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蒼山碧海番外編  作者: 望月かける
動乱始末
97/106

龍と妖狐と魔法の小刀(36)エルバハンのバルキア人

 エルバハン


「バルナガラン・ガトゥーシュという、バルキア、ルタンデル大公の命で来た」


 ここまで日よけのフードとして被ってきた木綿の布をとって、真っ白にはなり切らなかった髪に絡んだ砂を落としながら、日焼けした男は名乗った。


 頭上には抜けるような青空。

 雲ひとつない晴天が広がっている。


「まったく、ここにたどり着くまでに空都と砂漠しかないなんて、なんて辺鄙な国だ」


 ぶつぶつ言いながら、バルナガラン・ガトゥーシュは隣で物見遊山を楽しむかのように笑顔を振りまいている男を振り返った。

「あんたはいいよな、あんたの祖父(じい)さんはこの国で生まれたんだろう?」

 バルナガランの愚痴を聞いた男は、パッとバルナガランに顔を向けて頷いた。

「そうなんです、私の祖父はこの国の生まれで、私の名前、ヤフェル・フォルゲンゼルもここの王子にあやかって付けられた名前なんです。祖父がこの国から出たのはもう八十年も前のことですが、当時は盗賊が横行していて、とうとう、殺されてバラバラにされてからも国の守護神として各地に安置されていた賢王子ヤフェル・アーバハンの聖骸を狙い始めたというので、ここエルバハンからまあ一週間ほど距離のあるスタルサランという都市国家だったんですが、そこの有力な商家だった祖父が、スタルサランでお預かりした首と心臓を守るために」

 男は饒舌に喋る。

「金髪の小娘が名乗った名前だ。ヤフェル・アーバハン、そんなやつはシャタンカルの第八環状区にはいなかった」

「侯爵令嬢にこういう言い方は失礼だと分かっていますが、まったく……怖いもの知らずのお嬢さんでしたね。それで」

 続きを喋ろうとしたヤフェルは、後ろから何かにぶつかられてバルナガランの方に向かってよろけた。

「ごめんね、ちょっとそこどいて! タジャン! 魔眼まがん除けあといくつ?」

 ヤフェルにぶつかった少年が後ろの小柄な男に向かって怒鳴る。

「おまえちったあ落ち着けねえのか!」

 小柄な男は少年に向かって怒鳴り返した。

「王宮にも精霊ジナの目があるかもしれないって言ったのタジャンでしょ!」

 タジャンと呼ばれた男は少年の襟に手を伸ばし、首根っこをひっつかむと、タジャンの後ろにいた大柄な男のほうへと少年を力いっぱいに振り投げた。

 少年は大柄な男を見上げ、それからタジャンを睨む。

「ハシムが受け止めてくれて助かった」

「老ジャナハンから精霊ジナの目に気を付けろと言われたのは確かだがな、魔眼除けは貴重品なんだよ」

 タジャンは呆れたように言いながら、少年の前で肩を落とした。

 それを眺めていたバルナガランは、その騒動を見て顔をしかめながら少年の前に立つ。

「王宮の前ではしゃぐな、小僧」

 少年はバルナガランを見上げてからヤフェルを見る。

「あー……ようこそ、エルバハン王宮へ。ここはシャタンカルの第八環状でもなければフォルクサン侯爵家でもないよ?」

「あ?」

 バルナガランは少年に怪訝な表情を向けた。

「ヤフェル・フォルゲンゼルはなんの用? ジャファール兄さんの頭と心臓なら返せないよ。八つ裂きにされないうちに帰ったほうがいいと思うな。ここの衛兵たちはエルバハンの龍たちだから、ジャファール・エルバハンの仇には他よりも厳しいんだ」

 ヤフェルは少年の言葉に首を捻る。

「俺がジャファール・エルバハンの仇だって?」

 少年はヤフェルに向かって頷いた。

「従弟に八つ裂きにされたジャファールの頭と心臓を奪い返しに行ったエルバハンの兵たちを前にして、その頭と心臓を返すどころか、外国に持ち出して逃げた一族だ」

 ヤフェルは少年を前に不機嫌をあらわにする。

「心外だな、うちの祖父は賢王子の加護をひとり占めしようとする盗賊から、王子の聖骸を守るためにバルキアまで逃れた。事情を知らない子供に祖父を貶められるわけにはいかない」

 少年はヤフェルを見つめ、それから呆れたように息をついた。

「盗人猛々しい」

 タジャンが少年を見て鼻を鳴らす。

「ジャファ、知り合いか?」

「……こっちがバルナガラン・ガトゥーシュで、そっちがヤフェル・フォルゲンゼル。その後ろに……オルジェン教授!」

 ジャファと呼ばれた少年は、自分でオルジェンと呼んだ男を見て目を丸くし、それからさらに後ろに、何人かの若いバルキア人がいるのを見た。

「ここまで遠いのにね……バルキアからはるばる来たんだね。どしたの?」

 バルナガラン・ガトゥーシュは、妙な既視感に囚われた。

「人の名前は合ってるんだが、なんだこの小僧……」

 ジャファはタジャンを振り返り、それからバルナガランに目を戻す。

「似た運命の人間って何人かいるって言うね」

 バルナガランはタジャンと呼ばれていた男を見た。

 目が合ったタジャンはバルナガランに向けて大仰に手を広げてから、右手を胸にあてて会釈した。

「ようこそ、エルバハン王宮へ。俺は骨董商なんだが、そこの王子様が骨董屋の常連なんでお目付け役を兼任してることになってる」

「バルナガラン・ガトゥーシュだ。バルキアのルタンデル大公から、この国の医師、イブレイム殿への書状を預かっている。ケシの中毒者を治療するのに長けた名医だと聞いた」

 バルナガランはそう言ってから少しばかり間を置いて、息を吸い込む。

「私の主人が、かつてケシの中毒になったときに、カタラタンの王子による計らいで、リュヌ商会のイェジン殿とイブレイム殿の世話になった」

 ジャファはバルナガランを見つめた。

「主人……バルナガラン、それは、リゲルのこと?」

「なんで小僧が俺の主人のことを知ってるんだ」

「だってリゲルは、主人て言ってもたった一年にも満たないぐらいで……やったことも大公夫人に紹介状を書いた程度で……」

 じっとバルナガランを見つめているジャファを前に、タジャンは咳払いでジャファの気を引く。

「色々あるだろうよ。俺はおまえを利用してカヴェイネンの旦那に龍をけしかけた、その罪滅ぼしも兼ねて、おまえがいる限り今後は真っ当に稼ぐと決めている。こっちの旦那とそのリゲルってご主人様にも、特別な何かがあるんだろう」

 ジャファはタジャンを振り返り、それから「そうだね」と頷いて衛兵に目を向けた。

「俺のお客さんだから通して」

 衛兵はジャファに向けて会釈し、エルバハン王宮の門を開く。

 ただしタジャンだけは、これでいいのだろうか? と首を捻った。

 なにしろ、東西南北にある門のうち、正門は東であり、ここは南の通用門だった。


 *** *** *** *** ***


 応接間は壁に細かいタイルで作られた幾何学模様が施され、大聖堂のように高い天井から吊るされたランプに、透かし彫りの窓から光が差し込んでくる広い部屋だった。暗く、そして寒々しくも見えるが、砂漠に囲まれた気温の高い国では、透かし窓を通り抜ける風が心地よい。


 ヤフェル・フォルゲンゼルはじっと座り込み、うつむいて、ジャファと呼ばれていた少年に言われたことの意味を考えていた。


 仇


 同行してきていたオルジェン教授は、その教え子の表情を見て息をつく。

「フォルゲンゼルというのは、エニシャ語でどう発音するのかな?」

 オルジェン教授に訊かれて、ヤフェルは顔を上げた。

「うちの家名は、祖父がバルキアに移住してから名乗るようになった名前だと聞いています。元はスタルサランの豪商で、アラハンという一族だったそうです」

 オルジェンはヤフェルの説明を聞いて頷いた。

 床に敷かれた絨毯には、人数分、大きなクッションが置かれている。

 そうして並んだバルキア人それぞれの前に、王宮の使用人たちが紅茶と果物を揃えていたが、フォルゲンゼルが「スタルサラン」と言ったときに、彼ら王宮の使用人たちが手を止めてヤフェルに視線を向けた。


 エルバハン人の使用人たちが一度すべて退出したところで、バルナガランがオルジェン教授に向かって手を挙げ、ジャファと呼ばれた少年がヤフェルに言ったことを声に出して繰り返す。


「あの小僧……王子らしいが、王子は、ヤフェル・フォルゲンゼルに対して『ジャファール・エルバハンの仇、兄の頭と心臓を外国に持ち逃げした一族』と言った。すまないが話を整理させてほしい。まず、リゲル・ヴァン・フォルクサンが名乗ったヤフェル・アーバハンというのはエニシャ語でジャファール・エルバハン、この国の王子様の名前だってのは間違いないか?」


 灰色の目を自分に向けてきたバルナガランの質問に、ヤフェル・フォルゲンゼルは頷く。


「その王子様は、殺された?」

「悪魔に殺されたという伝承です。それでも、腐ることのない体は聖骸となって国に加護をもたらすものになったので盗賊に狙われるようになり、各地の領主や豪商たちは盗賊から守るためにその聖骸を隠すようになりました」

 じっとヤフェルの説明を聞いていたバルナガランは、それから、ジャファが言ったことを繰り返す。


「兄王子は従弟に八つ裂きにされた、その頭と心臓を持ったあんたの一族が、エルバハンの兵士たちから逃げたと言っていたが、その王子様が殺されたのはいつの話だ?」

 バルナガランの問いにヤフェルは「ああ」と視線を彷徨わせた。

曾祖父そうそふが若かった頃なので、八十年ぐらい前か百年前か……もっとも、ドラン……バルキアで言う龍族の王子ですから、人間に比べて長命ですよ。彼らは二百年から三百年生きると言います」

 ヤフェルの説明にバルナガランは「へえ」と興味なさそうに流してから、目を見開いてヤフェルを見た。

「三百年?」

「そうです」

 ヤフェルは頷く。

 バルキアから同行していた数人が、ドラン、龍、という種族に興味を持ったのか、ひそひそと言葉を交わす。

「三百年生きる種族だって」

「解剖してみたい」

 バルナガランは怪訝な顔で彼らを見てから、オルジェンに目を向けた。

「なあ法律家の先生、悪魔と従兄弟なら、どっちが現実に存在してると思う?」

 バルナガランの問いに、オルジェンは笑った。

「従兄弟なら、父親か母親に兄弟姉妹がいて、親の兄弟姉妹に子供がいれば存在していることになる。悪魔は……空想の産物か、さもなければ伝説の龍か……」

 オルジェンの苦笑を聞いてヤフェル・フォルゲンゼルはハッとしたようにバルナガランを振り返る。

「三百年生きる生き物にとって、百年前に殺された王子様の死体ってのはおとぎ話のお守りみたいになるもんかね? 人間の四倍ぐらい生きるヤツだ。例えばそいつが人間だとして、八十歳のジイサンが三十歳の若造の死体を、腐らないからってありがたがるか?」

 バルナガランはじっとオルジェンを見つめ、オルジェンは首を振った。

「そう言われると、理解しがたい」

 オルジェンの返答を聞いて頷いてから、バルナガランは息を吐く。

「これでもな、長く警邏けいら隊にいたんだ。殺人事件を起こした悪魔は見たことがねえが、殺人事件を起こす人間は見た。俺自身、事故と証言取引で減刑してもらったが人を死なせた。俺みたいな人間は他人から悪魔と呼ばれることがある」

 応接間が静まり返る。

「煙みたいに消えちまう空想の悪魔には、人も龍も殺せない。だが従弟ってやつには殺せる。なら、悪魔ってのは現実にいて、実際、ここの王子の従兄弟だったんだろう。そうしてそいつは殺した従兄の死体をバラバラにして、まるでありがたい物かのように王子の信奉者たちに与えた。そんなところかね」

 バルナガランは蒼白になるヤフェルをちらりと見た。

「おまえさんのジイサンみたいに、王子の死体をありがたがるヤツは、犯人にとって殺した死体を隠してくれる都合のいい協力者だっただろうよ。よかったじゃねえか、あの小僧はこの国がおまえさんご自慢のジイサンをどう思ってるのか、教えてくれたんだ」

 ヤフェルはバルナガランを見つめて呆然としていた。

「しかし……リゲル嬢があの聖骸を持って行ったあと、私がどれほど親戚中から罵られたか……あなたはご存じないから……まあ……相応以上の補償をいただいて相殺になりましたけど」


 ヤフェルが育った家では、厳重に木箱に入れて封をした遺骸を、聖人の一部としてお守りにしていた。聖骸を盗賊が独占しようとして、奪いに来るのだと、盗賊から聖人を守る祖父たちは英雄のように見えたし、ヤフェル自身も親戚も、それを誇りにしていた。

 それなのに自分たちが守ってきたはずの聖人ジャファール・エルバハンが生まれた国からはそう見られていなかった。

 ヤフェルにとっては価値観を根底からひっくり返されたような衝撃だった。


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 三百年を生きるドランの一族


「うちで守ってきたのは、百年前に殺された、可哀想で慈悲深い王子の聖骸なのです」

 オルジェンが教え子の言葉に頷いた。

「百年前に殺されたのにそのまま腐らないのは神様のご加護だろうと、人間ならば思うだろう」

 バルナガランも頷く。

「だがドランってのは三百年も生きるというなら、百年前に殺されたドランに今でも生きてる家族がいたって変なこっちゃない」


 話が終わらないうちに、エルバハン王の使用人がまた応接間に足を踏み入れてきた。

 その使用人の後に、長身で体格の良い男が入ってきたのをバルナガランは見た。

 立ち上がろうとしたバルキア人を前に、男は手を振る。

「そのままで結構、この応接間は私が私的に人を迎えるときに使っている広間だから気を楽にしてほしい。それで……バルナガラン・ガトゥーシュがルタンデル大公の使いで来るということは、カストール・ヴァン・フォルクサンがなにかしでかしたかな?」

 自分のために用意されたクッションにすとんと腰を下ろしながら、長身の男は笑顔を振りまいた。

 手を挙げたのはオルジェンだった。

「あの……失礼ですが、バルキアの事情にお詳しいのでしょうか」

 長身の男は笑顔のまま頷く。

「カストール・ヴァン・フォルクサンは、今度は何をした?」

 問われて、バルナガランはハッとしてルタンデル大公からの書状を取り出す。

「バルキアにエニシャ産のケシが流入してきております。最初に密輸した者は捕えられましたが、対応が追い付かなくなっており、エルバハンの医師イブレイム殿が治療の専門家だと聞いているので対応をご教示いただきたいと、ルタンデル大公から書状を預かっております」

 かしこまった様子のバルナガランを見て、長身の男は「ふうん」と息をついて顎を撫でた。

「バルキア、エニシャ、スジェ……嫌な繋がり方だね。まるで二十年以上も前の再現のようじゃないか」

 ルタンデル大公からの書状を開きながら呟く男を見て、バルナガランは反応を待つ。

 書状を見た男は、顔を上げて金色の瞳をバルナガランに向けてきた。

「バルナガラン・ガトゥーシュ、第八環状区にある施療院の権利者はルタンデル大公夫人のままかな?」

 目を見開いたのはオルジェンだった。

「第八環状区の施療院までご存じなのですか?」

「その節は先生方のご指導をいただいて助かった」

 男は姿勢をよくしてオルジェンに頭を下げる。

「あの、あなたはどなたなのでしょうか?」

 オルジェンに問われ男は一瞬きょとんとしてから笑った。

「そうか、名乗っていなかったな。ジャファール・エルバハンという。一度は殺されたんだが、ご覧のとおり今は元通りだ」

 バルキア人一行はジャファール・エルバハンの明るい言葉とは裏腹に怖い話を聞いて表情をひきつらせたが、ジャファール・エルバハンは続ける。

「それでバルキア事情に詳しい理由だが、エクセン・ドランに生まれた王龍が時折、ヴェスタブールの者と意識や経験を共有したりするせいで……例えば……そうだな……」

 ジャファール・エルバハンは手を揺らして青く色の付いた水の玉を空中に浮かべた。

 バルキアから来た者は誰もが、その不思議な術を眺める。

「これが、私の意識……魂だとしよう」

 ジャファール・エルバハンはそれをガラスの器に入れた。

「最初のジャファール・エルバハンは、この青いガラスの器を入れ物として存在した。これが私だ」

 それを、ジャファール・エルバハンは壊す。

 ガラスはいくつかの破片として散らばったが、水の玉はゆらりと空中に留まった。

 不思議な光景だったが、人ではない存在がそれをしていると思えば、バルキア人は黙ってそれを見るしかなかった。

「次にこの赤いガラスの器に水を入れてみよう。これが、私が殺されたことで同じ名前を貰った弟のジャファール・エルバハン。赤い器には、元から赤い水も入っているが、この器に青い水も入れたい、そのために、父は一度この赤い器を壊し、青い器とつぎはぎして少し大きな器にした」

 赤いガラスを壊したジャファール・エルバハンは、青いガラスと赤いガラスをつぎはぎしながら、赤と青の水をその器に入れた。

 赤と青の水は交わることなく、つぎはぎされた器に収まった。

 どういう仕掛けかは分からないが、ただ、説明を聞くしかないバルキア人は、その器をなんとなく不自然だが受け入れるしかない物として眺めた。

 ただ、器にはふたつ、大きな穴が開いていた。

 そこから青い水が少しずつ零れ落ちて、器のなかから減っていくが、ジャファール・エルバハンはそのままにしている。

 バルキア人の青年がひとり、青いガラスの破片を拾ってジャファール・エルバハンに渡そうとしたが、ジャファール・エルバハンは何も言わずその破片をヤフェル・フォルゲンゼルの手元に置いて続けた。

「弟と私の魂は、こうやってひとつの姿のなかに共存している。エクセン・ドランというのは、まあ、そういうことができる存在なのだと思ってもらうしかない」

 バルキア人は頷くしかなかった。

「ところが私と弟には、もうひとつ、神様が器を用意していた」

 ジャファール・エルバハンが新しく作った黄色いガラスの器には、フォルクサン侯爵家の紋章が彫り込まれていた。

「その神様は、ここに赤と青の水を入れた。水はつまり私と弟の魂なんだが、黄色い器にはリゲル・ヴァン・フォルクサンという名が与えられていて、フォルクサンでもとりあえず生きてみろと言われてね」

 そう言いながら、ジャファール・エルバハンはヤフェル・フォルゲンゼルを見る。

「私の欠片がバルキアにあるから探せというのが、リゲルに与えられた課題だった」

 ヤフェル・フォルゲンゼルは、手元に置かれた青いガラス片をジャファール・エルバハンに差し出した。

「ありがとう、これで、私と弟の器はそれぞれが揃った」

 パン、とジャファール・エルバハンが手を叩くと、つぎはぎされた二色のガラスで出来た不格好な器は、美しい紫のガラス器に姿を変えたが、一方で黄色の器は割れ、そこに移された赤と青の水は紫の器に戻された。

「さて、赤と青の水は黄色の器に入っていた記憶も持っている。これが、私と弟のジャファールとリゲル・ヴァン・フォルクサンの関係だ」

 にこにこと笑顔を振りまくジャファール・エルバハンを眺めていたバルナガランは、口を開いてから言葉を探して周囲を見回し、それから、ジャファール・エルバハンに向き直った。

「あのお転婆があんたであんたの弟?」

「まあ、そう」

 ジャファール・エルバハンはまた笑い、それから神妙な表情で続ける。

「もうひとつ、カストール・ヴァン・フォルクサンの魂もドランだということを知らせておくべきだろう」

 バルナガランはジャファール・エルバハンの言葉に顔をしかめた。

 ジャファール・エルバハンがこれから続ける言葉は、絶対に、よい知らせではない。

「いい話とは思えない」

 バルナガランの問いに対して、ジャファール・エルバハンは冷笑を浮かべる。

「そう、私を殺した従弟だよ。リゲルとして対峙したのは主に弟のジャファールだが、カストールはそのリゲルを魔女狩りにかけて殺した。私にとってその従弟は一度目の自分を殺した相手というだけでなく、弟を殺した仇にもなったわけだ」

 嗤ったジャファール・エルバハンは「ふん」と息をついてから姿を少年に変えた。

 バルナガランは呆気に取られて少年を見つめる。

「おまえ門前の……」

「弟のほうのジャファール・エルバハン。だいたい、兄さんの姿だとジャファール、俺の格好だとジャファって呼ばれるけど、ヤフェル・アーバハンって呼んでもいいよ」

 ジャファは明るく笑った。

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