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第1話: 学園のアイドルと結婚する夢を見た。

 

「ねえ、新時しんじくん」


 ここに、世界一幸せな男がいた。男の名は野崎(のざき)新時ーーつまり、俺だった。


目の前のテーブルには色彩豊かな料理が並べられており、食欲をそそる香りがする。向かい側には、二十代半ばほどの女性が同じく座っていた。

 肩の辺りで切り揃えられた栗色の髪と、大きな瞳が特徴の、とても美しい女性だ。


 彼女の名前は高原結衣(たかはらゆい)ーーではなく、野崎結衣。紛れもなく彼女は俺の妻であり、最愛の人だった。


「新時くんの好きなシチューだよ。美味しいよ、食べて?」


 そんな結衣が、スプーンでシチューをすくって、俺の口へと運ぶ。

 もぐっとそれを口に含めると、彼女は「ふふっ、かわいい」とまた微笑んだ。その穏やかな笑顔に俺の心は、自然と洗われていく。

 ああ、幸せだ。こんな素敵な奥さんに、手料理を食べさせてもらえる俺以上に、幸せな人間などこの世にいるものか。


「新時くん。ふふっ」


 俺の名前を呼び、また笑う。彼女もまた、幸せを感じているのだろう。その緩みきった笑顔が、何よりの証明だった。


「新時くん……ねえ、新時くん」


 確かめるように、俺の名前を繰り返し呼ぶ。そしてーー





「この幸せな未来にきっと、辿り着いてね」





 ーーそして俺は、ベッドの上で目を覚ました。


 ぼやっとした意識の中で、ゆっくり身体を起こす。目をこすり、あくびをして、徐々に意識が覚醒していくのを感じる。あれ? なんだかさっきまで、とても幸せな夢を見ていたようなーー






「ーーって違う!! 違う違う違う違うちがぁう!! 夢じゃない夢じゃない!!」


 俺は飛び起きて床に倒れ込み転げ回り、


「夢であってたまるかぁ!!」


 力の限り叫んだ。いやいや、夢だって? さっきまでのあの幸せな時間が? そんなの、断じて認めない。あれはどう考えても現実だった。

 だって結衣の笑顔も、可愛らしい声もはっきり覚えているし、美味しい料理の味と香りも……あれ?


「思い出せ、ない……。ん?  ていうか俺、結衣と夫婦……」


 ……だよな? でもどういう経緯で、結婚したんだっけ……そもそも俺はまだ高校生で、さらに言えば結衣ーーいや高原さんと、付き合ってすらもなかったような。


「……待て待て待て。じゃあ本当に、あれは夢だったのか? あんなに幸せだったのに?」


 意識が戻っていくにつれ、徐々に死にたくなるほどの絶望が襲ってくる。先程までの幸せな時間が泡のように消えていき、現実に引き戻されていく感覚。


 このままではまずい。そう考えた俺は、パンっと自分の頬を叩いた。そして、


「ああ、そうか。俺、高校時代にタイムリープしたんだな」


 そう思うことでなんとか精神を保ち、顔を洗って着替えて朝食を食べて学校に向かった。



「そういうわけで実は俺、未来人なんだ」

「やべえなお前」


 登校後、教室。友人の西本(にしもと)に今朝の話をしたところ、ドン引きされた。


「つまり、お前はあの高原結衣と夫婦になって、幸せな結婚生活を送っていて、そんな未来からタイムリープしてきたって?」

「ああ、そうなんだ」

「寝ぼけてんのか?」

「まさか。むしろ、いつにも増してスッキリしてるよ」

「そりゃそんな良い夢見たんなら、寝覚めは良かったんだろうが……」


 はぁ、と大きくため息をつき、「あのな、野崎」と、西本は続ける。


「あの『学園のアイドル』と名高い、高原さんのことを好きになる気持ちは痛いほど分かるし、そういう夢を見てもおかしくはないと思うが……タイムリープとか言い出したら、流石の俺も引くんだぜ?」

「だってそうでもないと、高校時代に戻っている説明がつかないだろ? それともなにか、これは夢だってのか?」

「いやここは現実で、お前は何も戻っちゃいねえんだよ。夢なのは、その夫婦生活の方だ」

「まさか」


何を言ってるのだろう、この男は。そんなこと、あるわけがない。あれは絶対夢じゃなく、現実なのだ。


「あのさぁ。幸せな夢から覚めてショックなのは分かるけど、どんな現実逃避のやり方だよ、それは」

「現実逃避? むしろ俺は今、現実に立ち向かおうとしてるとこだよ。なにせ俺には、果たすべき使命があるのだから」

「おいおい」

「なぜ過去に戻っちまったのかは知らないが、俺は約束を果たさなきゃならないんだ」

「野崎さんよ、いい加減にしてくれ。一体誰とのなんの約束だよ」

「それはもちろんーー」


 今朝の夢ーーではなく、俺が元々いた、確かな未来。あの時感じた手料理の香りも味も、今は思い出せないけど。あの時間の中で聞いた、はっきりと覚えている言葉がある。


ーーこの幸せな未来にきっと、辿り着いてね


「そう……あの幸せな未来に俺は、必ずまた戻って見せる!」


 それが俺の使命であり、彼女との約束だ。それを果たすためなら、西本ごときに白い目で見られようが、痛くも痒くもない。


「別にいいけど、じゃあこれからどうするんだよ」

「決まってるだろ。高原さんと付き合う」

「……マジか」

「マジさ」


 簡単に未来へ戻れる保証がない以上、今やれることをやるしかない。今後彼女と夫婦になるために、少なくとも恋人同士になっておかなきゃ、何も始まらないだろう。まずはそれが、幸せな未来への第一歩なのだ。


「でもお前、そもそも高原さんと、まともに喋ったこともないじゃん」

「……」


 まあ、それな?



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