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蒼山碧海番外編  作者: 望月かける
動乱始末
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龍と妖狐と魔法の小刀(35)狐と思案

 芝居小屋の女将おかみであるじょうは、西から来た客人である星辰せいしんを前に、言葉もなく椅子に座り込んでいた。


 少し前に彼女を訪ねてきたのは、崔郎さいろうという男の姿をした教え子だった。

 同じ孤児の狐で、まだ子狐のようにしか見えなかった胡娘フーニャンを芝居の男役として仕込んだのは史娘だった。


 三百年、四百年、同じ仲間を探していた。

 育つのが遅く、力のある狐。


 史娘が玲玉と出会ったのは三百年と少し前だった。

 玲玉れいぎょくは、廟にお参りに来たところで、ケガをした狐を拾った。

 少年の格好で廟に来ていた玲玉は、崔郎さいろうと出会って恋をした。

 それを、史娘はずっと見ていた。

 ご飯をくれるときも、暖かい布団をかけてくれるときも、玲玉は崔郎の話をしていた。

 史娘は毎日、それを見て、聞いていた。

 崔郎は別に薄情な男というわけではなかったが、国家試験に合格して高級役人になることが決まったことで、玲玉とは別の娘を妻にすることになった。

 玲玉も、崔郎とは別の男との婚姻が決まった。

 そのことで玲玉は気を病み、弱っていった。


 狐さん、あなたは知っているかしら?

 この世界には運命の人というのがいるのだそうよ。

 縁があれば、輪廻のなかでまた出会って、恋をするの。

 崔郎とはきっとまた出会えると思うわ。

 だから、そのときにあの人が私を分かるようにしておきたいけれど、でもどうしたらいいのか分からないのよ。


 玲玉はそう言いながら泣いた。

 史娘はそれから、長い時間をかけて、玲玉と崔郎の生まれ変わりを探した。

 狐の姿は不便だったが、同じ狐狸精こりせいの先達と出会って、力を持つ者を食らえば人にも化けられると教えてもらった。

 人に化けてからは、玲玉と崔郎の物語を、いつか彼らがこの恋物語を思い出してくれはしないかと、芝居にして人に見せてきた。

 人前でふたりの物語を伝えるうちに知ったのは、こうした悲恋は、人の世界にありふれたものだということだった。

 それでも、いつか玲玉への恩返しとして、崔郎と出会うことができるならと思ってきたものが、その希望がなくなってからは、玲玉と崔郎の物語を演じ続けていれば、彼らはこの物語のなかで生き続け、一番、幸せだったころを何度でも繰り返すのだと、思えるようになっていった。

 胡娘は、百年ほど前に来た子狐だった。

 自分では、もう三十年以上も生きているのだと言っていたが、人や同類の狐狸精を食らうようなこともなく、自力で人に化けられるほどの力を身に着けた。

 その胡娘に崔郎のことを教え、記憶にある崔郎のように振舞えるように教え込んだが、胡娘はいつしか崔郎のように学び、人の世界と芝居小屋や妓楼に売られる子供たちを見て表情を曇らせるようになり、史娘の手から離れて行った。

 他の狐が崔郎を演じられるようになったことも、胡娘が史娘の芝居小屋を離れた理由のひとつだった。

 史娘のなかには、玲玉が好むように仕上げたのは胡娘の演じる崔郎なのだ、という思いが残っていたが、そのことはなにひとつ、胡娘を止めることには使えなかった。


 そうしているうちに、頴州えいしゅうは百年も続く不作に喘ぐようになり、頴州で芝居小屋に売られてきた子供たちが柳州りゅうしゅうに連れてこられて、芝居小屋は大きくなっていった。


 胡娘は、その頴州に新しい州公が来たと聞いて頴州に戻って行った。

 星辰という男が来るまで、史娘は柳州の芝居小屋を続けていた。


 骨を揃えることができれば玲玉を生き返らせることができると、星辰はそう言った。


 史娘は胡娘と別に、玲玉が頴州で生き返るのであればと、かつて史家の邸宅があった場所を芝居小屋の一座が使う場所として買い求めた。

 星辰の言うがままに玲玉の骨を掘り返し、人を集めて邸宅の表に芝居小屋を、地下には阿片窟を作り上げた。

 ケシの中毒で意のままに動く者たちは、玲玉のために仕える者として必要になる。

 そうして、人や財産を集めていたときに、崔郎の姿をした胡娘が戻ってきた。


(ああ崔郎も、頴州に戻ってきていたのね)


 だがその崔郎は、星辰の術にはかからなかった。

 彼らが見つめていたのは、玲玉とは違う娘だった。

 幼い娘が、ひとり。

 彼女が自分の意志を失って、州公の言いなりに、州公が欲する物を作り出す。

 そのたびに、頴州から州公のもとへ、光の粒が集まり、消費されていく。

 「これが欲しい」という州公の求めに娘が応じるたび、農作物は枯れ、人は生気を失い、そこから黒い光の粒が集められて州公の前で「求められた何か」に姿を変えた。

 星辰は娘を見て目の色を変えた。


「六心龍だ、あれを手に入れられればこの国を支配できる」


 史娘は呆然と、星辰を見つめた。


(私は、こんな男に玲玉を生き返らせてもらおうとしているの?)


 崔郎の姿をした胡娘は、星辰に言った。


「あんた最初から史娘の真摯なお願いとやらを叶えるつもりはなかったね?」


 ならば星辰が史娘に玲玉の話を持ち掛けてきたのは、なぜだったのか。

 史娘は星辰から目を離して史家の邸宅があった庭を、ゆっくりと、見回す。


 見慣れた光景ではある。

 人は生気なく、ケシの入ったタバコや香を求めてこの場所に来る。

 砂州関から運ばれてきた物は、裏門からこの邸宅に運び込まれる。

 正気を保っているのは、炎の者や西鋼大陸の者。

 蘇人そひとは、一様に自分の意思というものを手放している。


「今さら諦める? ご冗談でしょ」


 史娘はふっと口角を上げた。

「私は、あの男がお嬢様にかしずいているのを見たいの」

 それは胡娘が演じる崔郎でなければならない、崔郎の一挙手一投足を教え込んだ崔郎でなければ納得できない。


 *** *** *** *** ***


 フーニャンは比轍ひてつが彼女と芦楓のために用意した家に戻って、変化を解く。

 そうして崔郎からフーニャンに戻った姿でラーフマナを懐から取り出し、食堂の机に置いた。


 食堂では、芦楓ろふう徴景ちょうけいと書物を前に座り込み、熊震ゆうしんが砂州関の見取り図を前に、莱発らいはつを従えて何かを相談している。


西鋼大陸ヴェスタブールねえ……今日分かったのは、そこから来た胡散臭い男が、史姐姐(ねえさん)をいいように手駒にして、自分が王になるために、頴州えいしゅうを落としたってことだわね」

 ラーフマナはフーニャンの言葉に「ふむ」と頷く。

「あの男、帰れるとか従兄を追い出せるとか言っていたが、なんの話だろうな」

 フーニャンはラーフマナの疑問に対する答えを持っていなかった。

「知りたきゃもう一度、あの男に会うしかないんでしょうよ」

 そう言いながらフーニャンは熊震ゆうしんに目を向けて、それから芦楓を見た。

「史姐姐(ねえさん)は、どうやら囚われの身ではなく、阿片窟アヘンくつの支配人代理ってところだった」

 フーニャンの言葉に芦楓は顔を上げて眉根を寄せる。

「どういうことだ?」

西鋼せいごう大陸から来た星辰って男と一緒に、客を阿片付けにしてる。その阿片に含まれる赤いもやはどうも、星辰って男の好きに動かせるらしいけれど、その仕掛けは分からなかった。靄って、好き勝手に動くものかしら?」

 芦楓と徴景がフーニャンを見つめる。

「西鋼大陸?」

 徴景が怪訝な表情を作り、フーニャンは頷いて見せた。

「向こうの言葉で……ラーフマナさん、あれなんて言った?」

 ラーフマナが守り刀から姿を見せて人の形を作る。

「ヴェスタブール。ヴェスタブールのスタラーデ、だな」

「は! スタラーデ? スタラーデ・タリヤ?」

 声を上げたのは熊震だった。

「よりにもよって、ここで出てくるのがスタラーデ・タリヤだと? 梅香殿が、猟奇殺人犯だ、炎から蘇に嫁いでくる話がなくなってよかった、と笑った()炎王候補だ」

 徴景が熊震をちらりと見る。

「猟奇殺人ですか……なるほど、王命で主な関を閉じ他州との交流を断っているが、砂州関が私的な関として開いていて治外法権なので、そこから、犯罪者が入ってくる。それは防ぎようがないですね。他州や他国で追われている身であれば、頴州えいしゅうが外との交流を断っているからこそ、安心して隠れることができる場にもなるでしょう」

 徴景の言葉とは別に、莱発が熊震を見た。

「赤い靄というのは、忠誠心の向く先を書き換えたのと同じ物でしょうか」

 熊震は莱発の疑問に「さあねえ」と首を振る。

 芦楓だけが、話しに追い付けていなかった。

「すまないが少し整理させてほしい。まずフーニャン、芝居小屋で史娘と会ったが、その西鋼大陸人が同席していて、赤い靄を使った?」

 フーニャンは芦楓に向かって頷く。

「そうよ。いいことお坊ちゃん、芝居小屋っていうのは、お坊ちゃんが知ってるとおり小屋とも呼べないような掘っ立て小屋もあれば、都の大店おおだなみたいな立派な舞台のある芝居小屋……あれ芝居小屋というよりは茶館ちゃかんというべきかしらね、そういう大きな場所まであるけれど、今、史姐姐(ねえさん)がいるのは、表向きは芝居小屋で、その裏にはお見事な庭園のある邸宅だった。その邸宅に出入りしているのが、星辰っていう西鋼大陸の男」

 言葉を切って少し唇を湿らせ、フーニャンは続ける。

「史姐姐(ねえさん)はその男に、玲玉を生き返らせてほしいとお願いし、星辰はそれを叶える取引をした。最初の代償は……何だったのかしらね。自分が意のままにできる国が欲しかった、そんなところかもしれないけれど、そこは聞き損ねたのよ」

 フーニャンは息をついた。


 芦楓は熊震を見る。

「スタラーデ・タリヤとか猟奇殺人というのは? 比轍が、その男を知っている?」

 熊震は「知っている」と頷いて見せ、それから居並ぶ面々を順番に眺めた。

「梅香……比轍ひてつ殿には地龍のなかでも伎芸天ぎげいてんという、生き物の才能に関わる地位を与えられている。千年以上も空位だった役目ということもあって、必ず目付け役は付けていた。その目付け役が比轍殿にくっついて連れ出されたエニシャで、蘇王妃にと推挙されてきたのがスタラーデ・タリヤだった」

 芦楓も、フーニャンも、それに徴景と莱発も、熊震を見つめて無言になった。

 おもむろに、ラーフマナが口を開く。

「男だったが?」

 熊震は首を振る。

「関係ない。スタラーデ・タリヤは六心王龍、エニシャ語でいうエクセン・ドランだ。性別なんぞどうにでもなる」

 肩を竦めてから熊震は続けた。

「今は別だ。スタラーデ・タリヤは炎王になり損ねた。知る限りの話をすると、今の炎王はスタラーデ・タリヤの従兄弟であるジャファール・エルバハン。一度、スタラーデ・タリヤによって薬漬けにされてバラバラにされたが、弟の器を共有することで、兄弟王として炎王になっている。央玄君が、人の器に封じた形で西鋼大陸に放逐したはずだが……砂州関を通って来たとなると、なるほど? そこは盲点だったと言うしかない」

 熊震はそう言いながら莱発を見る。

「赤い靄に縛られて忠誠心を捻じ曲げられた、それは、自分の預かり知らぬことだったというのだから、それは莱氏が責めを負う話しではないし、私はそれを、莱氏の責として王に報告するつもりもない」

 莱発は熊震に「それはどうも」と気落ちした声で返した。

「ところでねえ熊さん」

 フーニャンが手を挙げて熊震の気を引く。

「あたしそのスタラーデに過去を読まれたし見せられたんだけど、螺珠らしゅ嬢さんのことまで露見したのを、どうすればいいと思う?」

 熊震はフーニャンを見つめてから首を振った。

「ご冗談」

「冗談じゃないのよ。明日、もう一度そのスタラーデに会うのに、崔郎としてラーフマナさん連れて芝居小屋に行くのだけれど、何かスタラーデに訊いておくべきことはある?」

 フーニャンのあっけらかんとした質問を聞いて、莱発がわらう。

「お気楽なもんだ」

 莱発の呟きを拾ったフーニャンの耳はピクリとうごいた。

「お気楽でごめんなさいねえ」

「莱殿に同調するわけではないが……螺娘らじょうの話なんぞここまで来て聞きたくなかった」

 徴景が小さく呟き、それにもフーニャンはピクリと耳を動かした。

「あんたたちがどう思おうが、あの子はあたしにとって大事なお姫様なんだから、手出しはさせないよ。あんたたちにも星辰にも、これ以上あの子を不幸にする権利なんかないんだから」

 フーニャンは窓際に置いた椅子に腰を下ろす。

 徴景と莱発はそのフーニャンを眺め、熊震は頭を掻いた。

「私はフーニャンと同じく、螺珠様を守るほうでね、こればかりは頴人えいひとの肩を持つわけには行かないんだ。あの方は当代の蘇地公で、炎王と同じく一度は死んだ身だった。一度、頴の天龍に殺された公主を今度は炎の天龍に殺されるなんぞという失態は、地龍の将軍家として、やらかしたくない」

 徴景は熊震を見つめる。

「地龍の将軍家」

 熊震は頷く。

「一応ね」

 莱発は鼻を鳴らした。

「五心貴族様の矜持きょうじの高いことときたら、これだ」

 莱発の言葉を聞いてフーニャンは顔をしかめる。

「むざむざ他人に支配権を許したくせに熊さんに突っかかるんだから、あんたのほうがよっぽど矜持が高いんじゃないの?」

 芦楓はフーニャンの言葉を突きつけられた莱発をちらりと見て、それから熊震に向き直った。

「とにかく、そのスタラーデ・タリヤは、砂州関を通じて追い出したいな」

 熊震は芦楓の意見に「そうだな」と同調した。

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