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蒼山碧海番外編  作者: 望月かける
動乱始末
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龍と妖狐と魔法の小刀(28)己を信じるべからず

 莱発らいはつは衆人環視のなかで、膝をついてうずくまり、両手で顔を覆って地面に突っ伏し、体の芯から襲ってくる寒気に身を震わせながら思案を巡らせる。


(俺は莱氏の者だ、どうして俺が他人の術にかかって「忠誠心」を書き換えられることになったのか)


 螺珠らしゅの「忠誠心」を七王爺ななおうやに向けた。それをしたのは莱発だった。ひどく苦労したことを覚えている。


 主に蘇を転生先に選ぶ地龍のらい氏は、四心龍族である。

 熊震ゆうしんの前で、莱発は考える。

 莱氏が司るのは、忠誠心の帰属先。

 莱氏の術は、「自分の主はこの人だ」という意識のなかの、「この人」と相手が思っている、その対象を変える。

 熊震の髪から紐解いた「主」は、螺珠らしゅ、正統な地公の系譜だった。

 すう老人の髪と、莱発自身の髪から紐解いたとき、自分たちは「七王爺ななおうや」を「主」として、「龍王」として意識するように、まじないがかけられていた。

 百年以上も前からのことだ。

 莱氏に許された「主人の書き換え」を、自分ではない誰かがやっていた。

 あり得ないし、あってはならないことだ。

 地公を守るために、地公に仇成す者の意識から「主」を奪う、そのための力だと言われてきたはずの術を、この頴州の地公廟に出入りする誰かが悪用したということに他ならない。そしてそれは崇老人にかけられた術が百八十年前のものだということから、少なくとも百八十年前、きっとそれ以上前に行われはじめたことは、間違いない。

(だがしかし頴州えいしゅう全土の道士すべてを相手に、面識もない者がどうやって書き換えるというのか)

 体を震わせてうずくまっている莱発に向かって、大きく嘆息したのはようだった。両手で目を覆っている莱発には遥の顔を見ることができないが、声は分かる。

「七王爺のことを龍王と言い、七王爺に忠誠を誓おうとした、それが莱氏のお坊ちゃんにとっては異常だったということ?」

 遥の言葉にのろのろと顔を上げて、莱発は「そうだ」と掠れた声でうなずいた。

「おまえは七王爺を龍王だと言い、七王爺に忠誠を誓う者だと、その後継である蘭俊殿下に従うのは忠義だと、そう思っていた、そうだな?」

 莱発の問いに遥が頷く。

「だからなんだっていうのさ」

「王は六心、州公も六心にしか務まらない」

 莱発が遥に言い聞かせる。

「蘭俊殿は五心だ。そのうえ、天龍の王子ではなかった。七王爺と炎二妃の、不義密通で生まれた私生児だった。それが央玄君の裁きで明るみになった歴史だ。七王爺と、炎二妃の長子蘭俊は国の政を乱した謀叛人」

 遥は怪訝な顔で莱発を眺め、首を振った。

「騙されてるんだ、あんた」

「ああそうだ、癪だが騙されてきたんだ、七王爺に」

 莱発は遥を嗤ったが、遥は「そうじゃない」と言って首を振り、熊震を指差した。

「こいつに騙されてるんだって!」

「そうではない! 私は今、自分の目で、自分の忠誠心が天龍に由来する術で書き換えられていることを確認したのだ。自分の術で! 過去、それも少なくとも百八十年前から頴州に出入りしていた天龍によって、自分の忠誠心が向かうべき先を『七王爺』に書き換えられていたと言ったのだ!」

 そう遥に怒鳴り返し、莱発は改めて周囲を見回す。

「……頴州が……この州が今の、新しい州公になってから地公廟に来た者はいるか? つまりその、現蘇天公と現蘇地公が、この州を浄化した、その後になってから地公廟に来た者はいるか?」

 砂州関が見え、積み荷を積んできた馬車に繋がれた馬がいななく声が遠く聞こえる場所で、地龍たちは互いの顔を見合わせた。

 動いたのはかたくなに熊震と莱発を否定していた遥だった。

「そこの石英はうちの道観から来てる新入りで、まだ来て一年半しか経ってない」

 遥に指を向けられた石英は、周囲を見回してから「お見知りおきを」と拱手きょうしゅする。

 石英から一筋の髪の毛を受け取った莱発は、その石英の髪にまじないをかけて光を引き出し、赤い明滅が存在することを確認すると首を振った。

「これも天龍の術が掛かっている」

 遥がじっと莱発を眺め、それから首をひねる。

「それでなにか分かるわけ?」

 莱発は呆れたように遥を見た。

「分かるのは、私たちは地龍でありながら、自分は七王爺を好ましい主であると思いこまされ、天龍に操られていることを自覚して動かねばならないということだ。ここにいる頴州の道士誰もが、己は地龍ではありながら、いつ地龍である同胞を裏切り、罪人を利することも厭わない行動をするか分からない存在なのだと、自分と、同胞を疑う必要がある」

 遥に告げながらも、莱発の視線は自分を取り巻く頴州の道士たちをぐるりと眺めまわすことで饒舌に、それは自分と遥だけの問題ではないのだ、と警告する。

 陽気は悪くないというのに、場の空気は重く冷え込んだ。

 熊震はその重い空気を破るように大げさに息をついて、莱発に目を向ける。

「忠誠の書き換えができないのであれば、そなたらを使うわけにはいかん。いつどう裏切られるか見当が付かん」

「あんたはいちいち腹立たしい!」

 遥が熊震に咬みついたが、莱発と崇をはじめとする者たちは遥を見て首を振り、たしなめるようにしてからうつむいた。

「なあ遥や」

 崇老人が遥に声をかける。

「今のは熊将軍が正しい。今の我々は自分が何をきっかけに何をしでかすか分からん存在なのだ」

 崇は遥を見て悲しげに告げ、遥は他の地龍たちの様子を見まわし、それから口をつぐんだ。

「一度、引き上げよう」

 熊震は砂州関近くまで放っていた斥候用の虫や小動物を手元に引き戻すと、地龍たちにも退散を促す。手元に戻ってきた斥候用の小動物の数匹が足りないことは、把握したが、熊震はそれを放置することに決めて呟く。

「砂州関の外から一瞬でも連絡があれば儲けものだ」

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