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しかし、俺はそこではてと首を傾げた。俺にはタイムカプセルを埋めた記憶がなかったのだ。そのまま友人に、高校の頃にタイムカプセルなんかを埋めたかと問うと、彼にも覚えはないらしいが埋めたのだろうという、なんとも曖昧な答えが返ってきた。
そうすると、面倒臭さよりも好奇心の方がどんどんと俺の中で大きくなっていった。俺は一体どんなものをタイムカプセルに入れたのだろう。好奇心に背中を押され、俺は同窓会の参加を決めた。
同窓会当日、煩わしさと好奇心それから多少の緊張に顔の筋肉を固まらせながら、会場となっていた料亭の暖簾をくぐる。この辺りでは大人数の会食といえばこの店なので、俺も何度か訪れたことがある。店内自体は馴染みのある場所のはずなのに、入口で俺はぴたりと足を止めた。いつも落ち着いた雰囲気を醸し出している仲居のおばさんのだみ声ではなく、どこか騒がしさを纏った張りのある声が俺を迎えたからだ。
「あ、佐藤くんじゃない?」
「あ? えっと、そうだけど……」
「私、鈴木。鈴木綾音。覚えてる?」
「あ~、……うん」
「あー、その反応は覚えてないな、もう」
鈴木は少し頬を膨らませてから、すぐにぷっと吹き出した。本人が言うようにその顔に覚えはなかったが、はじけた笑顔には好感が持てた。俺は頬に差した赤みを隠すように俯く。それを謝罪とでも受け取ったのか、鈴木はおかしそうに笑いを含んだ声をだす。
「あ~、いい。いい。気にしないで。十年も経てば女の子は変わるものよ。でもそっか。私のこと覚えてないとなると、あの日の約束も覚えてないかな? 私、結構今日楽しみにして来たんだけど」
意味ありげに俺の瞳を覗き込んできた鈴木の言葉に、俺は思わず顔を上げた。
「あ、あの日の約束?」
戸惑った俺の声を聞いて、鈴木は少しだけがっかりしたような顔をした。しかし、すぐに笑みを見せる。
「やっぱり、それも忘れてるのか。もう、帰りまでには思い出してよ」
「え? あ、あの……」
鈴木の言葉の意味を確かめようとする俺の声を遮って、店内の奧から数人の女子が騒ぎながら出てきた。その中の誰かが鈴木を呼ぶ。鈴木はそれに答えるように手を挙げると、もう一度俺に向き直りニカリと笑う。
「頑張って思い出してね。佐藤くん」
一人取り残された俺は、呆然と鈴木の背中を見送った。
鈴木綾音。爽やかな笑顔が印象的だったが、やはり俺の記憶の中にはいない。そんな奴と俺は一体どんな約束をしたというのだ。