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「えっ……」
思わず声が出た。
突然現れた黒猫は、長い尻尾に長い手足。
瞳は赤く、何故か二本のねじくれた角があった。金色に輝く首輪がついているものの、間違いなく、あの魔王が変化したと一発で分かる姿だった。
カーネリアンがしてやったりという顔で魔王だった猫に告げる。
「約束通り命は助けてやったよ。怪我も治しておいた。――さて、魔王ヘリオトロープ。これからお前には私の使い魔として働いて貰うことになる。もちろん覚悟は良いだろうね?」
「は? はああああああ!? 使い魔だと!?」
自らの変化に気づいた魔王が叫ぶ。まさか猫、しかも使い魔にされるとは思っていなかったのだろう。必死にカーネリアンから掛けられた魔法を解こうとしているようだが、全て失敗に終わっていた。
「くそっ! くそっ! どうして吾輩を猫の姿なんかに!! しかも使い魔だと? これは契約違反だ!」
「ん? どこが? お前の望みは命を助けることと、死にかけの身体をどうにかすることだろう? 使い魔として命を助け、使い物にならなかった身体を新しい身体へ変化させた。私は何も契約違反などしていないよ。ああ、ヘリオトロープ。これから私のことはご主人様と敬意を込めて呼ぶようにね」
クスリと笑うカーネリアン。
だが、魔王には到底受け入れられる話ではないようで、ギャンギャンとカーネリアンに噛みついている。
「は? ふざけるな! 誰が人間風情に従うものか! 吾輩を誰だと思っている。魔王ヘリオトロープ様だぞ! っ! ぐああああああ!」
突然、魔王が首を押さえて苦しみだした。嵌まっていた金色の首輪が光っている。どうやら首輪が彼の首を締め付けているようだ。
「あ、言い忘れてたけど、あまり反抗的な態度だと、その首輪が締まるから。使い魔がご主人様に逆らうなんて、許せるわけがないからね。でも、私は優しい主人だよ。言うことさえ聞くのなら、きちんと飼ってあげるつもりだから――身の程は弁えてよね」
ゾッとするような声で、首輪をはずそうと暴れる魔王にカーネリアンは語りかけた。
その間も首輪は容赦なく魔王を締め付ける。
とうとう諦めたのか、魔王が苦しげに声を上げた。
「わ、分かった! 分かったから! お前に従う!! だから……!!」
「うん。物わかりの良い子は嫌いじゃないよ」
パチン、とカーネリアンが指をならす。首輪から光が消えた。魔王は地面に伏せ、苦しそうに喘いでいる。
そんな魔王にカーネリアンは言った。
「それではお前は今から私の使い魔だ。名前は――そうだな。ブラッド、と。そう呼ぶことにしよう」
名付けられた魔王が目を丸くしてカーネリアンを見る。
「ブ、ブラッドだと!? わ、吾輩に変な名前を付けるんじゃない……!」
「うん? 使い魔に名を与えるのは主人の役目だよ。それに、さすがにヘリオトロープと呼ぶと色々と差し障りがあるからね。それはお前も分かるだろう?」
「……別に、吾輩は構わん。困るのはお前で吾輩ではないからな」
「本当に? 今のお前は私によって力を大幅に制限されているのに? 本当に困らないかな」
ニコニコと笑いながらカーネリアンが言う。確かに今の魔王の強さはそこそこ、程度だ。
最悪私でもなんとかできるレベル。
それは魔王自身も自覚していたのだろう。ものすごく嫌そうな顔をしていたが、やがて諦めたように頷いた。
「……承知した」
「うん。――フローライト。ということで、魔王は私の使い魔にしたから。君がこいつの顔も見たくないというようなら、君の前には出さないようにするけど――」
「大丈夫よ。そういう気遣いは要らないわ」
時戻り前には魔王に攫われ、今回も彼に狙われた私を思い遣っての申し出であることは分かっていたが、首を横に振って断った。
私が怖いのは、カーネリアンが壊れてしまうかもしれないということだけで、魔王がどうこうというわけではないのだ。
「君が気にならないなら良いんだけど。――で、ブラッド。早速だけどご主人様の質問に答えてくれるね? フローライトの後遺症。これを治めるためにはどうすればいい?」
魔王――ブラッドは猫の姿ながらとても嫌そうな顔をしたが、逆らっても意味はないと理解はしているようで渋々口を開いた。
「…………後遺症――いや、中毒症状と言った方が良いか。それが出ている理由は、取り込んだ相手の魔力を使い切ってしまったからだ。それならその魔力を足してやれば良い」
「魔力を足す?」
思わず口を挟んでしまった。赤い目がこちらを見る。
「そうだ。誰の魔力を取り込んだのか分からないのではどうしようもないが、お前はその相手が誰なのか分かっているのだろう? それならその相手に魔力を補充して貰えば良い」
「……それって、つまりはカーネリアンにってこと?」
こくり、とブラッドが頷く。
カーネリアンがブラッドに確認した。
「魔力の補充って、さっき言っていった体液摂取というアレかな?」
「そうだ。そうすれば一時的にではあるが、中毒症状は治まる。身体が欲しがっているものを与えているのだからな。だが、これは対症療法でしかない」
「というと?」
「なくなればまた頭痛は復活する。つまりお前は半永久的に魔力供給をし続けなければならないということだ」
「……」
カーネリアンが黙り込む。
私はと言えば、なるほどなと得心した気持ちだった。
昔から、それこそ記憶を思い出した十歳の頃から不定期に続いていた頭痛。
それは、不思議とカーネリアンと会ったあとには治まっていることが多かったのだ。
何故か。
ブラッドの話を聞いた今ならその理由も分かる。
キスしていたからだ。
昔から私とカーネリアンは会えば、ほぼ確実にキスをしていた。
それは彼のことが好きで、彼も私のことが好きだったから、気持ちが盛り上がった結果、そうなっていただけなのだけれど。
結果として、その行動が私の頭痛を取り払ってくれていたのだ。
症状を治める方法が体液摂取というのなら、もう間違いない。
多分だけど、カーネリアンと定期的にキスしていたから、頭痛もそれほど酷いことにはならず、今まで過ごせることができたのだろう。
自分たちの無意識の行動が結果的に最善の結果を導き出していたとは、全く驚きである。




