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私はできるだけ明るい顔と声を作ると、カーネリアンに言った。
「それは良かったわ。ね、カーネリアン。優しいあなたには難しいことかもしれないけど、私はね、あなたを大切にしない人たちのためにあなたが傷つく必要なんてないと思うの。私たちリリステリアはあなたを歓迎しているし、むしろあなたが第二王子で良かったと思っているくらいなんだから。だってあなたが第二王子でなかったら、私の婿に貰えなかったもの」
もしカーネリアンが第一王子だったとしたら、婚約者になどなれなかっただろう。
言い方は悪いが『要らない』とスターライト王国が手放してくれたからこそ、うちの国は彼を婿として迎えることができるのだ。
「だからむしろありがとうって感じよ。戦いが好きではなくても、そんなことうちの国の人たちは全然気にしないし。もう一日も早く来て欲しいって思っているわ」
胸を張りながら告げると、カーネリアンはクスクスと笑った。
「そ、そうだね。何せ私は君の手綱を握ることを期待されているのだものね」
「ええ。その一点が最重要ポイントなのよ。……だからね、カーネリアン。お願いだから心ない人たちの言葉に傷つかないで。こうしてあなたを必要としている人がいることを知っていて。私たちはいつだってあなたのことを大切に思っているし、歓迎している。それを忘れないで欲しいの」
カーネリアンが目を見張る。そうして私の手を握ると、その甲に口づけた。
「ありがとう、フローライト」
「……えっと、じゃあもう夜会が終わったら、私と一緒にリリステリアに戻っちゃう?」
そっと尋ねる。
本気も本気だったのだが、カーネリアンは首を横に振った。
「お誘いは嬉しいけどね。この国に私が今まで育てて貰ったことも事実なんだ。だから君の国に貰われる時まで、少しでも何か返せるように頑張ってみるつもりだよ」
「カーネリアン」
以前聞かされたのと同じ言葉を返され、少しだけ悲しくなった。
カーネリアンが私の髪を撫でながら言う。
「ねえ、フローライト。私は逃げるだけの男になりたくないんだよ。君が私のために頑張ってくれているのは知っている。でもそれを享受するだけなのは嫌なんだ。君の隣に胸を張って立てる男でありたい。そのために私はこの国でギリギリまで頑張りたいんだ」
「……そんなこと、気にしてくれなくていいのに」
私がやりたいからやっているだけだ。だがカーネリアンは頷かない。
「嫌だよ。私は君に格好良いって思ってもらいたいんだから」
「……もう十分格好良いと思うわ」
紛れもなく私の本心だったのだが、彼は「全然足りないよ」と取り合わない。
「だって私の目標には全然到達していないからね。フローライト、私はね、君にもっと惚れられたいんだ」
「えっ……」
「だって私の好きの方が絶対に大きいからね。私の愛の重さに嫌気が差して逃げられないように、より惚れて貰おうかなと」
「……」
茶目っ気たっぷりに言われた言葉が本気なのかどうか掴めない。でも――。
「それ、間違っているわ。絶対に私の方があなたのことを好きだから」
それだけは間違いない。
だって、彼と共に生きるためにと性格まで矯正し、ここまで突き進んできたのだ。
生半可な覚悟なら、とうの昔に諦めていた。
「そうかなあ。君は私の好きを見誤っている気がするけど」
「そんなことあるはずないじゃない」
ムッと頬を膨らますと、カーネリアンがその頬をツンツンと突いてくる。
「うん、拗ねても可愛いだけだよ。本当、いつも可愛いね、フローライト」
「そんなこと言ってくれるの、カーネリアンだけだから」
お転婆姫な私を可愛い、可愛いと目を細めて告げてくれるのはカーネリアンだけだ。
そう言うと、彼は「いいじゃないか」と笑って言った。
「私だけが君の魅力を知っているのなら、それに勝るものはないよ。……ね、君のこと、絶対に離してあげないからね。ちゃんと私のこと貰ってよね。嫌だと言っても押しかけてやるから」
「あ、当たり前よ」
むしろそれは私の台詞ではないだろうか。
頷くと、カーネリアンは嬉しそうに表情を緩めた。
「良かった。私の将来は安泰だね」
そうして「じゃあ行こうか」と私に向かって手を差し出してくる。
その手を取る。
夜会会場に向かって歩きながら彼の横顔を見つめた。なんとなく嬉しくなってきて、笑いが込み上げてくる。
「ふふっ……」
「どうしたの?」
「なんでもない」
はにかみながらも首を横に振る。私の機嫌が良いのが分かったのか、カーネリアンもそれ以上は聞いてこなかった。
だけど私の手を握る力が強くなる。応えるように私も強く手を握り返した。
「カーネリアン、大好き」
気持ちが昂ぶり、気持ちを口にする。前を見ていたカーネリアンが振り返り、「私もだよ」と目を細め、優しく言ってくれたのが幸せだった。
◇◇◇
カーネリアンに控え室に案内された私は、連れてきた文官たちと打ち合わせを行い、リリステリア王国代表として、夜会に参加した。
夜会が始まる際には、父の代わりに祝辞の言葉を述べたが、それも上手くいったと思う。
今回の夜会に参加していた各国の代表たち全員の祝辞も済み、ようやく堅苦しい時間が終わる。
あとはめでたい席を楽しむだけだ。
一緒に来ていた外交官たちに集合時間を告げ、それまで自由にしていいことを伝えておく。ここには他にも色々な国の外交官たちが来ているのだ。情報収集する場であることは分かっていたし、そうさせるよう父から指示も受けていた。
「それでは、姫様。あとで」
「ええ、私は大丈夫。すぐにカーネリアンが来てくれると思うから」
あとで落ち合おうと約束しているのだ。
外交官たちが離れ、ひと息つく。思った以上に緊張していたようだ。
ダンスホールを見れば、そこでは先ほどから宮廷楽団が音楽を奏で出していた。曲はスターライト王国出身の作曲家が作ったもの。
簡単なリズムなので初心者でも踊りやすい。参加者に配慮しているのだろう。
「……綺麗」
初めて参加した夜会は煌びやかで、思わず息を呑んでしまうほど美しく、まるで別世界に紛れ込んでしまった心地だ。
昔の引き籠もりがちな私ではきっと萎縮して、何もできなかっただろう。心身共に鍛え、強くなった今だからこそ、素直に楽しめるのだと分かっていた。
「フローライト、お待たせ」
ぼんやりと夜会の光景を楽しんでいると、カーネリアンがやってきた。
「父上に祝辞を述べる君の姿を見ていたよ。堂々としていて格好良かった。君の婚約者であることを自慢に思ったよ」
「ありがとう」
カーネリアンに褒めて貰えると自信がつく。
彼は私に手を差し出し、はにかみながらも口を開いた。
「あのさ、約束した通り、私と一曲踊ってくれる? 君のファーストダンスの相手は私でありたいんだ」
「喜んで」
差し出された手に己の手を重ねる。
今日の夜会ではこの時間を一番に楽しみにしていたのだ。
カーネリアンのエスコートでダンスホールに行くと、皆が遠慮したのか中央部が空く。そちらに移動しながら、彼とダンスを楽しんだ。
彼のリードは的確で踊りやすい。私もダンスは得意な方だが、彼はまるでダンス講師のように上手かった。
「カーネリアン、上手ね」
踊りながら思わず告げると、カーネリアンは「そりゃあね」と悪戯っぽく笑った。
「君と踊るんだもの。格好悪いところは見せられないよ」
「どんなカーネリアンでも好きなのに」
「そう言ってくれるのは分かっているけど、やっぱり私にも矜持というものがあるからね。でも、そういうフローライトもすごく上手だと思う。……もしかしてリリステリアで他の誰かと踊ったことでもある?」
最後の言葉をじとっとした低い声で言い、カーネリアンが私を見てくる。
これは嫉妬かなとドキドキしながら正直に答えた。
「まさか。ダンス講師としか踊ったことはないわ。しかも講師は女性。男性はあなたが初めてよ、カーネリアン」
「そう、良かった」
分かりやすく声が跳ねる。
どうやら機嫌を損ねずに済んだらしい。
曲が終わる。お辞儀をすると大きな拍手に包まれた。カーネリアンが婚約者と踊っているということで、かなり注目されていたようだ。
必要以上に目立つのもよくないので、ダンスホールから離れる。喧噪から逃れるようにバルコニーへ出た。
夜風が気持ち良い。私たちの他には誰もいないので、ここなら気にせず寛ぐことができそうだ。