龍と妖狐と魔法の小刀(31)やっと繋がったもの
タジャンの店には、骨董品が所狭しと並べられている。
窓が小さく薄暗い店のなかで、色ガラスに彩られたランプが蝋燭の火を揺らめかせていて、蘇透も芦諷も、それに講談師も、その異国の光景に目を奪われたが、比轍だけはジャファール・エルバハンを前に肩を落とした。
「ジャファール殿、あなたが出てきておしまいになっては……弟を甘やすとろくなことになりませんよ」
比轍の言い分に、蘇透は「おまえが言うか」と呆れる。
蘇透と芦諷に見えているジャファール・エルバハンは、雑然とした暗い店のなかで、タジャンに部屋の隅を指差しながら何事かを指示し、それから人好きのしそうな笑顔で頷いている。
そうしてタジャンから銀の香炉と花の香という話しを聞いてから頷いた。
銀の香炉に花の香。
芦諷はひとつの体で兄と弟に姿を変えるエルバハンの兄弟を前に、首を捻る。
「炎の御兄弟は、ひとつの体を共有しておられる?」
芦諷の疑問にジャファールは頷いた。
「兄である私の体は従兄弟に壊されたので、弟の体を共有させてもらっている」
ふむ、と芦諷はまた首を捻り、比轍を振り返る。
「失礼ですが、比轍殿、あなたもひとつの体をふたりで共有すると透公子に伺いました」
比轍は頷く。
「私は、三人でしょうね。比轍、玄のエナ・アダン、地龍の伎芸。技芸の場合は力を使わせてもらうだけで、大元になった技芸天自身の人格はほとんど残っていません。おそらくは力の淵源は残っているけれども、作られた当初にどのような考え方の者として存在したのかは、もう曖昧な状態になっているのでしょう」
「三人」
芦諷は比轍の前で右手の人差し指を立てた。
「その三人の力の淵源というのは、それぞれに別の道を持つものでしょうか。つまり比轍殿としてある場合に使う力は蘇、エナ妃が持つ力は玄、地龍の技芸ならば地龍の世界に繋がるものなのか、という興味です。これは、ジャファール様にもお伺いしたいです」
芦諷の質問を聞いて、比轍は小さく頷く。
「力の出口はひとつですが、淵源が複数ある感じです。こちらの力を使って、足りなければ別の淵源から、という具合と言えばわかるでしょうか」
ジャファールが比轍の説明に同意する。
「力の淵源が生きていて器がなくなった場合、改めて世界に干渉するためには別の器を借りる必要がある。私の場合は弟がその器になった。ビジュー殿の場合は、ビジュー殿自身が、エナ殿と技芸天に器を貸しているという状態だろう。器を借りる者は、その代償として自分の力を器の主に貸す」
芦諷はほっと息をついて肩の力を抜いた。
「出口はひとつなのであれば、よかった。条縛で出入りを封じたはずの場所に勝手に出入りされては困る」
比轍が芦諷を見る。
「なるほど、そこまでは考えたことがありませんでした。条縛というのは、私が柳州を出たり炎に行ったりするのを封じる術でしたね」
芦諷が比轍に向かって「さようです」と肯定したところで、「あっ」と声を上げたタジャンがジャファールの前に体を乗り出してきた。
「ところでビジュー様、話しを戻したいのですが、なぜ香炉の話を?」
タジャンを見て、比轍は指を立てて見せる。
「そう、その香炉だが、バラカは香炉も扱うのだろうか?」
「バラカもそりゃ香炉を扱います。それで」
言葉を続けようとするタジャンを止めて、比轍は講談師を振り返った。
「後宮に運び込まれる様々な献上品の下りをこの商人に聞かせてくれないか」
講談師は比轍の要求に小さな首肯を繰り返し、それから献上品の目録をつらつらと諳んじ、タジャンはその講談師が口にする目録を逐一手元の紙に書き付ける。
そうして出来上がった献上品を眺め、タジャンは大きく息をついた。
「先に申し上げますと、ここに挙がった献上品より、間違いなく! 私がビジュー様のご友人のために揃えた骨董品のほうが価値のある品々ですよ! 水が腐ることも尽きることもない水甕に穀物が減らない桶に……」
芦諷はタジャンの言葉に頭を抱える。
「比轍殿、あなたは友人だからと言って阿楓を甘やかしすぎです」
思わぬ方向からの批難に比轍は表情を渋らせたが、その芦諷をジャファールが遮った。
「それでタジャン、その献上品と同じ物を用意したとして、関所を通過するときにどのような手続きがある?」
タジャンはジャファールを見て唸る。
「そりゃ持ち出すにも持ち込むにも目録が必要になりますからね、同じ物を記録した目録がエニシャにもスジェにもあるはずですよ」
ジャファールが軽く頷いて何もない場所で手を滑らせると、手の動きに合わせて光でエルバハン語の文字が流れて行く。
「タジャン、この中に該当する目録はあるか?」
「はー……御兄弟でも、力の使い方というのは違うもんですねえ……ジャファじゃこういう方向の頭は働かねえ……」
ジャファールはそのタジャンの感嘆には気を払わず、講談師に笑みを向けた。
「これだけの目録を諳んじるのは見事だな」
講談師が頭を掻きながら「仕事ですもので」と照れる間にも、タジャンは光りながら流れるエルバハン語の目録を目で追っていたが、しばらく黙り込んでから首を振った。
「……ジャファール様、この目録、こいつはやめておきましょう。またイブレイム様を悲しませることになりかねません」
ジャファールはタジャンを見つめてから目録に目を向け、それからまたタジャンに目を向ける。
「この取引はバラカとイジュの私的なものだと記録されている」
「だから良くねえっつうんです。この取引のなかにはあり得ない重さのケシが詰め込まれてるんですよ。しかしイジュの受取人は、なんの対価もなく受け取っている。詰まるとここの取引は、バラカからイジュの受取人その人への、直接の献上品だってこってす。こいつは俺がジャファやカヴェイネンの旦那に負い目があるからこそ、こっから真っ当に商売するつもりがあるんで、言うんですが……いや、ま、これを言うことで、ビジュー様からエルバハンはこの取引に絡んでねえっていうことを言ってもらいたいから、ここで言うんですが」
タジャンの長ったらしい前置きを聞きながら、比轍は手を振った。
「分かった、少なくとも私は、王から何か聞かれたときにエルバハンは絡んでいないようだと証言するから先を」
比轍から「証言」の言葉を引き出したタジャンは、ちらりと比轍を見て、ジャファールに向き直る。
「この取引には、バラカとタリヤが絡んでるんですよ。このタジャンをただの人間だと侮ってもらっちゃ困ります。これでも鑑定眼ってもんのおかげで歴史の講義はちゃんと民間伝承まで頭に叩き込んできたんですからな」
ジャファールはタジャンを眺める。
「エルバハンに生まれた者に、ジャファール・エルバハンがスタラーデ・タリヤに殺されたことを知らない者はおりませんです。バラカはスジェのこの受取人をタリヤの後ろ盾にするつもりだったんでしょう」
パチンと手を打ったのは蘇透だった。
「言葉を濁す必要もない。この取引が行われた当時の頴州公は蘭俊殿だろう」
「しかし兄上、蘭俊殿は五心です」
比轍は蘇透に目を向ける。
「だから必要なのだろう? 特別な献上品を貰っている己に追従する者が、だ」
弟にそう言ってから、蘇透は芦諷が持つ講談の種本を取り上げた。
「やはりこの講談を小説にするのであれば、だいぶお話しを変えねばならん」
芦諷は小遣い稼ぎの種本を眺めながら致し方なく頷く。
蘇の三人を見ながら首を捻っていたのは、ジャファールとタジャンで、蘇透の言葉を止めたのはジャファールのほうだった。
「取引相手の名は、蘭俊ではなく施徹だ。ハラン砦の権利者としてその名前が記録されている」
蘇透は呆気に取られて芦諷から奪い取った種本を手から滑らせ、膝に落とした。
忘れた頃に出てくる七王爺で大変申し訳ありませんが、ようやく王都のほうでも七王爺に繋げられました。




