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「っ!」
「答えなさい。あなたが、私のカーネリアンの、何を知っているというのかしら?」
矢を向けられたジュリーが目を見開く。だけど私は彼の暴言が許せなかった。
彼が私に相応しくない?
そんなことあるわけないし、もしあるとしたら逆に決まっている。
私が、私こそが優しく、有能すぎる彼に相応しくないのだ。
「あなたがカーネリアンの何を知っているというのかしら。それにね、私たちの婚約は国と国が決めたもので、私もカーネリアンも納得しているの。それなのに、どうして全くの無関係なあなたが口出しをしようと言うのか、教えて欲しいのだけれど」
我ながら驚くほど冷たい声が出た。
冷えた怒りが今にも爆発してしまいそうだ。
「ぼ、僕はただ……あなたにはもっと素晴らしい方がお似合いだと……そう、思っただけ……で」
「へえ? 私にとっては、カーネリアンほど素晴らしい人はいないのだけれど。ねえ、たかだか他国の侯爵家の跡取り風情が、私たちの関係に口を挾まないで貰えるかしら。はっきり言って迷惑なのよ」
「……」
「言っておくけど、私のために行動した、なんて言わないでよね。そんな独りよがりな『あなたのため』なんて嬉しくも何ともないんだから」
ジュリーがブルブルと身体を震わせる。おそらく私は相当恐ろしい顔をしているのだろう。
だが、カーネリアンに「私と別れてやれ」なんて言う男を許しておけるはずがなかった。
ジュリーが震えながらも口を開く。
「わ、分からない。どうして……。あなたは誰もが認めるほどの強者なのに。どうして男らしく戦いもしない、軟弱な第二王子なんかで満足できるんです」
「――はあ?」
カーネリアンを貶され、なんとか堪えていた怒りが一瞬で吹き上がった。
これは絶対に許せない。このまま番えた矢を離して――。そう思ったところで静かな声が響いた。
「とりあえず、武器を下げてくれるかな。フローライト」
「……カーネリアン! でも……」
カーネリアンがそっと私の腕に手を置き、首を左右に振る。
咎めるような強い視線に、私は渋々弓と矢を消した。
「……」
「そう膨れないでよ。君が私のために怒ってくれたのは分かっているし、嬉しかったからさ」
「……なら!」
そのままうたせてくれたも良かったではないか。
私は、カーネリアンを侮辱する者を、たとえどんな理由があったとしても許せない。
怒りを抑えきれない私をカーネリアンが、ポンポンと頭を撫で、宥めてくる。
「君の気持ちは嬉しいけど、私は気にしていないから。軟弱王子って、昔から言われていて慣れているし、今更なんとも思わない。私はね、君以外の評価なんてどうでも良いんだよ。いや、違う。どうでもよくなった、が正解かな」
「カーネリアン……」
「覚えてる? 君があの日、言ってくれたこと。私は一度だって忘れたことはないよ。あの日、君は言ってくれた。周囲の意見なんかどうでもいい。役割なんかに縛られる方が馬鹿らしいって。そして私の代わりに自分が強くなるって言ってくれたんだ。あの時、私がどれだけ嬉しかったか、どれだけ君の言葉に救われたのか、君は知らないのかな?」
「……」
彼の言う『あの日』がいつなのか、説明されなくても分かる。
私が、記憶を取り戻した十歳の時の話だ。
「今の私は、君以外にどう思われようがどうでもいい。君が弱音を吐くしかできなかった私を受け入れてくれたあの日から、君は私にとってどうしようもなく特別で、大切なんだよ。君さえ私の隣にいてくれるのなら、他はどうでも構わないと本心から思えるほどにね」
微笑みながら告げてくるカーネリアンの目は真剣で、彼が本気で言っているのが伝わってくる。
「だから、こんな有象無象に何を言われようが気にならないし、そよ風が吹いたくらいにしか感じない。本当に、君が怒るようなことは何もないんだよ」
「……」
「だからね、怒気を鎮めて」
「……」
「私のために怒ってくれる必要はないんだよ。私は何も傷ついてなんていないんだから」
「……カーネリアン」
にこりと微笑まれ、気持ちを落ち着かせるように息を吐き出した。
カーネリアンにここまで言われて、怒っていられるわけがない。
腹立たしい気持ちは未だ腹の奥底に燻っているが、カーネリアンがもういいと言うのなら、収めなければならなかった。
「……分かったわ。ごめんなさい」
「どうして謝るの。君は何も悪くないのに」
「……冷静ではいられなかったから」
「気にしなくて良いよ。お互い様だと思うし。私だって君のことを言われたら、一瞬でキレる自信しかないから」
真顔で言われたが、彼がキレるというのはあまり想像がつかない。いつもニコニコしているイメージが強いからだ
いやでも、兄であるアレクサンダー王子に対しては、わりと怖い顔でキレていたような気もする。
「……あ」
カーネリアンと話しているうちに、いつの間にかジュリーの姿が消えていた。
どうやら私が弓を消したあと、逃げたようだ。
「……逃げるくらいなら最初から突っかかってこなければ良いのに」
舌打ちしそうな勢いで言うと、カーネリアンは苦笑した。
「それだけ腹立たしかったんでしょ。強くて格好良い君の隣に私が立っていることが気に入らなかったんだよ」
「は? むしろカーネリアンが私以外の隣にいたら、そっちの方が許せないわよ」
「それは私も同じかな。私の隣には君。君の隣には私がいるべきだからね」
「そうよ」
うん、と大きく頷く。
カーネリアンを見た。私の視線に気づいた彼が「ん?」と首を傾げる。
その様子はいつもとまるで同じで、確かに彼がジュリーの言葉に傷ついていないことが分かった。
「どうしたの?」
「……ううん。何でもない」
カーネリアンが傷ついていないのならいい。
そう思い、いやそうでもないなと思い直した。
――うん、よくはないわね。
ジュリーとは同じ魔体科の生徒なのだ。これから接触する機会はいくらでもあるだろう。
今度カーネリアンのいない時にでもきっちりお話しさせてもらわなければ。
カーネリアンは気にしないと言っても、私は私の婚約者を侮られたことを許してはいない。
とりあえず、今度手合わせに当たった時には、手加減なしで徹底的に相手をしてやろうと思った。
私はわりと根に持つ女なのである。




