3
◇◇◇
「ただいま」
カーネリアンが戻ってきたのは、彼が言った通り、入学式前日のことだった。
すでにカーネリアンの荷物は運び込んである。
あとは、いつ彼が来ても良いようにとワクワクしながら待っていたのだけれど、思いの外遅く、そろそろ夕食の時間に差し掛かろうかという頃だった。
帰宅の挨拶をした彼は笑顔だったが、相当疲れているように見える。
もしかしてこの一週間、かなり根を詰めて仕事をしていたのではないだろうか心配になった。
「大丈夫?」
「大丈夫、平気だよ。ちょっと……うん、数が多かっただけだから」
仕事のことを思い出したのか、眉を寄せるカーネリアン。
数が多い。書類仕事が大変だったのだろうか。
私もリリステリアではそういう仕事もしていたので、うんざりする気持ちは良く分かる。
「……大変よね。書類仕事って」
「えっ、あ、うん」
「?」
しみじみと告げたのだが、何故か一瞬「え」という顔をされてしまった。
不思議に思うも「いやあ、本当、あれ、サインしてもしても終わらないよねえ」と普通に話を続けてくるので指摘するのもなんだかおかしい。
今の「え」は何だったのかと思うも、それ以上は聞けなかった。
◇◇◇
「――以上。新入生代表 カーネリアン・スターライト」
次の日、私たちは予定通りセレスタイト学園の入学式へ参列した。
新入生代表としてカーネリアンが堂々と式辞を述べるのを、誇らしい気持ちで見守る。
皆、カーネリアンの美しい容姿と物怖じせず真っ直ぐに代表として臨む彼を憧れと尊敬の眼差しで見ている。
――ふふ、私の婚約者なんだから。
十七歳へと成長したカーネリアンの身長はとうに私を追い抜き、少し顔を上げなければ視線が合わなくなった。
私も小さい方ではないのだけれど、それ以上に彼が育っているのだ。
彼は細身で、顔も中性的。男臭い感じは一切なく、むしろスマートな王子様という印象だ。
顔の造りはどのパーツも整いすぎて怖いくらいだし、目を伏せれば睫は女性よりも長い。
透明感のある雰囲気は、人の居ない静かな森を思い出し、光に煌めく真っ直ぐな銀髪と珍しいオッドアイすら、彼を彩るオプションにしか思えない。
全身どこにも隙のない美しい王子様。それが彼なのである。
ある意味唯一の欠点が「第二王子」らしいのだけれど、それは私にとってはむしろ長所なので、問題ない。
彼は、真新しい制服に身を包んでいる。
このセレスタイト学園の制服。
詰め襟タイプの裾の長いカッチリとした制服は格好良いし動きやすくて、私も気に入っている。
だけど私とカーネリアンの制服はデザインが同じでも色が違った。
彼は白だが、私は黒。
この学園では選択学科によって、制服の色が違うのだ。
言語学科、数学科、経済学科の学術系科目は青色。
魔法学科は白。
そして、魔法・体術戦闘学科は黒の制服を採用している。
しかし、白の制服にカーネリアンの銀色の髪は、よく映える。
彼ならどんな色の制服でも似合っただろうが、白はまた格別だ。
壇上で学園長とやり取りする彼をうっとりと眺める。きっと彼を死なせないと改めて心に誓った。
私はこの学園で更なる強さを身につけ、近く復活を遂げるであろう魔王を自らの力で撃退する。
そうしてカーネリアンとラブラブなまま卒業して、結婚するのだ。
それが十歳の時から私が抱き続けている願いであり、絶対に叶えてみせると決意している夢。
この願いを叶えるためならどんな犠牲でも払ってみせるし、実際その通りに生きて、ここまで来たのだ。
残念ながらまだ魔王を倒せるレベルには到達していないけれど。
魔王が来るまであと少し。
残された時間は少ないが、私にはまだ伸びしろもあるだろうし、数ヶ月後には別人の如く強くなっているはず、いやならなければならない。
――絶対に、絶対に死なせないわ。
二度とあんな恐ろしい思いはしたくない。
世界で一番大事な人の命が失われる瞬間を、もう一度見る羽目になるなんて絶対にごめんなのだ。
カーネリアンが壇上から降り、ちらりと私の方へ顔を向ける。それにこっそり小さく手を振って応えながら、私は強くなるんだと改めて自分に言い聞かせていた。
 




