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「……珍しいね。いつもは大人しい君が大声を出すなんて。それに……なんだろう。今日の君はなんだかすごく大人っぽい気がするんだ。急に十も成長したような……ねえ……やっぱり何かあった? 私に力になれることがあるなら言って欲しいな」
「……大丈夫よ、カーネリアン。あなたが心配するようなことは何もないの」
ふるふると首を横に振る。
確かに、いつもの大人しく、内に籠もりがちな性格な私とは全く反応が違うから、カーネリアンが戸惑ってしまうのも無理はない。
大人っぽく見えるのも当然だ。今の私は二十歳の記憶を保持しているのだから。
だけど、取り繕っている余裕なんてあるわけない。
恐ろしい未来を経験し、それを思い出した後では、今まで通り『大人しく』などしていられないのだ。
あのままの、何もできない、何も成せない私では、同じ結末を迎えてしまう。それが分かっているから、今のままでなんていられなかった。
――ずきっ。
突然、左の額辺りに痛みが走った。心臓の音に呼応するようなズキズキとした痛みに思わず顔を顰める。
――何、こんな時に頭痛なんて……。
額に手を当てる。幸いにも痛みはなんとか無視できる程度のものだ。
あとで薬を飲もうと決め、再び自らの考えに没頭する。
――まずは私が変わらなきゃ。でなければ何も変えられない。
そう、そうなのだ。
ただ、城の奥に引き籠もっている私では、あの悲惨な未来を回避できない。
強くならなければ、私が変わらなければ、何もなし得ることはできない。
カーネリアンが亡くなった時も同じことを思った。
私が強かったら、こうはならなかったのにと。その後悔を思い出してしまえばもう、私のやることはひとつしかなかった。
――私が、強くなる。
カーネリアンを戦わせることのないように。
もう、それしか方法はない。
私が、いつか来る魔王に対抗できるレベルにまで強くなるのだ。
攫われたりせず、私がひとりで魔王に対処できれば、カーネリアンが武器を取る必要はなくなる。
戦ったことなどないし、考えたこともなかったが、素養はあるはずだ。
何せ私の魔力は魔王が狙うほどに膨大で、特殊なものだそうだし。
「……」
膝の上でグッと拳を握る。
正直、泣きたいくらいに不安ではあったが、やるしかない。
弱気な自分とは今日でさようならをするのだ。
好きな人のためならいくらでも強くなってやろうではないか。
強くなるためにこれからしなければならない努力を思えば怖くもなるが、あの、死んでいく彼を引き留めることすらできない絶望を繰り返すことに比べたら、楽なものだと言い切れる。
――ええ、やってやるわよ。
強くなって、魔王を私が返り討ちにする。
未来を変えるにはそれしかない。
決意を固め、カーネリアンを見る。ずっと黙り込んでいた私が突然顔を上げたことにカーネリアンが驚く。
「ど、どうしたの……」
「カーネリアン。私、決めたわ」
「えっ、な、何を?」
訳が分からないという顔をするカーネリアンを見つめる。
愛しい人。私の世界の全て。
彼のためならなんでもできる。
私はカーネリアンに向かってゆっくりと口を開いた。
「カーネリアン。あなたが戦う必要なんてない。私が戦えば良いのよ」
「えっ……」
「あなたが優しい人だって私は知ってる。人を傷つけることなんかできない人だって。だから代わりに私が強くなるわ。あなたが剣を取る必要なんてないくらい、強くなってみせる」
「フローライト……君……」
カーネリアンが驚いた顔で私を見てくる。そんな彼に強く頷いてみせた。
カーネリアンがハッとしたように言う。
「な、何言ってるの。君だってすごく引っ込み思案の大人しい子じゃないか。そんな君が戦うなんて――」
「大丈夫よ。今までの私とは違うもの。あなたの代わりに私が前に出る。あなたのことは、私が守ってあげるから、あなたは戦わなくていい。そのままのあなたでいてくれればいいの」
キッパリと告げる。カーネリアンは戸惑うように私を見つめ、ついで首を横に振った。
「できないよ。何より女性を守るのは男の仕事だ。私の代わりに君が……なんてそんなことはさせられないし、そもそも誰も認めないと思う」
男は女を守るもの。
世間でそう考えられていることは知っている。私も今までそういうものだと思っていた。
だけど――。
勇気を奮い立たせ、カーネリアンに告げる。
「周囲の意見なんてどうでもいいわ。女だって好きな人を守りたいんだから。私なら戦えると思うから戦う。役割なんかに縛られる方が馬鹿らしいわ。私たちは夫婦になるのよ。それならあなたでも私でも、どちらが強くても構わないじゃない」
「……で、でも!」
「それともカーネリアンは、私の言うことより、周囲の評価の方が気になるの? 私の言うことは常識外れだって馬鹿にする?」
「しないよ! するわけない!」
ハッとしたようにカーネリアンが叫ぶ。その言葉が聞けて嬉しかった。
「私は、あなたがあなたのままでいてくれる方が大切だわ。誰にも文句は言わせない。誰が何を言おうと構わない。私はあなたを守りたいの」
「っ……!」
カーネリアンが息を呑む。
あり得ないものを見たような顔で私を見つめてくる。その視線を私は真っ直ぐに受け止めた。
私が本気だということをカーネリアンに知って欲しかったのだ。
私たちは今度こそ幸せになるべきなのだ。
それ以外の結末など許さない。そしてその結末を掴み取るためなら、強くなることくらいなんだというのか。
私が彼を守る。二度と、心が壊れるような真似はさせない。させるものか。
「フローライト」
カーネリアンが目を潤ませ、私を見てくる。私は勇気づけるように頷いた。
「大丈夫よ、カーネリアン。私、強くなるから。あなたが強くなる必要なんてないくらいに強く。だからあなたはあなたのままでいて。それが私の望みなの。その願いが叶うなら、戦うくらいなんてことはないわ」
本心から告げる。カーネリアンは眩しいものを見たかのような顔をした。
「……君は、どこまでも私を肯定してくれるんだね。己を犠牲にしてまで……君にそこまで言わせてしまった自分が情けないよ」
私の言葉に、カーネリアンは泣きそうな顔をしながら言った。首を横に振る。
「犠牲なんて言い方は止めて。私は私がそうしたいから動くだけ。あなたの犠牲になった覚えはないわ。罪悪感とかそういうのは要らないから」
私がカーネリアンを守りたいのだ。彼が申し訳なく思うつもりなんてない。
そう告げると、カーネリアンは苦笑した。
「君、本当にどうしたの。急に大人になったみたいって思ったのもそうだけど、なんだろう。すごく格好良くなってない? 頼もしいし……なんか、惚れてしまいそうなんだけど」
「あら? 惚れてしまいそうって、もうとっくに私のことが好きだったんじゃないの?」
十歳時点であろうが、私たちは両想いだったはずだ。そう思い首を傾げると、カーネリアンは顔を真っ赤にして言った。
「好きだよ! そうじゃなくて……今までよりもっと君のことが好きになったって言いたかったんだ!」
「それは嬉しいわ。私もあなたのことが好きだから」
にっこり笑うと、恨めしげな顔をされた。
さすがに二十歳の記憶を有していて、十歳のカーネリアンに負けるはずもない。
ニコニコしていると、カーネリアンが息を吐いた。そうして何かを決意したような顔をする。
「フローライト」
「何?」
真っ直ぐに私を見つめてくる彼を見つめ返す。カーネリアンの緑と青のオッドアイは今日も綺麗に輝いていた。
この美しい奇跡のような目を再度見つめることのできる喜びに震えていると、彼はゆっくりと口を開く。
「……今の君の話を聞いて、私も決めたよ。逃げるのは止めにしようって。私だって大好きな君を守りたい。君にだけ戦わせるような真似、したくないんだ」
「えっ……」
間抜けにもポカンと口を開いてしまった。
でも、まさかこんなことを言われるとは思いもしなかったのだ。
私は慌ててカーネリアンに言った。
「そ、そんなことしなくていいのよ。戦うなんて危険なこと、私、あなたにして欲しくないの。気持ちは嬉しいけど、無理はして欲しくない」
頑張った結果、心を壊した未来を知っているからこそ、彼の言葉を素直には受け止められなかった。
 




