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最終話

 気が付くと、目の前には……あぁ、定番の花畑。

 ついに私もここに来ることになってしまったのか。


 立ち上がると、自分が子供の姿になっている事に気が付いた。ちょうど十二歳くらい、あの時の、あの戦争の時の恰好。軍服の支給など勿論無く、普段着でライフルを持って走った。全身泥まみれになりながら。


 でも私の手はまっさらなままだ。体もどこも傷ついていない。


「来てしまったのか」


 すると私の目の前に現れる誰か。

 その人はあの夢に出てきた……私が撃ち殺した男。そして私を助けてくれた男。さらにそして、ミュヘン君のお兄さん……?


「貴方は……ミュヘン君のお兄さんですか?」


「そうだよ。全て見ていたよ。弟の世話をしてくれてありがとう」


 男は姿勢を低くし、目線を私に合わせながら頭を撫でまわしてくる。

 まるで子供扱いだ。いや、私は今子供だった。


「でも……ミュヘン君は私の事を許せないみたいで……」


「あぁ、そうみたいだ。ちょっと背がこれ以上伸びない呪いをかけてやろう」


 なんと残酷な事を。成長期の男の子にその呪いは残酷すぎる。ただでさえ、シアちゃんの方が背高くなりつつあるのに!


「お兄さんは……怒って無いんですか?」


「怒る……何に?」


「私に……」


 するとお兄さんは本当に可笑しかったのか、若干苦笑いも混じった笑みを浮かべる。


「嬉しかったよ。君を助ける事が出来て、俺は軍人になって良かったと思った。君もそうだろう?」


「……はい」


 私は力強く頷いた。生徒を助ける事が出来た。それが出来たのも、あの戦場での経験があったからだ。あの経験を含めた全てのおかげで、私は大切な者を守れた。


「さて……じゃあ、ちょっと失礼するよ」


 お兄さんはそのまま私を抱っこすると、花畑の切れ目、崖っぷちへと。その下は何も見えない。光のもやがひたすら、うねっている。でも綺麗だ。思わず見とれてしまう。


「高いところは苦手かい?」


「まあ、命の保証さえされていれば……どんな高さでも平気です」


「それは良かった」


 するとお兄さんは、あろうことか私をポイっと投げ……って、おいゴルァ!


「ちょ、ちょちょちょちょちょ!」


「弟によろしく伝えておいてくれ。背を伸ばしたかったら、俺の気持ちも少しは考えろとね」


「ちょ、なん……えぇ?!」


 落ちていく。

 光のもやに飲まれ、お兄さんが豆粒くらいになったころ、一気に視界は真っ暗になった。





 ※





「……教官、教官! 起きて下さい! なんで……なんで……」


「教官! 嘘だろ……なんでっ……」


「教官、教官ってば! お寝坊さんは……ゆるしませんよ!」



 愛しいと思える生徒達の声が聞こえる。

 ゆっくり、私は瞼を開いた。目の前には私のクラスの子達が、泣きべそをかきながら私を見下ろしている。


「……ぁ、教官? 教官!」


「目を覚ました! 誰か、医者拉致って来い!」


「大丈夫ですか? 教官……」


 大丈夫……じゃないが、なんとか体を動かす事は出来るようだ。

 手を握ると力が入る。そのまま私は上体を起こした。私の片足は無くなっているが、止血されているようだ。


「教官んんんんんん!!!!」


 シアちゃんに抱き着かれ、再び強制的に寝かされる私。

 わかった、わかったから……


「し、シアちゃん……苦しい、許して……」


「許しません! 何一人で突っ込んで……ゼルガルドと戦ってるんですか! しかも生身で! 前代未聞ですよ!」


 ぺちん、と優しく頬を叩い来るシアちゃん。

 叱られた……


「……それより、私よく助かったわね……絶対死んだかと思ったのに……」


「オルガ大佐が教官に覆いかぶさって……」


 オルガ大佐……?

 あぁ、よかった、生きてたのか……いや! その状況なら、あの人死んでるんじゃね?!


「お、オルガ大佐は無事なの?」


「はい。ケロっとしてますけど……」


 なんですと。


「オルガ大佐って意外とマッチョで……ゼルガルドの破片を自力でどけて、教官を抱きかかえて出てきたんです。もうヒーローって感じでカッコよかったですよ!」


 なんと。

 マッチョだから助かったという事か。筋肉は全てを解決するというのは、あながち嘘では無かったと……。


「今も本国の軍を指揮して……残党が居ないか捜索中です。ゼルガルドに乗っていたパイロットは死んじゃいましたけど……死体もミンチよりも酷い状態で身元の判別は難しいそうです」


 そうか……ケロっとしてるな。蛙みたいだ。


「でも教官は駄目ですからね!」


「え、何が?」


「しばらく絶対安静です! ベッドに縛り付けて私が教官にご飯食べさせてあげますから!」


 いや、体は動くし……足以外は大した傷ないし大丈夫……だと思いたい。


「……ミュヘン君は?」


「ミュヘン? ぁ、そういえばあいつ何処に……」


 私はシアちゃんに肩を貸してもらいながら立ち、辺りを見回した。生徒達が崩れた塔に人が取り残されていないかと捜索していたり、本国の軍人と共に学校の敷地内を警備したり。頼もしい事この上ないが、ミュヘン君の姿が無い。


「教官? どうしたんですか?」


「シアちゃん、ミュヘン君が落ち込んだ時に向かう先……分かる?」


「あぁ、裏の高台ですか? でもあそこは今本国の軍人が占領してて……」


「悪いんだけど……連れてってくれる?」




 ※




 シアちゃんに肩を貸してもらいながら、学校の裏手にある丘の上へとやってきた。たまたまそこを占領していた軍人の統率をとっていた人間は、私の古い知人だったため、簡単に入る事を許可された。


「驚いた……教官って本当に大尉だったんですね……みんな敬礼してましたよ」


「今はもう役立たずだけどね……」


「五月蠅い、ころすぞ」


「ご、ごめん……」


 シアちゃんは先程から私が弱音を吐くと叱ってくる。

 しっかり私の体を抱えて、丘を登ってくれるシアちゃん。私はほとんど歩いていない。ほぼほぼシアちゃんに持たれている状態だ。それなのに息一つ乱さないシアちゃん。こんなにも鍛えられていたのか。鍛えたの私の筈なのに、なんだか奇妙な気分になる。


 私が育てているのは軍人だ。いつかは戦場に赴く事になる。少しでも生き残る可能性が上がるならと鍛えてきたけど……今更になってそれが正しい事だったのか、と思えてくる。


 鍛えれば鍛えるほど、この子達は危険な戦地へ送られるだろう。

 

「教官……付きましたよ」


 高台の、学校が見下ろせる位置までやってきた。

 そこに転がっている岩の上に腰かけている生徒が一人。


「ミュヘン君」


 シアちゃんに抱えられながら、ミュヘン君の前へとやってくる。

 するとミュヘン君は、ハンドガンのセーフティを外したまま……抱えていた。


 引き金に指をかけたまま。そしてその指は……親指。


「ミュヘン……? あんた、何して……」


「シアちゃん、ここで見聞きした事は秘密にしておいて。最重要軍事機密よ」


 いいながら、私はミュヘン君の手にあったハンドガンを奪い、玉を全て地面へと捨てる。ついでにスライドも分解して外しちゃう。


「ミュヘン君。あの世で……お兄さんに会ったわ」


 シアちゃんは何いってんの? と私の頭を疑うような目を向けてくる。

 あぁ、そんな目で見ないで……クセになりそう。


「兄さんは……何と言ってましたか……」


「背がこれ以上伸びないように……呪ってやるって」


「そう……ですか」


 普通に会話する私達を、シアちゃんは双方に顔を向けながら困惑していた。

 一体何の話してんの? みたいな感じに。


「教官……僕は……」


「私の生徒よ」


 それまで俯いていた顔をあげるミュヘン君。

 美男子な顔が、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。


「自分から志願してきたんだから……最後まで付き合ってもらうわよ」


 ぐしぐしと袖で顔を拭きまくるミュヘン君。

 そして立ち上がると、いつものミュヘン君に戻っていた。無表情でキリっとした顔つきの、いっぱしの軍人ぶってる少年に。


「シア、変わる」


 そしてシアちゃんから私を奪うと、今度は……ってー! お姫様抱っこ?! ちょ、恥ずかしい!


「みゅ、ミュヘン君、流石にこれは恥ずいっていうか……」


「オルガ大佐に見せつけてやりましょう」


 ニヤっと笑う彼の笑顔に、彼のお兄さんの面影が残っていた。

 私の生徒はいつのまに、こんなに大きくなってしまったのか。





 ※





 あれから数か月。私は相変わらずこの学校で教官をしている。

 軍の技術部に作らせた義足は良い調子だ。何気に自動小銃も仕込める特別性。正直、教員職の私には不要な機能だが、あの変人共に頼んだ私が悪いのだろう。


 学校の警備は増強された。最新鋭のゼルガルドも配備され、生徒達にも操縦の術を教えるそうだ。なんとオルガ大佐自らが。今では生徒に大人気の授業となっている。だがオルガ大佐は滅茶苦茶厳しいらしく、泣いて帰ってくる生徒も少なくない。まさにシアちゃんがその一人だったんだが。


「うええええええん! 教官んんん! オルガ大佐が……オルガ大佐がいぢめる!」


「良かったじゃない。厳しくされるって事は、頼りにされてる証拠よ」


「もうオルガ大佐の授業うけないぃぃぃ」


 そんな事言わずに……と、慰めるのが私の日課となっていた。

 しかしそれだけに、オルガ大佐の授業に出る生徒は真剣で真面目な子のみになった。シアちゃんがその中でトップの成績を取ってくれたから、私も鼻が高い。


 さて……私も授業頑張るか。


 今日も私は、私の教室へと入る。


「はーい、席につけー」


 少しでも、この子達が生き残れるように。

 未だに私がしている事は正しいのかどうかわからない。

 

 でも許される限り……私はこの子達の教官であり続けたい。


 

 fin



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