天野くんは天邪鬼
人は何故クリスマスを祝うのか。元々はイエスキリストの誕生日なのでキリスト教の信者が祝い始めた?正直言ってよくわからんしどうでもいいことではある。むしろ誕生日を祝っているという感覚を持ちながらクリスマスを過ごす人は少なくとも僕の周りにはいない。
では何故人はクリスマスを祝うのか。それは年の瀬が近くなってきており、学生は冬休みを迎えて楽しい休みを満喫するという思いで溢れており、総じて気持ちが緩み始める。
社会人はというとこの時期は何かと忙しく、学生とは逆の早く時間が過ぎてほしいという思いがある。それはもう少しまで迫った正月休みを視界にとらえ、もう一踏ん張りと自分自身をやる気にする理由となる。だから大人はクリスマスを祝うというより正月休みに向けてのラストスパート地点と言える。
こんなどうでもいいことを考える僕はもちろん学生で今日は数年ぶりにクリスマスパーティーに参加することとなっている。ほんの数日前まではあと少しでクリスマスパーティーと思いながら日々過ごしていたものの、いざ当日家を出る前はベットの上で寝転がってぐだぐだしている。
何故人は予定を入れたすぐは間違いなくこの日は楽しくなると思っているのに当日いきなり理由のないめんどうさに襲われるのだろう。ただ遅れるわけにはいかないのでゆっくりベットから身を離し、ほんの少しだけ曇った空の下に駆け出した。
今日クリスマスパーティーを開く経緯はちょっと複雑というか何というか普通ではない。今日の主催は天野というやつの家でやるのだが、こいつがちょっと変わり者で、とにかく逆張りをする性格すなわち天邪鬼なのだ。
しかもただの天邪鬼ではなくそれは日常生活だけではなく年中行事までに及ぶ。例えばお正月に何してたのって聞くと特に何もしてないと言う。この会話だけだと特段異変はないのだが、何もしないといっても学生なら誰かしらからお年玉をもらったり、おせちを食べたり、初売りに行ったりと少しは正月に触れるものではあるが、彼は全く本当に何もしないのだ。
ただ、不思議なのは正月から半年経った6月におせち料理を食べてお年玉をもらうというのだ。6月に凧揚げと羽つきをやろうと言われた時は正気を疑った。
特にこの変人は天野だけではなく、天野一家に言えることで昔から両親に人と違うことが美学と教わってきたという。だから彼にとって逆張りというのは美学であり、アイデンティティと言えるかもしれない。
そんな彼が何故クリスマスにパーティーをするというベタベタすぎる行動をしてるかというとクラスの長である本郷にお前の家でクリスマスパーティーをしたいと言われたのが理由である。本来彼の美学に反する申し出であったが、本郷というのは難儀な男で一度やりたいと決めたらしつこく迫ってくるやつなのである。
結局天野は本郷の粘りに屈して異例とも言えるクリスマスパーティーが開かれることになったのだった。
そうこうしているうちに天野家と思われる家に着いた。もらった地図を確認してもよかったのだが、近くに着いた瞬間すぐに天野の家だとわかってしまうのがさすが天野である。
周りの家は駅近で割と都会というのもあってか綺麗な新築が建ち並ぶ中、一軒だけは瓦の屋根を持ち、それも古くからある民家というわけではなく、本当に新しい古めかしい家という感じなのである。表札を一応確認してヒノキでできたいい匂いのする扉を叩く。
「今川です」
あまり慣れていないのもあってか声が裏返ってしまった。その声に反応して家の中からはドタバタと音が聞こえる。少ししてその扉は開き、そこには柑橘系の果物を持ちながら半袖半ズボンという真夏スタイルで冬を越す男がいた。
「よく来たね。さあさあ上がってくれ」
天野はそう言っていつもよりほんの少しだけ小さい声で出迎えていた。やはり怒っているのだろうか、ただそんな心配をしたのも束の間で家に入ると聞こえてくるのは夏の名曲メドレーで家の中は浮き輪やビーチパラソルといった夏の風物詩ともいえるものが置かれている。さながら海の家である。
ただ、そんな中に唯一冬のものが置かれており、それは綺麗に装飾されたクリスマスツリーである。子供の頃は毎年ツリーが飾られていた我が家も大きくなるにつれて徐々に置かれなくなり、最近は全く見ていなかったせいか新鮮に感じてしまった。
「クリスマスツリーは置いてるんだね」
僕は優しく語りかけるようにその変化について尋ねた。すると彼は持っていた柑橘類を水洗いしながら答えた。
「今日はクリスマスだよ。何がおかしいの」
そう言った彼は少し僕をからかうように笑った。その顔はいつもの天野とは少し違った純粋な笑顔であった。そして彼は果物に包丁を入れる。そこから香る柑橘系の匂いは夏のイメージを思わせるとともにクリスマスを感じさせた。きっとこの匂いを嗅げばこの先クリスマスのことを思い出すだろう。部屋で浮いているクリスマスツリーを見てそう感じた。