第2話: 高原さんに話しかけてみよう。
高原結衣はいわゆる学園のアイドルだった。
男女問わず人気者で、誰に言わせても可愛いし、どこから見ても美人で。その割に擦れてなく、高嶺の花ではあっても棘は感じさせない。人当たりもよく、優しく穏やかな性格。もうアニメ化できそうなくらいの完璧な美少女だった。
そんな彼女と夫婦になれるなんて、俺という男もなかなか捨てたものじゃない。
問題は、どうして結婚できたのか、俺自身にもさっぱり分からないということだ。
「とりあえずだ……高原さんと付き合わなきゃ使命は果たせない。力を貸してくれ、西本」
一限目終わりの休み時間。ひとまず教室で西本と作戦会議。
「とりあえずで付き合えるなら俺が付き合いてえよバカ。お前だって知ってるだろ? どれだけの男子が高原さんに告白して、散っていたか」
「……まあ、噂には」
アイドルなんて触れ込みにふさわしく、彼女は一切特定の男性とは付き合わないらしい。数々の男子が告白しては振られ、なんとあの女子人気ナンバーワンと名高いサッカー部部長、倉木先輩との交際ですら、断ったのだという。
「『今はまだ恋愛に前向きになれないから』。大体みんなそう言われて、振られてるらしいぜ」
「ふーん」
「相手を傷つけないようにって気遣いが感じられるよなぁ。性格も良いなんてマジで完璧だぜ、高原結衣」
しみじみと語る西本。しかし、『恋愛に前向きになれない』、か。
「つまり既に彼氏がいる、ってわけじゃないのか。なら、多少なりともチャンスはあるわけだろ?」
「だからねえんだって……だいたい野崎よ。お前客観的に見て、だいぶ変なやつだぞ?」
「いきなり失礼なことを言うな」
「それに対して、見た目はあまりにも普通だ。お前の変人ぶりをカバーするには、よっぽど背が高くてイケメンでなくてはならないのに、そうでもない」
西本の失礼が止まらない。しかしそれに関しては悲しきかな、俺も自覚しているところだ。いや変人だとかではなく、容姿の方。
「分かるか? お前ごときじゃ他の男子と同じく、傷つくこともできずフラれるのがオチだ」
「はは、それはどうかな」
俺はそんな西本の意見を、一笑に賦する。まあ確かに、普通に考えればそうなのだろうが、しかし。
「……なんだよ。勝算でもあるのか?」
「おいおい、もう忘れたのか西本。勝算どころか、もう既に俺の勝利は確定しているんだよ」
俺は視線を動かし、クラスメイトである高原結衣の姿を視界に捉える。彼女は友達と談笑している。
その笑顔も確かに可愛らしく、彼女が人気な理由も分かる。ただ俺が見たいのは、その笑顔ではないーーあの時見た、『あの笑顔』だ。
ーー新時くん、ふふっ
「おいまさか、お前」
俺は席を立つ。ああそうだよ、西本。
「なぜなら俺は未来で、彼女と結婚しているんだからな。その運命が決まっている以上、俺が負けることなんてあり得ないのさ!」
「こいつ……マジで、頭が終わってやがる……」
恐れおののく西本を置き去りにし、歩みを進める。向かうのは当然、高原さんの席。
そうーー同じクラスでありながら、まともに会話もしたことがない学園のアイドル。だけどそれでも、問題はないのだ。
だって確かに未来で俺たちは、夫婦になっていたのだからーー例え今親交がなくたって、そういう運命なのだとしたら、必ずそこに収束するはずなのだ。って、なんかの漫画で読んだぞ。
その考え方に舵を切れば、色々な『可能性』が思い浮かぶーー例えば、こういうのはどうだろう。
他の男子には目もくれず、交際を断り続けてきた高原さん。それもそのはず、なぜなら彼女はクラスメイトの野崎新時くんのことが、大好きだったのだ! なぜかと言えばまあ、奇跡的に顔がタイプだったのだ!
だとすればこの場で告白でもしてみたら、すんなり付き合えるのではないか。そのまま順調に交際は進み、結婚してあの未来に収束する。そうか、そういうことだったのか!
「あの、高原さ」
高原さんの席にたどり着き、声をかけーーようとしたところで、彼女は俺の存在に気づいたようで、ちらりとこちらを見た。目が合う。
そう、確かに今朝、夢ーーじゃなくて未来で見た、高原結衣だ。もちろんあの時見た二十代くらいの彼女とは違い、高校生らしい幼さがある。だけどその整った顔立ちは、間違いなく変わらない。
そんな彼女と目が合い、俺は不覚にもドキッとしてしまった。
「あれ?」
と、彼女は声を出す。あのときと同じ声。そして今度はちゃんと正面を向いて、俺を見た。
その顔を見て、あの時の未来を思い出し、涙がこぼれそうなほど切なく、心臓が高鳴る。用意していたはずの言葉が出てこない。ああ、ちくしょう。なんだよ。
大好きなのは、俺のほうじゃないか。
「えっと……」
俺が黙ってしまって何も言えずいると、彼女は左手でその綺麗な栗色の髪を触りつつ、困ったように口を開いた。
「なにか用かな、野坂くん」
「……」
俺の名前は野崎新時。世界一幸せな未来から来た男。『野坂くん』では、決してない。