龍と妖狐と魔法の小刀(30)銀の香炉と花の香
蘇の王城は「貫海宮」という名を持つ。
見た目には空都と呼ばれる空中都市のひとつでありながら、空都ひとつが王城として作りあげられた特異な場所である。
その王城の造りを見れば、南には外庭と呼ばれる国家統治の場、朝政の場が設けられており、北には内庭と呼ばれる王の住まう宮城が設けられている。外庭を統括するのは王であり、内庭を統括するのは皇后である。
「当然、この宮城の構造や統括の制度については、五心龍族以上の龍族にとって周知の事実だ。しかし外庭にどのような名の宮があるか、内庭にどのような名の宮があるかということまでは縁がなければ気にもならないし覚えるものでもない。だが、この講談の語り部は内庭のさらに内側に后妃たちの宮が別々に設けられていると書いている」
蘇透に言われ、芦諷は「ええ」と頷く。
「芦殿はこれを講談の種本だと申されたが、この講談を貸本にするなら別の者にやらせたほうがよい」
芦諷は無言で蘇透に目を向け、それから従僕たちの控えの間として設けられた建物の床を彩る陽光に視線を逸らした。
陽光は飾り窓を通り抜け、床にぼんやりとした輪郭の麻の葉模様を描き出している。
朝にはまだ太陽が低かったせいで床一面に広がっていた麻の葉模様は、昼になって太陽が上に昇ったことで潰れかけていた。
蘇透が他の大臣たちの従僕を気にしながら、声を落として芦諷に囁く。
「この講談の本を父に見せたいが、よいだろうか」
一瞬だけ眉を顰め、しかし、目を閉じてから芦諷はうなだれつつ「かしこまりました」と蘇透に答えた。
「や、素直で助かる」
蘇透は芦諷の返事を「はっは」と笑いながら受け止めた。
「私は自分の手に余ると思ったことを、父や兄に丸投げするのが得意なのだ」
堂々と言い切る蘇透を見て、芦諷は首をひねる。
「公子の手に余ることとは、その講談の内容ですか?」
「さよう。この話しの内容は、王龍の内輪揉めを『七皇子』の宦官が記憶を頼りにまとめたものだろうが、人にはこの皇子が虐げられているように見えると言ったな?」
蘇透の言葉に芦諷は頷く。
「ええ、兄は立太子への望みを隠すことなく弟を蹴落とそうとし、異母姉は力を見せつけるように振舞い、異母姉の世話係には州を奪われる。六心の親王と五心の諸王であれば当然の差であっても、人間には関係ありません」
芦諷の言葉を聞いて蘇透は頷く。
「それゆえ、私は自分の手に余ると考える。なにせこれを見るのは三心や四心の龍、それから人間、そういった者たちだという。ならば王族でさえ、六心と五心の序列からは逃げられないのだという事情を理解するまい。六心の王たちは世界の物質万物を生み、五心の上位貴族は世界の理を左右する。まあ、私のように理にはさほど影響する権限もなく過ごしている者もあれば、芦殿のように六心である弟を理で縛る役目を担う者もあり、様々だが」
芦諷はまた頷くしかなかった。
「理を知らぬ者たちに、この皇子が市井に生きていると知れるのはよろしくなかろう」
蘇透の小さな言葉に芦諷は目を見開き、さっと表情を険しくする。
「あと、その講談に出てくる異母姉は芳俊殿下で、世話係は阿轍だ。あの弟は芳俊殿下の甘言に釣られて先の玄五妃、芳俊殿下の母上を食ったそうだ。意思は拮抗しているのだろうが、ことが露見した後、うちの父がどれほど怒ったか、想像がつくまい」
「食う? 意思が拮抗する? 透公子、それはどのようなことでしょうか」
芦諷は首を捻った。
(比轍殿には、なにか自分の知らないことがある)
それが芦楓も知っていることなのだろうと思うと、芦諷は釈然としない。
「六心の王龍は、自分の力を増すために敵対する王龍を食らうことがあるそうだ。主に玄で使われる手法だと言うが、お互いの意思を戦わせて、勝ったほうの意思が、ふたり分の力を恣にする。つまり、六心王龍ふたり分の力や姿かたちを好き勝手に使えるようになるという、馬鹿げたおとぎ話なのだが……阿轍は芳俊殿下に釣られてそれを試した。玄五妃の力が勝てば阿轍は消滅しかねなかったが、どうやら勝ったらしい」
芦諷は蘇透の言葉を吟味し、それからやはり首を捻ったままで目を閉じた。
(意思を食らう? ひとりの六心王龍がふたり分の意思と力を内包して、ふたつの姿を使い分ける? そのようなことが可能なのだろうか?)
もうひとつ、芦諷は引っ掛かりを覚えて目を開く。
「玄五妃を食らうというのは、比轍殿が玄五妃の力を自分に同化させたということでしょうか? それとも比轍殿が間接的……あるいは直接的に、玄五妃としての力も振るうことができるようになったということでしょうか」
蘇透は「むう」とひとつ呻り、それから息をついた。
「後者だろう。阿轍が父に説明していたのは、私や兄たちには少々不可解だったが、力の淵源が増えたが、力の出口はひとつに決める必要があり、その出口を阿轍にするか玄五妃にするかという主導権の奪い合いらしい」
見たところ信じ難いとでも言うような蘇透の口ぶりに対して、芦諷は眉間に皺を寄せ、緊張で乾いた唇を舌で舐める。
「力の出口を決める必要があるということは、片方を縛ったところで、もう片方の出口を開けることもできるということでしょうか」
芦諷の問いには、蘇透も答えを持たなかった。
静寂が場を支配する。
足元で潰れかけていた麻の葉模様は、日の傾きを受けて完全に形を失っていた。
カタンと音がして、外庭の宮人が控えの間の扉を開け放った音と共に、麻の葉模様が一面の光にかき消される。
「ああ、ようやっと外に出られる」
大きく伸びをしながら蘇透が言い、他の大臣たちの従僕が蘇透を振り返った。
「どこの従僕か知らないが、王宮に遊びに来ているらしい」
何者か分からないが蘇透のことを言っているのは確かで、芦諷は声の主を目で探しながら思う。
(ほんのひと月かふた月前の私は、その言葉に同調しただろうな)
蘇透に肩を叩かれて顔を向ければ、蘇透に小さく首を振られた。
「放っておけ、嫌味を言うのも彼らの仕事だ。いちいち潰すのも面倒だろう」
笑った蘇透の様子をうかがった者たちが、不躾なことを言った従僕に視線を向け、衆目に晒された従僕が顔を真っ赤にする。
「無礼であろう! 当家の主は定家の定崇達様だ! 定家の従僕であっても同じ控の間で待っているのだ! 誇りに思え!」
蘇透と芦諷は定家の従僕だという男を眺めてから、顔を見合わせた。
この男は何を言っているのか。
「定家の、申し訳ないが、私にはそなたが何を言いたいのか分からない。一体私は、従僕であれば待つことも仕事だと言われておるのか、それとも定家の従僕と同じ場所を使えることを誇りに思えと言われておるのか、どちらだ?」
他家の従僕たちは定家の従僕と蘇透を見比べて、それぞれに首を捻ったり、顔を見合わせたりしながら、外に出る様子もなく成り行きを見つめる。
定家の従僕は胸を反り返らせた。
「当然、両方だ! うちの定様はなんと言っても中書侍郎という正三品の大臣だからな!」
ぷ、とどこからか失笑が聞こえて、定家の従僕が周りを見回す。
「笑ったのは誰だ!」
「これは失礼いたしました、まさか中書侍郎様の従僕とは思いませんでしたので、失礼、失礼」
愛想よく周囲に笑顔で謝ってから、笑った従僕は芦諷に顔を向けた。
「や、言風坊ちゃまではございませんか」
芦諷は嫌そうに顔をしかめる。
「言風?」
蘇透に問われ、芦諷は鼻を鳴らす。
「従弟は木偏に風なので、木風で、私は言偏に風だから言風と呼ばれるのです。読みが同じだから区別するために付けられたあだ名です」
「ああ、なるほど」
芦諷は蘇透が納得したのを見てから、声を掛けてきた従僕に向けて嫌そうに視線を移した。
「さっさと主人を迎えに行け」
「言風坊ちゃまはどなたをお迎えにおいでですか?」
芦家の従僕が芦諷に尋ねる。
「別に私が迎えに行くのが誰であろうと、本家の従僕には関わりなかろう」
芦諷に言われ、芦家の従僕が「そうはまいりません」と食い下がった。
「言諷坊ちゃまと同じ控えの間にいながら、ご挨拶もせずにいたご無礼を主である芦晋に伝えねばなりませんので、恐れ入りますがお答えいただけませんでしょうか」
芦諷はしばらくその芦家の従僕の顔を眺め、彼の目が一瞬だけ定家の従僕に向いたことで、やっと、彼がいつものような嫌がらせをするつもりではなく、定家の従僕に目に物見せてやりたいのだと気が付いた。
芦家は三司三公のうち、法や戸籍を司る司徒の家柄であり、定家の従僕がいかに「当家の主人は中書侍郎だ」と主張しようが、家柄を笠に着たような性根の者に、末席といえども主家に連なる者を侮らせてなるものかという、自分の矜持を守るための言動だっただろう。
誰かがぽつりと「ああ」と頷いた声がした。
「定氏は四心貴族だから中書侍郎ならば出世頭であるに違いない。だが喧嘩を売った先が悪い、芦氏は五心貴族だ」
ざわざわと、従僕たちの間に「定家の従僕は不躾だ」という囁きが広がる。
パンッとひとつ手を打って立ち上がったのは蘇透だった。
「行くぞ、芦諷」
芦諷は蘇透の言葉にハッとして顔を上げる。
蘇透はいつもの「芦殿」という距離のある呼び方ではなく、芦諷と名を呼んだ。ただそれだけだが、それだけで誰もが、蘇透は芦家の坊ちゃまを名で呼ぶことができる身分の者なのだと悟ったはずだ。
芦家の従僕も蘇透も、家の格を直接は言わなかった。家の格を誇らしげに告げたのは定家の従僕だけだったのだが、ここにいた者たちはそのことに気付いているだろうかと、芦諷は眉を顰める。
(透公子もいわゆる王族の生まれ育ちだということだ)
その上で蘇透は、巷で評判のよい講談が、王族や体制にとって望ましくない物であると判断し、これから王爺たちの前で情報を開陳しようとしている。
芦諷は蘇透に従って控えの間がある建物を出ると、王城の周辺層に広がる街に下りるべく馬車に乗せられた。馬車には比轍も同乗していた。
*** *** *** *** ***
王城のある空都には、王城で働く者たちが住まう区域がある。
蘇透は比轍と芦諷を連れて餐館に馬車を停めさせると、主人を呼んで個室を取らせた。
「透兄上、私は王宮と王府の往復以外に寄り道をすると、首が締まる呪いを王府の父上にかけられているのですが、大丈夫でしょうか」
まったく不安に感じていない口調で淡々と訊いてくる比轍を振り返りもせずに、蘇透は「大丈夫だろう」と軽く返す。
「昼飯は寄り道とは違う」
比轍はそう言った蘇透が階段を上がっていくのを見ながら「そうですか、それならばよいのですが」と小さく頷き、芦諷は「王族も大変だな」と小さく嘆息した。
餐館の主が蘇透に用意した個室は、店の三階にあった。
朱漆の柱や調度類、それに五彩の焼物で飾られた室内は、飾り窓から吹き込んでくる風によって常に新鮮な空気で満たされている。
蘇透が何事か命じてから「人払いを」と店の主人に告げると、店の主人は菜譜を蘇透の従者に渡して小二を部屋の外に追い出し、自分も部屋から出て行った。
比轍と芦諷はそれを眺め、それから蘇透を見た。
「三人で、何を食べましょう? この店は何が名物なんです?」
人がいなくなったところで比轍は、何ともなしに蘇透に問いながら菜譜を受け取ろうとして拒否され、しかたなしに注文を兄に任せる。
「まあ急くでないよ。この店には、お抱えの講談師がいる」
「講談師? 透兄上に講談師を呼ぶ趣味がおありだとは知りませんでしたが、昼を食べながら講談など聞いてしまったら、きっと私は続きが気になって午後の仕事に差し支えてしまいますよ」
笑う比轍を見てから蘇透に目を向け、芦諷は背筋を伸ばした。
「透公子も流行の話を聞くのですか?」
蘇透は芦諷を見て、小さく目くばせしてから「阿轍が好きそうな話だ」と頷き、比轍は「そうですか」と微笑を浮かべながら、そろそろと兄の手元にある菜譜に手を伸ばし、その手を兄に小さく叩かれた。
窓や調度品と揃いの朱漆で塗られた扉を開けて部屋に来た講談師は白髪混じりの男で、店お抱えの講談師というだけあって、それなりに身なりも整っている。
「いつの話かは存じませぬが、王には七人の皇子がございました。六人までは宮をいただいておりましたが、七人目の皇子は幼く、自分の宮をいただくことなくお育ちのお子。母君は王の御寵愛を得てはおるものの、太子の座は成人した兄皇子に譲られることが決まっているようなもの」
講談師の講釈を横に、蘇透、比轍、芦諷の前には店の主人が用意した昼餉の皿が並んでいく。
机には大人の握りこぶしほどの大きさがある肉団子に、青菜、魚、と、大皿で四皿ほどが並べられ、具無しの饅頭と白飯が用意されていた。
講釈は進む。
「母妃の元には異国から運ばれてきた貢物。玉のバッタに琥珀の蝶」
比轍が青菜を皿に取りながら「ははっ」と小さく笑う。
「玉造りのバッタは縁起がようございますね。子宝のお守りでしょう」
芦諷は饅頭を自分の皿に取りながら首を振る。
「飾るだけの物です、なんの呪いもかかっておりませんでしょうに」
「ですが芦諷殿、縁起物とはそういう物ではありませんか?」
そう言った比轍の皿に魚を載せて、蘇透は「まあ聞こうじゃないか」と、講談師の話に比轍の気を向けさせた。
「……の器に……の酒……、の……」
講談師の話は、まだ貢物の品を数えている。
「銀の香炉に花の香、午睡のまどろみは夢うつつ」
芦諷は自分の皿に取った青菜を饅頭に挟みながら「午睡とはいいご身分だ」と鼻を鳴らしてから、「花の香」と繰り返した。
「ふむ、花の香とはどんなものでしょうな。香というのは、普通、香木のようなものを焚くのだと思っていました」
比轍は兄が勝手に皿に載せてきた魚を箸でつつく。
「花の香は花の香でしょう。世の中、香木ばかりが香ではない。彫木の首飾りに香りを馴染ませるような物もあると聞く」
芦諷は比轍に反論しようとして、その比轍の食事の手が止まっているのを見た。
「銀の香炉に花の香」
比轍は講談師を見つめていた。
芦諷は比轍を見つめ、蘇透は手を叩いて講談師の話を止めさせる。
「その話は、貢ぎ物の話が続くのか?」
講談師は蘇透の問いに頷く。
「さようです。他の段は宮中で仕事をなさる皆さま方には珍しいこともないでしょう。なにせ宮中の皇子が主役では、日常でしょうから。ただ、この段は皇子の母君に異国から届けられる貢物が並びますので、宮中の方にもよく好まれます。なんでも炎の品を検分するのにどんなものがあるのかを細かく知れるそうで」
蘇透は「炎」と目を見開いて、芦諷と視線を交わした。そうして芦諷が蘇透から言葉を引き取って講談師に声を掛ける。
「炎のというのは」
「芦殿」
芦諷の言葉は比轍に遮られた。
「炎の品ならば本物をお見せできると思うので、これから私がすることに少々目を瞑っていただけませんか」
比轍の言い分に、芦諷と蘇透は目を見合わせる。
「炎の骨董商に馴染みの者がいるのです」
そう言った比轍が遠見鏡を手に出して「タジャン」と声を掛けると、遠見鏡はきらりと光って炎の景色を中空に描き起こした。
蘇透が「これは」と呆れる。
「私が知る遠見鏡と違うな」
「そうでしょう? 少し改良したんです。この鏡の平面に映った景色を、こう、立体軸に投影するとその場に遠見鏡の相手がいるかのように見えるという技巧らしいのですが」
説明し始めた比轍を「タジャン」と呼ばれた相手が「ビジュー様」と止めた。
「遠見鏡の説明はまた別の機会でお願いします。ご友人様の婚約祝いをご返却なら、質入れという形で承りますよ」
「芦楓の婚約祝いを質に入れる話じゃない」
「さようですか」
タジャンは「それはよかった」と頷きながら比轍の要求を待つ。
昼の白い光のなかで、蘇透と芦諷、それに店の講談師は呆気に取られた様子で比轍と、比轍にタジャンと呼ばれた小柄な炎人を眺めていた。三人とも、炎人を見るのは初めてで、そのタジャンの為人を物珍しく見つめる。
「炎で、銀の香炉に花の香、と言われたらどのようなものがあるだろうか?」
比轍がタジャンに問えば、タジャンは少し首を捻って顎髭を撫でた。
「銀の香炉ですと、骨董品ならアーケリからの流入品ですかね。新品ならタリヤが有名です。うちにあるのはアーケリの品で、鎖で天井から吊り下げる形がいくつか。花の香なら、そいつはケシでしょう」
そこまで言ってタジャンは身を乗り出した。
「あのキツネの娘ですかね? ご友人様が連れていた! あの娘やはりヤンジェングルのケシを悪用しましたか? 少々お待ちを。おい小僧! ジャファ! おいで!」
蘇透と芦諷は顔をしかめつつ、この昼になって数度目の目くばせで互いの「想定外」という感想を口にはせずに交わす。
比轍は比轍で、タジャンの横から遠見鏡に姿を見せたジャファを見てグッと息を吸い込んだ。
「ジャファ! あなたまたタジャンのところで遊んでいるんですか!」
怒鳴られたジャファは耳を塞いで仰け反り、比轍の怒号をやり過ごす仕草を見せた。
蘇透は芦諷に肩を寄せる。
「阿轍め、自分のことは棚に上げて他所の子供には厳しいらしい」
「比轍殿が阿楓に婚約祝いを与えていたというのは、芦家では誰も知りませんでした」
二人は困ったように比轍に目を向けた。
ジャファは比轍を見て「待って」と手を上げる。
「兄上と交代するから」
そう言ったジャファの姿が子供から大人に変わるのを見て、芦諷と講談師は「は」と息をついた。
蘇透は頭を掻く。
「なるほど、そちらは炎の六心王龍か」
比轍が蘇透を振り返って頷いた。
「ジャファール・エルバハン、炎王です」
「そうか、おまえは顔が広いな」
呆れた蘇透に笑顔を見せて、比轍はジャファールを前に姿勢を正す。
「うちの兄、蘇透です」
蘇透にジャファール・エルバハンと紹介された男は、彫りの深い造りの顔に笑みを浮かべて頷く。
「ジャファール・エルバハンという。先ほどは弟の姿で失礼した。弟にはこうやって都合よく使われているもので、私が意識を表に出しているときは、ジャファール、弟が意識を表に出しているときはジャファ、と、呼び分けてもらっている」
蘇透と芦諷は椅子に座りなおして、居住まいを正した。




