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第四話

『貴方の言葉が心に突き刺さる度、私は色々な意味で悶絶しそうになった。悪気のない正論程、性質の悪い物は無い。でも貴方の言葉だからこそ、私の心は色々な意味で悲鳴を上げるのだ。その悲鳴は何処か悲し気で、心地よく響き渡る』



 この寄宿学校は、元々と言えば軍の重要拠点の一つだった。今私が居る、この塔もかつては見張り台として利用されていたとか。

 しかし好奇心旺盛で多感な年ごろの生徒達は、面白おかしく様々な噂話を作り出していた。かつてこの塔は罪人の処刑に使われていて、餓死するまで閉じ込められた人物が居たんだとか。もしその話が本当ならば、かなり豪華な牢屋と言える。わざわざ餓死させるために、軍にとって重要な役割を持つ建造物を利用する筈も無いが、火のない所に煙は立たない。


 そして私はオルガ大佐が滞在している部屋の前までやってきた。時刻は午後十一時を回っている。既に消灯時間。とはいえ、消灯しているのは生徒の寮だけだ。しかしこの塔の中も真っ暗になっていた。


 オルガ大佐は今、何をしているのだろうか。もしかして既に眠ってしまっているかもしれない。あぁ、きっとそうだ。だとすれば私が訪れて起こしてしまうのは悪い。今日は黙って引き返して……


「どうぞ」


 するとノックもしていないのに、中からオルガ大佐の声がしてきた。私は思わず裏声混じりに「はい」と返事をしつつ、その扉を開いた。


 中は暖炉が部屋を暖かくしており、オルガ大佐はその暖炉の前で椅子に腰かけながら本を読んでいた。小さなテーブルの上には葡萄酒とお肉。


「酒は飲めるか?」


「ぁ、いえ、私は……」


「飲めるな。付き合え」


 いやいやいや、強引過ぎるだろ。一人で尋ねてきた女に酒を飲ませるとか……いや、落ち着け私。オルガ大佐がそんな事を考えているわけがない。


「い、頂きます……」


 オルガ大佐はグラスへと葡萄酒を注ぐと、そのまま私にも椅子に座れと促してくる。二人で暖炉へと斜めに向かうように座り、私は火を見つめながら心を落ち着かせようとしていた。


「ロレンツォ様から聞いている。私に相談したい事があるそうだが……」


「え、えっとですね……」


「その前に一つだけ謝らせてくれ。昨日の事だ」


 昨日……?

 なんだ、昨日……オルガ大佐が謝るような事など……。


「まさか本当に百周走るとは思わず……無茶な数字を言ってしまったと反省している。すまなかった」


「……は、はぁ……」


 えっ、謝りたい事ってそれ?

 別にそんな事わざわざいう程の事でも……。それとも、私が根に持っているとでも思っているのだろうか。百周も走らせやがって、このコンチクショウが! とか思える筈も無い。大佐という階級まで上り詰めた人間に、反感の意思を持てるほど私は逞しくも無いし。


「オヴェリア大尉……貴殿はコルニクスの出身だったか」


 すると突然に、唐突にオルガ大佐の言葉に体がビクっと反応する。

 ミュヘン君の話では、オルガ大佐は最凶の軍人。オルガ大佐の息子を殺したのは私では無かったが、コルニクスの兵に殺された、というのは事実かもしれない。そうなると私は仇と同郷の人間。


「中々に輝かしい戦歴だ。ゴルベーザ特殊部隊に抜擢、アランカルト平原での軍事訓練ではトップの成績、マグダシア共和国との共同訓練では……あちらの上官を殴り飛ばしている」


「あ、あの……」


「そしてフィオレンティーナ大山脈での遭難事故で、男二人を担いだまま下山。手足の指を凍傷に犯されつつも、数時間後には再び捜索活動に参加。大した人物のようだな」


 一体何の本を読んでいると思ったら……それはこの学校の教官の情報を書き記した物だったのか。ロレンツォ様の差し金か……?!


「どうした、飲まないのか?」


 オルガ大佐は葡萄酒を一口。それにつられるように、私も恐る恐る口を付ける。

 なんだ、この酒。美味すぎる。香りも味も……色も綺麗だ。


「気に入ったか? アーギス連邦で好まれているワインという物らしい。葡萄を発酵させて作るそうだ」


「アーギス連邦……敵国で好まれている酒を……嗜んでおられるのですか?」


「敵ではない。今は既に和解している」


 それは……そうかもしれないが、今も尚、あの戦争を忘れられない人種同士の衝突が起こっている。表面上は和解しているかもしれないが、睨み合っているのも事実だ。なのに軍の上層部、大佐ともあろう方が……。


「彼らが……憎くは無いのですか? 戦争をしたのに……」


「そういう貴殿は憎いのか?」


 そう言われて私は我に返るように思い返した。あの戦争は誰もが望んで行った事じゃない。避けられない物だったのだ。この星の人間は全て同じではない。主義主張は誰もが異なるし、主教も人種も地域ごとに変わってくる。最初は小さな対立だった筈だ。それがいつしか大火へと膨れ上がってしまった。


「人種が違おうが、異教徒だろうが、優れている物は優れているのだ。それを嗜む事の何が悪い。……と、別に貴殿を批難しているわけじゃないが……。そうだな、コルニクスにとってはいい迷惑だったか」


「そ、そういうわけでは……無いのですが……」


「話が逸れてしまったな。それで……私に相談したい事とは?」


 再びお酒を口にするオルガ大佐。なんだかイメージと違う。もっと堅物だと思っていたが、今私が得た印象は……柔軟な思考の持ち主で、私のような人間にも気を使ってくれる人だ。


 私は少しだけお酒の力を借りようと、多めに一口を。

 この方はどんな答えを私に齎してくれるのか。それが聞きたくなってしまった。


「私は……十二歳の時、コルニクスで徴兵され、この帝国へと攻め入りました。その際、襲撃に合い……私は無我夢中で持っていた銃剣の引き金を引きました。その弾が……一人の帝国軍人の命を……奪ってしまったのです」


 オルガ大佐は暖炉を見つめながら、私の話に耳を傾けてくれる。

 なんだ、この気持ちは。胸から言葉が溢れてくるようだ。


「しかし私は……その殺してしまったかもしれない人間の事を忘れてしまっていて……。思い出したのは……今日の朝、目覚めた時です。夢の中で、あの時の光景が……出てきて……」


 きっとオルガ大佐は、なんだそんな事か、と思っているのかもしれない。

 でも期待してしまう。この方は……真剣に答えてくれると……。


「続けてくれ」


「……はい。私は……帝国軍人の命を奪いつつも、帝国軍人の手で助けられました。今こうして過ごしていられるのも帝国のおかげです。しかし……私は忘れてしまっていたのです、尊い命を奪ってしまった事を」


 オルガ大佐は深く椅子に腰かけながら、再びお酒を一口。

 そして暖炉の火を見つめながら


「我々が他者の命を奪う理由は何だと思う」


「……理由……ですか?」


「そうだ」


 理由……我々と言うのは軍人を差しているのだろうか。軍人が他者を殺す理由……それは……


「……国のため……」


「もっと単純な、根本的な理由だ。といっても人それぞれかもしれんが、私は……自分の生命と、その生活圏にいる人間を守るためだ」


 それは……まあ、その通りだ……。


「私にとって、家族がそうだった。と言っても今は既に私の家族は旅立ってしまったが」


 思わず背筋に寒気が走った。オルガ大佐の息子、あの資料を見るまでは私が殺した物だと思っていた。今でも心のどこかで、小さく私は私自身を疑っている。あの夢の男は……オルガ大佐の息子で、本当は私が殺したんじゃないかと……。


「私の息子は、その私の教えに従順だった。いや、従順すぎたのだ。貴殿はあの資料を見たそうだな」


「……はい」


「息子は狙撃され、すでに助かる見込みが無かった。しかしまだ息はあった。その時、息子を看取った者の話によると、息子は目の前の敵を助けたそうだ」


 敵……?


「ほぼほぼ相打ちの状態で、息子はもうすでに自分の生命が消えかかっている事を察したのだろう。つまり……他者を殺す理由が消失したという事だ」


「……自分が死にかけているのに……?」


「そうだ。息子は自分の止血をせず、敵の止血をして息絶えた。息子を看取った者は、その意思を尊重して……その敵を救護した」


 まるで……私のようじゃないか。

 私もあの時、肩と腹に銃弾を受けて……でも帝国軍人に助けられた。

 

「あの時助けられたその敵は……息子の事を覚えてくれているだろうか」


「……それは……」


 私は……何も言えない。

 忘れていたじゃないか。あの夢を見るまで。

 

「いつか……会いたいものだ。仇を討つのではなく、息子の事をどう思っているのか、あの子の最後はどうだったのか、語らいたい物だ」


「何故……仇は討たないのですか?」


「息子が助けた命を私が奪えと? それは息子を侮辱しているとしか思えない行為だ。それはあり得ない。ただ聞きたい。あの子の最後の記憶を、その人間の口から」


 私が殺した人間の……身内もそう思っているのだろうか。

 いつか会いたいと。なら、私に出来る事は……。


「オヴェリア大尉。貴殿が殺したという軍人、その彼もまた自分の生命と家族を守るために戦っていたのだろう。しかしそれは貴殿も同じ筈だった筈だ。同じ理由で戦った者同士……そして生き残った方は、最後までそれを貫く必要があると……私は思う」


「……はい」


「……とは言っても、貴殿は既に貫いているか。一教官にしておくのは勿体ない程の経歴の持ち主だ。いや、だからこそロレンツォ様のお目に留まったのだろう」


 半分程飲んだグラスへと、酒を新たに注いでくるオルガ大佐。

 そして暖炉の火へとグラスを掲げながら


「私も……それをするためにここに来た。家族を失ってしまった私にとって、出来る事と言えば……少しでも多くの子供を守る事くらいだ。だが軍人を育てるという事は、いつかまた起きる戦争で他者の生命を奪わせる事になる。そしてその他者の中には……子供も居るだろう。この矛盾はどうするべきか……」


「……その矛盾……どうか私にも背負わせて下さい。いつか、私の番がくる日まで……私は自分の道を歩み続けます」


 お前はその矛盾の中でもがき続けろ、と言われたらどんなに楽だったことか。

 彼らを育て上げる事で、誰かの命を奪わせる事になる。でも育てなければ、彼らが死ぬことになる。

 軍人が戦う理由は自分の生命と生活圏に居る人間を守る為。


 私が殺した男も、そうだったのだろう。いつか私の番が回ってくるまで……私は……背負い続けなければならない。


 この矛盾と、あの男の記憶を。




 ※




『こちら神父。羊の用意は出来たか』


『滞りなく。英雄の卵達に幸運を……』





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