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◇◇◇



「カーネリアン、どこに行ったのかしら」

 全ての授業が終わった放課後、私はカーネリアンを探して、校内を歩いていた。

 いつもは授業が終わればすぐに迎えに来るのに、来なかったのだ。魔法学科の教室を覗き、そこに残っていた生徒から聞いたところによると、どうやら先生に呼び出されて、職員室のある別棟に行ったとか。

 それならその別棟まで迎えに行くかと出てきたのだけれど。

 職員室へ行ってみれば、すでにカーネリアンは去ったあと。ちょうど入れ違いになったと言われ、仕方なく引き返していた。

 どこかでカーネリアンに追いつけると良いのだけれど。

「魔法学科の教室に戻って……ううん、カーネリアンのことだからそのまま魔体科の教室に私を迎えに行きそうな気もする」

 どっちが正解か。

 どちらも有りそうに思えるので判断が難しい。

 悩みながらも、自然と足は魔体科の教室の方へ向いていた。

 彼が、何よりも私を優先する人だと知っているからだ。

「……と、あ」

 少し先に人影が見えた。カーネリアンだ。たとえ後ろ姿であろうとも、彼を見間違えるなんてことするはずがない。

「カーネリ――えっ!?」

 声を掛けようとしたその瞬間、ちょうど彼から死角になる場所から魔法攻撃が放たれたのが見えた。

 何が起こったのか。驚きつつも彼に駆け寄ろうとしたが、見えた光景に思わず目を疑った。

「え……?」

 カーネリアンは無傷でその場に立っていた。

 私には気がついていない様子で、自分に攻撃してきたであろう人物を普段の彼とは別人のような冷たい目で見つめている。

「――せっかく見逃してあげたのに、馬鹿なことをするね」

「っ」

 びっくりするほど冷たい声。

 こんな声が出せたのかと驚き過ぎて、言葉も出ない。ただその場に立ち尽くしていると、カーネリアンが見ているところから誰かが出てきた。

 ――あ、あれは。

 姿を見せたのは、昼間私たちに喧嘩を売ってきたジュリーだ。

 彼はカーネリアンを怒りに燃えた目で睨み付けている。

「……昼間はよくも恥を掻かせてくれましたね」

「勝手に恥を掻いて去って行ったのは君だと思うけど。ついでに言うのなら私は君の命の恩人とも言えると思うよ。何せフローライトは本気で怒っていたからね。せっかく拾った命をまたむざむざと捨てにきたんだ。よくやるよね」

 全く動じないカーネリアンにジュリーが顔を歪めた。

「先ほど、僕が放った攻撃魔法は……」

「ああ、あれ? 普通に防御魔法で弾いただけだけど。それが何か?」

 平然とジュリーに返すカーネリアン。その様子は泰然としていて、ジュリーとの邂逅にも全く動じていないようだ。

 そのせいだろうか。今すぐ駆け寄って、彼に声を掛けなければと思うのに、何故か声も出ないし、足も動かなかった。

 ただ遠目からふたりを見ていることしかできない。

「……防御魔法。そんなものが使えたのですね」

 悔しげに舌打ちするジュリーに、カーネリアンは「そうだよ、意外だった?」と余裕そうな態度を崩さない。

 私としては、防御魔法をカーネリアンが使えることは不思議には思わなかった。

 彼は転移魔法すら使いこなせる人なのだ。防御魔法は人を傷つけるものではないし、マスターしていたところで、己の身を守るために覚えたのだろうと納得できるからだ。

 カーネリアンがゆっくりとジュリーに近づいていく。

「君はどうやら誤解しているようだけど。私はね、己の身も守れないほど弱いつもりはないんだ。彼女に守って貰うばかりの自分ではありたくない。それではあまりに彼女に申し訳ないし、自分自身が許せないからね。だから幼い頃、自身に誓ったんだよ。弱いままではいられないって」

 ジュリーに近づいて行くカーネリアンにはいつもの彼とは違い、強者のオーラのようなものがあった。それに怖じ気づいたのか、ジュリーが叫ぶ。

「く、来るな。こっちに来るんじゃない!」

「ええ? 私のことを先に攻撃してきたのはそっちのくせにそんなことを言うんだ。君も私と同じ、フローライトに惚れた者同士、仲良くしようよ」

「えっ……」

 ジュリーが息を呑む。カーネリアンが薄らと笑った。

「ん? 気づかないとでも思った? バレバレなんだよ。弱い私を遠ざけて、強者である自分が彼女の隣に行きたいって考えたんだろう? 兄上の名前を出していたけど、君が本当は自分こそがフローライトに相応しいって思っていたことくらいは分かるよ。だって顔に書いてあったもの」

「……」

 ジュリーが目を見開く。カーネリアンは悠然としている。

「分かるよ。彼女はとても綺麗だし、強くて格好良いからね。自慢の婚約者だ。……もちろん、誰にも譲るつもりはないけれど」

 そう告げ、カーネリアンは気怠げにジュリーを見た。

「フローライトは私のものだ。昔も今も私だけのもの。それを邪魔する者は許さないよ。徹底的に排除する」

 カーネリアンがジュリーに向かって手を翳す。その手に強い魔力が集まっていくのを感じた。

「えっ……」

 濃密な魔力が集まっていく様子に気づいたジュリーがギョッとする。慌てて対抗しようとするも、カーネリアンはジュリーが先に打った魔法を片手で打ち消してしまった。

 あまりに簡単に行われた絶技にジュリーが口をあんぐりと開ける。

 逆にカーネリアンは非常に不快げだ。

「何、今の。これで、フローライトの隣に立とうなんて思ったの? ちょっと思い上がりも甚だしいんじゃない? でも、これで私には正当防衛という名目ができたわけだ」

「あ……」

 にこりと笑うカーネリアンはとても美しかったが、ジュリーにはどうしようもないほどの恐怖を与えたみたいだった。ジュリーはその場にへなへなと座り込み、「あ、あ……」と言葉にならない様子で震え始めた。

 それをカーネリアンはつまらなさそうに見つめ、告げた。

「本当にどうしてそれで私たちに横やりを入れようなんて考えたのかな。全く、止めて欲しいよね」

 再び彼の手に魔力が集まっていく。

 すでにジュリーは戦意を完全に失っている。それなのにカーネリアンは攻撃を仕掛けるつもりなのだ。

 それに気づいた私は、弾かれたようにその場から駆けだした。

 今まで動けなかったのが嘘のように、走る。

「駄目! カーネリアン!!」

「えっ、フローライト」

「それを打ってはだめ!!」

 今にも弾けそうだった魔法をカーネリアンが消す。その動きはスムーズで、彼が非常に魔法の扱いに長けていることが分かる。

 どうしてカーネリアンが攻撃魔法の扱いに慣れているのか。どうして人を傷つけることが苦手なカーネリアンがジュリーに向かって一切の躊躇なく攻撃を仕掛けようとしたのか、色々と気になるところはあるけれど、とにかくまずは叫んだ。

「何してるのよ、カーネリアン!」

 血相を変え、カーネリアンの肩を揺する。今自分の見た光景が信じられなかった。

 普段の彼なら絶対にしないはずの行動。それを見て、完全に混乱している。

「駄目じゃない! 人を攻撃なんてそんな――」

「別に大丈夫だよ。フローライトはちょっと心配性過ぎるんだ」

「心配性って……。駄目、駄目よ。人を傷つけるなんて。あなたは優しい人だもの。そんなことをすれば、傷つくのはあなたなんだからね」

 脳裏に蘇るのは、カーネリアンが死に瀕した時の姿だ。

 弱い自分でごめんと私に謝り、だけど助けることができて良かったと微笑むカーネリアン。あの姿を否応なく思い出し、涙が零れる。

「駄目よ。あなたは攻撃なんてしちゃ駄目。絶対に、絶対に駄目なんだから……」

「フローライト。でも、私は――」

 カーネリアンが何か言い返そうとする。私はすぐ近くで腰を抜かしていたジュリーに向かって、鋭く言った。

「あなた、もう行って。ひとつだけ言っておくけど今度カーネリアンに手を出そうとしたら、私やリリステリアが許さないから。二度と私たちの前に現れないでちょうだい!」

「ひっ、あっ……あああああー!」

 ジュリーが立ち上がり、逃げ出していく。それを見送り、息を吐いた。

 きっとあのままなら、ジュリーはカーネリアンの魔法の餌食になったはずだ。

 至近距離だったし、そもそも腕が違い過ぎる。

 彼が自力で逃げられたとは、とてもではないが思えなかった。

「カーネリアン」

 さっきのは一体なんだったのか。説明を求めようと彼を見る。その時だった。

「――見つけたぞ。吾輩の贄」

 寒気のようなものが全身に走る。

 低く悍ましい声に、鳥肌が立ったのが見なくても分かった。

 だけど私はこの声を知っている。

 昔、嫌というほど聞いた。

 リリステリアの自室にいた私の目の前に現れ、兵士たちを殺し、私を攫っていった憎き魔王の声だ。

「え」

 あり得ない。

 魔王の声がするなんて。

 だって魔王の復活はもう少しあとのはずだ。少なくともカーネリアンの十八歳の誕生日は過ぎていた。

 まだ、その時ではないはず。

 それなのに――。

「吾輩の宿願を叶える贄。お前を貰い受けに来た」

 声と共に姿を見せたのは、間違いなく昔、私を攫った『あの』魔王。

 魔王ヘリオトロープ。

 血のような赤い目と、漆黒の髪を持つ、二本の長い角を生やした男が、舌なめずりせんばかりに私たちの前に立っていた――。


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