入学試験
セレスタイト学園に入学することを決めた私たちは、半年後にあるという入試に向けて、猛勉強を開始した。
幸いにも、彼が取り寄せてくれた過去問を見れば、入学自体は十分可能だと確信することができた。
何せ、私もカーネリアンも王族。幼い頃から優秀な家庭教師たちに鍛えられているのだ。
一般の入試程度で困る実力であるはずがない。
ただ、私たちは王族なので、合格ギリギリラインでは恥ずかしい。
余裕で合格、なんなら主席合格を狙う勢いでないと王族として格好が付かないのだ。
なので、手を抜くなど言語道断。
もちろんイチャイチャも今は封印して、できる限りの準備はしておこうという話になった。
◇◇◇
「フローライト、よく来てくれたね」
笑顔でカーネリアンが出迎えてくれる。
半年間、真面目に勉強をし、準備万端。いよいよ入学試験に挑む時が来た。
試験会場はセレスタイト学園になるので、私は一週間前からスターライト王国入りをしていた。
当初の予定では、以前夜会に出向いた時に使った国の外交官が管理する屋敷に滞在しようと思っていたのだが、カーネリアンにどうしてもと誘われ、王城に滞在することが決まったのだ。
カーネリアンが城であまり良い扱いを受けていないことは知っている。そんな彼の言うことを聞いてもらえるものか心配だったのだけれど、それは取り越し苦労だったらしい。
「普通にOKを貰えたよ」と言われた時には本当かと耳を疑った。
ちなみに彼の兄であるアレクサンダー王子も賛成してくれたそうだ。
「実はね、兄上も賛成して下さったんだ」
なんてカーネリアンは嬉しそうに言っていたが、なんとなくだけど、彼が賛成したのには何か裏があるように思えてならない。
とはいえ、カーネリアンと共に過ごせる時間が増えるのは嬉しいことでしかないので、私は有り難く王城へ出向いたわけなのだけれど。
「お招きありがとう。……それと、一週間ぶりね。カーネリアン。会えて嬉しいわ」
馬車留めまで迎えに来てくれた彼に笑顔で告げる。
一週間ぶり。そう、カーネリアンに最後に会ったのは本当に一週間ほど前の話なのだ。
何せこの半年の間、カーネリアンは、覚えたという転移魔法を使って、一週間に一回というハイペースで私の国まで来てくれたので。
転移魔法は元々莫大な魔力を使う上、距離が長いとその消費魔力は更に上がる。それなのに勉強のためだからと、わざわざ時間を合わせて来てくれたカーネリアンに私はとても感謝していた。
ひとりで勉強するのも嫌いではないが、切磋琢磨する人が近くにいるとより頑張れる。
同じ部屋でふたりきり。
イチャイチャしたい気持ちをグッと堪え、私たちはひたすら真面目に勉学に励んでいたのだ。
ただ、ひとつだけ、困ったことがあったけど。
それは以前から問題視していた私の頭痛。この頭痛は何故かカーネリアンと一緒にいたあとや、その後数日は引いてくれることが多かったのだけれど、勉強していた半年間は、一切その効果がなかったのだ。
カーネリアンと会ったあとであろうがなかろうが、酷い痛みに苛まれる。その痛みは日に日に酷くなっており、合格できるかどうかは頭痛のあるなしに掛かっていると言っても過言ではないほどだった。
――痛っ。
今日もまた痛む額に眉を寄せる。
頭痛のことはカーネリアンには話していない。きちんと医者にかかっている上で頭痛薬などの対処療法しか取れないのが現状なのだ。どうしようもないことを話して、心配させるのは本意ではなかったし、彼には試験に集中してもらいたいのだ。
自分のことは自分でなんとかする。
侍医から頭痛薬は多めに貰ってきているし、なんとかいつものように耐え凌げばいいだろうと軽く考えていた。
「君がうちに来てくれるのは、あの夜会以来だね。楽しみにしていたんだ」
痛む額に気を取られていると、カーネリアンが話し掛けてきた。急いで笑顔を作る。
楽しみにしていたのは私も同じだから、痛みに呻く顔なんて見せたくなかった。
「私もよ、カーネリアン。目的は入学試験だって分かっているんだけど、やっぱりあなたに会えるのは嬉しいから」
頭痛を気にしつつも話をしながら、カーネリアンと一緒に歩く。
向かうのは国王の執務室だ。
これから入学試験までの間、城でお世話になるのだから、きちんと挨拶しておかなければならない。
執務室の両開き扉の前に立つと、カーネリアンが側に立っていた兵士たちに声を掛けた。
「フローライト王女だ。お前たちも話は聞いているだろう? 通してくれ」
カーネリアンの言葉に、兵士たちが頷く。
「はい。国王陛下がお待ちです。どうぞお通り下さい」
扉の反対側にいたもうひとりの兵士が、ドアを開く。
「行こう、フローライト」
「ええ」
カーネリアンと一緒に部屋へと歩を進める。
執務机に座っていた人が、こちらを見ていた。
「おお、約束通りの時間だな」
口を開いたのは、この国、スターライト王国の国王。側には宰相も控えている。
会うのはこれが二度目。在位二十五周年を祝う夜会で挨拶して以来となる。
スターライト国王はうちの父より、十歳以上年上でたっぷりとした髭を蓄えており、非常に威厳がある。外見だけなら気難しそうに見えるが、実は結構話しやすい人であることを知っている。
彼自身、戦う人ということもあり、体つきは非常に引き締まっており、髭があっても顔つきは若々しい。
ただ、仕方ないことかもしれないが、戦いを厭う息子のカーネリアンとはあまり相性が良くないのだ。
息子を嫌いというわけではない。だけど優しい息子のことを情けないと彼が思っているのは事実で、それだけはたとえ隣国の国王で将来の義父だと分かっていても、腹立たしいと思っていた。
カーネリアンは、今の優しい彼のままで良いのだ。
強くなる必要なんてどこにもないし、もし強くなってまた心を壊しでもしたら、どう責任を取ってくれるというのか。
色々思うところはあるが、その辺りは綺麗に隠して、お辞儀をする。
「お久しぶりです。この度は、滞在の許可を頂きありがとうございます」
「いや、息子の婚約者だからな。それに最近噂に聞いたが、姫はかなりの強者なのだろう? 我がスターライト王国は強者を歓迎する国だ。存分に寛いでいってくれ」
「……ありがとうございます」
夜会の時より好意的だなと思ったが、どうやらこの一年半ほどの間に、どこからか私が戦えるということを聞きつけたらしい。
スターライト王国が特に強者に敬意を払う国だということは知っているので、国王のこの態度も頷けた。
女性が戦うことに眉を顰めるよりも強い方が大事なのである。それはそれで、私には息のしやすい国だと思う。
カーネリアンには合っていないと思うし、一日も早く私の国に来て欲しいと願っているけど。
国王と和やかに会話をする。その間、カーネリアンは少し離れたところに立っていた。
私が挨拶をする邪魔をしないようにと気遣ってくれているのだろう。
国王と話を終え、部屋を出る。
知らず緊張していたのか、無意識にほうっと息が零れた。
カーネリアンが優しい声で話し掛けてくる。
「お疲れ様、フローライト」
「ありがとう。ふふ、あなたのお父様って威厳があるからどうしても緊張してしまうのね」
廊下を歩きながら話をする。
カーネリアンは用意された私の部屋へ案内してくれようとしたが、ちょうどそのタイミングで、彼を探しにきた侍従が足早にやってきた。
「ああ、殿下。こちらにいらっしゃったのですね。お探ししました」
「ん? 何。今日はフローライトが来るから、急ぎの用件以外は無視するって言っておいたはずだけど」
カーネリアンの声が低くなる。
彼の機嫌が悪くなったことに侍従は気づいたようだったが、気にする余裕もないのか、焦ったように口を開いた。
「その急ぎの用件です。……例の案件、思ったよりも時間が掛かりそうで――」




