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「そうじゃない!!」

 こてんと首を傾げるカーネリアンに、ぶんぶんと首を横に振る。

 怪我も気にならないと言えば嘘になるが、やはり私が心配なのは彼の心なのだ。

「人……じゃないけど攻撃なんかして。優しいあなたには耐えられなかったでしょ? どうしてそんなことしたの……私、カーネリアンが傷つくくらいなら、自分で戦ったのに……!」

「ん? 別に、平気だけど」

「そんなわけないじゃない!」

 大声で叫んだ。

 私は知っている。倒れたあとの彼が、どうだったのか。

 彼は魔物すら殺すことを躊躇うような優しい優しい人だったのだ。それなのに私を助けるために剣を取り、少なくない数の戦いを行い、最後には魔王を倒した。

 その中で彼の精神は摩耗し、ついには壊れてしまった。

 本当は誰も傷つけたくなかった――。

 それが彼の願いで、でも彼はそれよりも私を救うことを選んでくれた。

 だけどそう決めたからと言って、傷つかないわけじゃない。魔物を倒すたび、彼の心は悲鳴を上げていたのだ。

 私を助けたあとに倒れたのは、目標を達成したことで安堵し、耐えてきた心の痛みが一気に押し寄せてきたからだろう。

 あの時の彼の姿を覚えているだけに、これからのカーネリアンを思うと怖くて仕方なかった。

「どうして……どうしてそんな無茶なことするの……」

 声が震える。

 カーネリアンが傷つく姿を見たくなかったからこれまで頑張って来たのに、最後の最後でめちゃくちゃになってしまった。

 ああ、分かっている。カーネリアンのせいではない。

 全部私が弱かったからだ。

 私が強ければ、彼を戦わせることなどしなくて済んだのに。

 また、同じ失敗を繰り返してしまった。これだけはと思っていた筈なのに、結局カーネリアンに戦わせてしまうなんて、私は何のために十歳からやり直したのか、これでは意味がないではないか。

 また、カーネリアンは倒れてしまうのだろうか。また、私を残して一人で逝ってしまうのだろうか。想像しただけで身体の震えが止まらない。

「フローライト……」

 彼に縋り、嘆く私を、カーネリアンが宥めるように抱きしめる。

 そうして私に言い聞かせるように告げた。

「どうしたの。取り乱して。フローライト。私は大丈夫だよ。確かに君のいうとおり、私は戦うことが嫌いだったけど、それは過去の話で終わったことだ。今はそんなことは思わないし、魔王を倒したくらいで傷つくような柔な神経はしていないよ」

「嘘……そんなわけない」

「嘘じゃないって。……うーん、困ったな」

 本気で困ったようにカーネリアンが天を仰ぐ。そうして決意したように私の顔を見た。

「……あのね、もう仕方ないから言ってしまうけど……別にこれが初めての戦いってわけでもないんだよ」

「えっ……」

 顔を上げる。カーネリアンは本当にもう困り果てたという顔をしていた。

「十歳のあの、君が私の代わりに戦うと宣言してくれた日。あの日、私も言ったよね? 私も逃げるのは止めにするって。私も君を守りたいんだって」

「……ええ」

 その時のことは覚えている。

 死に戻りに気づいた時で、私は恐ろしい未来を何とかしようと必死だったのだ。

 カーネリアンが昔を懐かしむような顔で言う。

「君は嫌がっていたけどやっぱりさ、私としてはこのままではいられないなって思って。一念発起したんだよ。皆には内緒でこっそり剣の訓練を始めた。最初は確かに辛かったけどね。武器を持つということすら拒否反応が出て……でも、私のためにって、内向きだった自分を変えてまで立ち上がってくれた君を思い出せば、負けていられない。私も頑張ろうって思えたんだ」

「……なんで……そんなこと……違う……」

 呆然と呟く。

 そんなこと望んでいなかった。

 決してカーネリアンを奮起させるために「代わりに戦う」と言ったわけではない。

 私は、彼に戦いとは関係のないところにいて欲しかった。穏やかに、優しい彼のまま過ごして貰えれば、それで十分だったのに。

 何とも情けない顔でカーネリアンを見る。彼は酷く優しい顔で私を見ていた。

「それでもね、最初は皆に秘密にしていたんだよ。気持ちに変化があったのは、十五歳の、あの、君が父上の即位二十五周年の夜会に来てくれた日、かな。君は皆に侮られている私を見て怒ってくれたし、自分たちは歓迎している。いつでも受け入れる準備はあると言ってくれたよね。あれ……自分でもなかなか気づけなかったんだけど実は相当嬉しかったみたいでさ。戦えない私でも君は、君たちの国は歓迎して価値を見出してくれるのかって。そういうの、スターライト王国ではあり得ないことだからすごく新鮮だったし、嬉しかったんだ」

「……」

 当時のことを思い出したのか、カーネリアンがしみじみと告げる。

 私は泣きそうになりながらも彼に言った。

「そんなの……当たり前よ。カーネリアンはカーネリアンってだけで価値があるんだから」

「うん。ありがとう、フローライト。でも、私はそうは思えなかった。卑屈だと分かっていたんだけどね。なかなかそこから立ち上がれなくて。まあ、それも君のお陰で吹っ切れたんだけど」

「吹っ切れた?」

 どういう意味だろう。答えを求めてカーネリアンを見る。

 彼は意地悪い顔で口の端を吊り上げていた。

 あまり見ることのない表情にそんな場合ではないと分かってはいたが、ドキッとする。

「私には、私自身に価値を見出してくれる人たちがいる。それって私にはすごく心強いことでね。なんだろう。実はそれまでわりと第二王子という立場に気を遣って、目立たないよう、大人しく大人しく振る舞っていたんだけど……まあ、何かあっても貰ってくれるところはあるみたいだし、じゃあもう気を遣わなくてもいいかなって開き直っちゃって」

「え」

「スターライト王国の人たちに何を言われたとしても、私には別に受け入れてもらえる場所がある。そう思うとすごく強い気持ちになれたんだよ。それに、君に言ったでしょう? 君の国に行くその時まで、スターライト王国のためにできる限り尽くしたいって。で、それならと、今までの特訓の成果はどんなものかと力試しがてら、騎士団の魔物退治に同行することを申し出てみたんだよ」

「え、ええ? それ、大丈夫だったの!?」

 実践の場を自身で求めに行ったと聞き、眩暈がしそうになった。こんなこと、前回のカーネリアンなら絶対にしなかったと思う。

 唖然としていると、カーネリアンがケロッとした口調で言った。

「うん、それがさ、意外と楽勝だったんだよね」

「……」

「あ、君が心配しているみたいだから一応言うけど、戦ってショックを受けたとかもなかったよ。昔は誰かに剣を向けること自体考えられなかったんだけど、訓練だけは十歳からしているしね。とっくに腹も括っていたから、どちらかというと、なんだ、こんなものかって感じだったかな」

「……」

 なんだろう。

 カーネリアンの話を聞けば聞くほど、自分の空回り感が情けなく思えてくる。

 何とも言えない顔をしていると、カーネリアンは言った。

「そんな顔しないでよ。私が何でもないことだと思えるようになったのは、間違いなく君のお陰なんだから。君がしてくれた行動がなければ、今の私はいない。それは断言できるよ」

 小さく頷く。カーネリアンも頷き、話を続けた。

「魔物退治に同行するようになって、そのうち皆に侮られることもなくなった。当然だよね。うちの国は強いことに価値を見出すんだから。戦える王子だと分かった途端、面白いくらいに皆の態度が変わったよ。嫌になるよね。普通なら人間不信に陥っても仕方ないと思う。まあ、私はならなかったんだけどさ。だってとっくにスターライト王国の人たちには見切りを付けているんだもの。今更態度が変わったところで、やっぱりそうなるのか、くらいにしか思わない」

 すらすらとカーネリアンが語るが、その内容はとんでもない……というか、彼、弱いどころかずいぶんと心が強くなっていないだろうか。

 分かっていてもコロリと態度を変えられるというのは気持ちの良い話ではないし、普通は傷つくと思うのだけれど。

 だがカーネリアンは笑って言った。

「あんなの全然傷つかないよ。少なくとも君とリリステリアの人たちはそうではないって知っているからね。他に大事なものがあって、そちらが揺るがないのなら、傷つくはずがないでしょう?」


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