龍と妖狐と魔法の小刀(27)書き換えられた忠誠心
陶邑の遥は、知識として、自分たちは「なんなのか」を知っていた。少なくとも今までは、自分では「知っている」と思っていた。
天龍は器を支配し、地龍は心を支配する。
いざ、それが自分の身に降りかかってくるのだと知ったとき、遥は身構えた。
ところが、そうはならなかった。
莱発が呆然と、怪訝な表情で、自分が放ったはずの術が自分の手元に跳ね返ってきたのを見つめている。
「四心の、莱氏。ぷ……」
遥が小さく笑う。
「なんだ、四心だなんて偉そうに言って、術が使えない出来損ないか」
嗤った遥をグッと睨み、莱発は「やかましい」と毒づいた。
「なにかに邪魔されたんだ! なにかが俺の術を弾いた……それがなにか分からんが、術が戻ってきたんだ! おまえら……本当に地公廟の祭司官か? 本当に蘇の地龍か? 本当に頴州の地龍か?」
真っ青な表情で同じ地公廟の祭司官たちを眺めまわし、莱発は「は」と引きつった笑みを浮かべる。
「俺が知らないうちに、すり替わってでもいたのか……? 蘇人じゃない……頴州人でないとかじゃない、そもそも、おまえら、蘇人じゃないだろう! 吐けよ! どこから入り込んだ! いつから! ……七王爺か? 熊将軍は、七王爺に忠誠を誓うなどあり得ないと言ったんだ……七王爺か! 七王爺がおまえたちを、どうやってか地公廟にすり替えて入り込ませたんだな?」
莱発の責めるような言葉を聞きながら、老齢の祭司官は顔をしかめた。
「どういうことだ?」
「……どこの誰に作られた間者か知らないが……そうやって、七王爺と一緒になって俺を懐柔したのか?」
祭司官たちは莱発を訝し気に眺め、それぞれに顔を見合わせながら息を付く。
「なんのことだか……」
熊震はしばらくその様子を眺めていたが、鼻をこすって「つまり」と声をあげた。
「莱発、そなたが言いたいのは、ここの者たちには莱氏の術が効かないが、それは莱氏として術を使えないのではなく、使おうとしている莱氏の術がなにかによって阻害され、無効化されるから、ということか」
莱発は熊震を振り返った。
「そういうことです!」
「先ほど、弾かれたと言ったな」
「そうです」
莱発が頷く。
「まず祭司官たちに訊くが、そなたらは自分の素性は頴州の者だと言い切れるか? それとも、例えば記憶に齟齬があるなど、なにか不明瞭なことはあるか?」
「あるわけないだろう。私は生まれも育ちも頴州陶邑」
遥が吐き棄てるように即答する。
「しかし、莱発がそなたらに対して術を使おうとしたら跳ね返された」
「そうです! なにかが狂っていると言えばよいか……普通は魂魄の一部に莱氏が書き換えられる箇所があって、そこに先ほどの針を差し込んで、その者が誰に従うかを書き換えるのですが……蘇の天公地公の支配を受けていれば、蘇地公に属する莱氏の術が効くはずなのに、その術が効かない……ですからその……」
莱発はギチッと悔し気に親指の爪を噛んだ。
熊震は莱発が爪を噛むのを見て目を細め、訊く。
「なにに阻害されているかは調べられるのか?」
「それは、髪の一本でも爪の欠片でも、体の一部をもらって読めば分かります」
莱発の返事を聞いて、熊震は自分の髪をひと房、切って莱発に渡した。
「私はどうだ?」
熊震の髪を掌に受け取って、莱発は「拝借します」と頷き、口元に右手の人差し指と中指を揃えて添えると、何事か呪いを唱えて熊震の髪から緑の光を引き出し、その光の筋に目を上げる。
「熊将軍には、なにも仕掛けられていませんので、やろうと思えば、忠誠心を操ることが可能です」
「では……他の誰か……先ほど、蘇人だとは思えないとそなたが言った誰か……」
呟く熊震に、じっとそれを見ていた老齢の祭司官が、「崇と申します」と初めて名を告げて進み出た。
莱発は崇の、なけなしの白髪を一本受け取って、熊震の髪にしたのと同じように呪いをかけて光の筋を引き出す。
緑の光のなかに、一点だけ、赤を帯びた点が明滅しているのが、誰の目にも見えた。
「あれだ」
呟いた莱発は、崇の髪を紙に挟んで懐にしまい、自分の髪を切って呪いにかける。
莱発の髪から引き出された緑の光にも、同じように赤い明滅があり、莱発は息を止めて目を見開いた。
「百年も、二百年も」
熊震は莱発が力を落として座り込んだのを見て「大丈夫か?」と声をかける。
「私どもは、長いこと七王爺に操られていたんですねえ……莱氏ともあろうものが、自分にかけられた心理操作にも気付かなかったなんぞ、一族の笑いものだ」
白髪の崇が、莱発の前に座り込む。
「なにがあったのか、そなたが見たものを皆に分かるように説明してくれまいか」
莱発は崇に頷いてから他の者たちを見回して、口を開いた。
「皆にも同じ呪いがかかっているのだろうが、州天公でもない「七王爺」への忠誠・忠義を刷り込むような、術の言葉の使い方を見る限り、炎の地龍だろうが……そういう術が、我々の意識に仕掛けられている。その術が仕掛けられたのは、崇殿ならば百八十年前、私ならば五十年前……恐らくは、地公廟に入ったときに、どうやってか……」
そこまで言って、莱発は首を振って両手で頭を掻きむしる。
「苹州の祭司官たちに矢を向けたときに、私たちは、頴州の民を思ったか、それとも州公と七王爺のためにと思ったか、どちらだった?」
そう言って、莱発は他の祭司官たちを見た。
「少なくとも私は、遥が言ったように、七王爺に従って、と、そう思っていた」
崇は莱発の言葉に頷き、「そういうことであれば、私も同じだっただろう」と言葉を添える。
「それが、我々が受けた心理操作だ」
莱発の言い分を聞きながら、熊震は少しばかり顔をしかめた。
「螺珠様はどうだ? 螺珠様は死体使いとして七王爺に囚われて、少なくとも廃村に縛られていた」
莱発は、無言でじっと熊震を見上げて目を細め、それから「さようです」と小さく言って視線を逸らす。
「地公とは存じ上げず、意識を縛るのに苦労いたしました」
「やったのおまえだったか。芳児と臥渓がおばけ退治と意気込んで出掛けたら螺珠様がいた。儀典官が激怒した」
熊震は莱発が両手で顔を覆って突っ伏したのを見た。




