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第二話

『貴方の言葉が、その果実に風味を与えてくれる。苦々しい果実は、ほんのりと甘い風味を放ち始めた。それは良いことなのか悪い事なのか。この風味は危険だ。私の心は嵐の夜のように落ち着かない』



 オルガニスク・ランジスト大佐。第一線を退かれたとはいえ、その迫力は食堂にいる生徒全員を敬礼させる程に維持されていた。しかしただ二人、間抜けにも敬礼しない人間が。私と床で悶絶している上級生だ。


 一瞬遅れて敬礼する私。オルガ大佐に見惚れてしまった。

 目が離せない。その凛々しい顔つきから目が……


「説明を。オヴェリア大尉」


 私の名前を知っていたのか。大尉なんて階級で呼ばれたのも久しぶりだ。すると床で悶絶していた上級生は、私が大尉だと知らなかったのか「大尉……?!」と間抜けな声を。だがオルガ大佐に睨みつけられ、シュン……としてしまう。


 そして説明を、と言われた私は咄嗟に


「はっ! 食事前の軽い運動をしていました! 本日の献立は厚切りステーキ! 腹を空かせた方が美味であります!」


 何言ってんだ私。

 どうしよう。


 するとオルガ大佐は、そんな私の言葉に真剣に答えるように


「本日も訓練していた筈だろう。腹が空くほどの訓練はしていないと?」


 ぁ、そうなっちゃうのか。

 しかし全力で乗っかるしかない。


「その通りであります! 我々三名には物足りなかったのであります!」


 必然と巻き込まれるミュヘン君と上級生。しかし元はと言えば二人のせいなんだから仕方ない。


「成程。しかし時と場所は考えて欲しかった。そんなに腹を空かせたければ走るといい。学園外周を百周だ。行ってこい」


「はっ!」


 私達三人はそのまま駆け足で食堂を出る。その時、シアちゃんが床の掃除を既に済ませていた。何とできる生徒だろう。床に零れた厚切りステーキは既に撤去されている。


 私はシアちゃんへとアイコンタクトでお礼をしつつ、延々と……この寄宿学校の外周を走り続ける事となった。




 ※




 百周を終える前に上級生がぶっ倒れ、私とミュヘン君は救護室へとその男を運び込みつつ、再び走るのを再開。あと十五周ほどで百周だ。


「……教官、何故あの男を庇ったんですか」


 これだけ走り続けているというのに、ミュヘン君は割と平気そうだ。というかこの学校広すぎるから、一周で一体何キロあるのか。一生分走らされたような気がする。


「何故も何も、退学させられちゃうでしょ。兵士は貴重よ。彼をこれまで育成するまでに、軍がどれ程お金を使ったと思う?」


 私はミュヘン君の前を走りながら、既に上着も脱ぎ捨てシャツのみになりつつ走っていた。今日は風呂で爆睡してしまうかもしれない。


「教官……奴は教官を……」


「罵ったって? それであんな子供みたいな喧嘩始めたの? 軍人ならあのくらい笑いとばせなくてどうするの。泥を頭から掛けられようが、唾を吐きかけられようが、軍人は感情に流されるような事があっては駄目よ」


 そう、感情に流されてはならない。

 だから私がオルガ大佐に見惚れていたのなんて嘘だ。あれはきっと、あの人の迫力で目が背けられなかっただけだ。


「……教官、俺は……」


「ありがと」


 それだけ言うと、ミュヘン君は口を噤んだ。そして走る事に集中し、私を追い抜かしていく。

 ミュヘン君は優秀でいい子だ。しかしいつかは兵士として戦場に送られる。大戦が終わったとはいえ、小さないざこざは今でも起きている。今、この瞬間にも兵士は戦い死んでいく。


 ミュヘン君もいつか、そんな戦場に足を踏み入れるのだろう。

 それは避けられない。ならば少しでも生き残る可能性が上がるのならば……私は生徒を鍛えなければならない。


 いつか私が体験したように、戦争は避けられない。子供でも前線に投入される。その時、彼らが死んでしまわないように……私は彼らを鍛える必要がある。


 こんなの、ただのエゴだと思われるだろう。

 でも私にはそうするしかないのだ。ただの子供だった私が戦争に巻き込まれる時よりは、マシな状況になるように。

 

 

 ただ、こうするしかないのだ。





 ※





 百周を終え、私とミュヘン君はそれぞれお風呂に。既に時刻は深夜。しかし風呂はいつでも使う事が出来る。当然のように貸し切り状態だ。


「はぁああぁぁ」


 咄嗟とはいえ、あんな嘘をついてしまった自分に今更文句を言いたくなってきた。

 大浴場の湯舟に浸かりながら、思い切り体を伸ばす。冷え切っていた体に感覚が戻ってくる。あぁ、これ駄目な奴だ。確実に寝てしまう。


「はぁあぁぁぁぁぁぁぁ」


 再び大きく溜息。

 なんという心地よさ。そして朦朧とする意識の中、私はオルガ大佐の顔だけが浮かんでくる。そしてあの渋い声も。


「……カッコイイじゃないか……」


 そう呟くと、私はようやくオルガ大佐に一目惚れしたのだ、という自覚が。

 そうか、私はあの時、塔の窓に立っているオルガ大佐を見た時から一目惚れしていたのだ。遠目にしか見ていないのに、顔なんて見えていないのに、何故か見惚れていた。


 それは立ち姿なのか、それともオルガ大佐が放つ特殊なオーラなのかは分からないが、私は既にあの時、恋に落ちていたのだ。


 恋……恋か。相手は帝国人の大佐。紛れもなく……コルニクスを滅ぼした人間の一人では無いか。

 いや、コルニクスなんて国は……もう存在しない。私は帝国人なのだ。それに散々思ってきた筈だ。あの戦争で恨むべき人間なんて誰一人としていないと。


 そうはいっても複雑な心境には変わりはない。

 だって、よりにもよって……ねえ?


「いやいやいや、もうよそう……どうせ叶わない……恋だ」


 だけど……あともう一度だけ。大佐と話してみたい。

 私みたいな人間がどう足掻いても……触れる事すら出来ない人だけど。





 ※




 

 ベッドで泥のように眠る夜。

 私は久しぶりに夢を見た。


 真っ赤な空の下、私は銃剣を握り締めている。私の手は小さい。十二歳の、あの時の大戦の夢だ。


 無我夢中で走り続けた。重い銃剣が自分の命綱だと言わんばかりに握りしめながら、必死に生きる事だけを考えて……いや、そんな事考えてない。ただ本当に、人形のように……。


 途中、丘の上から私達は狙われる。シスタリア帝国の兵団に一斉射撃され、バタバタと回りの人間が倒れていく。私も肩に銃弾を食らい、倒れた。そして無我夢中で引き金を引く。


 その銃弾は……オルガ大佐とよく似た男の額に命中した。


 真っ赤な空が、落ちてくる。


 私を押しつぶすように……落ちて……




「…………」




 目が覚めると既に朝だった。

 全身汗だくで、シーツもびしょ濡れにしながら。


「今の夢……」


 初めて見る夢だ。

 あの男は……まさか……


「教官、教官! お寝坊さんですね! 点呼の時間ですよ!」


 すると扉の外からシアちゃんの声が聞こえてきた。急いで時計を見ると、既にいつもなら起床して軍服に袖を通している時間だ。不味い、完璧な寝坊だ。


「今行く……!」


 扉の外のシアちゃんにそう叫びながら、私は急いで着替え始めた。そして汗でビショ濡れになったシーツを見て思う。


 ベッドで眠る事が出来るようになったのは、一体いつからだっただろう。

 そのベッドの傍らには銃剣。これを抱かずに眠れるようになったのは、いつからだっただろう。


 あの男を殺した事を……忘れた、その日からだったのでは?


『あの人はコルニクスの兵に息子を殺されたんです』


 まさか……その兵というのは……





 ※





 点呼を済ませ、朝一番の訓練を終えて朝食。

 普段と変わらないルーチン。しかし私は食事が喉を通らなかった。


 何故忘れていたんだろう。自分が初めて殺した男の事を。

 しかもその男は、オルガ大佐の息子……?


 あぁ、そうか……オルガ大佐が私の名前を知っていたのはそういう事だったのだ。

 第一線を退いてこの学校に来たのも……そういう事だったのだ。


 全ては息子の(かたき)を討つため。

 

「教官……? どうしたんですか。さっきから何も食べてないようですけど」

 

 シアちゃんは心配そうに私の顔を覗き込んでくる。私はそんなシアちゃんへと笑顔を送りながら、サラダを無理やりに口へと突っ込んだ。


「あの……」


「大丈夫……ちょっと昨日走り過ぎたせいだから」


 ……確かめたい。

 私が殺したあの男……一体誰だったのか。

 調べる事は出来る。この寄宿学校には様々な情報が集っている。あの塔の書庫には、誰がいつ、何処で殉職したのか記されている書物がある。


「……シアちゃん、今日の午後からの訓練、自習にしておいて」


「ええ、そうですね、今日くらいはゆっくり教官休まれて下さい」


「……ごめんね」


 そういいつつ、残りの朝食をかき込み、私は食堂を出た。


 そして同時に足が竦む。

 私が十二歳の頃に殺した男。

 その男が誰だったのか、確かめる。


 確かめてどうする?

 今更確認した所で、一体何がどうなる?


 私はただ……ほんの少しだけの希望にすがっているだけだ。

 本当はあの男は、今もどこかで生きているのではないか、と。

 


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