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第三話

『貴方に出会えて良かった。そう思える日がいつか来る事を願いつつも、心のどこかで私は、出会わなければ良かったと思っている。でも出会わなければ今の私は無い。だからせめて願う。貴方との出会いは、決して偶然では無かったと。この道は、私が選んだのだと』



 校内に建造された巨大な塔。ここにはありとあらゆる情報が常に収集され続けている。多くは生徒の学習用だ。だが中には軍の機密情報も混ざっている。

 その中には戦死した人間の記録も。誰が何処で戦死したか。


「……ランジスト……」


 私はその分厚い本を引っ張り出し、人目から隠れるように隅の方の席へ。そのまま目当ての軍人の名前を探していた。帝国内でランジストの名は中々に多い。私はその中から、顔写真を見つつオルガ大佐と似た男を探す。


「……アスタ・ランジスト……」


 居た。オルガ大佐の面影が残る若者が。

 当時の年齢は二十五歳。死因はライフルによる狙撃……狙撃?


「……狙撃……」


 まさか……私が殺した男ではないのか?

 だが他にランジストでオルガ大佐の面影が残る顔は無い。この男で間違いはない……筈だ。

 どことなく私の夢に出てきた男にも……似ているような気がする。


 だが死因は長距離からの狙撃とある。勿論、十二歳の私にそんな芸当が出来る筈も無い。


「違う……のか? いや、まだ……」


 そうだ、場所だ。

 この男は何処で……


 アスタ・ランジスト。クエーツ平原にて戦死とある。

 クエーツ平原……。私が無茶な陽動作戦で駆り出された土地が、正確になんという土地なのかは知らないが……少なくともクエーツ平原では無い筈だ。その平原は帝国内の領土では無い。正確にはアーギス連邦内の……


 それを確認した瞬間、全身から力が抜けるのが分かった。

 私は殺していなかった。あぁ、なんでもっと早く確かめたかったのだろう。私では無かった、私じゃ……無かったんだ……。いや、しかし……ならあの夢の、あの男は誰なんだ? 私は確かにあの時、誰かを……


「おや、そこに居らっしゃるのはオヴェリア教官では無いですか」


 いつのまにそこに居たのか、白髭を蓄え燕尾服に身を包んだ老人が私の向かい側へと立っていた。思わず私は立ち上がり敬礼をしてしまう。この方こそ、実質この学校の最高責任者。庶民的な言い方をすれば校長先生だが、軍部では知らない者は居ないとされる程の英雄。帝国内において、数えきれない程の勲章を得た人物。


「あぁ、どうか楽に。私はすでに軍人ではありません。今は余生を嗜む一人の老人ですので」


「ご、御冗談を……貴方程の方が……ロレンツォ・アリグラータ将軍」


「将軍は()して頂きたいですな。この歳まで無様に生き残ってしまっただけの事。偉大な軍人とは戦死した者達です」


 私が見ていた資料が何か分かっているのか、ロレンツォ様は優しい笑顔でそう語り掛けるように。

 ロレンツォ様は私へと座り直すよう促すと、自身も私の向かい側へと静かに着席する。とても齢八十を超える様には見えない。私とてそれなりに鍛えられてきた方だが、一瞬で失神させられてしまう自信がある。


「して……本日はどうされました。そんなものまで引っ張り出して……」


 ロレンツォ様はまるで生徒と面談するかのように私へと質問を。

 私は一旦資料を閉じつつ、どう説明しようか悩む。まさかオルガ大佐に一目惚れし、その息子を殺したのが私かもしれないから確認しに来た……などと言える筈も無い。


「え、えっと……実は……その……」


「……オルガ大佐関連ですかな? 彼程の人物がこんな静かな学び舎へとやってきた物だから、色々と噂話が広がっているようですな」


 噂話……。オルガ大佐の息子がコルニクスの兵に殺された、というのもその中の一つなのだろうか。


「あの……オルガ大佐は何故ここに? あの方程の人物が第一線を退いてまで……」


「本人の希望なのです。アーギス連邦との戦争から十年。和平を結んだとは言え、未だ小さな争いは絶えない。そんな状況に疲れてしまったのかもしれませんな」


「しかし……軍の上層部は許さないのでは……」


「まあ、そこは……実は彼と私は少しばかり縁がありまして」


 成程……。ロレンツォ様が無理やりここへ引っ張ってきたという事か。確かにこの方の口添えがあれば、上層部は黙るかもしれない。納得はしていないかもしれないが。


「しかしまあ、彼は優秀な軍人。生徒達にもいい刺激になるでしょう。しばらくは教官としてではなく、アドバイザー的な立場で居て貰おうと思っていますが」


「アドバイザー……ですか。昨日早速……ご指導を頂きました」


「ははっ、あの対応は素晴らしかったですな。まあ、貴族出のボンボンにはいい薬になった事でしょう。して、オリヴィア教官。貴方は今何にお悩みで?」


 私の悩み……。

 こんな事、人に言えるわけがない。

 しかし何故か……この優しそうな老人の前では……いやいやいや! 相手は紛れもなく英雄の一人だ、この笑顔に騙されるな、この方は私の超個人的な悩みを打ち明けていい方では……


「……実は……オルガ大佐が気になって仕方ないのです……」


 私は何を言っているんだ。

 やばい、心臓のドキドキが止まらない。


「ほう?」


 ものすごく興味がある、と言いたげに、ロレンツォ様は真剣な眼差しで手を組みながら私の顔を見つめてくる。どうしよう、本当に何言ってるんだ、私。


「それは恋煩いですかな? それとも彼のクソ真面目で、若干天然っぽい性格が癪に障るとか……」


「そ、そんな事は……素敵な方だと……思います……」


 いや、私も良くオルガ大佐の事なんて知らんけども。

 いやいやいやいや、違う! 私が気にしているのは、そこでは無く……


「私は……十二歳の時、コルニクスで徴兵され、とある陽動作戦に参加しました。その際、一人の帝国軍人を……殺したのではと……」


 無我夢中で銃剣の引き金を引いた。その弾は、あの夢では一人の帝国軍人へと命中し、絶命させた。その軍人こそ、オルガ大佐の息子では……と思っていた。しかし違う、この資料に記載されている事が本当ならば……。


「成程。もしや、その軍人がオルガ大佐の息子だったではないかと懸念しているわけですな」


「……っ!」


 まるで心を見透かされているようだ。いや、ここまで言ってしまえば誰でも察してしまうだろうに。何故言ってしまったんだ。こんな事、ずっと黙っていれば済む話だった筈だ。


「それでここへそれを確認しにきたと。私の記憶が正しければ……オルガ大佐の御子息はクエーツ平原で戦死された筈ですが」


「……はい、ここにも……そう記されていました」


「ならば貴方では無い。ご安心なさい」


「……しかし、私はあの時、確かに……誰かを殺してしまったかもしれないんです。でもその顔も名前も、思い出せずに……」


 私はとある時期まで、銃剣を抱いていなければ眠れなかった。それは確かに自分が誰かを殺したかもしれない、そう思っていたから。それを打ち消すように、必死に軍の訓練に励んだ。そしていつしか忘れて、ベッドの上で眠るようになって……


「私は……忘れていたんです、自分で殺したかもしれない人間を……。なのに今までのうのうと生きてきて……その上、オルガ大佐の事が気になるなんて浮ついた気持ちになって……」


「のうのうと、というのは違いますな」


 いつのまにか頬へと流れた涙。ロレンツォ様はハンカチを私へと差し出しながら


「私は覚えていますぞ。三年前、フィオレンティーナ大山脈で行われた大規模な軍事訓練。そこに貴方も参加していました。しかし山脈の天候は大荒れに荒れ、五十名以上の遭難者を出した。未だ大多数の人間が行方不明の惨劇ですが、貴方は遭難した大の男を二人、担いで下山してきた」


 フィオレンティーナ大山脈の軍事訓練……。私は後方支援だったが、先発した隊が雪崩に巻き込まれたのだ。すぐに救助隊が結成されたが……その救助隊の中からも行方不明者が出た。


「私はあの時、男を二人担いで下山してきた貴方を見て、かつての英雄の姿を思い返した程です。果たしてただ()()()()と生きていた人間に、そんな芸当が出来るものでしょうか」


「……」


「殺してしまったかもしれない人間がいる。それは軍人として悔やむ事では無い、背負う事です。そして貴方は今も背負い続けている」


 いや、私は忘れていたんだ。自分が犯した罪を……今の今まで……


「しかし今にも潰れそうにも見える。それを一人で背負う必要はありません。共に背負ってくれる人間がいるのなら、頼る事も必要になってくる」


 ロレンツォ様はそれだけ言うと、席を立ち


「今夜……オルガ大佐を訪ねなさい。彼は今、この塔の宿舎に部屋を取っています。先程も言った通り、彼はアドバイザーです。彼なら適切な助言をしてくれる事でしょう」


「こ、今夜……ですか?」


「生憎、昼間は彼もここへ赴任してきたばかりで色々と忙しい。訪ねるのなら生徒が寝静まった夜中が望ましいでしょう。彼には私からも一言口添えしておきますので、必ず赴くように。では……」


 そのままロレンツォ様は行ってしまう。


 今夜、オルガ大佐の元へ……?


 一体、そこで何がどうなるというのだ。





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