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第3話: 高原さんを昼食に誘ってみよう。


「まあ、元気出せよ。よかったじゃねえか、告白なんてして恥かく前に、脈なしってことが分かってよ」


 西本が俺の肩を叩く。一限目終わりの、休憩時間。目の前は真っ暗だった。


「名前も覚えられてないんじゃな……変人とか以前の問題だわな」

「なあ、西本」


 俺は机に伏せていた顔を上げる。目の前はもう、暗くない。


「彼女、どうやら記憶喪失みたいだ」 

「ポジティブ!?」


 いやいや全く、未来の旦那の名前を忘れるなんて、ありえないことだ。きっと何かのきっかけで、記憶を失ったとしか思えない。


「俺がタイムリープしたことと、関係がありそうだよな。これをどう見る、西本」

「どう見ても、お前の印象が薄いだけだと思うぞ」

「もしかしてこれは、彼女の記憶を取り戻すためのタイムリープだったのか? それこそが、俺の本当の使命なのか?」

「なあ、なんのアニメの話をしてるんだよ野崎。いい加減、現実を見ろ」


 呆れきった表情を見せる西本。まあ、流石に冗談が過ぎたか。


「安心してくれ、記憶喪失はジョークだ。未来では夫婦だと言っても、残念ながら今の俺は、彼女に何とも思われていないようだな」

「その夫婦ってのもジョークであってほしかったが……」


 しかしどうするべきか。夫婦になるためには、まず彼女と付き合わなければならないというのに。好かれるどころか名前も覚えられていないほど俺の印象が薄いのであれば、現時点では告白したとしても、付き合える可能性はゼロに等しい。


「なあ西本。どうすれば俺は、高原さんと付き合える?」

「だからそれが分かってたら、俺が付き合いてえんだよ」

「……ん? そういえば西本、お前も高原さんのことが好きなのか?」

「はあ? 何を今更。男子ならみんな好きだろ」

「ふーん。じゃあ告白は? したのか?」

「……」


 西本は複雑そうな表情で鼻をかきながら、


「してねえよ。できなかった」


 と言った。


「へー。いくじなしだな」

「なんだと妄想野郎が! 俺はお前と違って、現実世界で頑張ってたけどな!」

「頑張るって?」

「色々話しかけたり遊びに誘ったり、距離を縮めようと頑張ってたんだよ。ちょっと前にな」

「……そうだったのか」


 全然知らなかった。意外と行動力あるんだな、この男。


「でも気づいたんだよ。俺ごときじゃどうあがいたって、高原さんと付き合えるわけねえって」

「……ん?」

「だから、『学園のアイドル』なんて言われてるけど、あの子は本当に、テレビで見るアイドルとかと一緒なんだよ。到底、お近づきになんてなれるもんじゃない。遠くで見て、妄想に花を咲かせているのが一番ってことだ。お前みたいにな」

「俺のは妄想じゃねえ」

「分かったって」


 西本はまた呆れた風に、だけどほんの少しだけ微笑ましそうに俺を見て、言った。


「だったらお前も、今から頑張れよ。本気で好きならな」

「……そうだな、それしかねえよな」


 西本の妙にシリアスな面持ちは気になったが、言ってることは正しいだろう。頑張るしかない。つまりひたすら彼女に話しかけて、コミュニケーションをとって、距離を縮めるしかない。

 俺と高原さん、二人のーーあるいは『今』と『未来』の、距離を。


***


 というわけで、早速昼休み。


「なあ、高原さん。一緒に昼ご飯どうかな?」


 と、彼女を昼食に誘ってみた。


「え?」


 目を丸くする高原さん。俺の突然の誘いに、驚いたようだ。


「えーっと……」


 というか、明らかに困っていた。


「どう?」

「……ごめん。私、明美ちゃんたちと食べるんだ」

「なるほど」


 普通に断られた。まあまともに会話したことのない男子からいきなり誘われて、ハイとは言ってくれないか。流石に、『俺も混ぜてくれ』とは言えないし……。


「俺も混ぜてくれない?」

「へぇっ?」


 彼女は更に驚いたようで、口をぽかんと開けて、唖然としていた。しまった、勢いで言ってしまった。踏み込みすぎたか?


「あー、えっと……」

「そ、その……」


 めちゃくちゃ気まずい空気が流れる。距離を縮めるどころか、離れていく気がする。焦った俺は、


「冗談だよ」


 と、笑ってみる。笑ったところで、何も取り返せていない気がするが。むしろ不気味に見えてしまったかもしれない。

 しかし高原さんも、


「あはは」


 笑ってくれた。それは悲しくなるほど、取り繕った笑顔だった。


「誘ってくれてありがとうね、野田くん」


 そして名前も間違えていた。それを訂正する隙もくれず、逃げるように彼女は席を立った。友達と合流し、教室を出ていく彼女を静かに俺は見送る。


「……そう簡単には、いかないか」


 ため息しか出ない。早くあの幸せな未来に戻りたい、と俺は願うばかりだった。


 しかしそれから何度、高原さんと会話を試みても、それが一分たりとも続くことはなかった。彼女は毎度気まずそうな笑顔で、やんわりと俺を拒絶し、離れていく。


「ごめんね、また今度ね」


 昼食に誘っても、


「誘ってくれてありがとう、でも今日はちょっと……」


 放課後遊びに誘っても。


「じゃあね、野々村くん」


 当然のように乗ってくることはなかったし、当然のように名前は間違えられていた。


 明確に、彼女は俺と距離を縮めることを、拒んでいるように見えた。西本の言葉が脳裏をよぎる。

『俺ごときじゃどうあがいたって、高原さんと付き合えるわけねえって』ーーそうやってこれまで多くの男子が、告白を諦めていったのだろう。

 そして告白したとしても、『今は恋愛に前向きにならないから』。振られることは目に見えている。


 なるほど。彼女と夫婦になるという未来が、どれほど高い壁の先にあるのか、俺は今になって理解したのであった。


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