのかもしれない。


 すぐ近くから、視線を感じる。横目で確認すると、目が合った。浜中さん伊東さんが、期待の眼差しでこちらの様子を見ていた。きっとこの二人も、察しているのだろう。


「……いいよ」


 やがて彼女は仕方なくといった感じで、頷いた。


「どこで話す? 体育館裏? それとも屋上?」


 そして定番のスポットを挙げてきた。なんだか慣れすぎていて、告白前のドキドキ感も何もないな。


「いや、ここでいい」


 はあ? という声が、高原さんーーではなく、横の二人から上がった。高原さんも戸惑いが混じった目で、俺を見つめる。


「……えっ? だって」

「なにか不都合があるか?」

「……」


 沈黙。当然ながら放課後とはいえ、教室にはまだ生徒がたくさんいる。だけど、これから俺がやろうとしていることを察しているのであれば、彼女はきっとーー


「ううん、いいよ」


 そう言って、意を決したように、彼女は頷いた。


 そう、そうこなくっちゃ。


 疑念が確信に変わる。やっぱり、君はーー


「君に伝えなきゃいけないことがある、高原さん」


 俺は言った。


 と同時に、きゃーっと、横の二人が沸き立つ。その声を聞いて、なんだなんだと他の生徒も集まってきたようだ。向けられる視線が増えていくのを感じる。


「うん、なあに?」


 まっすぐに俺を見つめる高原さん。吸い込まれそうなほど大きな瞳。

 ざわざわと、教室全体に声が広がっていく。え、告白? 野崎が告白するってー。マジ? すごいすごい! いけいけー! どうせ振られるってーー


 そんな声も聞こえていないかのように、彼女は微笑みを浮かべながら、俺を見る。

 彼女は取り繕った笑顔を崩さない。その笑顔で、何人もの男子を振り、やんわりと拒絶してきたのだろう。


 俺のことなど気にもとめない彼女。だけど名前を覚えてもらえなかろうが、印象が薄かろうが、伝えなきゃいけないことがある。


「俺は、君のことがーー」


 すぅっと、息を吐いて。その言葉をぶつける。俺は君のことが、ずっと、ずっと。





「嫌い、だったんだ」





 誰かのえっ、という声とともに、一瞬にして、教室は静まり返った。空気がピキピキと、凍っていく音がする。


 恐らく、みんなが期待していた言葉ではなかったのだろう。だけど俺はその言葉を吐き出した瞬間、なんとも言えない心地よさと、胸がすっとする感覚があった。


 そう、これこそが、俺の本心。ずっと言いたかったけど、言えなかったこと。俺たちが前に進むために、どうしても必要な、言葉。


「大嫌い、だったんだよ」


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