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 顔色を変えた私にカーネリアンが言う。

「無理なんかじゃないよ。君が私に示してくれた愛に、私も報いたいんだ。ただ、それだけなんだけど……」

「だめっ!」

 必死に首を横に振った。

 思い浮かぶのは、カーネリアンが死んだ時のことだ。

 彼を戦わせてはいけないのだ。心の優しい彼を、血生臭い戦いなんかに駆り出してはいけない。

 私は椅子から立ち上がると、カーネリアンの側に行き、その手を握った。

「お願いだから、無理はしないで。私、あなたに何かあったら生きていけない」

 一瞬、十歳としては少々重すぎる言葉に引かれてしまうかと思ったが、彼は逆に感動したような顔をした。

 彼も立ち上がると、もう一方の手を私の手の上に更に重ね、強く握りしめてくる。

「フローライト……私もだよ。私ももう、君のいない人生なんて考えられない」

 じっと見つめてくるカーネリアンの目を見れば、彼が本気で言っているのが伝わってくる。

 それを嬉しく思いながら、私はいつもの癖で目を瞑った。

 こういう時、カーネリアンはキスをしてくれるのだ。だけどいつまで経ってもそれは訪れない。

「?」

 不思議に思って目を開ける。

 そこには真っ赤な顔をしたカーネリアンがいた。

「カーネリアン?」

「え……いや、フローライト……今の……」

 酷く動揺している様子の彼に、私は首を傾げなら言った。

「? キス、してくれないの?」

「えっ!?」

「だからキス……いつもは――あ」

 そこでようやく気がついた。今、私は十歳で、キスをしてくれたカーネリアンは二十歳だったということを。

 彼はキス魔で、わりとどこでも何度でもキスしたがる傾向があり、すっかりそれにならされていたのだ。

 ちなみに、彼とは最後まで済ませている。

 婚約者で、もうそろそろ結婚しようという話だったのだ。結婚するまで貞操を守らなければならない、なんて決まりもなかったし、初めては十八歳の彼の誕生日。魔王が私を攫う二ヶ月ほど前に、彼とは男女の関係になっていた。

 そういうわけだったから、その時の感覚を有していた私はすっかり勘違いしてしまったのだ。

 昔の……というか、死ぬ前の感覚で、当然キスして貰えるものだと思っていた。

 今のカーネリアンは十歳だというのに。

 ――うわああああ、恥ずかしい。

 頭を抱え、どこかに埋まってしまいたい。

 現状を理解し、カーッと顔を赤くする私を見たカーネリアンが「あのさ」と口を開く。

 何を言われるのか。

 キスして欲しかったのか、なんて聞かれたら羞恥で死ぬ自信しかない。

 ふるふると震えながらカーネリアンを見る。

 彼は期待するように私を見ていた。

「――もしかして、キスして良かったの?」

「えっ……」

「その……私の勘違いだったらすごく恥ずかしいんだけど、もしかしてさっきの、キスして良かったのかな、なんて。だとしたら、すごく嬉しいし、もう一度やり直させて貰いたいなって思うんだけど……」

「~~っ!」

 ある意味、キスして欲しかったのかと聞かれるよりも恥ずかしかった。

 だけどカーネリアンに対し、変な嘘は吐きたくないし、キスして欲しかったのは本当なのだ。だから恥ずかしかったけど、なんとか小さく頷いた。

「え、ええ……。その……羞恥心のない女でごめんなさい……」

 ――ぷに。

「え……?」

 唇に柔らかな感触。

 目を瞬かせる。今、何が起こったのか、一瞬本気で分からなかった。

 私の手を握ったまま、カーネリアンがニコニコと笑っている。その頬は赤く上気していた。

「カ、カーネリアン?」

「しちゃった。――それとも、駄目だったかな?」

「い、いいえ!」

 慌てて首を横に振った。

 嫌だなんてそんなことあるわけない。不意を突かれて、まともに反応できなかっただけなのだ。

 カーネリアン以上に顔を真っ赤にし、ブンブンと首を横に振る私を見て、彼はホッとしたように微笑んだ。

「良かった。実はね、ずっと君にキスしたいなって思っていたんだ。だからさっき、君が目を閉じてくれた時、夢が叶ったのかな。それともこれは私の願望が見せている白昼夢かなって本気で迷っちゃったんだ」

「……」

 照れながらも笑ってくれる彼に、泣きそうになってしまう。

 温かく柔らかな感触は、最後に彼に触れた冷たい唇とは全然違って、彼が生きて目の前にいるのだと強く感じさせてくれた。

 カーネリアンが私を抱きしめてくる。同じくらいの身長。だけどバクバクという彼の心臓の音が聞こえて来て、また更に泣きたくなった。

 ――生きている。私のカーネリアンは生きているんだ。

「フローライト、好きだよ」

 身体を少し放し、カーネリアンがもう一度顔を近づけてくる。

 今度こそ私は目を閉じた。唇に触れる熱に、酔いしれる。

 カーネリアンは、何度も口づけを繰り返し、私もまた、それに応えた。

「……」

 十歳でもやはりカーネリアンはカーネリアンだった。

 あのキス魔だった彼を彷彿とさせる口づけに、つい笑ってしまう。

「ふふっ……」

「? どうして笑ったの?」

 喜びを隠しきれず思わず笑うと、カーネリアンが不思議そうな顔で聞いてきた。

 それに答える。

「たくさんキスして貰えて嬉しいなって思って。私、カーネリアンとキスするの好きみたい」

「本当? 実はしつこいって言われるんじゃないかって少し気にしてたんだ。ホッとしたよ」

「しつこいなんて思わないわ。その……カーネリアンらしいなって思いはしたけど」

 以前の彼を思い出しながら言うと、カーネリアンは「私らしいって……え? 私って君の中でどんなイメージなの?」と真剣な顔で聞いてきた。

 まさかキス魔だなんて言えないので、そこは笑って誤魔化してしまう。そんな私に、カーネリアンは更にキスをしてきた。

 慌てて受け止める。カーネリアンが悪戯っぽく微笑んだ。

「誤魔化すなんて悪い子だな。そんな子はお仕置きするよ?」

 言いながらもその声と目線は酷く甘い。

「別に誤魔化したつもりはないけど……ね、参考までに教えて? どんなお仕置きをされるの?」

「さあ? どんなのにしようか。でも、安心して。君が嫌がることはしない。私は君のことが大好きだからね」

 甘く告げられる言葉を心地良く聞きながら、ふと、思った。

 前回の生で私たちが十歳だった時、カーネリアンはこんなにも私を好きでいてくれていたのだろうか、と。

 私を好きなのは知っている。会うたび好きだと言ってくれるし、その態度に裏がないのは見ていれば分かるから。

 でも、こんなに? 

 今の彼の私への態度は、大人だった時と殆ど変わらない気がする。

 私の愛が少々重すぎるのは前回の生の記憶を思い出してしまったせいで多少仕方ないことではあるが、カーネリアンは違うのに。

 ……いや、本当に違うのだろうか。

 もしかしたらカーネリアンにも記憶があって、だから今のような態度だとしたら――。

 まさかの考えに辿り着き、慌ててカーネリアンを見る。

 彼は首を傾げていた。その様子に不審なところはない。

 ――そう、そうよね。そんなことあるわけない、わよね。

 カーネリアンに記憶なんてないはずだ。

 だってもし彼が前のことを覚えていたとしたら、間違いなく『あなたの代わりに戦う』なんて言い出した私が、以前の記憶を有していることに気づくだろうから。

 そして気づけば、そのまま無視するはずがない。

 きっと涙ながらに抱きしめて、もう一度出会えたことを喜んでくれるだろう。

 カーネリアンがどういう人なのか、私はよく知っているのだ。

 ……ということは、以前も私のことを相当好きでいてくれたけど、私が気づいていなかっただけというのが正解なのだろう。

 それはなんというか、かなり……嬉しい。

 以前は引き出せなかった彼の姿を、今回は引き出すことができただけなのだろうと結論づける。

 すっかり安心した私は、カーネリアンに抱きついた。

「カーネリアン、大好き。お仕置きでもなんでもして」

「……そんなこと言われたら、逆にできなくなるじゃないか。大体私は基本的には君を可愛がりたいって思っているんだから。……私も大好きだよ、フローライト」

「嬉しい」

 彼の温もりに触れ、ほうっと長息を吐き出す。

 そうして、正直な思いを口にした。

「ねえ、カーネリアン。私、あなたのことが好き。大好き。あなたのためなら何でもしてあげたいって思ってる。だからお願い。あなたは今のままのあなたでいてね。戦わなければならないのなら、私がするから……だから、絶対に武器を手に取ったりしないで」

 せっかくこうしてカーネリアンが返ってきたのだ。

 この温もりを二度と手放してなるものか。

 そのためにも、彼には絶対に戦いになんて触れて欲しくない。

「……フローライト。でも、私は――」

「お願いよ」

 眉を寄せる彼の目を見つめる。

 カーネリアンは納得いかないという顔をしていたが、私はここは絶対に退けないところだと思っていたし、最後まで退かなかった。


 そして――気にしていた頭痛は、いつの間にか治まっていた。


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