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「それを女の括りに入れるのはどうかと思うがな……」
半狂乱になって私をお説教するカーネリアンに、文句を言ったのは、すっかり服がボロボロになったアレクサンダー王子だった。
彼の状態は軽症と言って差し支えないもので、それを見て、やっぱりまだまだだなとがっくりする。
――うーん。結構全力で行ったんだけどな。このままじゃ、魔王には手も足もでない。本当にどうしよう。
アレクサンダー王子くらい、もっと簡単に圧倒できなければ魔王に勝つなど夢のまた夢。
悔しい思いをしていると、アレクサンダー王子が苦い顔をした。
「おい、フローライト王女。お前、俺に勝っておきながらその顔はなんだ」
「……もっと精進しなければと反省していたところだけど、何?」
「……」
嘘だろうという目で見られたが、本気も本気だったので無視をする。
カーネリアンが私を抱きしめたまま、兄に文句を言った。
「兄上! 勝手にフローライトを連れて行かれては困ります! どうしてこんな勝手なことを……」
「お前の代わりに戦う、なんて言い出す女の実力がどの程度のものか見てみたかっただけだ。正直、これほどとは思わなかったが」
「フローライトは格好良いでしょう? 惚れても仕方ないとは思いますが、もしそんなことを言い出した日には、明日の朝日を拝めないことは覚悟して下さいね」
にこりと笑うカーネリアンに、アレクサンダー王子は頬を引き攣らせた。
「お前……いや、こんな恐ろしい女、頼まれてもごめんだ。……フローライト王女。疑って悪かったな。お前の実力なら必ず希望の学科に入学が叶うだろう」
素直な目を向けられ、拍子抜けしたが、ここは言い返すところではないと分かっていたので、こちらも頭を下げた。
「……こちらこそ、相手をしてくれてありがとう」
「知らず、驕っていたようだ。女に負けるはずがないと思っていた。俺もまだまだだな。入学すればお前は後輩になるわけだ。共に学ぶ時間もあるだろう。その時はまた相手をしてくれ」
「っ! ええ、是非!」
実力を認めて貰えた言葉に、声が弾む。
アレクサンダー王子は近くでハラハラしつつ見守っていた侍従から預けていた上着を受け取ると、カーネリアンに言った。
「もう、そいつを試したりはしない。――覚悟はよく分かったからな」
そうしてフッと笑うと、練習場から出て行った。侍従が追いかけていくのをふたりで見送る。
「……フローライト」
「カーネリアン、ええと、ごめんなさい。その……アレクサンダー殿下が私と同じ学科で、受かる実力があるのか見てくれるって言うから――」
言い訳と分かっていたが理由を告げると、カーネリアンははあ、と呆れたようにため息を吐いた。
「どうせそんなことだろうと思っていたよ。一体どれくらい戦っていたか、分かってる? あれから三時間は余裕で過ぎているんだけど」
「えっ……」
「君、またバーサク状態に入っていたでしょう」
「……」
私が戦いの興が乗ってくるとバーサク状態になってしまうことをカーネリアンは知っている。そしてバーサク状態の私は、全てを忘れ、戦いに没頭してしまうのだ。
それを指摘され、思わず目を逸らした。
「そ、その……楽しかったから」
「君が楽しかったのなら良かったけど……もう、心配したんだからね」
仕方ない子、と言わんばかりに口づけられる。
この半年以上、お預けだった触れ合いに、ふわりと気持ちが浮き立った。
甘い触れ合いに陶然とする。
不思議と、あれだけ酷かった頭痛が治まっていく。
唇を離したカーネリアンが照れくさそうに言う。
「……つい、口づけてしまったけど、考えてみればずいぶんと久しぶりだね」
「そう、ね。その、ずっと勉強していたから」
「うん。でもそれもあと少しの辛抱だ。来週には試験があるし、きっと私たちは合格するに違いないって信じてるから」
「ええ」
力強く頷く。
今や、すっかり頭痛は引き、久方ぶりに清々しい気分だ。
この調子で試験に挑めれば、合格間違いなし。そう信じられた。
「絶対、合格しようね」
カーネリアンの言葉に、肯定を返す。彼が周囲を見回し、言った。
「悪いけど、あとを頼めるかな」
彼の言葉に、いつの間にか集まっていたスターライト王国の騎士たちが「はい!」と大きな声で返事をした。
カーネリアンは頷き、私の腰に手を回す。
「行こうか。いつまでもここにいては皆に迷惑がかかるから」
「え、ええ。そうね」
練習場に残っていた面々にあとを託し、私の部屋へと戻る。
その途中、廊下を歩いていた時、カーネリアンがクスクスと笑い出した。
突然笑い出した彼を不審に思い見つめる。
彼は「いや、ちょっと思い出して」と楽しげに言った。
「思い出すって……何を思い出したの?」
「ん? 君が兄上を一方的にやっつけていたところかな。正直、ちょっと楽しかったよ」
「えっ……?」
素直に兄を慕っているカーネリアンが、まさかそんなことを言うと思わず驚いた。
だが、彼は確かに笑っている。
「いや、兄上とふたりきりで……っていうのは確かに腹が立ったし、私のフローライトをって気持ちもあるんだけど、それとは別でさ。兄上って普段、周りから結構忖度されて生きているじゃない?」
「え、ええ。それは、そうね」
周囲が王太子の顔色を窺うのは当然だし、不興を買わないよう忖度するのは、城で働くものが生き残るために必須不可欠な能力でもある。
だから頷くと、カーネリアンは私の腰を自らの方へ引き寄せ、秘密の話をするように言った。
「さっき、君に負けた時の兄上の顔ってば! 全然君に負けるなんて予想していなかったんだろうね。鳩が豆鉄砲を食ったようっていうのはああいうのを言うんだろうなって、そんな風に思ったよ」
「そ、そう?」
「うん。平然としてたけど、きっと今頃自分の部屋で悔しがっていると思うよ。兄上、プライドの高い人だから。でも、そういうのもたまには良いんじゃないかな。世の中は広いって知った方がいいと思うんだ」
「カーネリアン」
「それはそうと、私の君が強くて美しいのは自慢でしかなかったけどね。ね、フローライト。もし、学校に入っても絶対に浮気なんてしないでよ。ただでさえ、学科が違うんだ。君と離れている間に、君に近づくような男がいたりしたら……私はその男をどうしてしまうか自分でも分からないからね?」
まるで警告するように言われる。
だが、カーネリアンがこの話をするのは、これが初めてではないのだ。
学科が別れることに決まった時から、耳にたこができるくらいに言われている。
だからなんとも思わないし、そもそもそれは私の台詞だと思うので、言い返しておいた。
「その台詞、そのまま全く同じものを返すから」
カーネリアンがどこぞの女に取られるなど許せないし、浮気など言語道断。
我ながら据わった目で訴えると「私が浮気? そんなことするわけないじゃないか! 疑うなんて酷い!」と誰が最初に言いだしたんだと言いたくなるような言葉を叫んでいた。




