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あなたがいないのに

「ごめん、フローライト。愛してる。どうか幸せになって」

 私の手を握り、弱々しく微笑むカーネリアンに、必死に首を横に振る。

 スターライト王国の王城にある彼の部屋。その寝室でベッドに横たわる彼は、今にも儚くなってしまいそうだ。

 第二王子、カーネリアン。

 夜空に煌めく星々のような銀色の髪と、緑と青のオッドアイが綺麗な彼は、リリステリア王国王女である私の婚約者だ。

 周囲には私たち以外、誰もいない。

 最期の時間を過ごす私たちに皆が遠慮してくれたのだ。

「私のせい……私のせいでカーネリアンは……」

 枯れ果てたと思っていた涙がまた溢れ出す。

 二年前、私は復活を遂げたばかりの魔王に攫われた。

 私の中にある特殊かつ膨大な魔力が狙いで、当時城にいた私は為す術もなく、彼の根城に連れて行かれてしまったのだ。

 それを助けてくれたのが、婚約者のカーネリアン。

 私は子供の頃から引っ込み思案で、かなり内気だった。そしてカーネリアンも穏やかな性質で、生き物を傷つけることさえ嫌がるような人。

 戦いなどとんでもないという彼を周囲の人たちは「軟弱者」と罵ったが、私は優しい彼のことが大好きだったし、私たちの仲はとても良好だった。

 このまま彼に私の国を継いでもらって、将来はふたりで穏やかで平和な国を築こうと約束だってしていた。

 だけどその約束も、全部台無しになってしまった。

 本来、戦うことが好きではなかった彼は、私が攫われてしまったことにより、剣を取ることを余儀なくされたのだ。

 戦いは嫌いでも、才能はあったカーネリアンは、その力で魔王を倒し、私を助けてくれた。

 嬉しかった。まさか戦いを厭っている彼自ら迎えに来てくれるなんて思いもしなかったから本当に嬉しかったのに。

 幸せはつかの間。長きに亘る戦いに心を少しずつすり減らしていたカーネリアンは帰国直後に倒れた。

 優しい彼には、戦いはストレスでしかなかったのだ。心をむしばまれたカーネリアンはどんどん衰弱し、その命は今や風前の灯火だ。

 私に向かって微笑んでくれている今も力はなく、いつ目を閉じてしまってもおかしくない有様。

 私があの時、魔王なんかに攫われなければこんなことにはならなかったのにと思うと、後悔ばかりが胸を過る。

「泣かないで、可愛い人」

 震える手が私の目尻に溜まった涙を拭っていく。

 それを、目を閉じて受け入れた。

「君を助けたことを私は後悔していないよ。愛しい君を助けるのは私しかいないから。こうなったのは私の心が弱かっただけのこと。君のせいじゃない。だからどうか泣かないで。この結末に私は満足しているんだ」

「いや……そんなこと言わないで」

「愛してる。あの世で君の幸せを祈っているよ」

「いやあああああ……!」

 号泣するも、彼は私を見つめるだけだ。その目がゆっくりと閉じられていく。

 命の灯火が消えていくのを目の当たりにした私は、慌てて彼に呼びかけた。

「カーネリアン! カーネリアン! 駄目、目を閉じないで!」

 必死に呼びかけるとカーネリアンは一度だけ目を開けた。だが弱々しく微笑むと、力を無くしたように、再度目を閉じてしまう。

 彼の全身から力が抜けていく。生命の輝きが消えていく瞬間を目の当たりにし、わなわなと震えた。最早目の前にあるのはカーネリアンの入れ物でしかない。彼は死んでしまったのだ。

「カーネリアン……いや……いや……!」

 錯乱したようにカーネリアンにとりすがり、揺さぶるも、彼は何の反応も返さない。

「ああ……」

 足の先から冷えていく感覚がする。身体から力が抜け、耐えきれなくなった私はペタンと床に座り込んだ。恐らくは部屋の外で待っているだろう侍医たちに彼の死を伝えなければと分かっていたが動けなかった。

 ただノロノロとスカートのポケットをまさぐる。

 取り出したのは毒薬だ。即効性の、飲めば確実に死ねる薬。

 彼の命が危ないと知った時から用意していた。

 死ぬ時は一緒に逝きたいと、そう思ったから。

 カーネリアンには言わなかった。

 言っても受け入れてくれないのは分かっていたから。

 君は生きてとそう言われると知っていた。

 彼は優しい人だから。

 でも――。

「……」

 立ち上がり、カーネリアンの顔を見つめる。穏やかに眠る彼は、最近はずっと浮かべていた苦しげな表情から解放されていた。

 最期に私の幸せを願って死んでいった彼。その彼に語りかけた。

「私、あなたがいない世界で幸せになんてなれないの」

 結局は、そういうことなのだ。

 彼のいない世界は私にとってなんの魅力もない。今まで色づいていたはずの世界が急速に色を失い、白と黒の味気ないものに変わっていく。

 無味乾燥。なんの面白みもない世界。こんな場所でこの先を生きていくことに何の意味も見いだせない。

 躊躇せず、一気に毒薬を呷る。

 床に膝をつき、彼の手を握ってリネンに顔を預け、目を閉じた。

 思い出すのは後悔ばかりの人生だ。

 私が魔王に攫われなければ、私が弱くなければと、もう終わってしまったことばかり考えてしまう。

 でも、実際そうだと思うのだ。

 私が攫われなければ、カーネリアンは戦いに赴く必要もなかった。

 内気な私は魔法どころか運動も苦手で、為す術なく攫われた。

 私に魔王に抵抗できる強さがあれば、彼は今も私の隣で笑ってくれていただろうに、私のせいで死んでしまった。

 優しい彼を戦わせてしまったから。

 彼には才能があった。欲しくもなかった戦いの才能が。

 魔王との戦いでそれは花開き、軟弱王子と皆から馬鹿にされていた彼は今や最強王子と呼ばれるまでになった。

 だけどそれは彼には嬉しいことではなかった。優しい彼は敵を倒すたびに精神をすり減らし、そうしてついには死んでしまったのだから。

 私を残して。

「でも、大丈夫」

 体温が急速に失われていく彼の手を握りながら、呟く。

「すぐに……そっちに行くから」

 毒が効いてきたのだろう。身体に力が入らなくなってきた。その反対に心臓は握り潰されているかのような痛みを感じる。

 でも、それで良かった。確実に死ねるのだと実感できるから。

 愛する人の側に行けるから。

 最後の力を振り絞り、身体を起こす。

 死ぬ前に、もう一度彼の顔を見たかった。

「カーネリアン……愛してる――」

 ただ眠っているようにしか見えない彼に愛を囁き、冷たくなった唇に己の唇を重ねた。

 今まで何度もしてきた行為。

 彼に触れられるたび、幸せに感じていたけれど、まさかキスをしてこんなに悲しい気持ちになるとは思わなかったし、一生知りたくはなかった。

「っ……」

 毒が全身に回ってきたのか、視界が点滅する。身体を支えていられない。

 彼の上に重なるように倒れ込む。

 ――ずっと、あなただけ。

 暗闇に呑み込まれるように私の意識は消え失せた。



ありがとうございました。

しばらく毎日更新したいと思いますので、お付き合いいただければと思います。

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